第98話「ポート・ナナンへ!!」

 ファーム・エッジの正門を抜けて、

 向かう先はポート・ナナン。


 忌々しくも、愛しい故郷だ。


 潮騒の村。

 キナを蔑んだ村。

 両親と──姉さんが眠る、村。


 バズゥにとって、酸いも甘いも包括する複雑なそれを抱く村だ。


 それを、誰か、何かが蹂躙じゅうりんしていると───

 そう言う。


 だが、

 バズゥにとって……

 村は、

 いや、

 村よりも───


 村のことなんかよりも大事かものがある。


 それを守らなければならない。

 

 だから、駆ける。

 早く、

 速く、

 疾く、

 と──────


 

 もの凄い地鳴りを立てながら走る馬は、想像以上に速い。


 街道に出てしまえばポート・ナナンとファーム・エッジはそう遠くはなかった。


 しかし、

 フォート・ラグダや近隣の都市へ向かう街道とは違い、村々を繋ぐ街道は利用頻度の差により道の規格も様々だ。

 ポート・ナナン⇔ファーム・エッジ間の街道は…まぁお察しと言った様子。


 はっきりと言えば貧弱そのものだ。


 一部はフォート・ラグダ等に通じる街道と共通しているが、途中から分岐してそれぞれの村へ向かうわけだが…

 余り仲の良くない村で、しかも品のやり取りも少ないとなればそれほど整備に力を入れる道ではないらしい。


 しかも、整備担任は王国の仕事だ。

 経済的に重要でもない街道に努力を傾注するはずもない。


 一応、連絡道としての街道は整備済みで、バズゥは今、その道を駆けポート・ナナンへ向かっていた。


 隣村とは言え距離はある。

 訓練されていない普通の人の足なら、半日近くは掛かってしまう程だ。

 隣近所さんに遊びに行く感覚としては…少々遠い。


 故に、本当に用がある者しか村の間を行き来しない。

 

 この日は珍しく人通り多かったらしく、街道にはいくつもの足跡と荷車のわだちが見える。


 『猟師』の目ならなんとなくその痕跡が見えるものだ。


 これが、普段から踏みしめられている街道でその後を探すのは困難を極めるが……

 それでも、追跡に慣れた──猟師のような人間ならお手の物。


 しかし、今は痕跡などどうでもいい。

 足跡以上に明確な痕跡がそこここに。


 目についたのは血痕……


 恐らくは命からがら逃げ延びて来たあの猟師のものだろう。

 血だらけになった『猟師』の痕跡は、やはり延々とポート・ナナンから続いている。

 さらに言えば、彼が乗ってきたらしい、ロバ牽引の荷車には他にも同乗者がいたらしい。


 まるで死体の道の様に点々と、不規則な間隔で───瀕死者やら事切れた者・・・・・がいる。


「こりゃ…ひどいな」


 ドドカッッ! ドドカッッ!


 惨状に焦りが募る。

 死体に残る傷跡からして…人の手によるものではない。


 熊だ。 


「キングベアの生き残り……」


 フォート・ラグダでの、やり残した仕事のツケが今になって出てきたようだ。

 そして、先の哨所でモリを食い殺したのがそいつ等である可能性が出て来た。


 躊躇ためらいなく人を喰らい…猟師に襲い掛かる狂暴さ。

 普通の熊にしては、あきらかに異常だ。


 間違いなく、

 何度か集落や、人のいる施設を襲ったことがある連中の仕業に違いないとわかる。


「クソ! 間に合うか…」


 少なくとも丸一日は経過しているはずだ。

 ポート・ナナンからの応援要請でファーム・エッジから猟師が向かったというが…返り討ちに会い逃走してきた、と。

 ポート・ナナンからの応援要請が襲撃を受けてすぐだとするならば、まだ救いがあるが……

 かなり時間がたって絶望的な状況で出した応援要請なら───


 今は……


「くそ! キナぁぁぁぁぁぁ!!!」


 走れ、走れ!


 ドドカッドドカッ!!!


 キナ


 キナ


 キナぁぁ


 キナキナキナキナキナキナ!!!


「もっと走れぇぇぇぇ!!」

 ドドドドカッドドドドカッ!!!

 

 いななきすらなく、ゼィゼィとあえぐ馬は懸命に足を動かす。

 主人の嘆きは十分に伝わっていた。


 自分のできることは早く、そう早く速くはやく!!!

 速く走り、

 早く目的地へ届ける事───


「ああああああああ!!」


 聞いたこともないような絶望の声を上げるバズゥ。

 最強の姪…エリンなら心配こそすれ、命に危険がそう迫るとは思えない。

 あの子は勇者…世界一の強者だ。


 だが、


 だが、


 だが、


 ……


 キナは違う。

 キナは違う。

 キナは違うんだ!


 あの子はか弱い、足の不自由な、小さな女の子だ───


 弱い。


 弱く、

 細く、

 小さく…



 俺の家族───


 可愛い俺の、



 俺の______!!!!!



「キぃぃぃぃナぁぁぁぁぁ!!」

 叫んだとて早く着くわけではないが……叫ばずにはいられない。


 間に合え!

 間に合ってくれ!


 おあああああああああああっ!!!


 なんで、

 なんでこんなに遠いんだよ!


 人の足で半日…


 馬なら?

 馬ならなんぼ・・・や!?


 並みでない馬なら!?


 キーファが……

 貴族が使っていた血統の良い良馬なら!?


 ドドカドドカドドドドドドドカカカドドオドドカ!!!!


 速い

 速い

 速い!!


 間に合うか───…!?


 かなりの距離を高速で駆け抜けるバズゥ達の目に、人の姿がちらほらと。


 そして、

 徐々に人の姿が増え始める。


 皮の上下を着こんでいたり、軽鎧の者もいた。

 その様子から自警団…

 ファーム・エッジの自警団だと分かる。


 まるで敗残兵のような有様で、

 無傷の者に肩を借りてヨロヨロと── 一路ポート・ナナンに背を向けて歩いていた。

 そして、物凄い勢いで街道を駆けるバズゥに気付いて、慌てて道を開けている。


 一見、ゾロゾロといるが……

 数はそう多くはない。


 だが、隊列だけは長く…重傷者が先頭で、一番先に搬送されているらしい。


 比較的軽傷の者は、猟銃を構えて油断なくポート・ナナン側を指向している。


 そんな有様だ…

 すれ違うのは瀕死の……ファーム・エッジ自警団のみ。

 ヨロヨロと村を脱出したらしい彼らは一様に傷だらけだ。


 無傷の者もいるが、例外なく負傷者を連れている。


 足を止めて話を聞きたいところだが…そんな時間も惜しい。

 彼らの警戒具合からも、

 いまだ襲撃は継続中らしく…その様子からも戦闘があったばかりのようである。


退けぇぇぇぇ!!」


 ドドドドオドドドドオドド!!


 凄まじい迫力で迫るバズゥに、

 ギョッとした顔を向けているが構ってはいられない。

 助けなんて期待するなよ!


 俺にそんな余裕はない。

 力も、

 心も、

 体もな!!!


 俺は一人だ。

 全てを救えるわけじゃない。


 俺が救うのは家族だけ…その手が余ったら助けもするが───!!


 ……っ、


 今は、

 今は退けぇぇぇ!!!


 駆け抜けるバズゥに余裕などない。

 時間が金で買えるなら、今なら万金を積んでやる───!

 キナを、

 キナが、

 キナは、


「キナに、何かあったら───…!!!」


 ドドドッドドドオド!!

 隊列を組む猟師達が道を開けつつも、後方を警戒している。

 熊は───キングベア達は、しつこい・・・・


 一度獲物と見たら、

 そいつらは──そこが村だろうが、街だろうが追ってくる。


 そう、

 喰らうために…


 なぁ……


 ファーム・エッジ自警団よ。

 お前らは逃げてるのか?


 仕留められずに…ただ逃げているのか?


 なぁ!?


 猟師なら……

 猟師なら知っているだろうに…!

 人を喰った熊は絶対に仕留めなければならないと───


 パァァン!!

 

 と、最後尾の者が銃を発砲。

 硝煙が棚引たなびく中、素早く装填している。


 腕は悪くない様だが…

 何を撃っている!?


 まさか、


 そこに…?

 いる、のか──?


 慌てた猟師が装填を急いでいるが…───グォォォォォォォ!!!


 脇から飛び出した地羆グランドベアに襲われる。


 ギャァァァ! と、短い悲鳴を上げるうちに、一撃で首の骨を折られて絶命。

 ブランとした首の主と、バズゥの目が合う。


「ギャァァ!!」「で、出た!!」「は、はやく撃て!!」


 慌てた自警団が重傷者を放り出して銃を構えたり、槍を持って戦闘態勢に入るが───どうみても腰が引けている。


 パァァンパンパン!!


 と立て続けに発砲が連続するが、命中弾無し。

 むしろバズゥをかすめていったくらいだ。


 …馬鹿野郎!


 練度低下もここまでくれば笑い話にもならない。

 まだ冷静だったのは『猟師』よりも下級職とされる『狩人』の天職持ちだろうか?

 彼は、

 素早く弓を番えると、木立こだちを盾にして弓を引き絞っている。

 いるが………

 

 慌てて逃げ惑う仲間が邪魔で、狙いが覚束おぼつかないようだ。


「邪魔だ、どけぇ!」

 彼が射線から離れろというが、パニックになった猟師達は聞く耳を持たない。

 よく見れば、狩人の男は…腕章が他の連中とは違う。


 たしか、副団長のそれだったはず。


 …なるほど、冷静なわけだ。

 渉外も熟せる団長の尻拭き役───彼がこんなところに出張でばってきているくらいだ…団長はまだポート・ナナンにいるのだろうか?


 っていうかよぉぉぉ!!


「どっけやぁぁぁぁぁぁ!!!」

 うがぁぁぁ、と怒号を上げるバズゥに、パニックを起こしていた猟師が一瞬呆気に取られる。

 冷や水を浴びせられたように顔を硬直させ、目をぱちくりとさせていた。


 そうだ、

 何もできないなら……俺の邪魔をするな!


「ば、バズゥか!?」

 副団長かバズゥに気付いて声を掛けるが───知らん。お前の顔なんざ覚えてねぇよ!


 ドドドカドドッドカ!!


 そしてすれ違うと、

 暗に邪魔するなと視線で訴えるにとどめる。


 バズゥは腰から銃剣を引き抜き、マスケット銃タイプの「奏多かなた」に取り付けると───


 オリハルコン製の銃剣がギラリと輝き───その切っ先を地羆グランドベアにむけた。


 二人目だ! とばかりに、

 地羆グランドベアが腰の抜けた猟師に襲い掛かろうとしているそこに───


「頭が高いわ!! この熊公がぁ!!」


 ドズン! と、馬の突進力を生かして切り裂く。

 槍の様に突くわけではない。サーベルの様に切り裂くのみ!


 専門の槍じゃないんだ。

 下手に突けば腕がへし折れる。ゆえに騎馬兵のようにサーベルで切り裂いてやった。


 グゥォォォ!!!


 鋭い切れ味のそれは、地羆グランドベアの脇を大きく切り裂き、大量の出血を強要する。

 一撃で仕留められなかったものの、威力は十分に過ぎる。


 あとは、てめらでやれ!


 投げ捨てるように、場を押し付けるが……


 心得た──と、副団長は返し、

 「シィ!」と、口から鋭い掛け声を放つと、素早く矢を射かけた。


 ピュパンと空気を切り裂いたそれは、バチィンと弾かれる。

 ──が、それは場所が悪い。


「頭を狙うな! 腹を撃て!!」


 矢で地羆グランドベアの頭が射抜けるものか───

 っていうか、後は知らん! 自分らでやれ!


 副団長と目が合うと、彼がコクリと頷いたのを了承と判断し、バズゥは一撃だけを喰らわせてその場を去った。




 そうだ──


 一路ポート・ナナンへ!






 背後でバキュン、パパパン! と猟銃が鳴り響いていた………





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