第102話「男は漢」


「酷い有様ね…」

 ヘレナは、崩れ去った灯台を目にして言う。


 ほとんどが崖に崩れ落ち、残ったのは基部だけだが、其処彼処そこかしこにすり潰された地羆グランドベアの死体が見える。


 そして、皆が見守るのは───キングベアの死体。と、潰れたキーファ…


 虫のようにモゾモゾ動いている所を見ると、死んではいないだろう。

 死ぬように仕向けたわけでもないしな。


「これは…アナタが?」

 蠢くキーファのことをかる~く無視してヘレナは言う。


 これ…?

 あー、キングベアのことか。


 ちょんちょんと、つま先で突きながら、キングベアの死体を見て言うヘレナ。


「トドメだけな。実際に多く戦ったのはキーファだろうさ」

 トントンと腹から突き出す、ダンビラの切っ先を弄りながら言うバズゥだが、

 ヘレナは懐疑的な目を向けている。


「キーファがぁぁ?」

 どう見ても、戯言を…と言いたげだ。

 パッと見ただけで、キーファのダンビラがキングベアを貫いているのがわかる。

 わかるが…


 どうやったこんな状態になるのか。

 うつ伏せに倒れたキングベアは、確かに腹部を貫かれて致命傷を負ったのだろうが…


 ヘレナはギルドマスターなだけあって眼力は中々のものだ。


「…──どうやったらこんな状態になるのよ」

 ジロっとバズゥを睨む。


 言いたいことは分かる。

 まるで、キーファの持つ剣の上に無理やり被せたかのよう──だ、と。


 …実際そうなのだが──


「さぁな…真相なんざどうでもいい。話す気もない」

 ……どうせ、買取金以上の金は出ないんだろ?


 皮やら、肝なんかは高値で売れるので権利主張したいところだが…

 このキングベアの場合は──キーファ達を始め、ポート・ナナンや、ファーム・エッジ自警団なんかも絡んでいるので…権利関係が面倒くさそうだ。


 というか、ぶっちゃけ───面倒だろう。


 仕留めた云々うんぬんだけで権利主張して、横で「やーやー、やーやー」言われるのはゴメンこうむる。


 キナが無事だっただけで十分すぎる報酬だ。

 望外。

 それ以上何を望む?


 ──もっとも、こういった大雑把な考えで狩りをするから、フォート・ラグダでは上前をはねねられたわけだが…


 バズゥは、その辺の機微きびがいまいち分かっていない。

 元は無学で浅慮な田舎の『猟師』故だろう。


 やれやれ、と。

 ヘレナはかぶりを振る。


「そう…いいわ。聞いても面白い話でもなさそうだし」

「そう言う事だ…もう行くぞ?」


 後は好きにやってくれとばかりに、後ろ手に腕を振りつつ、バズゥはキングべアの死体に背を向ける。


 帰ろう…と、

 キナの手を引いて彼女の歩幅に合わせた。


 ───うん…


 ヒョコヒョコと不自由な脚を引き摺ってはいるが…つらそうには見えない。

 少々顔が赤いのは…まぁ分からなくもないな。


 多分、俺もちょっと顔が赤い気がする。

 オッサンの赤ら顔なんて誰得ですがね…


 つーか、

 オヤッサン……ずっとニヤニヤしっぱなしだし───


 そんでもって、

 なんかジーマちゃぁぁぁん? 君はなんですっごい怖い顔でにらんでるの?

 つーか、服ボロボロやで?

 色々見えてるで!?

 眼福眼福……───バズゥ!! 

 ひぃ!!


 …なんでか知らんが、ジーマちゃぁぁんは、バズゥとキナを交互に見ている。

 瘴気をまとったような怖ーい顔で…って、君は何なのかね? 


 カメは───…


「なんだカメ? 帰るぞ。店の片付けがあ」


 ッ!


 カメの視線が、バズゥやキナに向いていないことを知り、いぶかし気に振り返ったバズゥは、

 そこで……





「おいおい…体がぶっ壊れるぞ」


 ぐぐぅぅ──と、キングベアを持ち上げ不敵に笑う……キーファ。




 あー…




 グググググ……


 ミシミシと音を立てながらキーファがキングベアの巨体を持ち上げている。


 どう見ても、体のつくりとキングベアの重量が見合っていない。

 キングベアの大きさも相まって、デッサンが狂ったような絵にも見えた。


「ハぁぁイデマぁぁぁぁン!!」


 あーはいはい…元気なこって。

 まったく面倒なボンボンだぜ。


 ──で、なによ?


「勝負はまだついていないぞ!!」


 ……


 …は?


「なんか勝負してたか?」

 本気でわからず…クリっと首を傾げるバズゥ。

 視線をキナに向けても、あいまいな顔。


「ふざけるな!!」


 ドォォンと、キングベアを放り出すと───


「キナさんを返せ!!」


 ………


 …


 ホワッツ?


「……キナ?」

 意味が分からず、キナに顔を再び向けるが…

 今度は明確に顔をプルプルと振る。


 ──これはあれだ。

 知らない!

 関わりたくないです! って奴だ…


「…………それじゃ、俺たちはこれで」

 

 クルーリと向きを変え、カメをうながすと下山し始めるバズゥ、


「ハぁぁぁぁイデマぁぁぁぁぁぁぁぁン!!」

 うるせ…

「──だからなによ?」

 パシンと投げつけられるソレに、慌てて体をかばう。

 突然の攻撃に身を固くするバズゥは──、


「な、なんだ? 手袋……?」


 キーファが左手から抜いたらしい皮の手袋を、バズゥに投げつけたのだ。


「何の真似だ?」

 叩きつけられた手袋を摘まむように持つとプーラプラ…


「決闘だ!!」


 ……


 ホワーイ?


「すまん…本気で意味が分からん」

 …疲れるわーこのボンボン相手にするの。


「ふざけるなよ、ハイデマぁぁあン! 貴様は、キナさんを不当に拘束し───…あの小汚い酒場で働かせていただろうが!」

 よって、僕が解放する! と……


「あー、お前…薬のやり過ぎだよ…」

 頭の上で指をクルクルと回し…最後にパーっと開いて見せる。


「黙れ黙れ黙れぇぇぇ!!」

 ダンダンダンと地団太を踏みつつ、大声を張り上げるキーファ。

 周囲の目は───…非常に冷たい。


「貴様の悪行を挙げればキリがないぞ!」

 いや。

 俺、なんか悪いことした?

「聞いて驚け! ──身寄りのない彼女を薄給でき使い…体が不自由にも関わらず、朝から晩まで働き通し!」

 ふむ?

「あげく、数年も家を空けて、あの小汚い酒場に奴隷の様に拘束する!」


 あーうん…


「──どれも、まぁ間違っちゃいないが…」

 つーかさ…

「ははははは! 認めたなバズゥ・ハイデマン! この極悪人がぁぁ!」

 人の話を───

「さぁ、キナさん! そんな男から離れて僕と来るんだ! 僕なら君を自由に───そして、」


 キーファが一拍置くと、


 すぅぅぅ……

「愛してみせる!」


 ……


 …


 ヒューゥゥウウ♪ 

 …言うね~。


「だ、そうだが…キナ?」

 俺は別にキナの夫でもないし、親兄弟でもない…


 ……俺の気持ちはどうあれ、

 ───キナがそうしたいというなら、……………………それでもいい。


 もちろん、


 キーファのところへ行くなんて聞いた日にゃぁぁ………血の涙を流してしまう自信はたっぷりだがな!


 ただな、

 それでも───


 俺は、キナの自由意志を尊重したい。

 キナにせよ…エリンにせよ…

 いずれは嫁に行く日もあるだろう。

 その日が遅いか早いかは知らないが…どちらも器量良し。引き取り手がないなんてことは無い。

 事実───すくなくともキーファはキナを求めているしな。


「お、お断りしますっ!」


 おお!?

 キナぁ──


「な、なんだって!?」

 断られるなんて微塵みじんも考えていないのか、驚きの表情のキーファ。


 …俺なら「驚いてる、お前」に驚くわ!


 ──しかし、キーファはブレない。


「ど、どうして…そんな男に!」

 わなわなと震えて、

 ブツブツとバズゥの悪行? を並び立てている。


 キーファの言い分、


 1、

 …身寄りのない彼女を薄給でこき使う──…いや、家庭労働だし…ハイデマン一家が不在時は、基本…売り上げは全部キナのもの。


 薄給なのは…売り上げのせいかと思うぞ。

 御多分に漏れず、お前も原因だろうが……


 2、

 …体が不自由にも関わらず朝から晩まで働き通し──朝から晩までって……

 いや、普通じゃね?

 何かね君は?

 朝から昼までしか働かなくていいとか考えてる?

 ……………え? 労働を舐めてる??


 朝から晩まで働かないでいい仕事って何よ?


 3、

 …体が不自由云々うんぬんも───…ハイデマン一家の方針ではなくて、キナの思いを尊重しているだけで…

 そもそもそんな体を押して「無理をしろ」とも、

 …ましてや、き使うとか、あり得ないから。


 風呂沸かせたり、

 酒飲み散らかしたり、

 雑魚寝する冒険者ぼんくらが、かなりキナを圧迫してたと思うぞ……


 それ、お前の管轄だったよね?


 で、4だけど───

 ──数年も家を空けて、小汚い酒場に拘束って君ね……

 

 好きで家空けたんじゃないよ!


 姪っ子連れていかれて──挙句、保護者も来い! ってな具合にね…半ば強制だっつの!

 しかも、こっちは腐っても軍務だよ! 


 あとな~酒場に拘束してるんじゃなくて、

 「キナの家」に、キナが住んでるだけ・・・・・・・・・だろうが……


 ──それとぉぉ……小汚い酒場で悪かったな!


 …ったく、

 

 言う人間が違うだけで、こうも変わるものか?

 本人が居ないところで吹聴されれば、俺スッゴい悪役じゃねーか!


 いや、俺のことはいいさ……

 それよりも、


「よく言ったキナ」


 ポンとキナの頭に手を置く。

 ハッキリとキーファを拒絶してみせたのは、中々の胆力。


 若干、震えているのは自分の言葉が、キーファを傷付けていないかを気にしてのモノだ───


 ……お前が、気に病む必要なんかない。

 と、優しく撫でてやり、

 そして、片手で軽く抱きしめた。


「ウチの子はご遠慮するそうだ」

 そうとも、

 は~~っきりと断ってやったよ。


「ハイデマンんん……貴様ぁぁ、一体何をキナさんに吹き込んだ!」


 ……

 

 いや………


 いやさ、客観的に見て───





 お前さん…嫌われる事しかしてないよね?




 むしろ、なんでOK貰えるとか思っちゃったの?

 叔父さん…そこんとこ聞きたい。


「しつこいようだと……普通に衛士に通報するからな?」


 ぶん殴りたいところだけどね…

 まずは公権力に訴えるのが筋───どうせ役には立たないと、わかっているけど、

 一にも二にも、

 まず、やることをやってから──


 それでも、物理的に何かしてくるなら───いい度胸!

 …俺なら十分に弾き返せる。──と、バズゥには自信があった。 


「通報だぁぁ? 舐めるなよ…決闘の作法も知らぬ田舎者がぁぁ」


 ……まぁ田舎だしね。


「決闘を受ける度胸もないか! 腰抜けめ…」

「やる意味が分からん」


 …いや、

 本気に、

 マジに、

 真面目に、

 切実にわからん。


 俺は、


 お・前・の・考・え・て・る・こ・と・が・全・く・わ・か・ら・な・い。


「これを見てもまだそんなことが言えるか!」

 懐に手を突っ込むと、

 一気に引き抜き…そのまま何かをかざしつつ、ツカツカと歩み寄るキーファ。


 肩を怒らせながら近づくイカレタ目をした・・・・・・・・イケメン…──その様子にキナが怯えた様にバズゥの背後に隠れてしがみ付く。


 薬をめ過ぎて、頭のネジがぶっ飛んでやがる…


 バズゥの前に無造作に立つと───


 バッ!

 と、バズゥの前に腕を突き出すキーファ。


 思わず体をすくめて防御姿勢を取るが…



「…証文か?」



 以前見せられた、証文の別紙類等のたぐいではなく───

 正真正銘の、………………本物。

 三者のサイン入りで、偽造品などではない…



 それが、



 ……………二通。


 ………


 は?


 に、

 二通……?


 なぜ、そこに二つある───




 一通は、キーファの所属する、諸国連合ユニオンギルド協会冒険者管轄局の管轄するもの。


 ───管理者を兼ねるキーファなら持っていてもおかしくはないものだが…



 そして、



 もう一通は──

 債権者であるフォート・ラグダの冒険者ギルドの……所有していた・・・・・・証文で、


 現在は……

 ───ヘレナが管轄しているはずのもの。


 はずの…もの。




 そう、ヘレナが………



 あれは、

 フォート・ラグダの冒険者ギルドが持つもので…金貨2500枚の価値を証明する──値千金の紙切れ・・・・・・・


 キナの身上代だ。


「おい……」

 急に底冷えする声を出したバズゥに、キナが不安げな顔を見せる。


「どういうことだ…」


 キーファの動きに気付いて、顔をそむけていたヘレナにバズゥは声を掛けている。

 唇を噛んで、ジッとしたまま動かないヘレナに──


「へ、ヘレナ…さん?」

 キナも異変に気付く。


 ヘレナの態度は…

 キーファがそれを持っている事を、肯定しているものとも見える。


 少なくとも…盗まれた物を見る者の目──ではない。


「わかったか? …これがここにあるということの意味を──」


 勝ち誇ったようなキーファの声。

 ………何が言いたい。

 

 バズゥは、物凄い目つきでヘレナを睨みつつも、キーファに視線を寄越す。


「これだけで、キナさんをどうこう出来るものではないが…───ハイデマン、」


 ……


「僕が、この証文の権利を放棄すると宣言したらどうだ?」


 ………


 …


 …なんだと!?


 証文の権利は──あくまでも、その権利があると証明するだけのもの。


 これを紛失したり、焼却したとして……たちまち効果を失うものではない。

 ないが…

 それでも、権利の主張は容易らしめるものだ。


 その上で、この権利を放棄するとし、

 それをおおやけに認められれば───…実質、証文はその瞬間に、

 本当にただの紙きれと化す。


「…どういうつもりだ」


 思惑が分からず、バズゥは警戒心むき出しで問いかける。


「ふっ…ようやく喰いついたかハイデマン!」

 

 あほが……

 当・た・り・前・だ・ろ・う!


「タダでくれる───…わけないよな?」


 ハッ、ばかめ。と言いたげな顔でふんぞり返るキーファ。

 …殴っていいかな?


「阿呆が…! いったい、いくらしたと思ってる? ───そこの女狐相手に、な」


 …女狐。


 やっぱり、

「ヘレナ……てめぇ」

 ビクリと肩を震わせるヘレナ。


 恐る恐るといった様子で顔をあげるが、その目はいくらか挑戦的にも見える。


「はっはっは…! さすがに意外だったようだな? ハイデマン……」

 ニィィと口をゆがませるキーファに、

「…そうでもねぇよ」

 バズゥは、意外さは確かに感じたが…

「俺は、──そこまで信用してないからな」

 結局、ヘレナもその程度の人間だったという事だ。


「ほぅ? 僕は意外だったよ。お前のことだ、ヘレナ女史をもっと信頼しているかとね」


 …なんでそうなるんだよ。


「ヘレナ女史は、フォート・ラグダでの失脚をもかえりみず、お前の功績を議会に認めさせようとしたぐらいだからな!」


 あー…聞いてるよ。

 だから?


「立場をおもんばからずに、他者のために尽くす女性……信頼に値すると思うがね?」

「……金は別だ」

 そうさ…


 金ってのは、それだけで人の意識を変えることができるからな。


 俺はよく知ってるし……

 知った───


「言うねぇ、ハイデマン───あぁ、ひとつ」

 バズゥの反応がいまいちなのが面白くないのか、

「この証文は、そこの女狐から───」


 いやらしい目を寄越すキーファに、ヘレナがグッと唇を噛み、耐える。


「金貨2500枚で買ったよ…いやはや…吹っ掛けられたもんさ」

 ヤレヤレと肩をすくめるキーファ。


 …なるほど、屋敷を売ったり馬を手放したのも、全てはこの金策のためか。


 呆れた執着心だな、

 金持ちってやつは…


 いや、それよりも───


「ヘレナ…てめぇ」


 正直、

 もう少し気骨のある人物かと思っていたのだが…


 所詮は金か…


「ハイデマン……その…──」

 目を泳がせながらヘレナがバズゥに何かを言うとするが、

「聞くにえんわ!」

 クソアマがぁ、


 今ここでキーファをぶっ殺して、証文を奪った方がいくらか建設的だろうさ!




 ん?




 ぶっ殺───


 殺す……


 ころ…




 あ?




 決闘?


「キーファ、まさか───」


 ようやく気付いたバズゥに、キーファが顔を歪める。


「やっと話を聞く気になったか!? ハぁイデマン…」

 クルクルと証文をまとめると懐に仕舞う。


「コイツを賭けての決闘だ!」


 それならやるだろう!? と、


 ……


 … 


「いいだろう…」


 願ってもないことだ。

 だが、一つ懸念が…


「俺は何を賭ければいい?」


 実質2枚の証文を持つキーファ。

 彼が権利を放棄するというなら…キナの持つ一枚と合わせて、金貨2500枚の借金は帳消しになったも同然だ。


 好都合なことに、権利関係の薄い立会人もいる。

 ヘレナだけでは怪しいが、

 ポート・ナナンでもそれなりの実力者であるアジに、

 冒険者ぼんくらども。


 これだけ多くの証人がいる上、腐ってもギルドマスターの二人。

 そして、支部長たるキーファ。その3者の合意が成ったも同然。


 キナの返事はまだだが───


 キュッと掴むキナの手を感じる。


 家族だからこそ、

 愛しき人だからこそわかることもある。


 キナは、バズゥに全権を委任してくれるだろう。

 もちろん最終確認はする。


 ───必ず、な。


 チラリと、キナを窺うと…ヘレナの態度にはショックを受けているようだが、

 バズゥと目が合うと、軽く頷いていた。


 …バズゥを信じるよ──と。


 キーファの言葉を聞くまでは、


「ハイデマン……掛け金は、お前の命だ」



 ……



「それは決闘の結果か?」

 一瞬呆気に取られたバズゥだが、すぐに調子を取り戻し問い返す。


「違う。決闘は古式にならうさ」

 つまり、

 …何でもありの戦い。


 降参したら、負け。

 気絶したら、負け。

 死んだら───負け。


 それ以外は何でもあり。


 武器も、

 手下も、

 魔法やスキル…毒も、


 なんでも、だ。


「いいのか?」

 バズゥからすれば、大した条件ではない。

 自分の命が金貨2500枚だというなら…なかなかのものだろう。


 それに、現状は手下もいないキーファのこと。

 少々の、スキルや魔法があっても…負ける気は微塵みじんもしない。


「バズゥ!?」

 キナだけは驚いて目を丸くする。

 自分のために、命をかけようというバズゥに驚きを隠せない様だ。


「ダメ! バズゥ!!! わ、わた……私なんかのために、」

「───なんかじゃない!」


 ピシャリと言い切るバズゥ。

 キナの目を正面から見つめ───


「お前のためなら、命を賭ける───当たり前だろう?」

 バッサリと言い切るバズゥに、キナが口をパクパクとさせて驚いている。


 …そんなに意外か?


 キーファをチラリと見て、

 俺はむしろ───

「俺の命でいいのか? お前のことだ…」


 キナを寄越せ! くらいは言うと思ったんだが───


「見損なうなハイデマン! 僕は、僕の魅力でキナさんを振り向かせて見せる!」


 お前という障害がなければな! と、


「大した自信だ…」

 本気で、叔父さんちょっとびっくり。


 客観的に見ても…キナに好かれる要素がどこにもない…

 悪党に虐めさせて助けるという「マッチポンプ」も見抜かれて…、

 オマケに無銭飲食するし、

 店を冒険者ぼんくらの巣窟にしたし、

 風呂は沸かさせるし、

 夜中も嫌がらせをするし、

 挙句キングベアが襲ってきて、店はグッチャグチャで…

 

 崖から落ちて、死にかける。


 ……


 …


 ……どこに好かれるポイントが?


 たしかに、

 イケメンで、金持ちで、そこそこ強いし、無理やりせまるわけでもない…

 ないが───…うちの子は、そんなアホの子じゃないですよ?


「は! ほざけ、ハイデマン! どうだ! 決闘だ…受けるか? おくして逃げるか?」


 この衆人環視の前でなぁぁ! と自信ありげにほざいている。


 …多分、キーファの常識では、人前で決闘から逃げるなんて言う恥ずかしい真似はできないと思っているのだろう。

 それでも、念のため──と、

 バズゥが乗りそうな条件を提示してきたわけか。


 …間違っちゃいない。


 ぶっちゃけ、

 その条件がなければ決闘なんざー、やるわけがない。


 やる意味もないし、

 やる意味もわからない。


 だが、

 今───その意味ができた。



「…いいだろう」



 願ってもないチャンスだ───


 キーファを合法的? にぶん殴れるうえに、借金帳消しのオマケ付き。

 ……おっと、キーファをぶん殴るほうが、オマケだったな。


 リスクはほとんどないだろう。

 雑魚のキーファをしてやるだけのこと、

 キナの前では…あまり暴力沙汰を起こしたくないが、それも今更だな。


 ここを逃せば借金返済がいつのなることか。

 最近調子はいいとは言え───…ヘレナが裏切った以上、ギルドでの稼ぎは望めないかもしれない。


 懐事情も、今はまだ──

 キングベアを売ったりとちょっとは懐が温かいとは言え、

 この熊は突然変異種。


 俺からすれば、ちょっとしたボーナスみたいなもんだ。

 次も、こんなに稼ぎの良い話がある保証はない。


 結局は地道に稼ぐしかないのだが…狩猟だけで金貨2500枚なんて金は簡単に稼げるはずもなく──


 いずれジリ貧になる……


 だから、

 この機会チャンス……逃す手はない!


「ははは! そう来なくてはな、ハイデマン! …来いっ!」


 ジャキンとダンビラを構えるキーファに、


「アホか。まずは証文を寄越せ───…オヤッサンが一通、ジーマ…お前も一通持て」


 早速決闘だ! と息巻くキーファ。

 だが、そんな口約束を早々信じるはずもない。

 ──……まずは場を整えようじゃないか。


「……ヘレナ、一筆書け」


 ジロっと睨み置き、ヘレナに声を掛ける。


「わかったわ…」

 ビクリと震えつつも、ヘレナは心得た様子で紙に書き連ねていく。


「いいのか? バズゥ」

 「あぁ」と、うなづくバズゥに、

 オヤッサンは不満そうにしつつも、キーファから証文を取り上げる。


 もっと抵抗するかとおもったが、キーファは案外素直に応じている。

 それよりもこう…早く戦いたくてウズウズしているといった感じだ。


 強化薬ブースターの影響かもしれないな…


 冷静に考えれば、キングベアを終始圧倒して見せたバズゥに、

 ──同じ相手に苦戦して、手も足も出なかったキーファでは実力差は明白だというのに…

 それでも自信あり気に戦おうとする。


 ……何か策が?


「書いたわ…」

 流石はギルドマスターといったところか、

 どんな時でも、場所でも、紙とペンは忘れない。


 オズオズと差し出す紙には、



 …ふん。



「───キナ・ハイデマンの証文を賭けた決闘を行う。対価はバズゥ・ハイデマンの命なり、ね」

 こんなところか…

 実際は、もっと細に渡って書かれているが…要約すればそんなところ、


 サインし、指を軽く噛み破って血判を押す。


「ほら」

 ペンと紙をくるんで、キーファに投げ寄越すと──


 器用にもダンビラを構えたまま、キーファがパシリと受け取り、

「潔いなーハイデマぁぁン」

 そこに自分の名前も書き連ねた。


 そして、同じく血判を押すキーファ──

 最初誰に血判付きの証文を預けようか迷っているようだが…


「ヘレナ女史、持っておいてくれ」

 女狐とか言って置きながら、こういうところは頼るようだ。


 そこでふと思い出したように、


「あぁ、そうだ」

 ポイっと証文を投げ渡すキーファは、ヘレナがそれを受け取るのを確認するでもなく、


「ヘレナ女史の名誉のために言っておくが…──」


 ……


「彼女はね、ギルドに損害を与えたとして……失脚。フォート・ラグダでの地位を奪われているのだよ?」


「っ! それは貴方が!」


 ギョっとした眼でキーファを見るヘレナ。


「…どうでもいい」


 大方、キナの借金の棒引きやら金利を取り消したこと…そして、先のフォート・ラグダの戦いの責任を負わされたのだろう。

 キナの借金にしても、返す宛がなければ巨大な負債でしかない。


 当初は、バズゥのネームバリューと勇者の資金を宛にしていたようだか……

 バズゥ自身は、あまりにも無名で───

 そして、想像よりも遥かに貧乏だった。

 

 精々が一時金を払ったくらい。

 それならば、勇者と連絡を──と、考えなくもなかったが、連絡をとる素振りもない。

 大金の返済は宙に浮いた形となった。


 その責任はあまりにも重い。


 まぁ、予想はつく…


 勇者軍でも───

 いや、

 勇者小隊でも似たようなものだった。


 敗戦やら、手痛い損害には、反省と責任者の処罰が付きまとうものだ。

 それが正当であれ、不当であれ…な。


 キナの借金の金貨500枚。

 それに、金貨2500枚から生み出される金利───


 これは、どう考えても不良債権だが…

 回収の見込みがある以上、一概に不良とも言えない。


 なにせ…キナ・ハイデマンだ。

 勇者エリンの縁者。


 何らかの理由で支払いが遅れていようとも、金を生む木であることは間違いない。

 それを帳消しにしてしまった。


 負債と、金利───


 言い換えれば、

 借金と、利益───


 それも巨額だ。

 あまりにも大きすぎる……


 ギルドマスターの地位を追われるには十分すぎる理由だろう。




 だが───




 それがなんだ?

 ヘレナを同情する理由足ると?



 …生憎あいにくだが、俺はキナのように優しい人間じゃない。

 浅慮で短気でスケベで臭いオッサンだぜ?


「キナを危険な目に会わせた…それだけだ、それ以上にない」


 …キナの身柄をキーファに預けたのが、

 真の意味でキナの身を案じていたのなら───腹は立ちこそすれ、責める気にはならなかったが…


 結局は、

 キーファに金で買われた証文を履行するためだったと……


 キーファに上手く言いくるめられたうえ、

 フォート・ラグダの件もあって否応なしだった可能性もあるが──俺からすれば、店に立て籠もるうえで、戦力にならないキナを放逐したようにしか見えない。


 実際、ズックは熊にかじられていたわけだしな。 


「…ごめんなさい」

 目を伏せるヘレナに冷たい目を向けるバズゥ。


「アナタが…もう少し早く来てくれれば…」

 フォート・ラグダ襲撃がキーファ達のせいだと知っていれば、と───


 そう言うヘレナ。


 だが…


「好きに言ってろ。…この件が終わったら店から出て行ってくれ」


 都合の良い御託を並べるな!

 今思えば、

 フォート・ラグダの功績云々も、自分の利益へ誘導したいがためにも見える。


 一切取りつく島のないバズゥの様子に、コクリと頷くヘレナ。


 キナだけは、なんとなく事情を掴んだようで、バズゥの服を引き、

「ヘレナさんは…」

 何か言おうとするキナ。

 だが、


「キナ…」

 首を振り否定して見せるバズゥに──

 キナは悲し気に目を伏せる。

 こういったときのバズゥには何を言っても無駄だと知っているのだ。


 少なくとも、今は。


「いい加減キナさんから離れろ!」


 イライラと業を煮やしたキーファが口汚く吼える。


「キナ…離れていろ」

 バズゥの言葉に逡巡するキナだが、


 一度だけ腰にしっかりと手を回し、

「ご武運を───…誰も、」




 ───誰も、




 誰も殺さないで…か。


 皆まで言わせずとも、バズゥは分かっている。

 キナの気持ちなら分かっている。


 ──家族の思いだ……当然だろ?


 自分の命はともかく…──

 キーファの命…

 ヘレナへの落とし前。


 金のことや、

 …色々あるが、


 あるが───


 少なくとも、キナの前で人死には見せられない。

 「人殺し」…そんなものは、クソ戦争だけで十分だ。


 家庭に持ち込んでいいものじゃない。


「ようやくだなハイデマン。少しは人を───」

 信用しろっっ!


 と、言うが早いかキーファの斬り込み!


 証文のやり取りを終え、どちらも約定やくじょうを違えないと証人も付けた以上………


 決闘は成る。

 そう、


 ───今!


 ダッ! とキーファが駆ける。

 速度は───




 速い!!!




 ギュバ! と一足飛びに接近したキーファ、

 赤い稲妻をまとったスキルの一撃に───剣由来ゆらいの青い炎が絡み合っている。


 スキルと魔法剣の組み合わせ!


「ぐっ!」

 バッと横っ飛びで躱すバズゥに、


「甘いわ!」

 ブンと振り抜き、前から横への斬撃で対応っ、

 バジィィン、ボン! と赤と青の魔力を帯びた光が──飛ぶ!


「がぁ!」

 辛うじて交わしたものの…地面に着弾し炸裂、その余波がバズゥを襲う。


「もう一発!」

 振り抜きからのーーー逆袈裟切り! ──それもスキル付きだ。


 ダンビラに絡みつく、赤と青の複合!

 不気味に空気を震えさせる魔力の奔流を感じるが───


 バズゥとて、そうそうやられるタマでなし!


 ………

 馬鹿の一つ覚えみたいになぁ…

 何度も同じ技を食らうか!

 

 猟師、舐めんなっ、


「うらぁ!」

 前回り受け身からの、刺突!


 銃身を抱え込むように体の前に回すと、そのまま右肩から地面に接してクルリと転がり、

 キーファの放ったスキルを、かーわーしーてー!!


 素早く一転…!

 起き上がっての、反動はんどうとぉぉー、──突くべし! 


 銃剣は付けていなかったが、もとより殺す気はない。

 キーファごとき雑魚───


「甘いと言ったぁぁぁ!」

 ヒュンと、飛び上がったキーファが、クルンと空中で1回転し───……銃身の上に立つ…


 な!


「熊相手に苦戦してる僕を見て……」


 こ、コイツ───


「勝てると思っただろう!!!」


 バキィィと、廻し蹴りを喰らう。

 ぐわん…と脳髄が痺れ…足が───あれ?

 地面、どこ…だ?


「僕は聖騎士ホーリーナイト……人間相手が専門だ!」

 熊とは違うのだよ、熊とはぁぁ!


 ドスンと尻餅を付いたバズゥを冷ややかに見下ろすと、

 追撃の一撃とばかり──スキル付き一撃を、バズゥに脳天に振り落とす。


 ぐぅ!


 ほとんど条件反射で頭をかばう。


 両手で支えた猟銃に───


 バッキィィィィン!!!

 と、ダンビラの全力の一撃が降り注ぐ!


「バズゥ!!!」

 キナの叫びが、間遠に聞こえるほど意識が朦朧もうろうと…


 なんだ?

 体が……──


 あ、が、


「馬鹿め! それで防げれば苦労はない」


 ぐ…まともにスキルを喰らったか…

 足に力が入らないことを自覚しつつも、無理やりに体を支える。

 未だ、ダンビラを振り落とした姿勢のまま、スキルを流し続けるキーファ。

 そこから発せられるのは、赤い稲妻と青い炎。


 電撃のようなものが体を貫き──皮膚の表面がジリジリと焼けていた。


 海産物を焼いたような匂いが、自分の体を焼く匂いだと気付いたころには、次の一撃が───


「これが僕の力だぁぁ!!」

 一度振り下ろしたダンビラを引いたかと思えば、

 刺突の構え───

 間近にいるキーファのダンビラが、剣の鍔部分しか見えない…


 視界には切っ先と、

 切っ先と───


 切っ先、のみ……?


 !

 っっ!


 刺突の──直撃コース!?


 刀身が見えないほど真っ直ぐにバズゥに向けられたダンビラは、確実にバズゥの正中線を捉えていた。

 踏み込みすらない、腰と腕の反動だけで繰り出される一撃は、衝撃に乏しくとも…鎧も兜もない、生身の人間には強烈に過ぎるもの──


「死ね! ハイデマぁぁンっっ」


 しくじった…

 キーファの実力───見誤った!


 一度対峙した時には、それほど脅威を感じなかった。

 そして、キングベアに苦戦するキーファを見て…雑魚だと思った。


 そんなキーファを見て……

 俺は強いとすら───




 なんたる傲慢ごうまん

 なんたる慢心、

 なんたる油断、




 俺は───




 ただの『猟師』だ。

 

 そう──……

 猟師と熊、

 騎士と熊、


 そして、猟師と騎士───


 猟師が熊相手に強いのは当たり前だ…

 そして、騎士が態々わざわざ民間人を威圧して全力を出すなんてことも早々あり得ない。


 以前のキーファをして、本気でなかったこともあるだろう。

 それゆえに……俺は、キーファの腕を見誤った。


 いや、

 わかっていたはずだ。

 上級職と中級職との悲しいまでの実力のへだたりを……

 ましてや、バズゥは中級職の中でも戦闘職のそれではない。

 

 ただの『猟師』──


 相手は、ボンボンで屑野郎かもしれないが……腐っても上級職。

 しかも、戦闘職である騎士だ。

 対人戦の専門職と言って良いだろう。


 さらに言えば、今のキーファは強化薬ブースターで能力を向上させている。


 ただの、

 ただの───

 ただの猟師が叶う相手ではなかった。






 だが、






 俺だって、

 地獄のシナイ島を生き抜いてきた───


 斥候スカウト………

 

 『猟師』のバズゥ───

 そして、




 勇者エリンの叔父だ!




 おらぁぁぁぁぁ──と、キーファのダンビラがスローモーションのごとく、ゆっくりと迫る。

 死にひんして、脳内の処理速度が向上……生きる手立てを考えろと──本能が叫ぶ!


 生きろ、

 生きろ!


 生きろバズゥ・ハイデマン!!


 ………


 …


 目を見開く…

 諦めなどしない。


 呼吸を忘れる…

 思考の邪魔だ。


 怖れを捨てる…

 生存こそ勝利!


 うおおおおおおおおおおお!


 キーファごときにぃぃぃ…

 戦場帰りが殺られる道理などない!


 だが、

 確実な直撃軌道…

 このままならば───だ。


 し、

 死んで──

 死んでたまるか────!!


 ぐぅぅおおおおおおおおぉぉぉっ!

 猟師スキル『刹那の極み』発動!

 

 ブワッ…と時間の感覚が間遠になる…そして、キーファの動きがよく…見えた。

 少しづつ、

 脳の働きも活発に…戻りつつある。


 『刹那の極み』は、身体能力はそのままに、

 時間間隔だけが遅く感じられるスキル。

 それは脳内の処理速度が上がることにもなっているのか、冷静に落ち着いて動きを見ることができた。


 廻しゲリを食らって衝撃に揺さぶられた脳の中でも、

 冷静な部分を探るあてるように、

 徐々に、

 徐々にではあるがその動きを観察していく。


 …このダンビラに軌道は、完全にかわすのは無理──

 ギリギリかわしても、頬の肉を削り取られる…


 相手は強化薬ブースターを使用しているうえ、

 対人戦に優れた天職相手に、手持ちの装備が少ないバズゥでは不利だ。

 おまけに銃を使おうにも、こう密着されていては不可能。


 勝つためには…

 奥の手を───


 ゆっくりと流れる時間の中、

 そこに自らの体の動きも織り交ぜていく。

 まるで、ネットリとよどんだ粘液の中を泳ぐように、体の動きも遅く──ねばついているかのよう…


 目前に危機が迫っているというのに、この動きの遅さ…!

 頭は働いているだけにもどかしい───


 ジリジリと近づくダンビラの切っ先から逃げるように、顔を…体全体ごとらしていく。


 キーファの声が間延びして聞こえた…


 ───ハぁぁぁぁ


 …イぃぃぃぃ、デ───


 マぁぁぁぁぁ……ンんんん


 その声も、ダンビラの切っ先もゆっくりとした世界でありながら明確な敵意を持ってバズゥを追う。

 そして、何とか直撃軌道から逸らした切っ先ではあったが…かわしきることはできずに…───


 ズブブブ…と、バズゥに頬に沈んでいく。

 その激痛と言ったら!!


 幸いというか不幸中の──というか、スキルをまとわせる暇がなかったのか、魔法剣由来の薄い炎をまとわせただけの一撃だったが…

 肉を焼く火傷のうずきと、皮膚を切り裂く激痛に──スキル『刹那の極み』を解除しそうになる。


 『刹那の極み』の欠点でもあるのだ…

 肉体の痛みはしっかりあるうえ、

 体と脳の乖離があるため、ジワジワとした激痛・・・・・・・・・となって襲う。



 ──その苦しみと言ったらぁぁぁ!!



 間延びする時間間隔の中───


 頬が溶け……

 皮膚が裂ける……

 

 ──血が焼けて、嫌か臭いが漂うなか……


 激痛に歯を喰いしばるバズゥ。


 いぃぃ──

 っっでぇぇ……ぇぇ!!


 そ、


 そ…

 それがどうしたぁぁぁ───


 バズゥも叫ぶ!

 脳では一言…

 だが、スキル発動中は体の動きと同時に、言葉すら遅く…スローで零れる───



 …死ぃぃぃぃ──にぃぃやぁぁぁぁ


 ───せぇぇぇぇ…


 …んんんん───わぁぁぁぁぁ



 そうだ!

 痛みがどうした!

 それくらいでぇぇぇぇ


 死にゃせんわぁぁぁぁ!!!


 

 キーファのダンビラがバズゥの頬を切り裂き抜けていく。


 ───……


 キーファよぉぉ……

 仕留めたと思ったか?


 ……


 …


 甘いわっ───


 ──────…今!


 カウンター気味に、猟銃の銃床を叩き込もうとする…が、


 あと、一歩……

 足りんか!?


 スキルの限界だ。


 くそ───!


 …



 魔法にせよ、

 スキルにせよ、


 体内の何らかのエネルギーを消耗しているらしい。

 魔法は魔力だが、

 スキルも魔力のようなものらしい。


 いずれも限界まで消費すれば、人体に深刻な影響がでる───らしい。


 らしい、というのは…詳しくはわからないからだ。

 なにせ、スキルも魔法も限界まで酷使すれば最悪、……死に至るもの。


 しかし、


 人間が呼吸を止めれば死ぬように、

 全力で走り続ければ昏倒するように、

 食事を取らなければ餓死するように、


 何事も限界を超えれば死に至るということ───

 当然の話だ。


 そして、


 生きていくうえで、人間が限界まで突破することは───普通あり得ない。


 呼吸にしてもそう、

 限界前に息継ぎをするし、

 走りにしても、限界前に足を止める、

 飯だって、餓死する前に食べるだろうさ───


 魔法も、スキルも限界まで行使する奴はいない。

 いたとしたら、そいつは死んでいる。


 そういうこと…

 魔法やスキルの乱発は、酸欠や、体力の消耗、飢餓感に近いものだ。


 故にバズゥも、『刹那の極み』の限界までの使用に感覚的に気づく───これ以上は無理だ、と。

 

 だから解除する。

 その前に───ギリギリまで、カウンターの体制を作る!


 腕を振り上げ…銃床をキーファに向けぇぇぇ───解除!


「ハイデマン!!!」

 ブシュっと、バズゥの血が吹き上がり、

 キーファの目にはバズゥを仕留めたように見えただろう…確実に直撃軌道だと───


 だが、


「いってぇぇだろうが!!」

 グルんと体をひねったバズゥによって、渾身こんしんの一撃は回避され───あろうことかカウンターの構え、


 これは───


 当たる《当てる》!

 当てる《当たる》!


 ボッコォォォンと、筋肉を撃つ音が響き、

 キーファの体が「く」の字に折れ曲がるが───


「浅いか!」

 中級職MAX由来の筋力と攻撃力を乗せた、ごり押しのカウンターだったが…

 キーファとて、上級職。


 しかも、バズゥの一撃は回避からの不利な姿勢からの一撃だ───


 クソっ! これは使いたくなかったが…


「効かないな! ハイデマンっ」

 口の端から血を垂らしながら何言ってやがる。

 だが、まだまだ膂力りょりょく十分か…


「次で終わりだぁぁ!」

 バズゥの体力…スキルの限界を読み解いたかのようなキーファの攻撃。

 キーファ自身は、強化薬の効果で自動回復付き───おまけに奴自身も回復魔法が使える。


 長引けばバズゥが不利だ。


 なんでもありの決闘。

 強化薬もそのうちだ───キーファのほうが現状…バズゥより強い!!



 ならば、奥の手───






 『猟師』スキル最終技……

 

 ───『山の神』、発動。





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