第99話「燃える故郷」

 ファーム・エッジの自警団を背後に見ながら、バズゥは馬と駆ける。


 悪路とも言える街道は、決して馬の足に優しいわけではない。

 が、彼を乗せるその馬は懸命に駆けていた。

 

 ──その背に乗せる、主の焦燥が痛いほど伝わるのだ。


 だから彼は命を削って、

 振り絞って走る。


 その介もあって、距離は劇的に縮まっていった。


 だが───


 焦りを募らせるバズゥ……

 彼は知っている。

 分かってしまったのだ。

 襲撃の下手人けしゅにんは間違いなく地羆グランドベアだと、


 ならば───


 …あの一頭だけのはずがない。

 いくら練度低い猟師でも、数が揃えば一頭くらいなら仕留められる。


 それが、ああもいいように・・・・・・・・やられて、あまつさえ逃走中だとするなら、複数頭の地羆グランドベアが襲撃をかけたはずだ。


 そして、そんな芸当ができるのは…

 本来、群れを作らない地羆グランドベアを統率する害獣モンスター───特殊個体ユニークモンスターの……キングベアに他ならない。


 くそ!

 

 こんな短期間に、いくつもの集落を……何度も攻めるなんて!

 …なんて奴らだ──

 はっきり言って異常としか思えない。


 そうでなければ、人為的な何か…?

 そうとしか──


 ん?


 人為的な、

 何か…?


 チラっと、妙な考えが頭をよぎったが、いや、いかん! 今は余計なことを考える暇はない。


 ズザザザァァ! と、馬がようやく歩を緩め始める。

 そして、鼻が潮の香を捕らえたかと思うと、

 

 潮騒が耳を打った。


 ポート・ナナン───

 小さな漁港と山に張り付くような村が見える。


 すぐ横には、村境をしめす石像が──


 ドスン…


 急に景色が横倒しになり慌てて体を起こす。

 馬が…気絶していた。


 ゴヒューゴヒュー…と息をしている所を見れば死んでいるわけではない。

 だが、死ぬ一歩手前までとわかる。

 

 それほどに、

 それほど死力を尽くしてくれた………スマン!!


 馬をいたわってやりたいが、その時間も惜しい。

 彼もそれを望まないだろう。


「ば、バズゥさん?」

 突然声を掛けられて、反射的に銃を向けてしまう。


 …こいつ、


「カメか!?」

 弁天べんてん頭が特徴的なモンク風の男。

 ポート・ナナン、キナの店の従業員だ。


「よ、よかった…ゲフ…今、応援を…」

 こいつ…

「お前、フォート・ラグダに?」

「は、はい…ヘレナさんの指示で…」


 ゴホゴホと血交じりの痰を吐き出す。

 見れば、背中に爪痕がある。


「その傷で往復したのか…」

 汗の量からして、少なくともポート・ナナン⇔フォート・ラグダの片道分は走っているだろう。

 そして、今ここにいるという事は戻ってきたことを指している。


「へへ…急に止まったから、また気分が悪くなったみたいで…」

 青い顔は長距離を走った反動だけではない。失血によるものだ。


「すまんな…今はこれくらいしかできん」

 軍用の高級ポーションを渡してやる。

 事情を聴きたいところだが、一刻を争う事態だ。


 フォート・ラグダが救援要請を受けたとしても動くのは軍隊だ。

 言って聞いて、すぐ! というわけにもいかないだろう。即応は可能だが、それは自分の街に限ったこと…他の村に救援を出すとなれば議会の承認が必要になるに違いない。

 なにより、遠征の準備もある………


 とても、間に合うとは思えないが…


 ヘレナの事だ。

 なにかしら伝手つてがある可能性もあるが、どっちにしても今すぐにとは考えられない。

 フォート・ラグダも先の騒動で随分と被害を出している。

 だから、救援を期待するよりも、


 今は───


 キナのところへ!


「死ぬなよ!」

 スチャっと敬礼をしてみせ、カメを残しバズゥはキナの店へと向かう。

 背後でカメがポーションを飲んでいる気配を感じつつ…



 そして、慣れた道を駆けあがっていくと、

「なんてざまだ…」

 小さな村の彼方此方あちこちに起こる火。

 消火する者はいないのか、家々は燃えるに任されている。


 少し離れた所にある漁労組合やら、教会やらは無事らしいが…視線を上に向ければ、やはり、燃えた家が道標になっていた。


 上にあるものと言えば───


 場末の酒場、

 冒険者の溜まり場、掃き溜めのような場所で、

 俺の家族が、

 家族の家が───


 ………

 

 キナぁぁ!!



 地羆グランドベアの気配はないが、それらが乱入したと思しき痕跡はそこここに…

 食い散らかされた村人が家の軒先で生焼けになって放置されている。


 ろくな武器もない村のことだ…ほとんど抵抗もできなかったに違いない。


 と、そこに───


「死ねぇ!」

 気合の籠った声で戦う男が一人。

 漁で使うもりを手にして、瀕死になった地羆グランドベアと対峙している。


「オヤッサン!?」

 バズゥの声に反応したアジがクルっと振り向く…腕が一本ない。

「バズゥか!!?」

 その隙を見た地羆グランドベアが低い姿勢でアジに襲い掛かる。

 が───


 ドズン!!!


 地羆グランドベアの方を見もせずに、片手でその目を貫き…止めを刺していた。

 そして、バズゥに目を向けたまま銛をグリグリと掻きまわし念入りに息の根を止めている。


「よかった! お前が来てくれれば百人力だ!」


 ズボッっと抜いた銛には地羆グランドベアの目玉。

 それをヒュンと銛を振るって遠心力で弾き飛ばすと、


「集団にやられて不覚をとっちまった…」

 血の気の失せた顔で苦笑いをするアジ。

 肘から先が消えた腕を指し示し、面目めんぼくねぇと───


「だ、大丈夫か…」

 止血はされているようだが、服の切れ端で縛っただけのようで……真っ赤に染まったそれからは、いまだポタポタと血がしたたり落ちている。


「なぁに…銛が握れりゃ問題ねぇよ」

 アジは何でもないと言うが…漁師としては終わりだろうな。

 この村で唯一と言ってもいいほど…キナに優しく、俺たち家族に優しくしてくれた人物だったのだが。


 エリンがいれば欠損した部位も直せるし、

 教会に大金を積んで高位のスキル持ちに頼む手もある。


 伝手つてさえあれば、エリクサーなんかも入手できるだろうが…


 エリン以外は、いずれも大金が必要だ。


 そして、エリンはここにはいないし、

 大金を稼ぐには働かねばならない、

 ……働くためには体を直さなければならない。


 八方塞がりだ。

 …アジの人生は、これからどうなるのか。


「何湿気しけた顔してやがんだ」

 バズゥの心配を見越したかのように気にすんなとばかり、バズゥの背中をバシバシと銛を持った手で叩く。

 その顔には脂汗がびっしりとにじんでいる。


「とりあえず飲め」

 随分と少なくなったが、ここで惜しんでも仕方ないと軍用ポーションを差し出す。


「おいおい…こんな高価なもの貰えねぇよ!」

 いいから飲め、と押し付ける。

 どうせ日持ちするものでもないしな。いずれ腐って飲めなくなる。

 横流しになるので、売ることもできない。


 結果として、近いうちに使わねばならないのだから…悪い使い方ではない。


「すまん…」

 アジは礼を言って飲み干す。

 ポワワーと淡い光が灯り、患部が徐々に回復していく。

 とはいえ、欠損箇所が治るわけではない。血が止まり肉が盛り上がって皮膚を形成するくらい。


「すげぇな…! ──金は必ず払う!」


 あっという間に塞がった傷痕。

 それをアジはシゲシゲと眺めつつ、

「すげぇな…! こりゃいい薬…すまん、金は必ず払う!」

 いや、いいって。


 金は欲しいけど、そういう稼ぎ方はしたくない。


 それに、

 欠損した腕が戻ったわけでもない。


 バズゥが悪いわけではないが、無邪気に喜ぶアジを前に手離しで追笑するにはいささか軽薄というものだ。

 いや、

 それよりも───


「んなことよりも、店に向かう。ここらにゃ構ってられねぇ!」

 周りの死体と、燃える家屋を前にバズゥは言い捨てる。


 そうだ、

 その他大勢なんざ──

「キナちゃんか!?」


 …他に何がある?


「キナちゃんなら無事なはずだ」

 なに?

「本当か!?」


「あぁ、美人の姉さんが店で冒険者どもをまとめて籠城してる。お前の家も少々かじられているが……大丈夫だろう───」


 店はどうでもいい!


「キナは!?」

「落ち着けよ…」

 落ち着けるか!

「───キナちゃんなら、ほら…なんだっけ、あの二枚目のアンちゃんが、」


 む?


「あー…キーなんとかっていう、しばらく前から店に居座っていた奴だ。アイツがキナちゃんを連れてったぜ?」


 あぁぁ!?


「このボケ!!! それを早く言え!!」

 思わず口をついて出た汚い言葉に、アジが目を白黒させる。


 「何だと、この野郎っ!」と肩を掴まれるが…知るか!


「キーファはどこに行った!?」

 ブンと引きはがして、

 反対にバズゥがアジの胸倉を掴んで詰め寄る。


「あだだだだ…し、知らんわ! 俺は、ここらで防戦するのに手いっぱいだったんだよ!」


 数頭の地羆グランドベアが仕留められている所を見るに、本当に一人で戦っていたのだろう。


「あの、美人の姉さんに聞け! 直前までキナちゃんと一緒にいたはずだ」


 ち…!

 しゃぁねぇか!


 ペイっと、アジを放り出すと店へと向かう。


「おい、待てよ!」

 尻もちをついたままのアジも、

 起き上がるとすぐにバズゥに追従して走り出す。


「今、店には熊が張り付いてるぞ!?」

 だからなんだ!

「知るか、ぶっとばしてやるぁぁ!!」


 スチャっと銃を取り出すと、銃剣をギラギラとさせながら走り出す。


 キナ、

 キナ、

 キナキナキナ!


 キぃぃぃぃナぁぁぁぁぁぁぁぁ!!


 あああああ、くそぉぉ!


 くそ、

 くそ、

 くそくそくそくそくそぉぉ!!!


 どいつもこいつも! ……ふざけんな!!!


 あの子が何をした?

 なんで、こんな目にあう?


 なんでだ!?

 なぁ、なんでなんだよ!?


 ……


 待ってろ、キナ!!

 必ず、お前のところへ行くからな!


「オヤッサン! 熊は何頭いた?」

 そして、種類は……って聞いても分からんだろうな。


「知らん! が、10頭は確実にいたぞ」


 アジが数頭仕留めてそれでも、10頭以上…

 メスタム・ロックから熊が全ていなくなる勢いだな。


 キングベアと地羆グランドベア───その群れ。

 通常のキングベア災害だ。


 キングベアを仕留めれば終わる。

 キングベアさえ仕留めれば───


 だが、肝心のキングベアはどこにいる?


「金色の熊はいたか!?」

「金色?? 見てねぇ! 黒いのばっかだ!」


 チ…嫌な予感しかしねぇな。


 ダンダンダンダダダッ! と、足音も激しく坂を駆けあがっていく。

 店はもう少しだ。


「村にいる衛士は!? 漁労や、青年団は何をしている!?」


 村は地羆グランドベアに好き勝手つ、いいように攻撃されており、

 ──アジ以外に戦っている者は、どこにも見当たらない。


「衛士ぃぃぃ?? あの無駄飯ぐらいどもなら、2、3人まとめて簡単に蹴散らされたと思ったら、へっ……一目散に逃げちまったよ! 残りは教会に立て籠もって居やがる」


 くそ、期待はしていなかったが…

 とことん使えねぇな! ──この村の衛士どもはよぉぉ!!


「青年団は!?」

 緊急時に招集され、村の防災に努める青年団。

 招集権者は村の長老にあり、

 普段は火事や水害、遭難事故なんかに出動する。

 時には衛士の手助けとして犯罪者の山狩りもしたり、害獣モンスターや盗賊なんかが出たときは武器を手に戦うと──されている。


 いるが……


「んなもん…ハバナが自分の護衛に使ってるに決まってんだろ!」

 だよな…


 ろくな武器もないうえ、戦う意思もない。

 あるとすればしがらみ・・・・だけ。金でつながるハバナの奴隷だ。


「あんの爺ぃぃ…」

 ギロっ! と、眼下にあるであろう漁労組合を睨み付ける。


「そこじゃねぇ…あそこだ、あそこ」

 アジがチョイチョイと指をさし、バズゥの怒りの矛先を訂正し──視線を誘導する。


 その先にあるのは、沖合に遊弋ゆうよくしている大型の漁船だ。

 そこに何隻かの小型漁船が付き従っている。


「ハバナの野郎…漁労の金を守るために、若いのを組合に張り付けるのと同時に…──金目かねめのものを持って、さっさと沖に逃げやがった」


 は?


 は、

 ハバナぁぁぁえ…



 ……はえぇぇな、オイ!


 おいおい……


 どんだけの判断力だよ。

 後世にハバナ・ザ・マジックとか言われそうな早さである。


 その速度は迅速そのもの。

 予め対策していたとしても、こうまで鮮やかに避難できるものだろうか?


 速度の秘密はさておき───

 ハバナの奴……

 衛士たちが対処できないと知るや否や、すぐさま逃亡を選んだらしい。

 籠城すらせずに、安全な沖合にいく…

 ずる賢いというか………もうなんだ!?


 わからんわ! あの爺さんのことは!


「とんだ狸だな。狸は肉が臭くて食えないが…爺さんなんざ、熊も好んで食うかよ!」


 それでも、命あっての物種ものだね──か…

 ああして──あの爺さんは今まで生きている。

 そりゃ、かなわんさね。


「ハバナは昔っから、ああさ…」

 首を振りつつアジは諦めたような顔。


 現場主義で職人気質しょくにんかたぎのアジと、拝金主義者のハバナではめることも多いのだろう。

 それでも、ポート・ナナンを支える二人だ。

 表面は上手くやっていた気がする。


「もういいっ! はなっから期待していない」


 こうなりゃ、当初の予定通り店を奪回してヘレナに話を聞くのが一番だな。


「オヤッサン! 俺はアンタにかまけて・・・・られねぇ。自分の身は自分で守れよ!」

「ぬかせ小僧! いっぱしの口を聞いてんじゃねぇ!」

 ケっとばかり吐き捨て、アジが不敵に笑う。


 …まぁ、一人で地羆グランドベアを何頭も仕留めるくらいだ。

 護身だけなら問題ないだろう。


 それよりも───


 パァン!


 と、咳き込むような小さな音が響く。

 そこに混じって獣の唸り声も。


 小口径の銃と、地羆グランドベアの声。

 防戦の最中なのだろう。


 バズゥは周囲の状況に気を向けつつ、一路──我が家へ!


 そこは、


 ……鼻を衝くのは、生き物が焼ける匂い。

 ……そして──生臭い血の匂いも…


「そこ! 腰が引けてるわよ! いいから刺しまくりなさい!」


 勇ましい声の主はヘレナ女史。

 『キナの店』の屋根に上って防戦中らしい。

 ピストル持ちは彼女くらいだ。


「なにやってんの!? 魔法で、クソでも、なんでもいいからぶちかましなさい!」


(さっきの銃声はヘレナか……?)


 それにしても勇ましいな、おい。


「あーもう、くそったれ! 熊はわたしに何の恨みがあるのよ! そりゃ大砲ぶっ放したり、銃で撃ったり色々したけど、アンタたち関係ないでしょぉぉぉぉ!!」


 パン、パン!!


 小型ピストルを二丁、両手に持ち乱射。

 ポイポイっと撃ち終わると、冒険者に渡す。

 負傷しているらしいソイツは、銃の装填補助に使われているのだろう。


「早く次! ちゃっちゃ、ちゃっちゃと弾を込めなさい!」


 もうっ! 愚図ぐずね! と言わんばかりに、装填の終わったピストルを受け取ると構えた。

 その格好は随分とさまになっている。


「ピストルは威力がないからまいるわね───ん?」


 駆けあがってきたバズゥと目が合う。


「あ、あああああ!!!」

 そして、素っ頓狂な声を上げるのはオパイ星人…成人? 性人…? ことジーマちゃんだ。

 あ、オパイは聖なるものだから聖人か!


「へ、ヘレナさん、見て見て見て!! バズゥ、バズゥだよー!!」


 ブンブンブンと両手を振ってピョンコピョンコとアピ―ルしている。うわ…そのテンション退くわー。オパイもブルンブルンと、おーすげぃ。

 って、あ…落ちそうになってるし。


 ジーマちゃんが、ズルっと滑って…下に落ちそうになっている。


 そこを待ってましたとばかり、地羆グランドベアがガリガリと爪を伸ばして、ジーマに文字通り食指を伸ばす。


「ギャーーー!! た、たすけ、助けてーー!!」


 ビリビリビリリィィィと、ローブが破られすっごい恰好になっている。

 それを何とか引き上げるのは剣士風の…ケント君だったか?

 ジーマを抱き留め、大丈夫か? とかゼロ距離で見つめ合いキラキラオーラをだして言っているが──ジーマは「うへへっへ」な格好になっていることを知って、「うぎゃー、見んな!!」とか、…ケント君をぶっ飛ばしている。


 あ、ケント君反対側から落ちそうになっている。そんでもって、また地羆グランドベアが待ってましたーと…


 おい、何の漫才だこれは?


「でけぇオパイだな、あの姉ちゃん」


 ……


 オヤッサン…見るとこそこかい! いや、デカイけどさ。


「バズゥ・ハイデマン!? 何してるの、援護なさい!」

 屋根の上からバズゥを確認したヘレナが、当然のように指示を飛ばす。


 …なんで、アンタは偉そうやねん。


 お前の後ろで震えてる連中──冒険者ぼんくら(笑)と一緒にせんでくれ……


 あ、

 一応、俺も冒険者か───しかも、ランクは「丁」。


 チ……

 そりゃ借金してるし…ギルドの下っ端だけどさー俺。


 だけど、ね!


 俺ぁ、お前の手下じゃないからね。

 キチンと頼み方ってもんがね…


 グルォォォォォ!!!


 と、店の上にいる冒険者を襲わんとしていた地羆グランドベアがこちらに気づく。


 あ、やべ。


 ひーふーみーよーいつーむー…多いな!!!???


 えー!?

 マジですか??


「チぃぃ…やるしかねぇか」 

 

 ズンズンと、こちらに一斉に向き直る地羆グランドベア。その数…10頭!?


「オヤッサン………」

「すまん…まさか、全部ここにいるとは…」


 全部ではないだろうが、一部は教会や漁労にも向かっているはずだ。

 そして、逃げたファーム・エッジ自警団にも。


「そういえば、ファーム・エッジの自警団を見たぞ?」

「あ? あー…おかの連中か…」

 ケッ、どーでもいい、みたいな顔をして言うアジ。


 オヤッサンも、ファーム・エッジのことはあまり好きではないという、一般的ポート・ナナン感性の持ち主のようだ。


「連中…数発撃っただけで、あっという間に蹴散らされちまいやがった…一人だけ奮戦してたみたいだが…──まぁ、最後にゃ昼飯にされたみたいだな」


 ボリボリと、銛の先端であごを掻きつつ言う。


 ──いかにも、キョーミなし……と、いった感じ。


 お責めに、なりでないよ…

 彼らは彼らなりに救援に来てくれたんだから。


 それにしても……

 やられたのはファーム・エッジの自警団──その団長だろうな。


 多分、指示も聞かずに若手が発砲し…不利な状態で交戦……

 あっという間に蹴散らされたってところか。


 仕方なく、自警団の団長は殿しんがりを務め…全員を逃がした後──パクリと、やられた…と。


 ……


 …


 ファーム・エッジ大丈夫か?

 腕っこき…ほぼ全滅したんんじゃないのか…?


 ………俺は知らんぞ。


「でー…こいつらどうする?」

 アジは、スチャっと銛を構えて威嚇いかくする。


 つーか……アンタ結構強いよね…?

 意外といえば、意外。


 ふむ、

 漁師も案外あなどれんな。


 さて、

「やるだけさ…人を喰った熊は…絶対に狩らねばならん」

 言い切ると───


 スっと、気配を希薄にさせるバズゥ。


 スキルの発動。


 『山の息吹』『静音歩行サイレントウォーク』『気配遮断』───!!


 特に猟師系スキルだ。

 獲物を狩る時はこれに限る。


 スー…と気配を絶ったバズゥに、アジが驚く。


「おぉ!? ば、バズゥ?」

 すぐ隣にいるというのに、急に消えたように見えるバズゥに驚いている様だ。

 地羆グランドベアも、最初に気付いた数頭を除いて、

 あとからやってきたものはバズゥ見失っている。


 都合、アジに意識が集中し地羆グランドベアが食欲をアジに向けた。


(…自分の身は自分で守れよ)

 

 冷酷なまでの判断を下し、バズゥは銃を構えると──こちらに気付いていない地羆グランドベアを目がけて攻撃する。


 スチャっと構えた「奏多かなた」には、既に初弾が装填されている。

 ポケットの中にある紙薬莢ペーパーカートリッジの重さを感じつつ───



 バアァァァン!!!


 

 間髪入れずに発砲。

 突然の射撃音にアジが腰を抜かしている。…早く立て! 食われるぞ。


 狙いを付けていた一頭はあえなく死亡。

 高威力で大口径…バズゥの猟銃をまともに喰らえばキングべアですら……───無事では済まない!

 ましてや、その下位である地羆グランドベアに耐えれるはずもなかった。


 突如、仲間がドゥ…と倒れたため、唖然としている地羆グランドベア

 今まで好き放題に人間に襲い掛かっていたのだ。

 それが突如として反撃を受け…あまつさえ一撃で倒されるなど思いもしなかったのだろう。


 山においても食物連鎖のTOP頂点に君臨し、

 命を脅かされるなど微塵も考えたとこがない───と。

 

 地羆グランドベアよ…

 キングベアよ…


 お前等は大人しく山にいるべきだった。


 俺を、

 俺の店を、

 ………俺の家族を、


 キナ愛しい家族を……


 害しようとした───



 ───万死に値する。



 地羆グランドベアよ、

 キングベアよ、


 お前達の棲み家はここではない。

 ここは餌場ではない。



 ここはな……俺のテリトリーだ。

 お前達にとっての、悪夢の寝床なんだよ。


 だから、


 思い知るがいい。

 お前たちの天敵がいることを…

 『猟師』というものがどういった存在かを!!!



 「奏多かなた」を発砲したバズゥ。

 その大口径の銃口から、うっすらと硝煙が棚引いている。


 一発を放ったことで、あっという間に存在を暴露してしまうが、


 そんなことは百も承知───


 それが銃を持つ者の宿命で、隠蔽と潜伏を得意とする猟師の二律背反にりつはいはんというものだ。


 ゴングは鳴った。

 人と獣の技と災が織り成す格闘技パグラチオンの開始だ。



 さぁぁ──


 来ぉぉい!!!



「かかって来いやぁぁぁぁぁぁ!!!」


 グルゥオオオオオオオオオオオ!!!!!!


 一瞬呆気にとられた地羆グランドベアも、すぐに正気に戻る。

 そうだ、

 それでいい…


 お前等はそれでいい!


 純粋で、

 愚かで、

 猛々しい命!


 人と熊───食うか食われるかだ。


 さぁ、

 存分に命を震わせろぉぉぉ!!


 闘いの最中にあって、バズゥは一度呼吸を整え、

 そして、静かな水面の如く平心に満ちると───


 カッ! と目を見開く、


 ふぅぅぅ、

 すぅぅぅぅぅ………

 

 ……


 …


 その命を───頂く!!


 ブワッ、と迸る殺気。

 おののく熊ども、

 さぁ、狩りを始めようか!!


 改めて見直す周囲の状況───


 ほとんど接近戦もいいところ。

 遠距離狙撃を生業なりわいとするバズゥには分が悪い距離だが…


 屋根の上のヘレナ達、

 そして、隣のアジのことを考えると距離を切るわけにもいかない。

 

 近接戦闘ガチンコは得意ではないが、そうも言っていられない。

 ファーム・エッジ自警団のように、不利な体勢での戦闘を強いられることになるが───


 だが、

 だが、

 バズゥは腐っても元勇者小隊。

 地獄のシナイ島で最前線を駆け抜けた男だ。


 おごりはせずとも……

 たかだか、地羆グランドベアおくれを取るはずなどない!

 

 フ──


「獲物がわんさかと───まずは、てめぇぇだ!」

 両手で構えた「奏多かなた」で、銃剣を頼りに真正面からぶち当たる。


 しぃぃぃぃねぇぇぇぇぇ!!


 一瞬でも躊躇したら負けだ!

 地羆グランドベアもまさか、自分より小さな人間が突進してくるとは思わず、ビクリと体をすくませる。


 ズラリと居並ぶ地羆グランドベア…残り9頭か!?

 どうってこたぁねぇぇぇ!!


 覇王軍の斥候隊スカウトチームとの不期遭遇戦に比べれば…

 こんな明確な敵意をぶつけてくる奴ら…物の敵ではない!


 もちろん、単独で──簡単に勝てるほど地羆グランドベアの群れは甘い相手ではない。

 これでだけの規模なら、ちょっとした村程度ならあっという間に守備隊を蹴散らされて、食い尽くされるくらいだ。

 実際、この村の防衛戦力と応援に来たファーム・エッジの自警団は蹴散らされている。


 だが、それは戦い方の問題だ。


 バズゥは『猟師』───獣を狩るのが生業なりわいだ。

 それができないのなら『猟師』足ることは無い!


 少々勝手が違うが…勝てないとは微塵みじんも考えていなかった。


「おらぁぁ!!!」

 バズゥの迫力に足を竦ませた地羆グランドベアに目をつけると、一気に跳躍する。


 テメェは死んだ…

 敵を前にすくんで足を止めた奴はなー! カモなんだよ!!


 自身の体重と突進力、そして銃剣の鋭さを信頼して飛び掛かる。


 喰らえ! ───ズブゥゥ!!


 分厚い脂肪層を突き破り地羆グランドベアの喉元に突き刺さったそれ。

 怯えた目の地羆グランドベアはそのまま血の泡を吹き始めるが…即死ではない。

 さすがにタフだ…

 タフに過ぎるが───だが、もうロクに動けまい?

 

 致命傷を与えたならば、トドメに拘泥こうでいする暇などない。

 一対一なら、油断は禁物──確実に止めを刺す必要があるが…

 多対一なら、まずは敵の無力化と漸減ざんげんに努めるべきだ。

 行動不能に陥りさえ、させられれば…その敵は放置し、次の敵を処理する。と───


 そうでなければ、一人にかまけて・・・・いる間に他の敵に攻撃される。

 故に、コイツは放置!!


 ビュバ! っと銃剣を引き抜き、軽く血振りする。

 

 一拍おいて、地羆グランドベアの喉から血が吹き出し……バズゥにかかった。


「次ぃ!」


 ズボッッと銃剣を引き抜くと、

 地羆グランドベアの喉から──ブシュ…と、血が噴き出し、ソイツはその場で転げまわる。


 それに躊躇ちゅうちょしたわけではないだろうが…地羆グランドベアの動きに精彩せいさいさがなくなった。


「どうした!? 怖気おじけづいたか!」 

 チョイチョイと手で挑発すると、



 グゥォオオオオオオオオオ!!

 


 と、いきり立つ地羆グランドベアども。

 そうだ、

 生意気な餌め……! 俺たちを舐めるな───と、



 はははっ、

「だったら……かかってこいやぁぁぁ!!」


 まるで槍兵パイクのように、銃剣のついた猟銃を構えて見せる。

 


 その様を、店の屋根の上で見ている冒険者たち。

「す、凄い…」

「たった二人で地羆グランドベアを圧倒している!?」

「か、かっこいー…」

「ジーマ!?」


 ワイワイとうるさい冒険者たちを尻目に、ヘレナはピストルを構えつつも──想う。


(…そう、やっぱり……貴方だったのね。フォート・ラグダを救った英雄は──)


 もちろんヘレナには、確信があった。

 状況証拠も……


 だが、


 だが…この目で見るまでは、

 彼がどうやってキングベアの群れと戦ったのかが、説明できなかった。


 故に…

 今ここで、活躍するこの男こそが真の英雄足らんとすることを、全てにおいて確信にいたる。


 だけど、彼は悲しい英雄だ。


 ただの『猟師』で、世渡りが下手で…


 スケベで、

 臭くて、

 偏愛で、

 無学で、

 浅慮……


 なによりも、

 不器用───


 そう、だからこそ彼は英雄にはなれない。


 英雄は人が成る者・・・・・だが、

 それは人が求める者・・・・・でもある。


 バズゥ・ハイデマンを求める人は、……そう多くないだろう。




 彼には───はながない…




 そう、たったそれだけのこと。


 若くもなく、

 容姿に優れているわけでもなく、

 名も、名誉も、家柄も、富も、

 何もない───


 あるのは、

 必死と、決死と、絶死のなかで足掻き……


 汚く、臭く、泥まみれ───…


 そこで輝ければまた違うのだろうが…

 バズゥは、

 バズゥ・ハイデマンは、泥をまとい埋没してしまう方を選ぶ。


 彼は泥を良しとし、

 汚れを頼みに、

 その泥を奇貨として、潜伏し忍び寄り…目的を達成する。


 輝きはない。

 栄光もない。


 だから、


 英雄でもなく、


 勇者でもなく、


 何者でもないが───



 彼は、

 彼はまぎれもなく───強者だ。


 目的のため家族のためならなんでもするのだろう。

 それがためなら……勇者だろうが、英雄だろうが…彼の障害足りえない。


 強者、

 強者!


 強き男───



 本物の強者が、そこにいた。



「どうした! そんなものかぁ!」

 ヘレナがボーっと、

 そう考えているうちに、バズゥ・ハイデマンがさらに一匹を追加で倒す。


「おらバズゥ! 一人でカッコつけんじゃねぇ!」


 そして、見知らぬ漁師が一人──片手で…銛!? を振るって地羆グランドベアの眼球を、目にもとまらぬ速さで貫き仕留めてしまう。


 ──!!??


 えぇ!? 誰よアレ!


 ……


 …


 ……超カッコいい。


 若干、頬を上気させた女が一人、いや…二人。


 なぜかジーマも顔を赤くポーっとさせながら、バズゥの動きを目で追っていた。


 彼女の相棒のケント君が、ガックンガックン揺さぶって「ジーマ! 目を覚ませ!」、何て言いつつ、現実? に連れ戻そうとしているが…意識はバズゥの立ち回りに心奪われている。



 舞うが如く──?


 いや、

 泥と血にまみれた、オッサンの饗宴きょうえんだ。


 華などあるはずもないが、

 人を熱狂させる、確かな血潮を感じるおとこの闘いがそこにあった。


「うおおぉぉらぁぁぁぁ!」

「でぇぇぇぇぇい!!」



 しかし、

 階下の二人はそれどころではない。


 細かな傷を負いつつも、必死で駆逐する。


 銃剣と、

 銛が、

 乱れ乱れて、貫き切り裂く───


 荒い息をつく二人…

 余裕そうにふるまってはいるが、



 ──やはり数の暴力はいかんともしがたい。



 グオォオォォォ!!


 憤り、興奮した地羆グランドベアの一撃を危なげなくかわしつつ、

「オヤッサン邪魔だ! ──銃が使えねぇ!」


 なんとか、銃に有利な距離を取ろうとこころみるが──


「抜かせ小僧! テメェこそチョロチョロすんな、…よっと!」 

 地羆グランドベアの一撃を紙一重でかわすと、アジは懐に潜り込み、

「オラァァ!!」

 貫通させんがばかりにもりを突き通す。


 凄まじいまでの速度と威力で、地羆グランドベアの肋骨をも突き破ると…その先の心臓も一気に破壊して見せた。


「どうだぁ! バズゥ、『漁師』をなめんなよ!」

 俺たちはこれで食っているんだ! と、もりを引き抜き、かざしてみせようと───あれ?


「アホォ! 銛には返し・・が付いてる! 地羆グランドベアの肉がどれだけ分厚いと───」

 バズゥの指摘に、アジは焦る。

 銛を引き抜こうにも、地羆グランドベアの肉が絡まり抜けない。

 

 肉ごと抜き取りたくとも弾力と硬さを備えた肉だ。

 尖ったもので突くならともかく、ただ力任せに抜いたところで…


「ふぬぐぅおぉぉぉぉ!!」

 片手でギリギリギリとアジが力を込めているが…


 グルルルルルルルルルル……


「オヤッサン!」

 バズゥはバズゥで対峙している地羆グランドベアから目を離せず、銃剣でやり合っているが…その隙にアジが別の地羆グランドベアに狙われている。

 慌てて、腰から鉈を抜くと、


 ──受け取れ!


 と、ブンッ…とばかりに投げてやる。


「うぉぉ!」

 間近に迫った地羆グランドベアに、おののくアジ。

 咄嗟とっさに庇った腕は、──既に食いちぎられて短くなったそれだ。


「いでぇぇ!」

 バキバキバキと骨を砕く音共に、物凄い力で圧砕される、が───


 ブンブンブン! と、飛んできた鉈を格好よく受け取ると、

「オォォォラ!」

 ブワキィと、下から切り上げ地羆グランドベアの顎を切り飛ばした。

 それ一撃で倒せるわけではないが、もちろん致命傷だ。


 ドバっと血を噴き上げつつも、無茶苦茶に腕を振り回しアジを捉えんとする。


「どわっ!」

「オヤッサン! 無茶するな牽制けんせいだけでいい!」

 漁師のアジには、バズゥの山刀マチェット───鉈は慣れない武器だろう。


 まぁ…もりなたを武器と言っていいのかどうかは知らないが───


「ぬかせ! ポート・ナナン沖の荒波で、俺が何十年と飯食ってると思っていやがる! 陸の生き物に臆するものかよ!」


 ヘ! 言うねぇ…とバズゥは口の端を歪める。

 アジなら、大丈夫そうだ。


「じゃぁ、そっちは任せる、あと数体……殲滅せんめつするぞ!」

「おうよ!」


 アジに気を取られていたバズゥの前に、黒い影が迫る。


「うっ!」

 起き上がった地羆グランドベアが押し潰さんとし掛かり、バズゥに覆いかぶさる。


「南無さん!」

 祈るような一言──

 ドォ! と背後に倒れ……そのまま、銃床をしっかりと地面に委託いたくし、銃剣を槍の様にして──落下に備える。


 グゥオオオオオオオオオ!!


 ズゥン! と、

 土埃が舞う中…ブシュっと地羆グランドベアの背中から銃剣が生える。



 地羆グランドベアの自重を利用したつらぬきだ。



「ち…手こずるな…」

 いつもの馴染んだ武器が一つないだけでこれだ。

 「奏多かなた」が悪いわけではないが……

 どちらかというと、バズゥの戦闘スタイルは「那由なゆ」との2丁持ちで戦ってきたためか…どうにも、調子が狂う。


 一発撃って装填しても──もう一丁が予備としてあるだけで随分と戦いの選択肢が違うのだ。


 地羆グランドベアから抜け出し、背中に突き出したソレをズルズルと引っ張り出す。

 血と脂にまみれているが、機構に異状なし。


 ──流石さすが……カトリ・ゼンゾーの作。


 名前を初めて知ったが…たいしたものだ。

 まぁ値は張ったが…


 高級品とはいえ、金で買えないわけでもなかった。

 これを惜しんで死んでは、元もこうもない。

 シナイ島では、これでもまだまだ足りないくらいだ。


 金より命、

 命と家族!


 天秤に掛けるのも馬鹿馬鹿しい。


 さて、

 残り3匹か……


 あっという間に、半数を討ち取る『漁師』と『猟師』。

 

 さぁ、〆だ!


 トントンと鉈で肩を叩きつつアジが不敵に笑う。

「バズゥよ…随分、苦戦中じゃねぇか? 俺はよぉー、勇者エリンちゃんの叔父ってのは、もっとこう…」


 へっへっへ…と馬鹿にしたように笑うアジに、


「エリンは別格だよ」


 そうだ…俺の姪・・・は最強だ。

 たかだかいち猟師にすぎない俺とは── 一線をかくすどころじゃない…もはや次元が違う。


「………だからって、置いてっちゃ行けねぇよな?」

 

 ち…

 痛い所を衝きやがる。


 そんなこと………………


「わぁぁってるよ…」


 耳の痛い話題だ……


 俺がエリンを置いて逃げ帰ったのは事実だ。

 事の経緯はどうあれど───



「分かってんだよ…!」



 顔を覆い一瞬だけ天を仰ぐ。

 敵前で、考えられないほどの無防備さ。


 その動きに地羆グランドベアも乗じようとするが──

 

 動くんじゃねぇ、とバズゥがすぐに視線を戻し……睨む。

 その視線に気圧されたのか、地羆グランドベアは遠巻きに唸るのみ。


 チ……

 おちおち悩むこともできねぇとはな。


 アジはニヤリと口を歪め、バズゥの様子に目を細めた。

「へ……わかってるなら──ま、俺が言うことじゃねえな」


 その役目じゃないと、独りごち…頭を振るアジ。


 そうさ、

 オヤッサンに言われるまでもない。

 これは、家族の問題だ。


 だから、よ。


 ……


 …


 ──とっととケリをつけるとするか!!


 シュキっと、「奏多かなた」から銃剣を取り外し腰に挿す。

 そして───

 ズシャァァァと槊杖カルカを引き抜くと、口に咥えた。

 開いた手はポケットをまさぐり、

 紙薬莢ペーパーカートリッジを取り出すと5指に挟み込むと…


 まずは一発目!!


 紙薬莢ペーパーカートリッジの端をほぐして開放。

 銃をブン回して火蓋を開けると火皿に火薬を注ぎ込み、パチリと蓋を閉める。

 そして、もう一度回転銃口を覗き込むように自らに向けると、紙薬莢ペーパーカートリッジに残った火薬を注ぎ込みその包み紙ごと───槊杖カルカで銃に押し込む。

 グシャグシャという紙が巻き込まれる音がして底に達する。


 装填完了。

 邪魔な槊杖カルカをポイっと空へ逃がす・・・・・と、


 撃鉄を起こしてコック・ポジションにし───


 


 『反動軽減』

 『姿勢安定』

 『速射』ぁぁぁぁぁぁ!!! ───ズバァァァァァン!!


 ドパァン…と、こちらの出方を窺っていた残り三匹のうち…一匹をあっという間に仕留める。


「キナの件が、かたぁぁ付いたら………」


 あっという間に残り二匹。

 マンジリと近づき出方を見守っていた地羆グランドベア

 ……今や戦意はかなりおとろえている。


 キングベアの統制が効いているので、そう簡単には逃げないだろうが…

 心は既に折れているだろう。


 特攻か、逃亡か、決めかねている───

 どうする? 地羆グランドベアよ…

 ははは、まさか──今、考えてるのか?


 だが、


 だがなぁ、そんな悠長な時間はやらねぇよ。


 そう、バズゥは時間など与えない。


 彼は与えない。

 与えないし、

 バズゥ・ハイデマンは容赦もしない。




 だから、


 彼らにはグランドベア───命がない。 




 そして、

 『冷却促進』

 『急速装填』


 !!!


 猟師スキルを惜しげもなく発動。


 眼にもとまらぬ速さで銃をブン回すと、

 指に挟んだ紙薬莢ペーパーカートリッジを口元近づけ、端を噛み破ると撃鉄をハーフコック・ポジションにした状態で火皿に火薬を注ぎ込む。


 さすがに、眼前で火薬に弾丸と──悠長に装填させてくれるものはない。


 地羆グランドベア地羆グランドベアなりに……


 させるか、と───!!


 地羆グランドベアようやく突撃。

 と、同時に、

 さっき、撃った個体がが、今頃どさりと倒れ伏す…


 戦闘にいるが故に、誰も彼も時間経過が狂っているのた。


 その時間は、

 ただ純粋に闘志の発露あれ───


 熊よ、

 地羆グランドベアよ!!



 戦場で、迷いがある奴はなぁぁ、真っ先に死ぬんだよ!!



 おらぁぁぁ───!!

 今更、

 今更攻撃しても遅いわ!



 残り2頭…………獲る!!



 火皿を閉めると銃を反転し、紙薬莢ペーパーカートリッジを銃口に押し当て、指で軽く突っ込むと、


 手をくうへ伸ばす──…


 その手が…

 あらかじめ空へ放っていた槊杖かるかを、


 ヒュンヒュンヒュン! 


 と、降りてきて───まるで、狙ったようにそこへ着地・・・・・


 そして、装填んんん! グシャグシャ───…


 『反動軽減』

 『姿勢安定』


 スーと、冷静に過ぎる動きで、


 グゥォオオオオオオ! ──…「遅ぇよ」


 『速射』

 ───ズドォォォォン!!


 ……


 ズル…ズゥゥン…!


 あと、一匹───!!


 猟師スキル『冷却促進』

 スゥゥと白い蒸気が立ち上り、熱された銃身が冷え込んでいく。

 そして、


 『急速装填』───…


「おらよっと!」

 グッチャグッチャ…と鉈を叩きつけるアジ。

 その足元には地羆グランドベアが倒れ伏しており、顔面がアジによって耕されていた。


「……十分だオヤッサン」

 

 ポンと肩を叩き、止める。

 …フンと、鼻息荒く手を止めたアジ。


わけぇのが、何人か食われちまってな…」

 ペッと唾を地羆グランドベアの死体に吐きかける。

「わからんでもないが…」

 動物相手に憎しみを抱いても仕方がない───まぁ、俺もキナやエリンがやられたら同じこと言えるかわからんがな…


「残りのトドメも、頼めるか?」

 鉈を継続して使わせ、まだ息のある地羆グランドベアのトドメを頼む。


「任せとけ」

 二つ返事で了承したアジは、鉈を手に──残る地羆グランドベアのうち行動不能に陥っているものに容赦なく止めを刺していく。

 獣の生命力を甘く見てはいけない…

 下手に手傷を与えて逃げられでもしたら──手が付けられなくなる。

 

 だから…

 丁重に、あの世へ送って差し上げるのだ。


 一応、と弾丸を装填し、

 銃剣も着剣しておく。


 どれもこれも地羆グランドベアの血と油でべとべとだ。

 …後で洗わねぇとな───


 っと、それよりもキナの行方を!


 屋根の上っているヘレナに近づき、店の軒先まで歩いていくと───


「おい、全部倒したぜ! 降りてこ」

「───まだよ! 中にあと一体い」


 グゥオオオオオオオオオ!!


 んな!?


 ドドドドドと飛び出してきた地羆グランドベアに完全にきょを突かれる。


「ぐぅぉおぉお!」

 ガキンと辛うじて銃身で一撃を止めて見せるが、続く第二撃は───…


 無理か!?


 ガンっと食らった爪の一撃は、強烈だ。

 しかも、奇襲を受けるなんて想定していなかったため姿勢が不安定で───

  

 武器である「奏多かなた」がぶっとんでいく。


 ガシャっと転がるそれを追う暇もなく、地羆グランドベアの追撃、


 追撃、

 追撃、

 追撃、


 追撃! 追撃! 追撃!


 グゥオオオオオオオオ──!!


「うぉぉぉおおおお!!」


 素手になったバズゥは攻撃を受け止める手段もなく…

 身をよじり、転がり、跳ねて回避に徹するのみ。


 殺られる!!


「バズゥ・ハイデマン! 使いなさい!」 

 ポイっと投げ渡されるのは、ヘレナの使用していたピストル。

 いかにも小口径で頼りないが…


「ヘレナ全部貸せ!!」


 は? と、いう顔を浮かべたが、ヘレナの反応は早い。


 都合つごう、彼女の持ち込んでいるピストルは6丁…!?

(どんだけ持ってるんですかあんたは──)


 パシリと受け取ったピストル。まず1丁めぇぇぇ!


 順次、頭の上から降り注ぐそれをぉぉぉ───


「下手な鉄砲、かず撃ちゃ当たるっていうがな…」


 『姿勢安定』

 不安定な姿勢ながら銃口のブレが収まり──

 

 『反動軽減』

 ギュリリとグリップ力が強化される…


「上手い鉄砲はかず撃って───全部当てるもんさ!!」


 『速射』ぁぁぁぁ


 パンッ!!


 『姿勢安定』

 『反動軽減』

 『速射』


 パン!! 


 『姿勢安定』『反動軽減』『速射』っぁぁぁっぁ!!!


 パン! …パンパンパン!!!


 


 ……………


 ゴフ…


 ズゥン……!!


 6発全弾命中させると───…


 地羆グランドベアは地に伏せた。

 その額に弾痕が多数あるが…


 数が合わない。


「良く仕留めたわね…」

 ヨッ! と言って店の屋根から飛び降りてきたヘレナが感心したように言う。


 暗に、ピストルでよく───と……


「どってこたぉねぇよ……同じところに当てたまでさ」


 脳に達した弾痕は一つだけだったが…十分だった。

 集弾は多少ばらけていて、同じ箇所に集中させれば、こんな芸当もできるだろう。


「すごいすごいすごい!」

 バぁぁぁズゥぅぅぅ! とか言って抱き着いてきたのは、オパイ聖人のジーマ。


 おっふ。

 オパイが顔にぃぃぃ!!


 匂い…


 良い!!


 メッチャクチャにしちゃっていいですか!! ───…ばぁぁずぅぅぅ…!


 はい! キナさんごめんなさい!

 って…!


「ぉぃ…プハッ! 退け!」

 オパイを鷲掴みにして引きはがす。

 …何だよ、アン♡ って…ドキっとするからやめたまいよ!


 ポイすとジーマを捨てると、



「ヘレナ! キナはどこだ!!」



 ガシっと掴んで揺さぶると、ガックンガックン!!

 ヘレナの髪がユーラユラ。

 メガネが上下にカックンカックン───


「ちょ、やめ…やめなさい! おえぇ……ば、バズゥ・ハイデマン!」

 パチンと軽く頬を叩かれる。


 ちっとも痛くはなかったが…その音と衝撃で少し冷静になれたバズゥ。


「ぬ…すまん」


 ヘレナを開放すると素直に謝るバズゥだが、

「すまなかったが───ヘレナ! 頼む! キナはどこなんだ!?」

 本題は絶対に見失わない。


「落ち着きなさい…」

 また掴みかかられては堪らないと、防御姿勢のままヘレナはバズゥを牽制───落ち着けるか!


「キナさんは無事よ──…いえ、無事なはず。…ここから避難させたわ」

 ココ、と言って──地面に転がる地羆グランドベアの死体を軽く蹴飛ばすヘレナ。


 彼女からすれば、『キナの店』は死地だったのだろう。

 店は籠城に向いた作りでもないし、

 なにより……非戦闘員であるキナは足手まといだったはずだ。


 本音はともかく、足の不自由なキナを戦場から遠ざけようと尽力じんりょくはしてくれたようだ。


 だが───……


「どこだ!」


 そうだ、どこなんだ!

 キナはどこだ!


「…キーファに護衛させて…避難させたわよ!」

 もう! とばかりにヘレナも自棄やけっぱちに答える。

 それほどまでに、バズゥの剣幕は激しいものだった。


「キーファだと…!」


 事前にアジから、キーファが連れて行ったと聞いたが…ヘレナの指金さしがねでもあったのか!


「アンタ! アイツが何考えてるか知ってるだろうが!」

 キーファの下種げすな欲望について、フォート・ラグダで顔合わせした時に認識したはず…


 アイツはキナを狙っている……

 なのに、このアマときたら!


「わかってるわよ! だからこそ…アイツはキナさんを死ぬ気で守るわ」


 それは詭弁きべんだ!


 だいたい…


「なんで、キーファがここに来た!」

 そうだ…一時金は払っている。

 キナの身柄は当分、自由のはずだ。


 ギルドの監督責任とやらも…キーファの手から離れているはずだ。


「そ、それは…」

 ゴニョゴニョとここで初めて口ごもるヘレナ。


 …?


 なんだ?


「おぃ…」

 底冷えする声で、ヘレナに殺気をぶつけるバズゥ。


 ヘレナは目をらす。なぜか額には冷や汗が一滴ひとしずく

 この態度は…後ろめたいことがある人の──それだ。

 何を知っている?


「…偶々たまたまキーファがいたから護衛させたの! 悪い?」

 あぁ!?


 そんな偶々たまたまあるかよ!


「お前…分かってないな?」

「何のことよ?」


 ち…これだから街の人間は、

「キングベアの目当ては、キーファだ」


 おそらくだが…な。

 少なくとも、キーファの手下である、モリとズックは狙われている。

 そして、モリが哨所で保存食になっていたことを考えると、残りはズックと───キーファ。


 今、ここを襲ったキングベアと地羆グランドベア達が、必ずしもキーファの匂いを知っている可能性は───何とも言えないが…


 先のフォート・ラグダを襲撃した連中の生き残りだとすると、

 メスタム・ロックでキーファ達が襲われた際に、群れ全体で餌認定・・・されていた可能性は高い。


 なにせキングベアや地羆グランドベアしつこさ・・・・といったら、もう…


「…キーファが? どうしてよ?」

「………連中のボスは、フォート・ラグダを襲撃したキングベア──その生き残りの可能性が高い」

 高いというか…間違いなくそうだろう。

 早々そうそうキングベアがポコポコと突然変異を起こすとは考えにくい。

「は? それが何?」

 ヘレナとて、キングべアが希少種レアモンスターだと知っている。

 その生態まで詳しくなくとも、早々そうそう数がいないものだというくらいの認識はあった。


「それが何? じゃねぇよ…!」

 本気で分かっていないヘレナと───見守る冒険者どもに簡単にキングベアと、その同族である地羆グランドベアの性質を教えてやる。


 くそ! 時間がねぇってのに…


 仕方なく、バズゥは経験を積んだ猟師なら誰でも知っている話を語って聞かせる。


 地羆グランドベアどもの習性と、貪欲どんよくさ──

 そして、食と残虐さと傍若無人の様を……


 訥々とつとつと─────


 ……


 …


「ちょ…嘘…でしょ?」

 餌に執着するキングベアの性質を聞いて絶句するヘレナ。

 そして、


 ようや合点がてんがいったという顔。


「そ、それじゃ…フォート・ラグダが襲われたのって…──」

「十中八九…キーファ達を追って来たせいだろうな」


 クラっと眩暈めまいを覚えた──といった表情でヘレナが額を押さえる。


「どうりで…この店に集中したわけだわ───バズゥさん、ちょっと来て」

 そう言って、バズゥの反応も待たずにさっさと店の中へ入っていくヘレナ。


 そんな時間…ねぇっつの!


 しかし、ヘレナに話しても危機感がいまいち伝わっていない。

 自分のコミュ力のなさに頭痛すら覚える。


「見て…」

 店の中は酷い有様だ。

 何頭かが押し入り荒らしたらしい。


 少なくとも一頭は確実に中にいたしな…

 納得の壊れ具合だ。

 キナが見たら悲しむに違いない──


 強烈な獣臭に混じり…血の匂いと──臓物臭。

 そして、うめき声。


 近くには壊れた椅子とテーブル…そして、


 


 食べかけのズックの…瀕死の体。




「こ…殺してくれ…」

 ゲフゲフと、真っ黒な血を吐きながらうめくズック。

 痩せた体は…はらわとが飛び散るほど食いちぎられている。

 

 傍には、冒険者らしい治療士がいるが…気休め程度にしかならないスキルをかけていた。


 ここまでの致命傷を負うと、エリクサーや相当高位の治療スキルがないとまず助からない…

 通常の回復力を促進するだけのポーションでは───絶対に助からないだろう。


 千切れた腕の欠損箇所を防ぐこと・・・・は出来ても…損傷した内臓を、自然治癒で治すのは不可能だ。


「もう、長くないわね…ついさっきまで地羆グランドベアにしゃぶられていたから…」

 感情の読めない顔で語るヘレナ。


 そうとうに凄惨な現場だというのに…ヘレナは、顔を背けることもしない。


 流石は女傑…


「ズック…話はできる?」

 治療士の冒険者は首を軽く振っているが…ヘレナはえて無視した。


「こ、こ……殺してくれ…頼む」

 もはや、助からないのは──彼とて知っているのだろう。

 今は痛みから逃れたい一心に違いない。


 ヘレナと違い、

 バズゥは顔をしかめつつ、この悪趣味な場に自分を同席させたヘレナを罵倒したい気持ちだった。


「楽にしてやれよ…」


 フィっと顔を背けたバズゥに対して、

「いーえ…そうはいかなくなったわ」

 氷点下に近い表情でヘレナは言う。


「バズゥさん…アナタの話を聞いて、ぜひにと──コイツからも話を聞いて置きたいと思ったのよ」

 口の端だけクィっと曲げて笑顔を作った。…いや、作ったような気がしただけ…まったく笑顔でも、なんでもない不気味さだ。


「あなた達の行動で……フォート・ラグダにどれほどの被害が出たか知っているの?」

 苦しむズックの顔を掴んで目と目をあわせる。


「そして、また……よくも、まぁオメオメとこの村に逃げ込んでこれたわね」

 幸いにも…ズック以外に、冒険者の被害はなかったようだ。

 とはいえ、何人もの村人は犠牲になっているし…ファーム・エッジの自警団も壊滅状態。


 人的被害と、その他諸々は多数に上る。


「な、なにを…? ぐぅぅ…いいから殺してくれ!!」

 カハッ! と血を噴き出すズック。

 パタタッ……

 その血が顔についても表情一つ変えないヘレナ。


 見ているバズゥのほうが、思わず顔を──嫌悪と痛みへの共感で歪ませた…


「…話したら楽にしてあげるわ」

 そして、突きつける残酷な交換条件。


「ぐぅぅ…わかったよ…だから…!」

「えぇいいわよ…楽に・・してあげるから」



 話せ───



 ヘレナの言葉は冷徹で労りなど毛ほども感じられない。


「な、なにを聞きたい……ぐぅぅ!」

 ズックは、息も絶え絶えに言葉をつむぐ。

 一言一言に血交じりのセリフ…

 文字通り、血を吐くように──だ。


「…ここ数日の行動───そうね…キーファと受けた、キングベア討伐のあらまし・・・・でも話してもらおうかしら?」


 おいおい…自伝でも書かせる気かよ。

 俺はキナの行方を知りたいんだよ!


「ゲフッ………んだよ? そんなことか? …キーファの野郎が……簡単な依頼だって言って…熊寄せを───」


 聞けば、おおむね…バズゥの予想通りだった。


 キングベア討伐の依頼クエストを受けたキーファは、手下を集めて山狩りをする…

 するも、

 上手くいかず、雇った猟師の提案で「熊寄せ」を使用したらしい。


 「熊寄せ」の効果は抜群らしく、

 その餌を使って一網打尽にようと目論んでいた。

 が………目論見は崩れる。

 熊は熊でも、キングベア。

 

 その暴威は想像を越えていたという。


 襲撃を受けた夜。

 その日のうちに、キャンプ地としていた王国軍哨所が奇襲され…キーファ達はチリジリになったらしい。


 キーファは馬のお陰もあって素早く逃走。

 夜目に優れるズックもキーファと逃げることができたが、……他は知らないという。


 嘘ではないだろうな。

 …まぁ、

 他は皆──う〇こになってるよ…


 逃げ延びたはいいが、

 戦力を失ったキーファは再び山中に入るべく、有志を募ろうとフォート・ラグダへ向かったと───



 そして、あの災害が発生したらしい…



 まぁ、これだけ聞けば悪意はない。

 運が悪かっただけとも言える。


 キーファ達に、まともな熊に関する知識はなかったのだから…

 だから許されるというものでもないだろうが、この場合──証拠はどこにもない。


 だから…───


「なんで……」

 ん?

「…なんで、そこで死ななかったのよ!?」


 へ、ヘレナ?


「あ、あんた達のバカのせいで……いったい何人ひとが死んだと思ってるの!」

 能面のうめんの様にズックを見下ろしていたかと思うと、ヘレナは感情をむき出しにして瀕死の彼を罵倒する。


「し、しらねぇ…しらねぇよ…ブフッ…」

 苦しそうな顔は、今にも昇天しかねないほどだ。


「ヘレナ…コイツのせいばかりじゃない」

 バズゥが口を挿む。

 別にズックをかばいたいわけではないが…


「キングべアは既に山中の哨所を襲いつくしていたはずだ…だから、」

「いずれは…街が襲われていたって言いたいの?」


 …そうだ。


 コクリと頷くバズゥを見ても、ヘレナの表情は変わらない。


 キッとバズゥを睨むと、

「だとしても無責任よ…時間やタイミングが合えば…対策だってできたかもしれない」

 ギリリと唇を噛むヘレナ。


「たら、れば、の話をしても仕方ないだろ」

 バズゥはそっけなく言い放つ。


 正直…分かり切っていた真相だ。

 はっきり言ってどうでもいい。


 そんなことよりも───


「甘いわよバズゥ・ハイデマン……で、なんでまた山に入ったの?」

 もう一度バズゥを睨んだ後、ヘレナは詰問を続ける。


「……キーファの野郎が…、旨い話があるって言いやがって──」


 ……


 …


「なんだと!?」


 気を失う寸前のズックが、

 喉が自分の血で溺れる寸前になるまで必死で話す。


 その内容───


 ……


 哨所に置き捨ててある冒険者の荷物と、その装備品…それをくれてやると言われたらしい。


 一見すれば大したことがない話に見えるが、

 キーファの手下、十数人分の荷物だ。

 当然、根無し草の冒険者の事。金も全て持ち歩いている。


 それを、そっくりそのまま貰えると───


 当初は地羆グランドベアの脅威に腰が引けていたモリとズックだが…


 キングベアもろとも、

 フォート・ラグダで全滅したと説明されたため、あっさり信用したらしい。


 実際、当時街に逃げ込んだモリとズックはフォート・ラグダの大勝利と、さらされたキングベアの王の死体を見せられて納得していたらしい。


 生き残りがいるかも、とは考えつかなかったようだ。


 だが…いた。

 いたのだ。


 

 のもの……



 傷付き、

 腹を空かせた、

 人を恐れぬ狂暴極まりない、森と山の王が────



 モリとズックは、山中で冒険者の荷物を回収した後哨所で一泊。

 次の日に山を下りる予定だったが…

 その夜に金色のクマに襲われ、モリは即死…彼が食われている間にズックはうのていで逃げ切ったという事───


 バズゥは哨所の光景を思い出しつつ、

 ズックのいう話の中──彼等が王国軍の装備品まで荒らしたことはせていたこと以外について、辻褄つじつまを合わせていく。


 が、特に矛盾点はない。


 嘘を言っているわけではないだろう。

 まぁ…この状況で嘘も何もないのだが──


 そして、肝心のネタ。くだんの金色の熊…キングベアは──負傷した個体であったと…


 やはり、か。


 間違いなく、フォート・ラグダでの生き残りだろう。

 状況からして、キングべアの最後の一頭らしい。


 キーファのいう事も、あながち間違いではなかったのだが…おそらく、


「今ならわかるぜ…グフッ…き、キーファの奴…俺らを釣りえさ代わりにしやがったんだ…」


 キーファの考えか…──


 ……


 キングベアが生きているかどうか分からない…

 だから、餌を山に送り込んで反応を探る───と、そんなところだろう。


 あれで、そこそこ頭が切れるらしいキーファ。キングベアとの戦いで敗れたとあっては…雪辱を晴らすために再戦を望むだろう。

 そして、今度こそ確実に対峙たいじし───退治たいじするために、準備した。


 キングべアを仕留めることで、ブチ折れたプライドを回復したい……なーんてのは、お貴族様の考えそうなことだ。


 そして、その準備の段階で、

 徹底的にキングベアの性質を調べ…その食性に気付いた、と。


 餌への執着と、

 集落を襲った容赦のなさ───


 そのことから、フォート・ラグダの災害の一端が自分にあると気付いてしまった。


 だから、モリとズックを使って…山中に送り込み、口封じと釣り餌の両方を兼ねようと思ったわけだ。


 まぁ、

 ある程度は予想でしかないし、ズックのキーファへの恨み・・・・・・・・から都合の良い解釈をしている可能性もあるが…


 大きく外しているとは思えない。

 実際、モリは食われたわけだし…ズックはキングベアを見たと、キャンキャン騒ぐ。


 キーファからすれば、モリとズックの二人が帰ってこないならそれでもよかったのだろう。

 帰ってこなければ、キングべアが生き残っている可能性がある。

 無傷で帰ってくれば生存の可否は不明…ならば何度でも送り出すまで、

 生存が絶望的とわかるまでは、キーファは何度でもモリとズックを釣り餌代わりにメスタム・ロックに送り出すに違いなかった。


 たまたま、一発目であたりを引き…

 予想に反してズックは逃げかえってきた───と、いったところが今回の顛末てんまつらしい。


 思惑と違ったのは、ズックが群れを引っ張ってきたことだろうか…

 モリとズック達がキーファと何処どこで合流するつもりだったかは知らないが、ロクな防衛力のないポート・ナナンはそれで壊滅的打撃を受けた。


 …キーファのくだらない浅知恵の賜物たまものだ。


 素人が…


「馬鹿め…山を舐めるからこうなる!」

 吐き捨てるように言うバズゥに、

「アナタも人間を舐め過ぎ・・・・・・・よ……これくらい、バカならやる・・・・・・わよ」


 それだけいうと、きびすを返して表に出るヘレナ。

 血の臭いに辟易へきえきしていたらしい。


「お、おぃ! ゲフ……楽にしろよ……するっていったじゃねぇか!!」

 ズックは土気色の顔を弱々しく持ち上げると、ヘレナの後ろ姿に罵声を浴びせる。

 そして、今だたたずむバズゥに目を向けると───


「な、なぁ…頼む…グフッ、もう殺してくれ…頼むよ!」

 瀕死のズックは、すがりつくような目でバズゥを見るが、

「他を当たってくれ…」

 チラっと治療士を見ると、弱々しく首を振りつつも、再び治療に専念し始める。


 助かる見込みはないが…手は尽くしてくれるようだ。


 ……


 悪いが、諦めな…──


 こんな、

 こんな環境でもな……

 お前はまだ、恵まれているほうさ。


 シナイ島の野戦病院では望むべくもない──望外ぼうがいの処置だ…


 あそこでは、死にかけの患者……いや、死ぬことが分かっている患者など、放置されていたのだから。


「なぁ! おい!」

 ズックの悲痛な叫びを聞きながら、バズゥも外へ出る。


 人間はどこまで行っても人間だ。

 

 ヘレナは認めないだろうが…キングベアが一方的に悪いわけではないだろう。

 彼らは、タダそこにあっただけ…


 バズゥからすれば、家族に危害さえ加えなければ、ただの人と山の営みだとしか思えなかった。

 ──人と熊は相容あいいれない。

 だが、生活圏を脅かさなければ何方どちらも早々に接触はしない。

 

 『猟師』は一方的に地羆グランドベアを狩るが、その分…山で逆に返り討ちに合う可能性もある。

 地羆グランドベアとて、黙って狩られはしないのだから。


 むしろ例外を除けば、地羆グランドベアやキングベアは、人間なんぞよりもよほど強い。

 単純に生物としてみれば、圧倒的な実力差がある。


 ………


 だが、人間だ。


 人間の強さは個よりも、社会という一個の意識が働くから強い…

 人を食った熊は必ず狩る───


 その強固な意思。


 だから

 最初から地羆グランドベアに勝ち目はない。


 ないのだ。 


 そのうえで、彼等の勝利条件とは、殺されるまでの過程で何人の人間を殺せるかが、

 ……一度でも人襲った地羆グランドベアの最後の抵抗になるのだろう。


 そして、実際に彼らは狩られた。

 狩られたが…



 キーファめ!



 怒り心頭といった様子で店から出てきたバズゥを見て、

 ヘレナを含む、ギルドの面々にアジも驚いている。


 なにがどうしたって?


 そりゃお前───


 ………


 もっと、こう………人と山のかかわりは純粋なものだったはず───キーファのやる「手柄のための討伐」と、バズゥの「生活のための討伐」…どちらも同じことだが…


 まったくもって、違うと思う。

 山への敬意と畏敬。


 キーファにはそれがない。


 ただの駄棄だきすべき下らない欲求だ。

 お貴族さまの気持ちがわからないわけでもないが、ね。


 それでも、命のやり取りに自己満足をはさむだけでこうも醜悪になるのか。


 バズゥの考える、

 ──猟師と熊との命のやり取りとは、また違う…


 なんというのか、

 キーファのやろうとしていることは、一種のゲーム性を感じるせいもある。


(それを言えばギルドの仕事は全てその範疇はんちゅうになるわけだが……)


 いずれにせよ、

 醜悪でつ………傍迷惑はためいわく極まりない。


 まぁ、

 熊からすれば、キーファもバズゥも変わりはないのだろうが。

 

 だが、な。

 だが、…だ!


 だがだぞ!?


 ………


 いや、

 言うまい。

 これは価値観の問題だ… 


 いずれも人間の価値観。

 ──熊には関係ないことだ。

 

 ならば、人と熊の関わりは別にして考えよう。


 ただの、一王国人として、だ。

 それでいけば、

 ──キーファよ………全体を通して言うなら、

 お前は…、

 お前は「家族」を傷つけた。



 価値観の問題だとするなら…

 熊もキーファも俺からすれば同じだ。



 どちらも、家族に仇をなすもの───

 俺の………敵だ。


 どちらも俺の敵──

 家族の敵だ。


 キナ家族を…

 俺の家族・・・・を害する敵だというなら容赦はしない。

 その認識に変わりはない。


 静かに殺気を立ち上らせるバズゥを見て、ヘレナはおずおずと、話かける。

 さっきの、威勢はどこへやら──


「バズゥ……さん、キナさんをキーファに預けたことは…その、」

「いいさ…──最良だと思ったんだろう?」


 言い訳を述べようとする、ヘレナの機先きせんを制してバズゥは話す。

 しかし、


「……」


 ちょっと気まずそうに眼を逸らすヘレナ。


 ……


 …


 なんだ?


 ……いや、それよりも、


「とにかく教えろ。キーファは……キナはどこだ!?」


 いい加減、らされるのはウンザリだ。


 正直…キーファのことは気に入らないし、

 「キングベア討伐」を手柄にしたいという根性にも呆れ返るが…

 そんな事よりも、大事なことがある。


 大事なもの・・・・・がある!


 キナは───



 どこだ!!!



 ……


 …


「上よ…」


 なにか逡巡しゅんじゅんしていたようだが、ヘレナはあっさりと言う。


 は?


 う、うえ?


「上よ! キーファは山の上…! この村の頂上へ向かったわよ!」

 完全にヤケクソ気味に答えるヘレナだが…さっきの「」はなんだ?


 いや、

 今は、

 今は、どうでもいいことだ。


 そうだ、

 今、大事な事は───………!!



 俺の、

 俺の家族の───無事だ!



「キナぁぁ…今行くっ!」

「っ、待ちなさい! バズゥ・ハイデマン!!」


 居場所さえわかれば簡単なもの。

 ここは俺の故郷だ。


 すぐに追いついて見せる!


 ヘレナが何かを言っていたが、構わずに走り出すバズゥ。

 アジが驚いてバズゥの姿を見ていたが、それらを全て無視。



 す・べ・て・を・無・視・し・て・バ・ズゥ・は・駆・け・る!



「もう! 待ちなさいってば! ───あー…」

 ヘレナが声をかけるバズゥの背はあっという間に山頂へと駆け上がっていく。








 ポート・ナナンの頂上へと…






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