第100話「頂上」


 ゴォォォォォ──



 潮風と、腐敗臭……

 かびと、瘴気しょうき……


 それらの臭いがない交ぜになり、絶えず吹きすさぶ風によって掻き乱されている。


 それがここ。

 ポート・ナナンの頂上。


 そこはちょっとした平地となっており、見晴らしの良い高台といった風景。

 

 所謂いわゆる、台地という地形だ。


 それだけ聞けば、なんとなく見晴らしのよい展望を創造するかも知れないが……


 聞くと見るとで大違い。


 腐敗臭と瘴気の言葉通りに、ろくな土地ではなく──

 オマケに風は強く、

 吹きさらしのため寒々としている。


 さらには、自然物とは思えない…ちょっとしたいびつなオブジェクトがそびえており、

 そこから発せられる瘴気が草や木々を焼き、焼け野原のようなありさまだ。


 ここにあるのは───


 灯台守が使う粗末な小屋と、

 朽ち掛けの石造りの灯台と、その


 寂しげにたたずむは、

 村人が永遠に眠る──苔むした墓と、散らばる白骨…


 そして、

 ………

 巨大なドラゴンの骨と、その残骸から発せられる瘴気…




 それがこのポート・ナナンの頂上の景色だった。



 ───


 ……


「キナは!?」

 息をいて、汗だくのバズゥが頂上に姿を見せる。


 グルリと見渡す周囲に、

 不自然な動きを探そうと目をらす。


 時折漏れる、青い炎はドラゴンの骨から発せられる瘴気だ。

 触れれば肌が焼けただれ…並大抵の治療を受け付けない呪いの火傷を負う──


 瘴気の吹き出す周期は不定期で、活発に出る時もあればひと月以上沈黙しているときもある。

 今はちょうどその活性期らしい。


 あとは、寂しげに揺れる僅かな草本のみ──



 ……誰かいないのか!?



 焦るバズゥの目に映る淋しい景色に……

 また、ポッと……瘴気が吹き出す。


 チ…面倒だな。


 汚れきったドラゴンの骨をみて、その由来を思い出す。


 ……ドラゴンは、覇王軍の先遣隊(第1話参照)が乗り物わりに使用したらしく…

 本来、

 魔族にも、人類にもくみしないドラゴンを無理やり使役しえきしたがために、こうして恨みを残して死に………

 今も瘴気を振りまく劇物に成り下がってしまった。


 腐ってもドラゴン故、

 幼少のエリンに討たれた後は、一種のドラゴン鉱山として村の経済活性に繋がるかと思われたが…


 御覧ごらんのように、瘴気を振りまくだけの厄介者だ。


 希少な皮も骨も、一切を人の手に渡さず腐れ落ち…

 その骨が風化して亡くなるまでここでなげき続けるのだろう。


 そして、元々あった村人の墓場も──

 いまや簡単には近づくことができずに…荒れ果てて、白骨が散らばる寂しい場所になってしまった。

 今は、この場所に寄り付く者はと言えば、灯台守の爺さんと、まれに葬式で訪れる村人くらいなもの。


 灯台守の小屋は辛うじて瘴気の影響から外れた位置にあるが、それでも流れる空気は悪く、常駐はできない。


 墓場に至っては、ドラゴンの骨に覆いつくされており、

 おいそれ・・・・と墓参りもできない有り様だ。


 もともと、人の多い土地ではないが…

 このドラゴンの骨のおかげで滅多に人が寄り付かない…──忘れられた土地になってしまった。


 今では、灯台守以外の村人は葬式で遺体を埋葬に訪れるくらいだが──


 それも、瘴気の影響が少ない時期を見計らってのものだ。


 不定期に吹き出す瘴気に驚いて、遺体を埋めずに放置し…避難した結果──瘴気と………それをものともしない鳥獣どもに食い荒らされてバラバラになった死体があちこちに転がっている。

 そして、

 …その白骨が散らばる不気味な墓場となったわけだ。


 台地上の土地───ポート・ナナンのは頂上はそんな土地だった。


 …だからこそ、覇王軍も軍を送り込んだのかもしれないが…今となっては真相はわからない。

 少なくとも、ドラゴンの骨が瘴気を放ち続ける限り二度と来ることはないだろう。


 そんな土地で、


 キナと、キーファの姿を求めてバズゥは墓場をうろつく。

 巨大なドラゴンの骨の影や、古い墓石…散らばる白骨の傍。


「どこだ? …キナーーーーーー!!!!」

 

 初弾は装填済み。

 いつでも撃てるようにしているが…そもそも生物の気配が、ない。


 瘴気の影響で、『山の主』すら効果が半減どころか、かなり減衰している。

 本来なら「山」や田舎では無類の強さを誇るスキルなのだが…この漂う瘴気のせいで、ここは一種の──別の空間なのだろう。



「くそ…ヘレナの奴、適当なこと言いやがって!」



 八家将にも瘴気放つ者がいるくらいなので、バズゥも多少は瘴気についての知識がある。

 そのため、その影響や射程などは心当たりがつくため、危なげなく歩いているが……それでも緊張感を強いられる場所だ。


 さして広くもない台地の上のこと。あっという間に捜索が終わってしまうが…



 あとは、



 この僻地へきちにある顕著けんちょな人工物───


「灯台か……」


 言葉のわりには、簡素な建物だ。


 かなり昔に、王国が整備したもので、

 近隣を航海する船のための設備だが……覇王軍との戦争以来、こういった後方地域の整備は、おざなりになりつつある。


 御多分ごたぶんれずポート・ナナンの灯台もその流れを受けており…

 一応、石組みで作られているものの、補修されたのは遥か昔のこと…風化が、激しく──今では、いつ崩れ落ちるかわからないほどだ。


 バズゥは一度、台地の景色と灯台を見比べる。


 ……


 まさか、灯台の中に?


 しかしだな……自分から袋小路に入る奴がいるだろうか。

 要塞ならともかく……ち掛けの灯台だぞ。


 バカじゃあるまいし…

 第一…あんなところに逃げ込んだところで、簡単に追いつめられるだけだ。


 普通ならば、入らないが…

 そう、普通ならば──


 だが、


「バカと煙は───」高いところが…、


 ………


 ……いた。



 いたよ…キーファのアホがっ!


 

 灯台の頂上……

 そこにいるのは、一組の男女と──多数の熊たち。


 普段なら篝火かがりびくための巨大なかまどがあるその広場には、地羆グランドベアが広く布陣していた。


 キーファは、剣を手に…

 ぐるりと囲む地羆グランドベアと対峙し───


 背後にキナをかばうようにして、業物わざもののソレを構えている。


 一方、地羆グランドベアを指揮するのは…金色こんじきの熊───キングべアだ。



 手下は4頭……



 おいおい……


 おいおいおいおいおいおい!


 あのアホ…

 キナを巻き込みやがって!!


 なにやってんだよ!?


 …一人で食われろボケ!


 ──くそったれがぁ! と、走りだそうとするバズゥ。


 もはや、

 もはや猶予ゆうよは………ない!


 一刻とて、ない。


 ……


 今行く!

 、

 、

 待ってろ…キナ! ───必ず、必ず助ける。


 しかし、どうする?

 どうずればいい!?


 闇雲に突っ込んで間に合うか……


 ここから、灯台までそう時間はかからないが…

 問題は建物の中だ。

 傍目はためには、見た目は数の少ない地羆グランドベアだが…おそらく灯台の中には、まだ控えがいるはずだ。


 それもそのはず、

 キングベアが少数で獲物を追うはずがない…


 ズックのところに11頭近い数がいたとすれば…キングベアなら間違いなく、同数の手下は揃えているはず。


 倒せない数ではないが…建物内で地羆グランドベアの巨体と戦うのは危険だ。

 仕留めたとしても…戦闘の余波で建物が埋まるか──下手をすれば崩れるかもしれない。



 クソ…せめてキナが避難してくれれば、

 あるいは、俺に気づいてくれれば…助けようは───ある!




 ゴウゴウと吹きすさぶ風。

 そこに交じるのは生暖かい瘴気と、腐敗ガス──その匂い…


 生き物の腐敗したソレに、かびの臭いも交じっている。



 そこに、

 風と潮騒しおさいと───


 ……バズゥの叫びが追加された!

 された───


 …届くか?


 いや、届く──

 届かせる!


 すぅぅぅ……

「キぃぃぃぃナぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」



 ビュゥゥゥと、ひときわ大きな風が声をかき消す…

 かき消すが───



 キナ…


 キナぁぁ───


 ……


 …







 …バズゥ?







 強風とキングベアと対峙する恐怖の中…あの小さな少女は…

 キナは、


 愛おしい家族は、




 バズゥに気づく───


 

 あ、

「───っっ…───バぁぁぁズゥぅぅぅぅぅ!!!」


 気づいた!

 

 そして、初めてキーファもバズゥに気付く。

 その表情は焦りもあるが……功名心こうみょうしんに燃えていた。


 バズゥをその目にとらえると、ニィ…と口角こうかくを釣り上げる──

 どこにその自信が?

 ……

 見れば、なるほど…

 装備が一新されているうえ、なんらかの薬を使っているらしい。


 遠目にもわかるほど…目が充血し───動きの切れがいい。


 そして、

 風の向きは、海から台地へ流れ込んでいるらしく、

 台地のきわに立つ灯台から、バズゥのいる墓場へは一方通行・・・・だが、声が届くようだ。


 実際にキナの声は届いた…

 そして、キーファの声も───


「ハぁぁぁぉイデマぁぁぁン!! 見てろ! これが俺の実力だぁぁ!」



 キーファの雄叫おたけび……



 ギャハハハハハッ! と高揚した笑い声をあげ、

 剣を目にもとまらぬ速さで振り抜き、地羆グランドベアの一頭を真っ二つに切り裂く。


 そのまま、返す刀でもう一頭!


 残虐なまでの一撃は、

 ブシュゥゥ! と吹き出す地羆グランドベアの血煙でよくわかる。


 あっという間に2頭を切り伏せるキーファ。

 たしかに…強い。

 倒れた2頭以外にも死体は転がり、随分ずいぶんと激戦を繰り広げているようだ。


 だが、キングベアも冷静だ。

 

 迂闊うかつに踏み込まず…キーファの弱点を狙う。



 ───すなわちキナを、だ。



 キーファが一気に勝負をつけられないのは、キナの存在があるためだろう。

 手下の地羆グランドベアをけしかけつつ、キングベアはキナを襲う動きを見せる。

 そのたびに、キナを背後にかばう必要があるキーファは、積極的な攻勢に出ることができない。


 地羆グランドベアは、まだまだ補充がいるらしく、灯台の中からキーファのいる頂上のスペースへと躍り出る。


 ………


 数は、脅威だ──


 いくらキーファが強くとも、数の暴威には勝てないだろう。

 実際、細かな傷が目立っている。


 一人で戦うのと、

 誰かをかばいながら戦うのでは勝手が違いすぎる。


 キナをないがしろにしない所は認めてやってもいいが

………いいんだが───


 こうまでして、お前はキナに好かれたいのか?


 キナを連れ出さなければ、熊相手にでも優位に戦うことができただろうに…

 そこまでしてキナに好かれたかったのか? 格好いいところを見せようと…?


 ……マジでバカか!?


 バカなの?

 キーファですか?


 あ、キーファだわ!?


 ………

 

 …


 真相は本人に聞くまでわからないが…

 ズック達を利用して、キングベアを狩ろうと準備していたのは間違いないようだ。


 大人しくフォート・ラグダの勲章を貰っておけばいいものを…


 手垢の着いた手柄は、気に入らないってか?

 ご高尚なこって……


 いいさ、

 お前の思惑なんざどうでもいい…


 俺は、

 俺は───キナが無事なら、全てがどうでもいい!


 どうでもいいさ!


 だからよぉ──

 キナは……

 キナは、何があっても守って見せる…!


 何があっても、

 何をしても───だ。


 担っている猟銃「奏多かなた」を負い紐ごしにでると……


 ………


 …


 条件は最悪だが…狙撃はできる。

 無暗むやみに灯台に突入するのは愚策ぐさくだ。


 しゃくだが…キーファを援護する・・・・・・・・・のがキナの身を守るうえで一番効果的だろう。

 

 風、角度…どれも狙撃には不向きだ。

 灯台から狙うならともかく…低い位置から高い場所を狙うというのは、構造物そのものが障害となる。


 故に困難。


 おまけのこの風だ!

 どれほど影響を受けるのか…撃って見ないことにはわからない。

 

 更に…銃の性能がある。

 火縄銃と違い、今バズゥが持つ「奏多かなた」は燧式フリントロック銃というもので、火打石の火花で火薬を引火させるもの。

 ホンのわずかだが、火縄式の着火に比べてタイムラグがあるうえ…火打石と摩擦部分が当たる際にわずかに照準が右にブレる。

 近距離なら問題ないが…このタイムラグと、ブレ───狙撃には大きなマイナス要因となる。


 利点は、火薬が風で飛散せず、雨で湿らないこと…


 この状況では、この利点が生きるが───欠点もまた大きい。

 おまけに装填済みなものだから、一発撃つまでは、火薬量を増やすこともできなかった。



 ふー……



 落ち着け…こんな状況、いくらでもあっただろう。

 シナイ島で…

 山で…

 昔の狩りの現場でも───


 経験を、

 技を、

 銃を、


 じぶんを、


 信じよう───



 スキル…発動。



 スチャっと銃を構えると、キナを視界にとらえる。

 彼女はキーファにかばわれつつも…その目はバズゥを捉えて離さない───


 美しい双眸そうぼうが、

 バズゥのそれと交差する…



 バズゥキナ

 キナバズゥ




 信じろ信じてる───



 必ず助ける必ず助けてくれる






 『反動軽減』

 『姿勢安定』


 ……


 『刹那の極み』

 『鷹の目ホークアイ


 ……



 見える───


 キーファの急所

 キナの心臓…


 キングベアのつら───そして全身…


 …ッ!



 アイツ───!?



 遠見のスキル…『鷹の目ホークアイ』に映し出されたキングベアの姿…


 それを見たとき、不意にバズゥの鼻腔に硝煙の──フォート・ラグダの炸裂弾の匂いが蘇った。

 ほんの数日前のことだ…忘れようがない。


 あのキングべア…

 そうだ、そうとも──…


 奴は、


 奴は先日の戦いで、最後に対峙したキングベアだ。

 焦げた体毛…失った片手───つぶれた瞳と欠けた耳…炸裂弾の爆風をまともに受けたのだろう様。


 あぁ、

 あぁ、

 あぁ、お前か。


 『王』よ…


 最後の『王』よ───


 どうりで手強てごわい…

 どうりで狡猾こうかつなわけだ。


 キーファと向き合う『王』は、バズゥに気付いていない。

 

 だから、一瞬だけバズゥは躊躇ためらう。

 正々堂々と戦った…あのフォート・ラグダでの戦いの延長がここにある。


 互いに死力を尽くし、

 命を振り絞りbetし、

 力と技をぶつけ合った───


 それを、

 それを……

 「狙撃」という一瞬で終わらせていいのか?

 

 本当にいいのか?


 アイツとは、

 ……正面からケリをつけるべきなのでは───と。


 『猟師』にあるまじきバカげた騎士道染みた考え…

 普段から、狩りでは遠距離狙撃を常としているわりに、

 今に限ってくだらない矜持きょうじを持ち出す自分の慢心まんしん───



 ッ!



 ………



 『鷲の爪イーグルタロン』!!

 バカな!

 くだらないことを考えるな…!



 もっと、

 もっと、

 ……何よりも大事ながあるだろうが!?


 

 スァァァァァ…───と銃口から赤い線が伸び、ユラユラと揺れつつも…キングベアの頭部にピタリと合う。


 それでも、キングベアは気付いていない……




 そして、

 一瞬だけ風が止む───…



 撃鉄を起こすフルコックポジション──その音………







 ──カキンッ…







 と、妙に響く───


 自然界にあり得ない、金属音……そして、明確な──敵意。

 それは、


 獣の咆哮ほうこうや、人の怒号、波風など物の数ともせず届く…



 の者、

 此処ここにありき、

 撃てし、止まんと───



 風向きは変わり、突如訪れた刹那の静寂。



 ……



 ゴォォォォ───



 そして、

 風向きが変わり今度は台地上から海側へ風が吹き出す…───金属音は流れ………


 闇夜に雪が降るが如く──静かに引き金を、


 ……


 グルルル……


 、

 、


 わらっ…………た?

 ──キングベアと目が………


 !


 ッッッ…!



 バァァァァァァァァン!!!! ───しまった!!


  

 目が合った瞬間…確かに感じた、奴の感情───


 それは歓喜。


 獲物ではなく、

 敵でもなく、


 純粋に「バズゥ」を見つけた歓喜だ───!!


 そして、






 ユルリと射線から身を離す───






 ヒュルヒュルヒュルっ! と弾丸が風を切り───


 ──追い風に乗って、一度ふわりと浮いて………キングベアの頭部があった過去位置を駆け抜けていった。




 か、

 かわされ───た…




 グゥォォオオオオオオオオオオオ!!!


 咆哮ほうこう


 それは、【王の勅命】───


 配下の、地羆グランドベアを暴走、または恐慌たらしめるもの……



 奴の、戦太鼓タムタムが打ちならされた。



 声が響く。



 我が怨敵よ───と、


 

 あぁ…そうか。

 勘違いしていた。




 キングベアが追ってきた匂いは───…ズック達や、キーファのものだけではない…




 俺の匂い・・・・も追ってきた!

 俺と決着をつけるために追ってきた。




 匂いを辿り…

 思いを辿り…

 愛を辿り…




 キナを見つけた───


 俺の匂いと───…キーファの匂いと…


 その両方を持つ人物を…!



 その声は歓喜となり───

 喚起となった。


 【大暴走スタンピード】……


 咆哮は、地羆グランドベアどもを決起させ、暴れるには十分。

 もともと朽ちかけた灯台だ。

 放っておいても倒壊しそうな建物が、何匹もの猛獣をその腹に抱えて無事なはずがない。

 その上、キングベアの咆哮を受けた地羆グランドベアは、まるでパニックでも起こしたかのように暴れているようだ。

 

 バズゥからその様子は全く見えなかったが、大型の害獣が暴れ回る気配は──立ち昇るほこりと、揺れる大地の震動で十分に察せられることができた。



「やめろぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 灯台が、

 崩れる!?


 キナが…

 キナが!


 キナがいるんだぞ!!


「キナぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁ!!!」


 ボロりと崩れ始めた灯台をみて…思わず叫ぶバズゥ。

 そして───……



 まるでそれを契機にしたかのように、


 カラリ…

 カラカラ、


 ガランゴン…


 ゴワァァッァァァン!!!


 ゴゴゴ…

 ゴッカァァァァァン……!!



 と、


 ──灯台が崩れる。



 ズズズズンと、重々しい音を立てて響く音に、くの字に体をよじる灯台。

 中腹部分からボロボロと崩れるそれは、まるではらわたの様に石組みと……中にいた地羆グランドベアを吐き出していく。


 内部の圧力は想像以上らしく、まるで圧搾機にでもかけたかのように、


 ブシュッ! 


 と、

 血を噴き出す灯台。


 ───それはやがて崩れていく…


 崖のきわにあるが故───

 派手な音を立てて崖下に吸い込まれていく。





 …あぁ


 ……ああああああああああああ!!!!



 キナぁぁぁぁぁっぁぁぁぁ!


 ぁぁ!


 キ───ぁぁ…



 キナぁぁぁぁぁっぁぁぁぁ!



 キナ……



 キ──



 立ち昇る砂煙は、屋上にいた人影をあっという間に隠す。

 もうもうと立ち込める砂埃が台地からの風にあおられて、海へと散っていく。

 

 ドボン、ザバーン、と石材が海に落ち行く歯でな音が妙に間延びして聴こえ───


 そこには、

 愛も、情も……

 気も、名も……

 誰も、彼も……


 ……何もない。



 それは、今生の別れにしてはあっけなく───


 キナは、もう……


 ……


 …


 嘘、だろ───?


 な、

 なぁ?


 嘘だろ…


 嘘だ、

 嘘……

 

 う、

 嘘だ!



 嘘だぁぁぁ!



 いとしき家族を救わんと…

 バズゥ・ハイデマンは駆けだす。


 

 もはや、間に合わぬのは明白だが…



 行かねば!!!



 行かねば!!



 行かねば…



 キ───……


 思わず、走り出そうと身を乗り出したバズゥの元に───


 ズンッ!!! と降り立つ影。

 それは黄金色こがねいろ


 見事なまでの金毛の熊───…キングベアの『王』だ。

 バズゥが先日狩った『王』から、その座を引継ぎし者───『王子』から…『王』へ。



 森と山の王者───…

 近隣最強の種…

 


 本物のキングベアだ。



 グルルルルルウルルルルル……



 まるで、「よう」とでも言いたげに、

 灯台の屋上から飛び降りて…尚且なおかつ、この距離を跳躍疾駆ちょうやくしっくし、瞬時にバズゥの目前に迫って見せる気概。


 普段のバズゥなら、その様子に敬意すら感じたはずだが…


「……熊ヤロォォォォォォォ!!!!」

 一目見た瞬間、

 一瞬で激高げっこう───…


 ついさっき、アジに獣に怒りの感情を抱くことの愚かしさを感じていたというのに…このていたらく。


 所詮は、バズゥも人だ…

 絶対的な超人でもなければ───勇者でもない。


 人だ──


 だから、怒りに震える。

 震えるんだ……



 お前を、



 許せない!

 許せない!


 許・さ・な・い!!


 と───



 グルルルルルルル………

 

 手前てめえは、


手前てめえはキナをぉぉぉぉぉぉぉ!!!」





 ああああああああああああああああああああああああああ!!!!


 『急速装填』───

 銃口反転早合装着槊杖火薬弾丸突き固め、火薬火皿───『速射』ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!



 死ねクソやろぉぁあああ!! あああ発射ぁぁぁぁ!!!




 バァァァン!!!




 一発で殺すかボケぇぇぇ!!


 ……目の前で、ヒラリとかわされたものの─────知ったことかぁぁ!


 銃口反転早合装着槊杖火薬弾丸突き固め、火薬火皿───バァァァァァァン!!!

 銃口反転早合装着槊杖火薬弾丸突き固め、火薬火皿───バァァァァァァン!!!

 銃口反転早合装着槊杖火薬弾丸突き固め、火薬火皿───バァァァァァァン!!!


 バァァァン! バァァァァン!!


 バァァァァァァァッァン!!!!


 連続発射…


 連続発射…!


 連続連続連続連続連続連続れんぞくれんぞくれんぞくくんろえぞれんくええね!!!

 

 ええええああああああああ!!!

 レンゾクハッシャ!!!!!!



 あああああああああああああああ!!!


 キナぁァぁぁッァぁぁァぁぁッぁぁ!!!





「ぎゃやあああああ!!! あああああ!! あああ!! あーーー!!」





 絶叫…


 絶叫───!!



 それに続く、連射と怨嗟えんさとぉぉぉぉ、



 情けも容赦もなく、

 次弾を高速装填し───


 らぁぁぉぁぁあ!!




 パァァン………

 と、




 全ての弾丸をかわすキングベアに対し、

 ロクに狙いも付けずに……もはや、装填して撃つことだけに特化したバズゥ。


 そして、悠々とかわすだけのキングべアが嘲笑あざわらうかのように───

 殊更ことさらゆっくりとした動作で射線をかわして見せる…


 当たるものか、と──そう言っているのだ。



 舐めんな!

 バズゥは、それでも銃を撃つ。


 弾が、

 火薬が、

 意志が尽きない限り───


 当たれボケがぁぁぁぁあ!



 連続に次ぐ連続、

 連者に次ぐ連射、

 速射に次ぐ速射、



 これ以上はもう───



 連続発射で焼けた銃身が、

 ついに火薬を入れただけで破裂するほどに、筒内を高温に満たしてしまっていた。


 もう一発! と、


 無我夢中で弾を込めるバズゥの目前で、火薬が破裂!

 ボンッ! と、吹きあがった炎が指を焦がす。


「あづ!!」

 『急速冷却』のスキルを使うのも忘れるほど射撃───

 …弾を撃つだけの行為に固執したため、オリハルコンの銃身とは言え…熱が籠り、ついに暴発。



 その熱に、一瞬我に返るバズゥ。



 目の前にはキングベア───


 バズゥが言うところの、野生の動物だ。

 憎しみを抱くには筋違い…


 それを抱いても仕方がないと───まるで他人事のように考えていたが、

 が、


 が───


 あああああああああああああ!!!


 無理だ、

 無理だ!


 キナの声と、

 笑顔と、

 匂いと、

 ぬくもりと───全部がぁぁぁぁぁぁ!


 

 もう……

 ない!


 ないんだよ!


 おおおおああああ!


 返せ、このクソ獣がぁぁ!



 再び激情に駆られたバズゥは銃撃を諦めると…──銃剣を取り出す。


 それを、慣れた動きで装着し───


 腰だめに構える!



 銃がダメなら、


 ………


 刺し殺す!

 斬り殺す!

 裂き殺す!

 ぶん殴る!



 おっねや、けだものがぁぁ──

 今すぐ、しぃぃぃねぇぇぇぇっぇぇ!! と、切りかかる。


 刺突、

 斬撃、

 逆袈裟、

 叩きつけ、


 ひるがえって───銃床打撃!!



 ガガッガガガン! とキングベアとバズゥの間で肉弾戦が行われる。


「キナをよくもぉぉぉ!!」

 キナが、

 キナが、


 あの崩落で生きてるとは思えない。

 あれを引き起こしたコイツを許さない。

 俺は何も許さない。



 キナを、

 キナの、

 あの子の仇を───…



 うぉぉぉぉぉぉぉ! と激情に駆られて、無茶苦茶な姿勢と勢いでキングベアに突進するバズゥ。

 普段の彼なら考えられないほどの無謀。


 いくら、中級職MAXで───害獣モンスターの天敵である『猟師』といえど…

 熊と人では、生物としての能力に差があり過ぎる。


 道具が優れており、

 心が冷静でつ───

 経験と訓練を積んで…初めて勝てる相手なのだ。


 どれが欠けても…単独で勝てるほど甘い相手ではない。


 だが、それをいやというほど知っているバズゥをして───

 知るかァァぁとばかりに…


 バズゥの銃剣と、キングベアの爪が空中で激突する…


 ガガガガガガガッガ!

 カッ…

 ガキィィン!


 と火花が散り───!!!

 返す刀で振り抜かれた爪の一撃を、

 銃身でまともに防御すると──

 凄まじいパワーで弾き飛ばされる!


「がぁ!」

 グルンと空中で一回転し、

 辛うじて着地に成功するが…ジーンとした鈍い痛み。


 ぐ……


 う、腕がしびれる──だと!?


 今の今まで何合なんごうと打ちあったはずだが…キングベアの本気の一撃は、それらを遥かに凌駕りょうがする。


 そして、間髪入れず…追撃!


 ガキン! ガァン! と右前足ときて──左前足!

 最後に噛みつきぃぃ!!


 千切れた腕とて…キングべアは使って見せる。

 腕が消えてなくなったわけではないのだ…


 むしろフェイントとして有効。

 当たっても、キングベアの筋力だ。

 爪がなくとも───強力な一撃となりうるっっ!


「ぐぉぉぉぉ!!」


 バズゥ辛うじてしのぎきるが、キングベアは攻め切るつもりで追撃の手を止めない。

 怒り狂って勝てるなら苦労はない…


 むしろ窮地きゅうちに陥ったのはバズゥだ。


 それでも、

 おぉぉぉぉ、それでも──る!!



たまぁぁぁっぁ、賭けろやっぁぁぁぁぁ!」



 キナの───


 かたき

 かたき

 仇敵かたき!!


 それでこそ…

 なおのことぉぉ、

 だからこそぉぉぉぉ、この攻撃を止めない!



 死ぬか、

 殺すか、

 相打つかぁぁ、



 その時まで、



 どちらも止まらず───


 キングベアも、一族の仇であるバズゥを…

 バズゥも、愛する家族の仇であるキングベアを…






 どちらも愛に───





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