第101話「Somebody to LOVE」

「おらあああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」

 ぐるああああぁぉぁぁぁ!


 ガァキィィン!! 

 と、キングベアの歯が鳴り、バズゥと熊のあいだで火花が散る。


 すかさず、キングベアの追撃。


 大振りの腕のスイング!

 ブゥンとバズゥの頭を、かち割らんと振りかぶるソレ…


 髪の毛を数本散らしつつも…かろうじて回避!



「手数が…足りん!」 

 

 キングベアは前足に加えて、噛みつき攻撃の2つがある。

 それに、腕は千切れているが殴るだけなら十分な威力を秘めており───それだけでも、3つの攻撃手段がある。


 対するバズゥは、銃剣を装備したマスケット銃だけ。

 弾を装填してないない以上──ただの短い槍だ。


 間の悪いことにバズゥの近接武器として活用しているなたは───アジに預けたままだ。



 くそっ!

 銃剣が悪いわけではないが…



 出会い頭の突撃に使うならともかく…数合すうごうと打ち合うような武器ではない。


 腰には、もう一本の銃剣…「那由なゆ」用のソレがあるが───…この銃剣というのは、持ち手といったものがなく、ソケット上の通し穴があるのみで握りには不安が残る。


 少なくとも、熊の爪と何度も撃ち合うような作りではない。



 くそ…!



 改良の余地ありだな!


 幾分冷静になり始めたバズゥ。

 それは命の危機に瀕して初めて冷静さを取り戻したに過ぎない。

 だが、心にはドス黒い感情が色巻いており…

 この熊と…

 キーファのボケと───


 キーファにキナを預けたクソアマヘレナに対する怒りがわだかまっていた。



「おらぁ!!」



 辛うじて交わした一撃に、ようやく隙を見出し……強引に一発───ブチかましぃぃ!


 ズガン! と、小揺こゆるぎするほどの一撃を加え距離をとる。


 く、効かないかっ!

 

 ───ちぃ……!


 一丁…

 一本じゃ不利だ!


 銃剣を取り付けたまま、ギュポギュポと銃身を回しネジ取る。

 「奏多かなた」は銃身を外すことができる。

 その銃身を、火縄銃タイプである「那由なゆ」に取り付け──ロングバレルにすることができる、特殊ギミック仕様だ。


 そして、その分解はこうして使うこともできる。


 「奏多かなた」を分離し、

 銃剣付きの銃身「」を手に持つと、短銃となった「かな」にも銃剣を取り付けた。


 都合つごう二刀流のように武器を構えるバズゥ。

 本来なら二刀では、熊の分厚い脂肪も………毛皮すら突破できない可能性もあるが、

 腐っても高級品のオリハルコン製…

 

 しかも、カトリ・ゼンゾー作───(銘工)らしいそれは切れ味抜群。

 貫き通すこそ難しくとも…

 切り裂くにはさほど力を要するわけではない。



 ジャキィィン!!



 ……


 いざ!!


 今だ熱を持つ銃身だが、

 振り回し続けたお陰で強制冷却状態。


 短銃身の「かな」も銃身を外したことで冷え切っている。

 この状態なら暴発の危険はなさそうだが…


 一度暴発を起こしているため、銃身だけでなく、火皿から尾栓につながる火穴も火薬と燃えカスが詰まっている。

 この状態で発砲しても不発の可能性が高かった。

 

 なによりも、連続射撃のせいで燧石フリントロックのそれが磨り減り…そもそも引火しない可能性がある。

 この状態なら、ひうち石を交換するか、ネジを緩めて調整しなければならない。


 そして、……それだけでいいはずもなく、


 空撃ちしたりと、

 石と火皿の位置を細かく調整する必要があるのだ。


 そんな悠長な時間をくれるはずもなく……

 キングベアとて、当然そんな隙を見逃しはしない。


 こういった事態は、シナイ島戦線でも生起した。

 それが故に───バズゥは火縄銃と燧式フリントロックの銃を両用しているのだ。

 

 単純構造ゆえに──故障の過少さや、信頼性の高さのある火縄銃。

 そして、

 軽易に扱えて、天候の影響を受けにくく──即応性の高い燧式銃マスケット銃と……


 どちらも利点欠点があるため、状況に合わせて使いこなしていた。


 だが、今は状況が違う。

 あるもので──────戦う。



 怨敵おまえと!



「こいやぁぁぁぁぁっぁ!!!」 

 グルォォオオオオオオオ!!



 傷を負った体のキングベア。

 愛用の銃と鉈を欠いたバズゥ・ハイデマン。



 互いに準備と、

 絶妙な距離をとり───



 …影が交差する。



 よだれを撒き散らすのは───圧搾機が如き顎と、

 空気を凪ぎ払うのは───斬馬刀のような分厚くパワフルな爪!!


 対するは、


 頑丈さと鋭さを売りにしたオリハルコン製の銃剣

 ───それを取り付けた銃身と、

 もうひとつの銃剣をつけた───短銃!!


 それを都合───2ぁぁぁつ!!




 おおおおおおおおおおおおおお!!

 グルォォオオオオオオオオオオ!!




 ガッキィィィィィン!!

 突き出した銃身「」に取り付けた銃剣を、口で受け止めるキングベア。


 バズゥはその動きを見越していた。


 そのまま口を支点にして銃剣ごと銃身をぐるりと廻し、顎を切り裂くように押し込んでいき───!!

 更に押しつけるように、そのままキングベアの腕も銃身の腹で受け止める。


 一本で2回の攻撃を阻止───


 顎!

 爪!


 これでぇ───


「獲ったぁぁぁ!!」


 構えていたもう一方の………バズゥの武器。

 銃剣付きの短銃「かな」の斬撃──



 ──これを脳天に叩き込んでやるぁぁぁぁ!!




 ブワァァァァ……───と空気を切り裂き、


 スローモーションのように、ゆっくりと…………キングベアの眼窩に叩き込まれようとする銃剣の鋭き切っ先───




 ───


 ─



 …っ





 獲った!






 そう、



 そう思った───…



 だが、






「ハイデマぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁン!!!!!」 




 その直後に、


 バチィィィ──ギュバァァァ!! と、


 赤い稲妻のようなほとばしりが───

 キングベアとバズゥの、刹那せつなむつみを無粋ぶすいに切り裂くっっ!!



「ぐぁ!」


 直撃こそしないものの、

 予想外の一撃に、バズゥはその余波で吹っ飛ぶ。


 武器が手から離れてブンブンと空を舞い、

 遠心力で銃身からも、

 短銃からも銃剣が外れてクルクルと飛んでいく。


 キャリンキャリィィィン、と銃剣が転がり、

 ドスン、と銃身と短銃が落ちる───



 そしてバズゥもまた、空で一回転───二回転……



 ズン! ズザザザッァァ…


 と、辛うじて受け身をとるも、

 左半身をしたたかに地面に打ち付け、息が詰まる。


「グハッ!」

 空気が肺から絞り出されて、呼吸が───



 だ、

 誰……だ!?



 キングベアも、手痛い一撃を受けたのか金毛を赤く染めてよろめく。


 両者ともに死力を尽くし───

 無粋ぶすいやから闖入ちんにゅうなど考えもせず───

 …美しくも、憎悪と愛を燃やして戦っていた…

 ──それが故の、油断した瞬間の一撃だ。


 かわせるはずがない……


 憎いはずのキングベアとの一戦を中断されたバズゥは、

 一瞬すべてを忘れて、その闖入者をののしらんとばかりに起き上がろうとした───…


 

 ブワッ!



 と、

 崩れた灯台が巻き上げる土埃の中…


 濛々もうもうと巻き上がるソレを突き破って───……むかつくイケメン野郎がぁ、





 キ、





「キィぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃファぁあああ!!!」




 叫ぶ!


 叫ぶ!!




「ハイデマぁぁぁぁぁぁン! はははははははは!! 僕の獲物だぞぁぁあ、クソがぁぁ!!!」


 クルンと意味なく空中で一回転し…

 スタンと着地、


 幾分いくふん埃で汚れているが、

 致命的なケガはなく───


 スキルをまとわせた細剣を片手で握り、軽く下に向け…

 もう片方の手で───






 キ……………





「き、」




 キ!





「キナぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああ!!!!!!!!」




 キナ!!!!



 キナ!!!!



「キナぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああ!!!!!!!!」





 あああああああああああああああああああああああああ!!!



 あああああああああああああああああああああ!!!!!






「ギぃぃぃぃナ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!」





 い、

 生きていた…



 生きていた!!


 イキテイタ!!






「うあああああああああああ!!!!」





 息が詰まるのも、

 体の痛みも、

 丸腰なのも───



 何も、

 かも、


 忘れて───


 バズゥは、



 走る。



「バぁぁぁズゥぅぅぅ……」

 うるんだ瞳で、


 愛しき人キナ

 恋しき人バズゥ




 叫ぶ─────────




「「あああああああ!!!!」」



 キーファの手から降りようと体をよじるキナ。

 割烹着はボロボロで、汚れ切っていたが………


 五体満足・・・・


 あの不自由な脚・・・・・・・で、


 彼女は立つ───


 そして、バズゥを迎え入れる───……



「そこまでだ───バズゥ・ハイデマン!!」



 ヒュパン! と細剣を振り…バズゥの鼻先とキナの目前に剣を割っていれ、止める。


 だが、




「わははははは! キナだ」

 キナだ。


 キナが生きている!


「わははははっはははは!!! あはははっは! はっはっはっは───」

 


 ピタリ…


 キーファの目前、

 キナの瞳を覗き込める距離で───



「よくやったぞ!」


 よくやったぞ、

 よくやった……キーファ!



 よくやったぞキーファ・グデーリアンヌぅぅぅ!!


 

 キナを、

 よくぞまもった!!


 

 こいつは───礼だ!!!!

「よぉぉくやったぜ! クソ野郎キーファぉああああ!!!!!」


 ブッワッッキィィィィィン!!! と思いっきり、顔面を殴り飛ばすバズゥ!

 

「ぐぼはっっ!!」


 細剣で辛うじて防いだものの…バズゥが──剣など知るかといわんばかりに、切っ先をはじき──剣の腹を拳に当ててぇぇぇ、


 

 その刀身ごとぶん殴る───



 さすがに拳と顔面にはさまれたくらいで折れはしなかったものの…

 イケメン面に、剣の腹の跡がくっきり残るくらいには……



 すっさまじい勢いで殴り抜いた!



 じぃんと、拳に心地よいしびれが……

 






 あーーーーーーー!!!!!







 すっきりじゃああああ!!!






 キナぁぁぁ助けたことに免じて、一発で勘弁してやらぁぁ!!!


 っとぉぉ。

 おうら! おまけじゃぁぁ!!


 とばかりに、振りかぶってーー!




 ───そもそもお前が悪いんだろうが、このボケぇぇ!!



 

 鼻血を出して目を白黒させているキーファ。

 かなりの勢いで殴ったはずだが、吹っ飛ぶこともなく尻もちで済むあたり───決して雑魚ザコではないのだろう。


 それに、目つきが───…


 それがどうした?



 あ、そーれ!


 と、思いっきり足をぉぉぉ……



 振りかぶったまま───


 ───顔面にもう一丁!!!



 ズッガァァッァァァン!! と、大砲のような音がして、イケメン面をグッチャグチャに……


 ……


 …


 してない? ───グググと止める…手。


「ハイデマンんんんんん!!」

 ギリギリと掴むのはキーファの細腕だ。

 血管が浮き出るほどに力を込めて…その足を止めて見せるキーファ。


 顔面にはくっきりと剣の跡が残り…赤くれているが、それだけだ。


 バズゥの渾身こんしんの足蹴りを目前で止めて見せる。



 む…?

 こいつ───



 以前、酒場で相対した時はそれほどの強者の雰囲気を感じなかったが…キーファの奴。


「薬か…」


 独特のアルコール臭に…薬草の乾燥した臭い…

 シナイ島でファマックが良く飲んでいた神酒ソーマの臭いに近いが…それよりも、もっとキツイ臭い───


「舐めるなよ…! ハイデマン!」

 ギリギリと受け止めた足を握りつぶさんばかりに掴む。

 勇者軍御用達ごようたしの軍靴はそう簡単に潰れはしないが…握力は常人のソレではない。


「禁制品か…お前、強化薬ブースターを使ってるな?」


 神酒を煮詰めて効果を高めて、

 さらに麻薬などの違法薬や、様々な怪しいものを混ぜ合わせた「強化薬ブースター」。

 効果は抜群で、

 無痛、高揚感、…スキルや身体能力の向上に、魔力の最大値を上昇させる上に、自動回復リジェネーション効果すら付与するというとんでもない逸品だ。


 しかしながら…


 麻薬と聞いてわかる様に、無茶苦茶むちゃくちゃ体に悪い。

 その上、高価でつ───希少な物資を惜しみなく使うため軍隊の一部以外では使用禁止とされている。


 それ以前に、出回ることすら──まずないのだが…

 成分そのものは既存のものから作ることができるため、

 知識とコネされあれば物資を揃え、作ることが可能である。


 実際、バズゥもシナイ島で見たことがあるうえ…軍上層部は度々勇者小隊の───とりわけエリンに使用させようとしてきた。


 もちろん叔父さん、そんなこと許しませんよ?


 麻薬ダメ…

 絶対。


 お酒ダメ、

 未成年禁止ぃぃぃ!


 と、まぁ…思いっきり軍上層部にはにらまれるので、こっそりとではあるが廃棄したりして、エリンには使用させていない。

 なくても、ウチのエリンは最強です。ハイ、


 だが、その過程で一部の薬が闇に流れた可能性はあるし… 

 バズゥが遺棄したものが、軍に同道していた酒保商人に流れた可能性は高い。


 そんな代物だ。

 軍にいたとはいえ、バズゥも知っているくらいのヤバイけどスゴイ薬。


 ボンボンで権力者なら、当然知っているだろう。

 そして手に入れることも可能なはずだ。



 ……案外、巡り巡って──当時の薬がキーファのところに流れた可能性もある。



「ハイデマぁぁン…詳しいなぁぁ!?」


 そりゃ、腐っても元勇者小隊だからな…


 グヒャハハハハと壊れた笑いのキーファ。

 さっきの美味しい一撃と、二度目の蹴りで完全に頭に血が上っているようだ。


 キングベアの目前だというのに、バズゥを見て目を離さない。

 強化薬の興奮作用で視野狭窄しやきょうさく状態……目がくらんでいるのだろう。


 おまけに痛みを感じていない。

 それどころか、恍惚こうこつとさえしている…


 こいつぁ、マジでヤバイ薬だ。


「アホが……どうなっても知らねぇぞ」

 

 禁制品が故に、色々とマズイ品だ。


 購入時のお値段も、

 持っていることも、

 使用することも…


 使用後の影響も───だ。


 バカなキーファ……

 殴ったことでバズゥはすっきりしたが、キーファはそうではないのだろう。


 憎しみと、逆恨みの籠った眼でバズゥを見ている。


 ……


 アホめ。


 事の経緯はどうあれ…

 キナを守ったことだけは、認めてやれるというのに…


「バズゥぅぅぅ…」

 キーファから離れたキナは、

 うるんだ瞳でバズゥを見上げ、腰にすがりつく。


 その様子すら忌々いまいまに見るキーファ。

 未だ、バズゥの足をギリリリとつかんでいるが───



 グルルルッルルルウルルル…



 そうさ…

 まだ、役者は舞台を降りていないぜ…キーファよぉぉ。


 グリンと足首をまわし、キーファの拘束を解くと少し離れて、

 そっと…キナを背後に隠す。


「は…ハイデマン! キナさんから離れろ!」

 …いや、

 キナから、こっちに来てまんがな───…?


 どこ見て言ってるのよ。

 って、言うか君ぃ…………後ろ後ろ。



 グルルルルルウゥ!



「うるさいぞ!」

 

 ヒュパン! と細剣を振り抜くキーファ。

 サパパッ! とキングベアの金毛が舞い──濃密な血と脂が吹き飛ぶ!


「獣風情ふぜいが! 邪魔をするなぁ!!」

 ヒュンヒュンと剣の切っ先を回転させ、フェイントを加えると───


 刺突刺突!!


 刺すべし刺すべし刺すべし!!


 グゥオオオオオオオオ!!!


 と、唸り声を上げるキングベアは押されているように見える。

 だが…はたから見ているバズゥには分かった。


 キングベアは攻撃を受けてこそいるが……まったくの致命傷足りえていないと、


「ははははっはは!! 手も足も出ないか! 見ろハイデマン! これが俺の」


 ガパキっ!


 ………


 ゴルルルウルル!!!


「ぬ! この…」

 一気に勝負を付けようとしていたキーファだが、その自慢の剣が目の前で止められている。

 あろうことか、キングベアがその剣を口だけで押えて……


「死にぞこないが!!」

 手首のスナップで細剣を回し口をグチャグチャにしてやる!

 ──と、キーファは目論もくろんだが…


「ぐ! …う、動かない!」 

 まるで万力のような力で抑え込まれた細剣は、いくら上級職といえど、キーファの細い体では…ビクともしない。


 目の前の獣は近隣最強種…森と山の王「キングベア」だ。


 グルゥォオオオオオオオオ!!


 ブンと首を振ると、

 ガパキン! と、折れ飛ぶ細剣───


「ば、ばかな!」

 折れた拍子に背後に尻もちを付くキーファ。

 自分が負けるなど微塵みじんも考えていなかったのだろう。


 尻もちのまま動こうとしない…


 それを冷徹に見降ろし、ペッと口に残った剣を吐き出すと、彼は──

 ゴフゥゥゥ…と息をつき、軽~く腕を振り上げぇぇ…───



 ブン!!!!!



 ガキン!


 ………


 …


「ったぁ…痺れるねぇ」

 と、

 バズゥが止めた。


「これで貸し3つだな。…えー? キーファさんよ」

 ギリギリギリと、槊杖カルカでキングベアの爪を止める。


 メスタム・ロックで一回。

 フォート・ラグダで一回。

 今日、ここポート・ナナンで一回……


 他の尻ぬぐい的な細々こまごまとしたところを上げていけば、キリがなさそうだ。


 今回は、

 ………正直死ねば良いとすら思ったが、ね。



 ───キナの目の毒だ。

 …この子の前で、「人」が死ぬのはまっぴらごめんだ。



「は、ハイデマン……貴様!」

 ヨロヨロと起き上がり、腰にいている予備の剣を抜き出す。

 幅広のダンビラ状の剣で頑丈そうだ。


 うっすらと青く輝いている所を見れば、何らかの魔法処理がほどこされているのだろう。


「そ、そいつは僕の獲物だ」


 …


 おいおい…どこ見て言ってんだよ?


「人の獲物を横取りするとは…恥知らずめが!」


 ……へーへー

 ──…好きに言ってろ。


 未だブツブツと言っている割には腰が引けている。

 ダンビラを持つ手にも力が入っていないのが見て取れた。


「手柄が欲しいならくれてやる…」

 どうでもいいと履き捨てるバズゥに、

「なんだと…貴様!」

 クワっと目を見開き驚愕きょうがくするボンボン。



 …やっぱりか。



「無茶しやがって…そんなにクマの首が欲しいのか?」

 そぉれっと! バズゥは銃身を固定したまま体を滑らせて、

 唯一残った片手に持つ槊杖カルカの一撃をキングベアの脇腹に叩き込む。


 グゥォォ!!


 苦悶の呻きを上げるキングベア…───すまんな『王』よ。

 さっきは取り乱した…

 お前は何一つ…悪くないというのにな。


 ただの自然の摂理───…


 人がクマと無理やり関わったがゆえの…始末だ。


「当たり前だ! 僕の…仕事。僕の依頼クエスト───僕の名誉だ!!」

 お前の手垢のついた勲章ほまれなどいるかぁぁ! と───……


 思った通りのバカで結構…


 勲章が欲しくない! …などとは言わないが──

 自分の功績が認められてうれしくない! …ハズなどないが──


 讃え、褒められ、名を呼ばれることに歓喜を感じないはずもないが───


「ただなぁ……」


 コキコキ───

 ふぅぅぅ……


 ひ、


 ───


「ひ?」


 ……


「……人様に迷惑かけてまで──やることかこのボケがぁぁぁ!!」

 おうら! と、槊杖かるかを突き刺し!

 傷口を掻きまわしつつ…その部分を支点にして、体を密着───ザラザラとした剛毛を肌で感じつつ、


 キナを背後に庇ったまま──


「そう言うのがキナには一番嫌われるんだよ!!!」


 ドッセェェェイイ!! と、体捌たいさばきでキングベアを転がし……キーファに叩きつける。


「ぬぉぉぉ!! ハぁぁぁぁイ───」

 ズゥゥン!!

 と、地響き…


 ドブシュ…と、キングベアの腹からキーファの持つダンビラが突き出している。



 ……


 …



 コッフ、

 コッフ、


 コフ…シュー……


 荒い息のキングベアを見下ろすバズゥ。


「大丈夫か? キナ…」


 キュっとバズゥの服を掴む…愛しい存在を肌に感じ、

「うん…ありがとう…バズゥ」

 ポフっとしがみ付くキナを隠す様に密着させる。

 サラサラの髪を撫でつつ───


「『王』よ…」

 森と山の王よ───


「その命を……───頂く」


 

 コッフコフ…


 コフ……


 グルッ……


 わき腹から引き抜いた槊杖かるかを手に、散らばった銃の部品を集める。

 「かな」に「」…それらから銃剣、

 それらを抜き取り…腰に戻す。


 分裂した銃身と銃の基部を一度軽く点検し、再度連結。

 「奏多かなた」を組み上げると───残ったわずかな弾薬を装填しようとするが、



 その際にポケットの中でコツンと当たるものがある。



 取り出してみたそれは───フォートラグダ双剣章…例の騒動の際に、ヘレナに贈られ…彼女の手からバズゥに渡ったものだ。

 換金性の悪さから放置していたが…

 コイツは俺のものじゃない…


 ──ヘレナが受勲されたものだ。


 下手にこれを換金したら、泥棒呼ばわりされるのは目に見えている。

 特にバズゥのあらを探しているフォート・ラグダの連中に態々わざわざ見せてやる必要もあるまい…


 だから、これは返そう。


 これはお前たちに……

 お前たちの戦いに───


 そう思うと、銃弾として勲章を使うことに躊躇ためらいはなかった。


 手にした弾丸をポケットにしまうと、勲章だけを残す。

 これを銃口に詰めるわけだが…

 そのままでは入らない。


 V字状に勲章から飛び出る剣のモチーフが邪魔だ。

 緩い鉛か何かで固定されているそれは簡単に手で離すことができた。 


 一本を千切り取るとポケットに戻し…残った勲章を銃口に入れるため、



 熊の目を見て、



 一度、槊杖かるかにボロ布を巻き付け───銃口に差し込みから拭き…

 次にガンオイルをしみ込ませた布で、埃と火薬かすをぬぐい取る。

 暴発のせいか、真っ黒に汚れが溜まっていた。


 更に、火皿を開けて、

 馬の毛を束ねたコヨリ・・・で火穴を清掃し、最後に軽く息を吹き付ける。

 ヒュウゥゥと笛のような音色が立つのを確認して、


 マスケット銃の簡易清掃が終了───



「キナ───…よく見ておけ」



 背後に隠れようとするキナの顔をチョコンと出させる。

 鼓膜を保護するため、

 ピョコンと出ている耳を、かぶっている手拭いで隠させると───


 手持ちの火薬差しから、火皿へ火薬を注ぐ…


 そして火皿を閉じ、

 銃口を覗き込むように火薬を注いでいく。量は…少な目だ。

 火薬が底に溜まるのを微かな音で確認すると、いびつに崩れた勲章を一つ…コロリと銃口に落とし込む。


 コー……トンと、根本付近に勲章が鎮座ちんざした気配を感覚で掴むと、

 さっき銃口と銃身を拭った油付きの布切れを銃口に当てて、槊杖かるかで一気に突っ込んだ。


 ガシャガシャと2、3度…突けばそれでよい。

 これで、ストッパーも兼ねた布切れのお陰で銃を傾けても勲章が転がり落ちることは無くなった。



「バズゥ……」



 照星と照門を一致させる。

 カトリ・ゼンゾー作:特注品の燧式フリントロック──マスケットライフル奏多かなた」、

 その、短銃部分の「かな」と銃身の「」がピタリと揃い…キングベアを見据える。


 呼吸を細く…細く吐き……

 銃床に頬付けし───


 撃鉄を起こすと、フルコック・ポジションに……


「目をらすな」

 下敷きになっているキーファに配慮して、スーと銃口を滑らせると、キングベアの目と、バズゥの目と、


 キナの目が合う───



「ふぅぅ……」


 『王』よ…幕だな。




 俺の持つ最強の武器…

 俺の持つ最高の技術…

 俺の持つ最愛の家族…




 それでお前を───送る………




「ふっ!」

 腹に力を籠め、息を止める、引き金に指を…


 ───引く。



 グルル…───






 ……バァァァァァァァァァン!!!







「バズゥぅぅ……」

 ぎゅううう…とキナの手がバズゥを掴んで離さない。


「これが俺の仕事だ…獣を───狩る。それだけの、な…」

 スチャっと、銃をになうとキナの手を握り返す…───バズゥ?


 ……


 …


「待たせたな…キナ」

 その小さな手のぬくもりを感じる。

 それは、あまりにも小さく──健気なそれ。

 こんなに小さいんだな…と、不意に涙が溢れそうになる。


「ううん…来てくれると思った」

 握り返してくるキナの手───


 悲しいくらい小さく…愛おしい。


「いつも…俺は後手に回る…すまん」

 こんな小さな子が…

 いつもいつも悲惨な目に会う。


 今日だって…

 死んでしまったかと───


「ううん、ううん! バズゥは…バズゥはいつも、いつも! ちゃんとシッカリ忘れずに!」


 そう、必ず───


「来てくれるよ!!」


 だから…私は絶望しない、


 信じてるし、


 ……


 愛している。


「バズゥ! 私───」

「キナ…」


 くぅぅぅぅぅ!!


 健気…


 健気!!


 あああああああああ!


 もうぅぅぅぅぅぅぅ、

 辛抱堪しんぼうたまらん!!!



 せぃ!



「キナ!!」

 ガバチョ──と、


「きゃぁ!」

 軽いな…キナは、


「もーー! 急に何! 何々!? 降ーろーしーて!」

 それに、


 ───いい匂いがする…


「誰も見てないさ…見てないって!」

 キナを抱き上げて、回るバズゥ。


 驚いた眼を、優し気に徐々に細めていくキナ…


「行くぞぉ!」


 きゃあきゃあ言いつつ、広がる服の裾を抑えるキナ。


 はーずーかーしーぃー! って?


 はっはっはっは、キナよ。

 ───愛しき家族よ!


 俺は、

 俺は、

 俺は嬉しいぞ!


「お前が無事でいてくれて……───」


 抱き上げる姿勢から、子供を高い高いするかのように───キナを掲げてクルクルと回る!


「───…心底嬉しぃぃんだ!」


 クルクル、

 クルクルと──


 笑みを浮かべ、

 喜びを噛みしめて───


 クルクルと…


 もーバズゥ、あははははは!

 キぃナぁぁ、はっはっはっ!


 遠心力を楽しむ二人、


 ──おわっ!

 墓場から溢れた頭蓋骨の欠片に足を取られてバズゥは転ぶ、


 楽しく転ぶ、


 わはは、


 ゴロゴロと転がり、キナを抱きしめる。

 髪の臭いを嗅ぎ───…


 確かな鼓動を互いに感じ、

 温もりを共有する。


 コロコロと、潮風に晒される、乏しい食性と、瘴気焼かれる貧しい草地で、


 爽やかな気分で転がる。



 まるでピクニックのように、

 故郷で───


 家族と!!


 キャー、ワハハ! と、

 寂しいポート・ナナンの頂上…

 台地上のそれは、墓場と灯台とドラゴンの骨しかない地───



 そこで、



 家族は笑う…

 二人は笑う!




 あはははははははははは!

 はっはっはっはっはっは!



 ひとしきり笑い合うと、

 空を見上げて──二人は頭をあわせて、互いに足を反対に向けた状態。



「バズゥ……」

「キナ…」


 

 ゆっくりと体を起こしたキナがバズゥの顔を覗き込んでくる。

 美しい金色の瞳が潤んで揺れていた。

 そこに映るくたびれたオッサンでしかない俺が、なぜか遠くに感じられる。


 キナが掻き上げた髪がシャララ…と滑るように流れてバズゥの鼻先をくすぐる。

 彼女の香りと、息遣いが鼻と耳をつき、


 素直に美しいなと感じた。


 スッと手を伸ばすバズゥ…

 キナの頬に触れ、

 そのきめ細やかな肌を軽く撫でる。


 キナはその手を愛おしそうに見て───子猫がじゃれるように頬を擦り付ける。


 

 互いの心臓の音すら…大地を吹き抜ける音にさえ遮られる事無く聞こえる距離で、

 見つめ合う。



 彼女の目に映るバズゥは、オッサンでしかなかったが、

 キナの目を介しただけで、まるで───


 

 だからこそ、


 キナは素直に…

 バズゥも茶化ちゃかさずに──


「愛してる…」

「俺もだ…」


 二人の言葉には、どういった意味があるのか、

 互いに同じトーンで使ったのか…


 それは瞳を覗き込む二人にしか分からない。


 少なくとも、キナは男女のそれを───

 少なくとも、バズゥは家族のそれを───


 それ以下は絶対にありえないし、

 考えられない.


 ゆっくりと、近づくキナの…



「キナ───」

「ん~? バズ」



 ………


 …


 硬直するキナ。

 まるで拘束魔法でもかけられたかのようで──



 寝ころぶバズゥの視界にも見える無粋な連中…

 気付いたキナが微妙な体勢で硬直。



 ………


 ……


 …


 ヘレナと、アジと、カメと、

 ギルド『キナの店』の面々と───


「見てた?」


 ……


「…あーまぁその…」

 カメがポリポリと、


「じゃ、邪魔したわね…」

 ヘレナが顔を赤くしてそっぽを向く、


「っか~…惜しい!」

 何故か悔しそうなアジ。


乳繰ちちくり合ってた…」

 顔を……なぜかすごく黒く? ──暗くしたジーマがブツブツと、



 ……


「どの辺から?」 






 もう、辛抱堪しんぼうたまらん!!!

 的なとこから……です。





 と、

 誰かが、ポツリ───



 ………

 

 …



 ぎゃああああああああ!!!!


 一番恥ずかしいとこから見られとるやんけー!

 見られとるやんけー!

 とるやんけー、

 やんけー……

 けー…


 ……


 おぅふ。

 めっちゃ恥ずかしい…


 え~!?

 カッコよく──「キングべアと一騎打ち中」とかじゃないの?


 ねぇねぇ!?

 なんでなんで? なんで、そういう絶妙なとこから見るわけー!


 っていうか、何しに来たのよ!!


 もーーーー



 やだーーーーー!!



 と、

 キナとバズゥが顔を真っ赤っかにして叫んだとか、叫んでないとか…───





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