第99話「燃える故郷」
ファーム・エッジの自警団を背後に見ながら、バズゥは馬と駆ける。
悪路とも言える街道は、決して馬の足に優しいわけではない。
が、彼を乗せるその馬は懸命に駆けていた。
──その背に乗せる、主の焦燥が痛いほど伝わるのだ。
だから彼は命を削って、
振り絞って走る。
その介もあって、距離は劇的に縮まっていった。
だが───
焦りを募らせるバズゥ……
彼は知っている。
分かってしまったのだ。
襲撃の
ならば───
…あの一頭だけのはずがない。
いくら練度低い猟師でも、数が揃えば一頭くらいなら仕留められる。
それが、
そして、そんな芸当ができるのは…
本来、群れを作らない
くそ!
こんな短期間に、いくつもの集落を……何度も攻めるなんて!
…なんて奴らだ──
はっきり言って異常としか思えない。
そうでなければ、人為的な何か…?
そうとしか──
ん?
人為的な、
何か…?
チラっと、妙な考えが頭を
ズザザザァァ! と、馬がようやく歩を緩め始める。
そして、鼻が潮の香を捕らえたかと思うと、
潮騒が耳を打った。
ポート・ナナン───
小さな漁港と山に張り付くような村が見える。
すぐ横には、村境をしめす石像が──
ドスン…
急に景色が横倒しになり慌てて体を起こす。
馬が…気絶していた。
ゴヒューゴヒュー…と息をしている所を見れば死んでいるわけではない。
だが、死ぬ一歩手前までとわかる。
それほどに、
それほど死力を尽くしてくれた………スマン!!
馬を
彼もそれを望まないだろう。
「ば、バズゥさん?」
突然声を掛けられて、反射的に銃を向けてしまう。
…こいつ、
「カメか!?」
ポート・ナナン、キナの店の従業員だ。
「よ、よかった…ゲフ…今、応援を…」
こいつ…
「お前、フォート・ラグダに?」
「は、はい…ヘレナさんの指示で…」
ゴホゴホと血交じりの痰を吐き出す。
見れば、背中に爪痕がある。
「その傷で往復したのか…」
汗の量からして、少なくともポート・ナナン⇔フォート・ラグダの片道分は走っているだろう。
そして、今ここにいるという事は戻ってきたことを指している。
「へへ…急に止まったから、また気分が悪くなったみたいで…」
青い顔は長距離を走った反動だけではない。失血によるものだ。
「すまんな…今はこれくらいしかできん」
軍用の高級ポーションを渡してやる。
事情を聴きたいところだが、一刻を争う事態だ。
フォート・ラグダが救援要請を受けたとしても動くのは軍隊だ。
言って聞いて、すぐ! というわけにもいかないだろう。即応は可能だが、それは自分の街に限ったこと…他の村に救援を出すとなれば議会の承認が必要になるに違いない。
なにより、遠征の準備もある………
とても、間に合うとは思えないが…
ヘレナの事だ。
なにかしら
フォート・ラグダも先の騒動で随分と被害を出している。
だから、救援を期待するよりも、
今は───
キナのところへ!
「死ぬなよ!」
スチャっと敬礼をしてみせ、カメを残しバズゥはキナの店へと向かう。
背後でカメがポーションを飲んでいる気配を感じつつ…
そして、慣れた道を駆けあがっていくと、
「なんてざまだ…」
小さな村の
消火する者はいないのか、家々は燃えるに任されている。
少し離れた所にある漁労組合やら、教会やらは無事らしいが…視線を上に向ければ、やはり、燃えた家が道標になっていた。
上にあるものと言えば───
場末の酒場、
冒険者の溜まり場、掃き溜めのような場所で、
俺の家族が、
家族の家が───
………
キナぁぁ!!
食い散らかされた村人が家の軒先で生焼けになって放置されている。
と、そこに───
「死ねぇ!」
気合の籠った声で戦う男が一人。
漁で使う
「オヤッサン!?」
バズゥの声に反応したアジがクルっと振り向く…腕が一本ない。
「バズゥか!!?」
その隙を見た
が───
ドズン!!!
そして、バズゥに目を向けたまま銛をグリグリと掻きまわし念入りに息の根を止めている。
「よかった! お前が来てくれれば百人力だ!」
ズボッっと抜いた銛には
それをヒュンと銛を振るって遠心力で弾き飛ばすと、
「集団にやられて不覚をとっちまった…」
血の気の失せた顔で苦笑いをするアジ。
肘から先が消えた腕を指し示し、
「だ、大丈夫か…」
止血はされているようだが、服の切れ端で縛っただけのようで……真っ赤に染まったそれからは、
「なぁに…銛が握れりゃ問題ねぇよ」
アジは何でもないと言うが…漁師としては終わりだろうな。
この村で唯一と言ってもいいほど…キナに優しく、俺たち家族に優しくしてくれた人物だったのだが。
エリンがいれば欠損した部位も直せるし、
教会に大金を積んで高位のスキル持ちに頼む手もある。
エリン以外は、
そして、エリンはここにはいないし、
大金を稼ぐには働かねばならない、
……働くためには体を直さなければならない。
八方塞がりだ。
…アジの人生は、これからどうなるのか。
「何
バズゥの心配を見越したかのように気にすんなとばかり、バズゥの背中をバシバシと銛を持った手で叩く。
その顔には脂汗がびっしりと
「とりあえず飲め」
随分と少なくなったが、ここで惜しんでも仕方ないと軍用ポーションを差し出す。
「おいおい…こんな高価なもの貰えねぇよ!」
いいから飲め、と押し付ける。
どうせ日持ちするものでもないしな。
横流しになるので、売ることもできない。
結果として、近いうちに使わねばならないのだから…悪い使い方ではない。
「すまん…」
アジは礼を言って飲み干す。
ポワワーと淡い光が灯り、患部が徐々に回復していく。
とはいえ、欠損箇所が治るわけではない。血が止まり肉が盛り上がって皮膚を形成するくらい。
「すげぇな…! ──金は必ず払う!」
あっという間に塞がった傷痕。
それをアジはシゲシゲと眺めつつ、
「すげぇな…! こりゃいい薬…すまん、金は必ず払う!」
いや、いいって。
金は欲しいけど、そういう稼ぎ方はしたくない。
それに、
欠損した腕が戻ったわけでもない。
バズゥが悪いわけではないが、無邪気に喜ぶアジを前に手離しで追笑するには
いや、
それよりも───
「んなことよりも、店に向かう。ここらにゃ構ってられねぇ!」
周りの死体と、燃える家屋を前にバズゥは言い捨てる。
そうだ、
その他大勢なんざ──
「キナちゃんか!?」
…他に何がある?
「キナちゃんなら無事なはずだ」
なに?
「本当か!?」
「あぁ、美人の姉さんが店で冒険者どもを
店はどうでもいい!
「キナは!?」
「落ち着けよ…」
落ち着けるか!
「───キナちゃんなら、ほら…なんだっけ、あの二枚目のアンちゃんが、」
む?
「あー…キーなんとかっていう、
あぁぁ!?
「このボケ!!! それを早く言え!!」
思わず口をついて出た汚い言葉に、アジが目を白黒させる。
「何だと、この野郎っ!」と肩を掴まれるが…知るか!
「キーファはどこに行った!?」
ブンと引きはがして、
反対にバズゥがアジの胸倉を掴んで詰め寄る。
「あだだだだ…し、知らんわ! 俺は、ここらで防戦するのに手いっぱいだったんだよ!」
数頭の
「あの、美人の姉さんに聞け! 直前までキナちゃんと一緒にいたはずだ」
ち…!
しゃぁねぇか!
ペイっと、アジを放り出すと店へと向かう。
「おい、待てよ!」
尻もちをついたままのアジも、
起き上がるとすぐにバズゥに追従して走り出す。
「今、店には熊が張り付いてるぞ!?」
だからなんだ!
「知るか、ぶっとばしてやるぁぁ!!」
スチャっと銃を取り出すと、銃剣をギラギラとさせながら走り出す。
キナ、
キナ、
キナキナキナ!
キぃぃぃぃナぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
あああああ、くそぉぉ!
くそ、
くそ、
くそくそくそくそくそぉぉ!!!
どいつもこいつも! ……ふざけんな!!!
あの子が何をした?
なんで、こんな目にあう?
なんでだ!?
なぁ、なんでなんだよ!?
……
待ってろ、キナ!!
必ず、お前のところへ行くからな!
「オヤッサン! 熊は何頭いた?」
そして、種類は……って聞いても分からんだろうな。
「知らん! が、10頭は確実にいたぞ」
アジが数頭仕留めてそれでも、10頭以上…
メスタム・ロックから熊が全ていなくなる勢いだな。
キングベアと
通常のキングベア災害だ。
キングベアを仕留めれば終わる。
キングベアさえ仕留めれば───
だが、肝心のキングベアはどこにいる?
「金色の熊はいたか!?」
「金色?? 見てねぇ! 黒いのばっかだ!」
チ…嫌な予感しかしねぇな。
ダンダンダンダダダッ! と、足音も激しく坂を駆けあがっていく。
店はもう少しだ。
「村にいる衛士は!? 漁労や、青年団は何をしている!?」
村は
──アジ以外に戦っている者は、どこにも見当たらない。
「衛士ぃぃぃ?? あの無駄飯ぐらいどもなら、2、3人まとめて簡単に蹴散らされたと思ったら、へっ……一目散に逃げちまったよ! 残りは教会に立て籠もって居やがる」
くそ、期待はしていなかったが…
とことん使えねぇな! ──この村の衛士どもはよぉぉ!!
「青年団は!?」
緊急時に招集され、村の防災に努める青年団。
招集権者は村の長老にあり、
普段は火事や水害、遭難事故なんかに出動する。
時には衛士の手助けとして犯罪者の山狩りもしたり、
いるが……
「んなもん…ハバナが自分の護衛に使ってるに決まってんだろ!」
だよな…
あるとすれば
「あんの爺ぃぃ…」
ギロっ! と、眼下にあるであろう漁労組合を睨み付ける。
「そこじゃねぇ…あそこだ、あそこ」
アジがチョイチョイと指をさし、バズゥの怒りの矛先を訂正し──視線を誘導する。
その先にあるのは、沖合に
そこに何隻かの小型漁船が付き従っている。
「ハバナの野郎…漁労の金を守るために、若いのを組合に張り付けるのと同時に…──
は?
は、
ハバナぁぁぁえ…
……
おいおい……
どんだけの判断力だよ。
後世にハバナ・ザ・マジックとか言われそうな早さである。
その速度は迅速そのもの。
予め対策していたとしても、こうまで鮮やかに避難できるものだろうか?
速度の秘密はさておき───
ハバナの奴……
衛士たちが対処できないと知るや否や、すぐさま逃亡を選んだらしい。
籠城すらせずに、安全な沖合にいく…
ずる賢いというか………もうなんだ!?
わからんわ! あの爺さんのことは!
「とんだ狸だな。狸は肉が臭くて食えないが…爺さんなんざ、熊も好んで食うかよ!」
それでも、命あっての
ああして──あの爺さんは今まで生きている。
そりゃ、
「ハバナは昔っから、ああさ…」
首を振りつつアジは諦めたような顔。
現場主義で
それでも、ポート・ナナンを支える二人だ。
表面は上手くやっていた気がする。
「もういいっ!
こうなりゃ、当初の予定通り店を奪回してヘレナに話を聞くのが一番だな。
「オヤッサン! 俺はアンタに
「ぬかせ小僧! いっぱしの口を聞いてんじゃねぇ!」
ケっとばかり吐き捨て、アジが不敵に笑う。
…まぁ、一人で
護身だけなら問題ないだろう。
それよりも───
パァン!
と、咳き込むような小さな音が響く。
そこに混じって獣の唸り声も。
小口径の銃と、
防戦の最中なのだろう。
バズゥは周囲の状況に気を向けつつ、一路──我が家へ!
そこは、
……鼻を衝くのは、生き物が焼ける匂い。
……そして──生臭い血の匂いも…
「そこ! 腰が引けてるわよ! いいから刺しまくりなさい!」
勇ましい声の主はヘレナ女史。
『キナの店』の屋根に上って防戦中らしい。
ピストル持ちは彼女くらいだ。
「なにやってんの!? 魔法で、クソでも、なんでもいいからぶちかましなさい!」
(さっきの銃声はヘレナか……?)
それにしても勇ましいな、おい。
「あーもう、くそったれ! 熊はわたしに何の恨みがあるのよ! そりゃ大砲ぶっ放したり、銃で撃ったり色々したけど、アンタたち関係ないでしょぉぉぉぉ!!」
パン、パン!!
小型ピストルを二丁、両手に持ち乱射。
ポイポイっと撃ち終わると、冒険者に渡す。
負傷しているらしいソイツは、銃の装填補助に使われているのだろう。
「早く次! ちゃっちゃ、ちゃっちゃと弾を込めなさい!」
もうっ!
その格好は随分と
「ピストルは威力がないから
駆けあがってきたバズゥと目が合う。
「あ、あああああ!!!」
そして、素っ頓狂な声を上げるのはオパイ星人…成人? 性人…? ことジーマちゃんだ。
あ、オパイは聖なるものだから聖人か!
「へ、ヘレナさん、見て見て見て!! バズゥ、バズゥだよー!!」
ブンブンブンと両手を振ってピョンコピョンコとアピ―ルしている。うわ…そのテンション
って、あ…落ちそうになってるし。
ジーマちゃんが、ズルっと滑って…下に落ちそうになっている。
そこを待ってましたとばかり、
「ギャーーー!! た、たすけ、助けてーー!!」
ビリビリビリリィィィと、ローブが破られすっごい恰好になっている。
それを何とか引き上げるのは剣士風の…ケント君だったか?
ジーマを抱き留め、大丈夫か? とかゼロ距離で見つめ合いキラキラオーラをだして言っているが──ジーマは「うへへっへ」な格好になっていることを知って、「うぎゃー、見んな!!」とか、…ケント君をぶっ飛ばしている。
あ、ケント君反対側から落ちそうになっている。そんでもって、また
おい、何の漫才だこれは?
「でけぇオパイだな、あの姉ちゃん」
……
オヤッサン…見るとこそこかい! いや、デカイけどさ。
「バズゥ・ハイデマン!? 何してるの、援護なさい!」
屋根の上からバズゥを確認したヘレナが、当然のように指示を飛ばす。
…なんで、アンタは偉そうやねん。
お前の後ろで震えてる連中──
あ、
一応、俺も冒険者か───しかも、ランクは「丁」。
チ……
そりゃ借金してるし…ギルドの下っ端だけどさー俺。
だけど、ね!
俺ぁ、お前の手下じゃないからね。
キチンと頼み方ってもんがね…
グルォォォォォ!!!
と、店の上にいる冒険者を襲わんとしていた
あ、やべ。
ひーふーみーよーいつーむー…多いな!!!???
えー!?
マジですか??
「チぃぃ…やるしかねぇか」
ズンズンと、こちらに一斉に向き直る
「オヤッサン………」
「すまん…まさか、全部ここにいるとは…」
全部ではないだろうが、一部は教会や漁労にも向かっているはずだ。
そして、逃げたファーム・エッジ自警団にも。
「そういえば、ファーム・エッジの自警団を見たぞ?」
「あ? あー…
ケッ、どーでもいい、みたいな顔をして言うアジ。
オヤッサンも、ファーム・エッジのことはあまり好きではないという、一般的ポート・ナナン感性の持ち主のようだ。
「連中…数発撃っただけで、あっという間に蹴散らされちまいやがった…一人だけ奮戦してたみたいだが…──まぁ、最後にゃ昼飯にされたみたいだな」
ボリボリと、銛の先端で
──いかにも、キョーミなし……と、いった感じ。
お責めに、
彼らは彼らなりに救援に来てくれたんだから。
それにしても……
やられたのはファーム・エッジの自警団──その団長だろうな。
多分、指示も聞かずに若手が発砲し…不利な状態で交戦……
あっという間に蹴散らされたってところか。
仕方なく、自警団の団長は
……
…
ファーム・エッジ大丈夫か?
腕っこき…ほぼ全滅したんんじゃないのか…?
………俺は知らんぞ。
「でー…こいつらどうする?」
アジは、スチャっと銛を構えて
つーか……アンタ結構強いよね…?
意外といえば、意外。
ふむ、
漁師も案外
さて、
「やるだけさ…人を喰った熊は…絶対に狩らねばならん」
言い切ると───
スっと、気配を希薄にさせるバズゥ。
スキルの発動。
『山の息吹』『
特に猟師系スキルだ。
獲物を狩る時はこれに限る。
スー…と気配を絶ったバズゥに、アジが驚く。
「おぉ!? ば、バズゥ?」
すぐ隣にいるというのに、急に消えたように見えるバズゥに驚いている様だ。
あとからやってきたものはバズゥ見失っている。
都合、アジに意識が集中し
(…自分の身は自分で守れよ)
冷酷なまでの判断を下し、バズゥは銃を構えると──こちらに気付いていない
スチャっと構えた「
ポケットの中にある
バアァァァン!!!
間髪入れずに発砲。
突然の射撃音にアジが腰を抜かしている。…早く立て! 食われるぞ。
狙いを付けていた一頭はあえなく死亡。
高威力で大口径…バズゥの猟銃をまともに喰らえばキングべアですら……───無事では済まない!
ましてや、その下位である
突如、仲間がドゥ…と倒れたため、唖然としている
今まで好き放題に人間に襲い掛かっていたのだ。
それが突如として反撃を受け…あまつさえ一撃で倒されるなど思いもしなかったのだろう。
山においても食物連鎖の
命を脅かされるなど微塵も考えたとこがない───と。
キングベアよ…
お前等は大人しく山にいるべきだった。
俺を、
俺の店を、
………俺の家族を、
害しようとした───
───万死に値する。
キングベアよ、
お前達の棲み家はここではない。
ここは餌場ではない。
ここはな……俺のテリトリーだ。
お前達にとっての、悪夢の寝床なんだよ。
だから、
思い知るがいい。
お前たちの天敵がいることを…
『猟師』というものがどういった存在かを!!!
「
その大口径の銃口から、うっすらと硝煙が棚引いている。
一発を放ったことで、あっという間に存在を暴露してしまうが、
そんなことは百も承知───
それが銃を持つ者の宿命で、隠蔽と潜伏を得意とする猟師の
ゴングは鳴った。
人と獣の技と災が織り成す
さぁぁ──
来ぉぉい!!!
「かかって来いやぁぁぁぁぁぁ!!!」
グルゥオオオオオオオオオオオ!!!!!!
一瞬呆気にとられた
そうだ、
それでいい…
お前等はそれでいい!
純粋で、
愚かで、
猛々しい命!
人と熊───食うか食われるかだ。
さぁ、
存分に命を震わせろぉぉぉ!!
闘いの最中にあって、バズゥは一度呼吸を整え、
そして、静かな水面の如く平心に満ちると───
カッ! と目を見開く、
ふぅぅぅ、
すぅぅぅぅぅ………
……
…
その命を───頂く!!
ブワッ、と迸る殺気。
さぁ、狩りを始めようか!!
改めて見直す周囲の状況───
ほとんど接近戦もいいところ。
遠距離狙撃を
屋根の上のヘレナ達、
そして、隣のアジのことを考えると距離を切るわけにもいかない。
ファーム・エッジ自警団のように、不利な体勢での戦闘を強いられることになるが───
だが、
だが、
バズゥは腐っても元勇者小隊。
地獄のシナイ島で最前線を駆け抜けた男だ。
たかだか、
フ──
「獲物がわんさかと───まずは、てめぇぇだ!」
両手で構えた「
しぃぃぃぃねぇぇぇぇぇ!!
一瞬でも躊躇したら負けだ!
ズラリと居並ぶ
どうってこたぁねぇぇぇ!!
覇王軍の
こんな明確な敵意をぶつけてくる奴ら…物の敵ではない!
もちろん、単独で──簡単に勝てるほど
これでだけの規模なら、ちょっとした村程度ならあっという間に守備隊を蹴散らされて、食い尽くされるくらいだ。
実際、この村の防衛戦力と応援に来たファーム・エッジの自警団は蹴散らされている。
だが、それは戦い方の問題だ。
バズゥは『猟師』───獣を狩るのが
それができないのなら『猟師』足ることは無い!
少々勝手が違うが…勝てないとは
「おらぁぁ!!!」
バズゥの迫力に足を竦ませた
テメェは死んだ…
敵を前に
自身の体重と突進力、そして銃剣の鋭さを信頼して飛び掛かる。
喰らえ! ───ズブゥゥ!!
分厚い脂肪層を突き破り
怯えた目の
さすがにタフだ…
タフに過ぎるが───だが、もうロクに動けまい?
致命傷を与えたならば、トドメに
一対一なら、油断は禁物──確実に止めを刺す必要があるが…
多対一なら、まずは敵の無力化と
行動不能に陥りさえ、させられれば…その敵は放置し、次の敵を処理する。と───
そうでなければ、一人に
故に、コイツは放置!!
ビュバ! っと銃剣を引き抜き、軽く血振りする。
一拍おいて、
「次ぃ!」
ズボッッと銃剣を引き抜くと、
それに
「どうした!?
チョイチョイと手で挑発すると、
グゥォオオオオオオオオオ!!
と、いきり立つ
そうだ、
生意気な餌め……! 俺たちを舐めるな───と、
はははっ、
「だったら……かかってこいやぁぁぁ!!」
まるで
その様を、店の屋根の上で見ている冒険者たち。
「す、凄い…」
「たった二人で
「か、かっこいー…」
「ジーマ!?」
ワイワイと
(…そう、やっぱり……貴方だったのね。フォート・ラグダを救った英雄は──)
もちろんヘレナには、確信があった。
状況証拠も……
だが、
だが…この目で見るまでは、
彼がどうやってキングベアの群れと戦ったのかが、説明できなかった。
故に…
今ここで、活躍するこの男こそが真の英雄足らんとすることを、全てにおいて確信にいたる。
だけど、彼は悲しい英雄だ。
ただの『猟師』で、世渡りが下手で…
スケベで、
臭くて、
偏愛で、
無学で、
浅慮……
なによりも、
不器用───
そう、だからこそ彼は英雄にはなれない。
英雄は
それは
バズゥ・ハイデマンを求める人は、……そう多くないだろう。
彼には───
そう、たったそれだけのこと。
若くもなく、
容姿に優れているわけでもなく、
名も、名誉も、家柄も、富も、
何もない───
あるのは、
必死と、決死と、絶死のなかで足掻き……
汚く、臭く、泥まみれ───…
そこで輝ければまた違うのだろうが…
バズゥは、
バズゥ・ハイデマンは、泥を
彼は泥を良しとし、
汚れを頼みに、
その泥を奇貨として、潜伏し忍び寄り…目的を達成する。
輝きはない。
栄光もない。
だから、
英雄でもなく、
勇者でもなく、
何者でもないが───
彼は、
彼は
それがためなら……勇者だろうが、英雄だろうが…彼の障害足りえない。
強者、
強者!
強き男───
本物の強者が、そこにいた。
「どうした! そんなものかぁ!」
ヘレナがボーっと、
そう考えているうちに、バズゥ・ハイデマンがさらに一匹を追加で倒す。
「おらバズゥ! 一人でカッコつけんじゃねぇ!」
そして、見知らぬ漁師が一人──片手で…銛!? を振るって
──!!??
えぇ!? 誰よアレ!
……
…
……超カッコいい。
若干、頬を上気させた女が一人、いや…二人。
なぜかジーマも顔を赤くポーっとさせながら、バズゥの動きを目で追っていた。
彼女の相棒のケント君が、ガックンガックン揺さぶって「ジーマ! 目を覚ませ!」、何て言いつつ、現実? に連れ戻そうとしているが…意識はバズゥの立ち回りに心奪われている。
舞うが如く──?
いや、
泥と血にまみれた、オッサンの
華などあるはずもないが、
人を熱狂させる、確かな血潮を感じる
「うおおぉぉらぁぁぁぁ!」
「でぇぇぇぇぇい!!」
しかし、
階下の二人はそれどころではない。
細かな傷を負いつつも、必死で駆逐する。
銃剣と、
銛が、
乱れ乱れて、貫き切り裂く───
荒い息をつく二人…
余裕そうにふるまってはいるが、
──やはり数の暴力はいかんともしがたい。
グオォオォォォ!!
憤り、興奮した
「オヤッサン邪魔だ! ──銃が使えねぇ!」
なんとか、銃に有利な距離を取ろうと
「抜かせ小僧! テメェこそチョロチョロすんな、…よっと!」
「オラァァ!!」
貫通させんがばかりに
凄まじいまでの速度と威力で、
「どうだぁ! バズゥ、『漁師』をなめんなよ!」
俺たちはこれで食っているんだ! と、
「アホォ! 銛には
バズゥの指摘に、アジは焦る。
銛を引き抜こうにも、
肉ごと抜き取りたくとも弾力と硬さを備えた肉だ。
尖ったもので突くならともかく、ただ力任せに抜いたところで…
「ふぬぐぅおぉぉぉぉ!!」
片手でギリギリギリとアジが力を込めているが…
グルルルルルルルルルル……
「オヤッサン!」
バズゥはバズゥで対峙している
慌てて、腰から鉈を抜くと、
──受け取れ!
と、ブンッ…とばかりに投げてやる。
「うぉぉ!」
間近に迫った
「いでぇぇ!」
バキバキバキと骨を砕く音共に、物凄い力で圧砕される、が───
ブンブンブン! と、飛んできた鉈を格好よく受け取ると、
「オォォォラ!」
ブワキィと、下から切り上げ
それ一撃で倒せるわけではないが、もちろん致命傷だ。
ドバっと血を噴き上げつつも、無茶苦茶に腕を振り回しアジを捉えんとする。
「どわっ!」
「オヤッサン! 無茶するな
漁師のアジには、バズゥの
まぁ…
「ぬかせ! ポート・ナナン沖の荒波で、俺が何十年と飯食ってると思っていやがる! 陸の生き物に臆するものかよ!」
ヘ! 言うねぇ…とバズゥは口の端を歪める。
アジなら、大丈夫そうだ。
「じゃぁ、そっちは任せる、あと数体……
「おうよ!」
アジに気を取られていたバズゥの前に、黒い影が迫る。
「うっ!」
起き上がった
「南無さん!」
祈るような一言──
ドォ! と背後に倒れ……そのまま、銃床をしっかりと地面に
グゥオオオオオオオオオ!!
ズゥン! と、
土埃が舞う中…ブシュっと
「ち…手こずるな…」
いつもの馴染んだ武器が一つないだけでこれだ。
「
どちらかというと、バズゥの戦闘スタイルは「
一発撃って装填しても──もう一丁が予備としてあるだけで随分と戦いの選択肢が違うのだ。
血と脂にまみれているが、機構に異状なし。
──
名前を初めて知ったが…たいしたものだ。
まぁ値は張ったが…
高級品とはいえ、金で買えないわけでもなかった。
これを惜しんで死んでは、元もこうもない。
シナイ島では、これでもまだまだ足りないくらいだ。
金より命、
命と家族!
天秤に掛けるのも馬鹿馬鹿しい。
さて、
残り3匹か……
あっという間に、半数を討ち取る『漁師』と『猟師』。
さぁ、〆だ!
トントンと鉈で肩を叩きつつアジが不敵に笑う。
「バズゥよ…随分、苦戦中じゃねぇか? 俺はよぉー、勇者エリンちゃんの叔父ってのは、もっとこう…」
へっへっへ…と馬鹿にしたように笑うアジに、
「エリンは別格だよ」
そうだ…
たかだか
「………だからって、置いてっちゃ行けねぇよな?」
ち…
痛い所を衝きやがる。
そんなこと………………
「わぁぁってるよ…」
耳の痛い話題だ……
俺がエリンを置いて逃げ帰ったのは事実だ。
事の経緯はどうあれど───
「分かってんだよ…!」
顔を覆い一瞬だけ天を仰ぐ。
敵前で、考えられないほどの無防備さ。
その動きに
動くんじゃねぇ、とバズゥがすぐに視線を戻し……睨む。
その視線に気圧されたのか、
チ……
おちおち悩むこともできねぇとはな。
アジはニヤリと口を歪め、バズゥの様子に目を細めた。
「へ……わかってるなら──ま、俺が言うことじゃねえな」
その役目じゃないと、独りごち…頭を振るアジ。
そうさ、
オヤッサンに言われるまでもない。
これは、家族の問題だ。
だから、よ。
……
…
──とっととケリをつけるとするか!!
シュキっと、「
そして───
ズシャァァァと
開いた手はポケットを
まずは一発目!!
銃をブン回して火蓋を開けると火皿に火薬を注ぎ込み、パチリと蓋を閉める。
そして、もう一度回転銃口を覗き込むように自らに向けると、
グシャグシャという紙が巻き込まれる音がして底に達する。
装填完了。
邪魔な
撃鉄を起こしてコック・ポジションにし───
『反動軽減』
『姿勢安定』
『速射』ぁぁぁぁぁぁ!!! ───ズバァァァァァン!!
ドパァン…と、こちらの出方を窺っていた残り三匹のうち…一匹をあっという間に仕留める。
「キナの件が、
あっという間に残り二匹。
マンジリと近づき出方を見守っていた
……今や戦意はかなり
キングベアの統制が効いているので、そう簡単には逃げないだろうが…
心は既に折れているだろう。
特攻か、逃亡か、決めかねている───
どうする?
ははは、まさか──今、考えてるのか?
だが、
だがなぁ、そんな悠長な時間はやらねぇよ。
そう、バズゥは時間など与えない。
彼は与えない。
与えないし、
バズゥ・ハイデマンは容赦もしない。
だから、
そして、
『冷却促進』
『急速装填』
!!!
猟師スキルを惜しげもなく発動。
眼にもとまらぬ速さで銃をブン回すと、
指に挟んだ
さすがに、眼前で火薬に弾丸と──悠長に装填させてくれるものはない。
させるか、と───!!
と、同時に、
さっき、撃った個体がが、今頃どさりと倒れ伏す…
戦闘にいるが故に、誰も彼も時間経過が狂っているのた。
その時間は、
ただ純粋に闘志の発露あれ───
熊よ、
戦場で、迷いがある奴はなぁぁ、真っ先に死ぬんだよ!!
おらぁぁぁ───!!
今更、
今更攻撃しても遅いわ!
残り2頭…………獲る!!
火皿を閉めると銃を反転し、
手を
その手が…
ヒュンヒュンヒュン!
と、降りてきて───まるで、狙ったように
そして、装填んんん! グシャグシャ───…
『反動軽減』
『姿勢安定』
スーと、冷静に過ぎる動きで、
グゥォオオオオオオ! ──…「遅ぇよ」
『速射』
───ズドォォォォン!!
……
ズル…ズゥゥン…!
あと、一匹───!!
猟師スキル『冷却促進』
スゥゥと白い蒸気が立ち上り、熱された銃身が冷え込んでいく。
そして、
『急速装填』───…
「おらよっと!」
グッチャグッチャ…と鉈を叩きつけるアジ。
その足元には
「……十分だオヤッサン」
ポンと肩を叩き、止める。
…フンと、鼻息荒く手を止めたアジ。
「
ペッと唾を
「わからんでもないが…」
動物相手に憎しみを抱いても仕方がない───まぁ、俺もキナやエリンがやられたら同じこと言えるかわからんがな…
「残りのトドメも、頼めるか?」
鉈を継続して使わせ、まだ息のある
「任せとけ」
二つ返事で了承したアジは、鉈を手に──残る
獣の生命力を甘く見てはいけない…
下手に手傷を与えて逃げられでもしたら──手が付けられなくなる。
だから…
丁重に、あの世へ送って差し上げるのだ。
一応、と弾丸を装填し、
銃剣も着剣しておく。
どれもこれも
…後で洗わねぇとな───
っと、それよりもキナの行方を!
屋根の上っているヘレナに近づき、店の軒先まで歩いていくと───
「おい、全部倒したぜ! 降りてこ」
「───まだよ! 中にあと一体い」
グゥオオオオオオオオオ!!
んな!?
ドドドドドと飛び出してきた
「ぐぅぉおぉお!」
ガキンと辛うじて銃身で一撃を止めて見せるが、続く第二撃は───…
無理か!?
ガンっと食らった爪の一撃は、強烈だ。
しかも、奇襲を受けるなんて想定していなかったため姿勢が不安定で───
武器である「
ガシャっと転がるそれを追う暇もなく、
追撃、
追撃、
追撃、
追撃! 追撃! 追撃!
グゥオオオオオオオオ──!!
「うぉぉぉおおおお!!」
素手になったバズゥは攻撃を受け止める手段もなく…
身を
殺られる!!
「バズゥ・ハイデマン! 使いなさい!」
ポイっと投げ渡されるのは、ヘレナの使用していたピストル。
いかにも小口径で頼りないが…
「ヘレナ全部貸せ!!」
は? と、いう顔を浮かべたが、ヘレナの反応は早い。
(どんだけ持ってるんですかあんたは──)
パシリと受け取ったピストル。まず1丁めぇぇぇ!
順次、頭の上から降り注ぐそれをぉぉぉ───
「下手な鉄砲、
『姿勢安定』
不安定な姿勢ながら銃口のブレが収まり──
『反動軽減』
ギュリリとグリップ力が強化される…
「上手い鉄砲は
『速射』ぁぁぁぁ
パンッ!!
『姿勢安定』
『反動軽減』
『速射』
パン!!
『姿勢安定』『反動軽減』『速射』っぁぁぁっぁ!!!
パン! …パンパンパン!!!
……………
ゴフ…
ズゥン……!!
6発全弾命中させると───…
その額に弾痕が多数あるが…
数が合わない。
「良く仕留めたわね…」
ヨッ! と言って店の屋根から飛び降りてきたヘレナが感心したように言う。
暗に、ピストルでよく───と……
「どってこたぉねぇよ……同じところに当てたまでさ」
脳に達した弾痕は一つだけだったが…十分だった。
集弾は多少ばらけていて、同じ箇所に集中させれば、こんな芸当もできるだろう。
「すごいすごいすごい!」
バぁぁぁズゥぅぅぅ! とか言って抱き着いてきたのは、オパイ聖人のジーマ。
おっふ。
オパイが顔にぃぃぃ!!
匂い…
良い!!
メッチャクチャにしちゃっていいですか!! ───…ばぁぁずぅぅぅ…!
はい! キナさんごめんなさい!
って…!
「ぉぃ…プハッ!
オパイを鷲掴みにして引きはがす。
…何だよ、アン♡ って…ドキっとするからやめたまいよ!
ポイすとジーマを捨てると、
「ヘレナ! キナはどこだ!!」
ガシっと掴んで揺さぶると、ガックンガックン!!
ヘレナの髪がユーラユラ。
メガネが上下にカックンカックン───
「ちょ、やめ…やめなさい! おえぇ……ば、バズゥ・ハイデマン!」
パチンと軽く頬を叩かれる。
ちっとも痛くはなかったが…その音と衝撃で少し冷静になれたバズゥ。
「ぬ…すまん」
ヘレナを開放すると素直に謝るバズゥだが、
「すまなかったが───ヘレナ! 頼む! キナはどこなんだ!?」
本題は絶対に見失わない。
「落ち着きなさい…」
また掴みかかられては堪らないと、防御姿勢のままヘレナはバズゥを牽制───落ち着けるか!
「キナさんは無事よ──…いえ、無事なはず。…ここから避難させたわ」
ココ、と言って──地面に転がる
彼女からすれば、『キナの店』は死地だったのだろう。
店は籠城に向いた作りでもないし、
なにより……非戦闘員であるキナは足手まといだったはずだ。
本音はともかく、足の不自由なキナを戦場から遠ざけようと
だが───……
「どこだ!」
そうだ、どこなんだ!
キナはどこだ!
「…キーファに護衛させて…避難させたわよ!」
もう! とばかりにヘレナも
それほどまでに、バズゥの剣幕は激しいものだった。
「キーファだと…!」
事前にアジから、キーファが連れて行ったと聞いたが…ヘレナの
「アンタ! アイツが何考えてるか知ってるだろうが!」
キーファの
アイツはキナを狙っている……
なのに、このアマときたら!
「わかってるわよ! だからこそ…アイツはキナさんを死ぬ気で守るわ」
それは
だいたい…
「なんで、キーファがここに来た!」
そうだ…一時金は払っている。
キナの身柄は当分、自由のはずだ。
ギルドの監督責任とやらも…キーファの手から離れているはずだ。
「そ、それは…」
ゴニョゴニョとここで初めて口ごもるヘレナ。
…?
なんだ?
「おぃ…」
底冷えする声で、ヘレナに殺気をぶつけるバズゥ。
ヘレナは目を
この態度は…後ろめたいことがある人の──それだ。
何を知っている?
「…
あぁ!?
そんな
「お前…分かってないな?」
「何のことよ?」
ち…これだから街の人間は、
「キングベアの目当ては、キーファだ」
おそらくだが…な。
少なくとも、キーファの手下である、モリとズックは狙われている。
そして、モリが哨所で保存食になっていたことを考えると、残りはズックと───キーファ。
今、ここを襲ったキングベアと
先のフォート・ラグダを襲撃した連中の生き残りだとすると、
メスタム・ロックでキーファ達が襲われた際に、群れ全体で
なにせキングベアや
「…キーファが? どうしてよ?」
「………連中のボスは、フォート・ラグダを襲撃したキングベア──その生き残りの可能性が高い」
高いというか…間違いなくそうだろう。
「は? それが何?」
ヘレナとて、キングべアが
その生態まで詳しくなくとも、
「それが何? じゃねぇよ…!」
本気で分かっていないヘレナと───見守る冒険者どもに簡単にキングベアと、その同族である
くそ! 時間がねぇってのに…
仕方なく、バズゥは経験を積んだ猟師なら誰でも知っている話を語って聞かせる。
そして、食と残虐さと傍若無人の様を……
……
…
「ちょ…嘘…でしょ?」
餌に執着するキングベアの性質を聞いて絶句するヘレナ。
そして、
「そ、それじゃ…フォート・ラグダが襲われたのって…──」
「十中八九…キーファ達を追って来たせいだろうな」
クラっと
「どうりで…この店に集中したわけだわ───バズゥさん、ちょっと来て」
そう言って、バズゥの反応も待たずにさっさと店の中へ入っていくヘレナ。
そんな時間…ねぇっつの!
しかし、ヘレナに話しても危機感がいまいち伝わっていない。
自分のコミュ力のなさに頭痛すら覚える。
「見て…」
店の中は酷い有様だ。
何頭かが押し入り荒らしたらしい。
少なくとも一頭は確実に中にいたしな…
納得の壊れ具合だ。
キナが見たら悲しむに違いない──
強烈な獣臭に混じり…血の匂いと──臓物臭。
そして、
近くには壊れた椅子とテーブル…そして、
食べかけのズックの…瀕死の体。
「こ…殺してくれ…」
ゲフゲフと、真っ黒な血を吐きながら
痩せた体は…
傍には、冒険者らしい治療士がいるが…気休め程度にしかならないスキルをかけていた。
ここまでの致命傷を負うと、エリクサーや相当高位の治療スキルがないとまず助からない…
通常の回復力を促進するだけのポーションでは───絶対に助からないだろう。
千切れた腕の欠損箇所を
「もう、長くないわね…ついさっきまで
感情の読めない顔で語るヘレナ。
そうとうに凄惨な現場だというのに…ヘレナは、顔を背けることもしない。
流石は女傑…
「ズック…話はできる?」
治療士の冒険者は首を軽く振っているが…ヘレナは
「こ、こ……殺してくれ…頼む」
もはや、助からないのは──彼とて知っているのだろう。
今は痛みから逃れたい一心に違いない。
ヘレナと違い、
バズゥは顔を
「楽にしてやれよ…」
フィっと顔を背けたバズゥに対して、
「いーえ…そうはいかなくなったわ」
氷点下に近い表情でヘレナは言う。
「バズゥさん…アナタの話を聞いて、ぜひにと──コイツからも話を聞いて置きたいと思ったのよ」
口の端だけクィっと曲げて笑顔を作った。…いや、作ったような気がしただけ…まったく笑顔でも、なんでもない不気味さだ。
「あなた達の行動で……フォート・ラグダにどれほどの被害が出たか知っているの?」
苦しむズックの顔を掴んで目と目をあわせる。
「そして、また……よくも、まぁオメオメとこの村に逃げ込んでこれたわね」
幸いにも…ズック以外に、冒険者の被害はなかったようだ。
とはいえ、何人もの村人は犠牲になっているし…ファーム・エッジの自警団も壊滅状態。
人的被害と、その他諸々は多数に上る。
「な、なにを…? ぐぅぅ…いいから殺してくれ!!」
カハッ! と血を噴き出すズック。
パタタッ……
その血が顔についても表情一つ変えないヘレナ。
見ているバズゥのほうが、思わず顔を──嫌悪と痛みへの共感で歪ませた…
「…話したら楽にしてあげるわ」
そして、突きつける残酷な交換条件。
「ぐぅぅ…わかったよ…だから…!」
「えぇいいわよ…
話せ───
ヘレナの言葉は冷徹で労りなど毛ほども感じられない。
「な、なにを聞きたい……ぐぅぅ!」
ズックは、息も絶え絶えに言葉を
一言一言に血交じりのセリフ…
文字通り、血を吐くように──だ。
「…ここ数日の行動───そうね…キーファと受けた、キングベア討伐の
おいおい…自伝でも書かせる気かよ。
俺はキナの行方を知りたいんだよ!
「ゲフッ………んだよ? そんなことか? …キーファの野郎が……簡単な依頼だって言って…熊寄せを───」
聞けば、
キングベア討伐の
するも、
上手くいかず、雇った猟師の提案で「熊寄せ」を使用したらしい。
「熊寄せ」の効果は抜群らしく、
その餌を使って一網打尽にようと目論んでいた。
が………目論見は崩れる。
熊は熊でも、キングベア。
その暴威は想像を越えていたという。
襲撃を受けた夜。
その日のうちに、キャンプ地としていた王国軍哨所が奇襲され…キーファ達はチリジリになったらしい。
キーファは馬のお陰もあって素早く逃走。
夜目に優れるズックもキーファと逃げることができたが、……他は知らないという。
嘘ではないだろうな。
…まぁ、
他は皆──う〇こになってるよ…
逃げ延びたはいいが、
戦力を失ったキーファは再び山中に入るべく、有志を募ろうとフォート・ラグダへ向かったと───
そして、あの災害が発生したらしい…
まぁ、これだけ聞けば悪意はない。
運が悪かっただけとも言える。
キーファ達に、まともな熊に関する知識はなかったのだから…
だから許されるというものでもないだろうが、この場合──証拠はどこにもない。
だから…───
「なんで……」
ん?
「…なんで、そこで死ななかったのよ!?」
へ、ヘレナ?
「あ、あんた達のバカのせいで……いったい何人
「し、しらねぇ…しらねぇよ…ブフッ…」
苦しそうな顔は、今にも昇天しかねないほどだ。
「ヘレナ…コイツのせいばかりじゃない」
バズゥが口を挿む。
別にズックを
「キングべアは既に山中の哨所を襲いつくしていたはずだ…だから、」
「いずれは…街が襲われていたって言いたいの?」
…そうだ。
コクリと頷くバズゥを見ても、ヘレナの表情は変わらない。
キッとバズゥを睨むと、
「だとしても無責任よ…時間やタイミングが合えば…対策だってできたかもしれない」
ギリリと唇を噛むヘレナ。
「たら、れば、の話をしても仕方ないだろ」
バズゥはそっけなく言い放つ。
正直…分かり切っていた真相だ。
はっきり言ってどうでもいい。
そんなことよりも───
「甘いわよバズゥ・ハイデマン……で、なんでまた山に入ったの?」
もう一度バズゥを睨んだ後、ヘレナは詰問を続ける。
「……キーファの野郎が…、旨い話があるって言いやがって──」
……
…
「なんだと!?」
気を失う寸前のズックが、
喉が自分の血で溺れる寸前になるまで必死で話す。
その内容───
……
哨所に置き捨ててある冒険者の荷物と、その装備品…それをくれてやると言われたらしい。
一見すれば大したことがない話に見えるが、
キーファの手下、十数人分の荷物だ。
当然、根無し草の冒険者の事。金も全て持ち歩いている。
それを、そっくりそのまま貰えると───
当初は
キングベアもろとも、
フォート・ラグダで全滅したと説明されたため、あっさり信用したらしい。
実際、当時街に逃げ込んだモリとズックはフォート・ラグダの大勝利と、
生き残りがいるかも、とは考えつかなかったようだ。
だが…いた。
いたのだ。
傷付き、
腹を空かせた、
人を恐れぬ狂暴極まりない、森と山の王が────
モリとズックは、山中で冒険者の荷物を回収した後哨所で一泊。
次の日に山を下りる予定だったが…
その夜に金色のクマに襲われ、モリは即死…彼が食われている間にズックは
バズゥは哨所の光景を思い出しつつ、
ズックのいう話の中──彼等が王国軍の装備品まで荒らしたことは
が、特に矛盾点はない。
嘘を言っているわけではないだろう。
まぁ…この状況で嘘も何もないのだが──
そして、肝心のネタ。
やはり、か。
間違いなく、フォート・ラグダでの生き残りだろう。
状況からして、キングべアの最後の一頭らしい。
キーファのいう事も、
「今ならわかるぜ…グフッ…き、キーファの奴…俺らを釣り
キーファの考えか…──
……
キングベアが生きているかどうか分からない…
だから、餌を山に送り込んで反応を探る───と、そんなところだろう。
あれで、そこそこ頭が切れるらしいキーファ。キングベアとの戦いで敗れたとあっては…雪辱を晴らすために再戦を望むだろう。
そして、今度こそ確実に
キングべアを仕留めることで、ブチ折れたプライドを回復したい……なーんてのは、お貴族様の考えそうなことだ。
そして、その準備の段階で、
徹底的にキングベアの性質を調べ…その食性に気付いた、と。
餌への執着と、
集落を襲った容赦のなさ───
そのことから、フォート・ラグダの災害の一端が自分にあると気付いてしまった。
だから、モリとズックを使って…山中に送り込み、口封じと釣り餌の両方を兼ねようと思ったわけだ。
まぁ、
ある程度は予想でしかないし、ズックの
大きく外しているとは思えない。
実際、モリは食われたわけだし…ズックはキングベアを見たと、キャンキャン騒ぐ。
キーファからすれば、モリとズックの二人が帰ってこないならそれでもよかったのだろう。
帰ってこなければ、キングべアが生き残っている可能性がある。
無傷で帰ってくれば生存の可否は不明…ならば何度でも送り出すまで、
生存が絶望的とわかるまでは、キーファは何度でもモリとズックを釣り餌代わりにメスタム・ロックに送り出すに違いなかった。
たまたま、一発目であたりを引き…
予想に反してズックは逃げかえってきた───と、いったところが今回の
思惑と違ったのは、ズックが群れを引っ張ってきたことだろうか…
モリとズック達がキーファと
…キーファのくだらない浅知恵の
素人が…
「馬鹿め…山を舐めるからこうなる!」
吐き捨てるように言うバズゥに、
「アナタも
それだけいうと、
血の臭いに
「お、おぃ! ゲフ……楽にしろよ……するっていったじゃねぇか!!」
ズックは土気色の顔を弱々しく持ち上げると、ヘレナの後ろ姿に罵声を浴びせる。
そして、今だ
「な、なぁ…頼む…グフッ、もう殺してくれ…頼むよ!」
瀕死のズックは、
「他を当たってくれ…」
チラっと治療士を見ると、弱々しく首を振りつつも、再び治療に専念し始める。
助かる見込みはないが…手は尽くしてくれるようだ。
……
悪いが、諦めな…──
こんな、
こんな環境でもな……
お前はまだ、恵まれているほうさ。
シナイ島の野戦病院では望むべくもない──
あそこでは、死にかけの患者……いや、死ぬことが分かっている患者など、放置されていたのだから。
「なぁ! おい!」
ズックの悲痛な叫びを聞きながら、バズゥも外へ出る。
人間はどこまで行っても人間だ。
ヘレナは認めないだろうが…キングベアが一方的に悪いわけではないだろう。
彼らは、タダそこにあっただけ…
バズゥからすれば、家族に危害さえ加えなければ、ただの人と山の営みだとしか思えなかった。
──人と熊は
だが、生活圏を脅かさなければ
『猟師』は一方的に
むしろ例外を除けば、
単純に生物としてみれば、圧倒的な実力差がある。
………
だが、人間だ。
人間の強さは個よりも、社会という一個の意識が働くから強い…
人を食った熊は必ず狩る───
その強固な意思。
だから
最初から
ないのだ。
そのうえで、彼等の勝利条件とは、殺されるまでの過程で何人の人間を殺せるかが、
……一度でも人襲った
そして、実際に彼らは狩られた。
狩られたが…
キーファめ!
怒り心頭といった様子で店から出てきたバズゥを見て、
ヘレナを含む、ギルドの面々にアジも驚いている。
なにがどうしたって?
そりゃお前───
………
もっと、こう………人と山のかかわりは純粋なものだったはず───キーファのやる「手柄のための討伐」と、バズゥの「生活のための討伐」…どちらも同じことだが…
まったくもって、違うと思う。
山への敬意と畏敬。
キーファにはそれがない。
ただの
お貴族さまの気持ちがわからないわけでもないが、ね。
それでも、命のやり取りに自己満足を
バズゥの考える、
──猟師と熊との命のやり取りとは、また違う…
なんというのか、
キーファのやろうとしていることは、一種のゲーム性を感じるせいもある。
(それを言えばギルドの仕事は全てその
醜悪で
まぁ、
熊からすれば、キーファもバズゥも変わりはないのだろうが。
だが、な。
だが、…だ!
だがだぞ!?
………
いや、
言うまい。
これは価値観の問題だ…
──熊には関係ないことだ。
ならば、人と熊の関わりは別にして考えよう。
ただの、一王国人として、だ。
それでいけば、
──キーファよ………全体を通して言うなら、
お前は…、
お前は「家族」を傷つけた。
価値観の問題だとするなら…
熊もキーファも俺からすれば同じだ。
どちらも、家族に仇をなすもの───
俺の………敵だ。
どちらも俺の敵──
家族の敵だ。
その認識に変わりはない。
静かに殺気を立ち上らせるバズゥを見て、ヘレナはおずおずと、話かける。
さっきの、威勢はどこへやら──
「バズゥ……さん、キナさんをキーファに預けたことは…その、」
「いいさ…──最良だと思ったんだろう?」
言い訳を述べようとする、ヘレナの
しかし、
「……」
ちょっと気まずそうに眼を逸らすヘレナ。
……
…
なんだ?
……いや、それよりも、
「とにかく教えろ。キーファは……キナはどこだ!?」
いい加減、
正直…キーファのことは気に入らないし、
「キングベア討伐」を手柄にしたいという根性にも呆れ返るが…
そんな事よりも、大事なことがある。
キナは───
どこだ!!!
……
…
「上よ…」
なにか
は?
う、うえ?
「上よ! キーファは山の上…! この村の頂上へ向かったわよ!」
完全にヤケクソ気味に答えるヘレナだが…さっきの「
いや、
今は、
今は、どうでもいいことだ。
そうだ、
今、大事な事は───………!!
俺の、
俺の家族の───無事だ!
「キナぁぁ…今行くっ!」
「っ、待ちなさい! バズゥ・ハイデマン!!」
居場所さえわかれば簡単なもの。
ここは俺の故郷だ。
すぐに追いついて見せる!
ヘレナが何かを言っていたが、構わずに走り出すバズゥ。
アジが驚いてバズゥの姿を見ていたが、それらを全て無視。
す・べ・て・を・無・視・し・て・バ・ズゥ・は・駆・け・る!
「もう! 待ちなさいってば! ───あー…」
ヘレナが声をかけるバズゥの背はあっという間に山頂へと駆け上がっていく。
ポート・ナナンの頂上へと…
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます