第103話「頂上決戦」

 ───『山の神』、発動。


 バズゥを中心に、本人視点で──ブワッ! と、世界に色が上塗りされる。


 一瞬のことではあったが、セピア色の膜が人や物、空……空気までも染め上げていき、


 一度、───世界を瞬時に染めたあとに……また、バズゥを中心に元の色へと還っていく。

 世界と自分が隔離されたような、わずかに感じる奇妙な感覚とともに……

 別世界にとって変わられたかに見えるほど、世界の感触が変わる。


 『山の神』


 天職レベルをMAXにしたときに、手にしたのがこのスキル。

 効果は……………地味───


 その一言だが、

 天職MAXにまでもっていくこと事態、人類としてはまれなのだろう。


 普通はその前に転職するか、ランクアップする。


 そして、その機会に恵まれない者も大勢いる。

 ───……いや、大半がそうなのだろうが、普段通りの生活で天職のレベルが上がることは早々ない。

 

 『漁師』として、脂の乗っているオヤッサンこと──アジも、天職レベルは中級職でありながら、多分中堅クラス。

 それほどに天職のレベルは上がらない…


 訓練と───戦争という極限状態を潜り抜けなければ、───だ。




 ──♪


 …♪


 ぁぁ……───♪




 聴こえる?

 何かが……



 頭に警鐘がなるとでもいうのか、

 込み上げる吐き気、頭痛、悪寒……そして、


 ───ぐぅぅ……


 バズゥは脳髄に響く、音楽とも、歌声とも、鳴き声ともつかぬ───音色ねいろを聴いた。

 『山の神』発動時に響く…不可思議な現象。


 悪寒が止めば訪れるのは──

 体を突き抜ける全能感にあわせて、こみ上げる高揚感…


 バズゥは、使ったことはないが…

 多分、強化薬ブースターや、

 もっと単純な…麻薬使用時のそれに近いのかもしれない。


 近い感覚で言えば、

 酒を飲んだ時にも似ているが……酔いとは比べ物にならない───言葉では表せないソレが体から溢れ出す。


 

 そして、

 地味な効果が発動し始める。

 全てのスキルを使っているかのような状態。


 さらにそのスキル事態も、

 本来ある制限が大幅に開放されたような感じ……

 すなわち───スキルの使い放題の……感覚。


 通常時には必ずある人としての限界値。

 息切れにも、

 疲労感にも、

 飢餓感にも、

 似ているようで、どれとも言い表せない魔法やスキルによる・・・・・・・・・限界値・・・───…それの突破だ。


 

 ───♪♪


 あぁぁーぁぁ♪



 代わりにもたらされる、この精神を蝕むような音色…

 まるで、思考の……精神の汚染だ。



「ハイデ…マン?」

 『猟師』ですらないキーファにも感じとれる異変。

 カウンタースキル『山との同化』が発動し、バズゥの気配を希薄にする。


 するが───


 それは希薄にするなどというレベルではない。




 そう───

 山そのもの。

 もはやその感覚は、人と対峙するそれではない…



「ぅぅ…ぐぅぅう……」

 頭に流れる音色ねいろに思考を溶かされつつも…


 『刹那の極み』を発動───

 バズゥの持つスキルで、至近距離においてキーファに対抗できそうなスキルなこれくらいなもの。

 『猟師』ゆえ、

 基本は銃ありきのスキルと、生活のために役立つスキルしかない。


 それでも、斥候スカウト時から愛用するスキルをも最大限活用して隙をうかがうために、

 併せて、『山の息吹』を───発動……


 完全に気配を消し去る。


 しかし、

 ……それは悪手でもあったらしい、

 『刹那の極み』の発動による脳内の処理速度の向上と、情報量の増大は、『山の神』の効果すら増幅しているらしい。


 その上、気配を希薄にするという事は世界からの刺激を自ら拒否すること……



 『山』が、

 バズゥを………………呼ぶ───



 




 ♪♪ぁぁ♪♪───

 ♪♪あーぁぁぁあー♪♪♪






 『山の神』によるスキル向上と、

 スキル併用により、限りなく『猟師』として万能に近づく。


 『刹那の極み』『山との同化』『山の息吹』その他の偽装スキルに静音スキル───


 そして、歌声による脳を溶かすような甘美な響き………


 判断力、

 ステルス性、

 全能感、


 それらは戦闘では無類の強さを意味するが、

 するのだが……───心が…


 そう、精神こころが───


 ♪♪ぁぁ♪♪───

 ♪♪あーぁぁぁあー♪♪♪♪♪


 ♪♪…ぁ───!! ぁぁ♪♪♪



 高揚感、

 高揚感、

 高揚感!!!


「ぐひゃ……」


 思わず漏れる哄笑に──

 はははははっはは…


 矮小な敵を見下す全能感───


 矮小な割に、ぎーふぁ……

 ヤルジャナイカ。


 それでも、冷静な部分が確実に獲物いのちを戴かんとする……


 そうだ。

 人と山──


 それはもっと純粋で、美しいもの。

 あなどりはしない……


 してやるなんてのは、格下相手にすることだよなー?


 ダカラホンキで戦おう。


 俺ノ持テル技術ヲお前に、振るおう──


 ……


 … 


 ゆっくりと、流れる時間の中、

 バズゥはキーファの動きを注視した。


 冷静に時間と距離と敵意をみさだめ、

 銃を保持し、

 先端付近から槊杖かるかを引き抜く。


 ♪♪ぁぁー♪───


 銃…銃ぅ!

 そ、装填…装填ん…



 目の前で装填しているというのに、キーファはまったく気付かない。

 それほどに、バズゥは景色に溶け込み…気配が自然と一体化。


 しかし、

 キーファとて、腐っても上級職───

「隠ぺいスキルか!」


 キーファがようやく事態に気づき、

「貴様の相手の対策はぁぁぁ───万全なんだよ!」


 と虚空こくうえる。


 ……


 …!?


 いや、

 …熊対策しろよ!

 と、盛大に突っ込んでいる観客の目など気にした風もなく、

 ヌラリと取り出す代物…


 ツルンとしたそれは───


「革袋?」

 決闘を、ハラハラと見守っていたジーマが零す。

「いや…ありゃ魚の浮袋だな…中に動物の血が入っているようだが……──」

 キーファの体に取り付けられている物入ものいれの幾つかは、異次元収納袋アイテムボックスになっているようで──


 そのツルリとした袋を、次々に取り出す。


「姿を見せろぉぉ!」


 ブンと四方に放り投げると、

 スパパパパパン───と切り裂いて見せた。


 バズゥのスキルは存在を希薄にするだけで、消えているわけではない。

 違和感を浮き彫りにすれば、おのずと姿は見えるものだ。


 さえぎる物のないこの場所で、

 真っ赤な血を被ればどうなるか───


 バシャシャシャシャシャシャシャ…!! ベチャ…

 と───


「そこかぁぁぁ!!」


 血を被ったバズゥが、明確に浮き上がる───


「あぁ、ココダ」

 隠れてねぇよ? と言わんばかりに、血を被っても微動びどうだにしないバズゥ。

 ピタリと銃を構えている。


 「殺し」はしないといったバズゥだが……その目は、酷くすわわっていた。



「ば、バズゥ?」

 キナがその様子にブルリと震えて、思わず名前を呼ぶが───



「ヒ、死ね……」

 

 カチ……バァァァァァァァン!


 

「ハイデ」

 ぐっ、と歯を食いしばり……

 ギィィィィンと、小癪こしゃくにも銃弾を弾いて見せるキーファ。


 チ…

 やるなっ!


 火薬が少なすぎたか───……


 精神が全能感と高揚感に包まれ、殺しへの忌避が薄れているにも拘らず、バズゥは手加減していた。

 いくら近接戦闘に優れていても、至近距離の出の銃撃に耐えるのは並み大抵の腕ではない。


 ましてや、はじくなど。


「ヤルじゃないか……キィぃぃぃぃぃファ」


 はははは、と焦った様子もなく軽く背後に一跳躍───飛び上がった姿勢のまま、銃口を反転───火薬差しから多めに火薬を注ぎ込む。


 空いた手は軍服のポケットに突っ込み、ズボッと抜き出した手には、

 五指に弾薬を───


 残り少なくなってきたとはいえ、キーファを仕留めるくらいなら十分に過ぎる。


 紙薬莢×2

 連合銅貨の包み×2

 これを挿み、手の腹の部分にはバラの鉛弾を一つ。の計五発。


 このうち、バラの鉛弾を銃口に押し込む。

 それと当時に着地し、硬直することもなく流れるように動き──槊杖かるかで押し固める。

 装填を終えたなら、槊杖かるかは仕舞わずに口にくわえて保持すると───


 素早く火皿に火薬を注ぎ込み閉塞。


「こいつでどうだ!」

 銃撃に特化したスキル群は、

 いつも以上に──


 的確に、

 素早く、

 機敏に動く!


 跳躍したバズゥを追って、キーファもすさまじい速度で迫りつつあるが───


 その姿をしっかりと照準する。

 そっちから来てくれるとは、重畳ちょうじょうなこって──


「ははは、的がデカくなるだけの事ぉ!」



 ───引き金を、



 大口径の弾丸を、大量の火薬を注いだ過剰装薬……

 ───こいつが当たれば、人間キーファなんて「グチャ」と潰れてしまう。



 ───引く、



 さらば、

 キーファ───



 ガチンッ──

 ──ドガァァァァァァンン!!!






「バズゥぅぅぅぅ!!」

 





 キナが容赦のない銃撃を始めたバズゥを制止しようと声を上げるが、『刹那の極み』の時間の中で動くバズゥには間延びして聞こえる不気味な声でしかない。


 チラリと流し見たキナは、変わらず美しい。


 大丈夫だ───キナ。


 異なる時間感覚の中、キナとバズゥで意志疎通などできないだろうが、それでも繋がりを感じる二人。

 バズゥの目に映るキナの、その双眸そうぼうだけは、いつもと同じく綺麗に映えて…………



「舐めるなと言った!」

 バキャァァァン!!

 と……どこからともなく障壁が発生し───キーファの前面を護る。


 障壁───!?


 ───…あれは、

 シナイ島で見た……───


「オマエ!?」

 並みの魔法使いの使う障壁程度なら、ぶち破って見せるバズゥの銃撃を……キーファは防いで見せた。

 その銃弾の威力は、過剰装薬と至近距離ということあり──相当な威力のはず。


 この銃撃を防げるのは、

 大賢者アッカーマンファマックの張る障壁や、神殿騎士パラディンクリスの『聖域結果サンクチュアリ』くらいなものだろう。


 いくら上級職とはいえ、

 神殿騎士パラディンに比べて防御の劣る聖騎士ホーリーナイトでかつ、レベルも下位と思われるキーファごときに防げるはずが……!?


 考えられるのは、かつての戦場でみた悪夢の再来。

 弓手アーチャーや、銃士ライフルマンの天敵……魔族、


 その……魔族のもつ障壁だ───


「見たか? こいつは魔族由来の障壁だ! …値が張ったぞ」

 ニヤっと笑うキーファが目前に迫る。

 その前面には、障壁がユラユラと陽炎の様に揺れており、不安定ながらも存在を誇示こじしていた。


「最近開発された、魔族の障壁を解析した新型防具だ!」

 

 これを見ろ! とばかりに派手に示すのは、魔族の頭蓋骨を装飾したような悪趣味なガントレットだ。

 頭蓋骨に手を突っ込んでいるようにも見える、それ。


 いつの間に…!


 さっきまでは持っていなかったはず?



「お前…どれだけ、装備を隠している?」 

 チラリと目を向けた先は、キーファの腰ベルトに固定されている物入れ───


 一見すればポーチのようなものだが、

 あれも、れっきとした異次元収納袋アイテムボックスなのだろう。


 体にフィットするそれは、バズゥの持つ量産品とは違い、

 特注品オーダーメイドのそれ───ゆえに、品目ごとに細かく収納できる仕組みらしい。


 バズゥのように、一つの袋にぶち込むようなやり方ではなく、ポーチの一つ一つに専門の装備を収納しているのだろう。


 ニィ…と口を歪めるキーファ、

「お前を殺し切れるほどだぁぁぁ!」

 と、

 自信溢れる口調でのたまう。


 ほっほぉ……

 やるな、キーファぁぁぁ……


 その執着は─────天晴あっぱれだよ!


 方々でかき集めた自慢の装備ということか。

 ……どうりで自信があるわけだ。


 バズゥを倒すためだけに準備していたのだろう。

 キングベアが直接襲って来たことだけは予想外だったようだが…

 フォート・ラグダ以来、姿を消していたと思えば……なんのことはない、シコシコと準備していたわけだ。


 家を売って、

 家人に暇を出し、

 馬を捨ててまで───俺を?


 ………


 …


 光栄だね~!


 キーファとの戦いで、思考がクリアになっていく。

 『山の神』の精神汚染も随分と楽になった。

 ──あの歌声と間遠になっている。

 今の状態はかなりのベストコンディションだろう。


 ちょっとしたスリル───小さな命の危機が、間近に迫るほど…生存本能が、自分という存在を確固かっこたるものとする。

 それが、『山』に呼び込まれそうになっていた心を繋ぎ止めているのかもしれない。


「ケリをつけようか…」


 キーファから距離をとるためにバックステップ──

 前方に走り込むだけのキーファの方が、圧倒的に有利。

 だが……バズゥからすれば、

 例え少々の距離であっても、その空間を稼げればそれでよかった。


 今の状態なら───

 それで、充分!!!


 俺の技───とくと見ろぉ!


 ……


 『急速装填』『姿勢安定』『反動軽減』!!


 空中で制止するかのように、ふわりと舞い……取りこぼしの無いように、慣れた手つきで火薬を銃口から多めに注ぐ───そして、

 連合銅貨の包みをほぐすと銃口に……落とし込み、槊杖カルカで突っ込んで固定する。


 あとは、

 パチリと火皿を開放すると、火薬を注ぎ、再び蓋を───


 そして、

 ───照準する……


「そんな、鍋蓋なべぶたで防げるとでも?」

 キーファ自慢の魔族障壁を揶揄やゆして言う。


「負け惜しみを! やれるもんなら、抜いて見ろぉぉぉ!」

「…おうよ!」


 撃鉄をフルコックに……『速射』! ──ガチンッ、


 

 バァァァァッァァァァァッァン!



 強烈なマズルフラッシュの中から、鈍い輝きの連合銅貨が飛び出す。

 狙いは障壁ではなく───


 ……地面!!


 叩きつけられるように撃ち込まれた連合銅貨は──

 幾つかが地面にめり込み穴を穿うがち、

 幾つかが地中の石に当たって弾け飛び、

 幾つかが狙いを逸れて直撃し、


 それらがキーファの障壁を小揺るぎさせた。


 無駄なことを! と、口の端を歪めるキーファだが……

「ぐぁぁ!」

 肉を抉る激痛に、顔をしかめる。


「はっはっはっ、お支払いは連合銅貨でいいか! ──遠慮しないで釣りは取っておけ」

 

 そう言ってさらに一発を装填。


「馬鹿な! 銃弾でこの障壁が撃ち抜けるものか!」




 ……



 …




 ───アホめ。



「下がガラ空きだっ!」


 物理干渉する障壁が縦に長ければ──当然ながら地面をこすって邪魔になる。(透明なタワーシールドだと思えばいい)

 物理を弾き、前面を覆うことができる様な代物なら、当然ありうることだ。


 だが、キーファはその障壁によって行動が大きく阻害されているふしもない。

 つまり、地面を擦らない程度に調整された───ただの硬い盾だと仮定。

 当然、最適な高さというものがあるわけだ……


 キーファの持つガントレット──小手こて型の障壁装置も足元にかなり大きな隙間があるとみて間違いないだろう。


 バズゥは、冷静に観察。


 一見いっけんして何も見えない様に見えるが、そこには陽炎状に透けて見える障壁があり………よく注視していれば、隙間がはっきりとわかる。


 魔族の障壁なんて御大層ごたいそうなことをいっているが………はんっ!

 ちゃんちゃら可笑しいわ! せいぜい標準的な盾か、それより少し大きい程度。

 全面どころか、前面を覆うことすらできていない。


 ──シナイ島帰りを見くびるなよ……


 弱点さえわかれば、こっちのもの。

 残り少ない弾丸で仕留め切る。


 無理に殺しはしないが……あなどって自分が死ねば元もこうもない。

 キナと俺は……現状、──運命共同体だ。


 俺の命は、キナに直結する───

 キナの値段は、俺の命───


 二人でひとつ…


 だから、すまん……キナ、

 ……………加減はできない!


御大層ごたいそうな防具も───使いこなせなければ意味ねぇわぁぉ!!」

 どうせ治療してもらうあてはあるんだろ? ボンボンよぉぉ!


 くらえや!


「ぶっとべぇぇぁあ!」

 バァァァァァァッァァァァァァン!!


 ジャリィィン!!

 と、大量の硬貨が地面で跳ねる音が響き。

 そのまま原型をもった硬貨や、割れて砕けたものまで様々。


 それは、散弾状になって弾け飛ぶと……障壁を潜り抜け、大量の破片がキーファの足を狙う。


 大口径から発射された安~い連合銅貨の散弾は、盛大に弾けて───高価なお貴族様の御身足おみあしをぶち抜いた。


「ぎゃあああああああ!!!」

 骨が見える程にえぐり取られた足は、キーファの体重を支えることなど出来るはずもなく、ドサリと倒れ伏した。


 強化薬のお陰で痛みはそれほどでもないのだろうが…骨にまで達する激痛を消し切ることはできない様だ。

 それになにより───


強化薬ブースター切れが近いな!?」

 ……いける!


 悲鳴を上げるくらいには、効果が薄れ始めている……これなら、───殺さずとも無力化できるか?

 そう感じ──バズゥは、接近戦を挑む。

 

 キナの前で、人殺しはしたくない……

 その一心で───


「ハイデマぁぁぁぁぁン!」

 ギリリと脂汗の浮かぶ顔で、敵愾心もあらわにキーファが喉が破れんばかりに叫ぶ。


 まずは、無力化する───

 その剣……貰った!!


 残り2発……紙薬莢ペーパーカートリッジを装填!


 ………発射!!!


 バァァァァッァァン!

 と、発砲炎マズルフラッシュが……

 ──────そして、同時に走り込む。

 

 ガツンと凶悪な反動が肩を叩くが、スキル『反動軽減』がその圧力を分散し、ほとんど感じさせない。


 いける!

 そのまま勢いを駆って走り出せるほどに───


 パキィィン!


「ぐぉぉぉ!」

 障壁の隙間を掻い潜り、弾丸はキーファのダンビラに命中し──刀身をなかばからへし折る。


 そして、衝撃に耐えきれなかった手から、もぎ取る様に弾き飛ばし──キャリィィンと、硬質な音を響かせた。


「これで仕舞いじゃぁぁ!!」


 一跳躍、倒れ伏したキーファに突撃するように肉薄し、最後の弾丸を込める。

 これは、撃つためというより降伏を促すための脅しだ。


 さすがに、これを脳天に突き付けてやれば負けを認めるだろう…という──────





 ───甘い考えがあった。







「───なんてな」

 ニィィとキーファが笑う。


 ……


 …


 あ゛? 









 ───パァァン……







 と、小さな射撃音。

 バズゥの猟銃のソレではない…


 俺の銃がそんな屁のような音のはずがない───


 これは、

 ヘレナのピストル………?

 まさか───


 ガチャリ………と、落とした「奏多かなた」の音がやけに耳に響き……


 『山の神』の効果が薄れていくような………バリン! と、世界の割れるような音が響き───


 

 キナを見れば、悲痛な顔で駆け出さんばかり──

 アジが彼女を押し止めてくれている。


 ヘレナは、青い顔をしてうつむいている。

 冒険者ぼんくらどもは、様々な反応……………



 撃たれた───………?



 『刹那の極み』が強制解除され、『山との同化』、『山の息吹』も解けていく。



 そして、体を襲う倦怠感……

 スキルの使い過ぎ…か──?


 いや、

 違う…………


 ガクリと、膝をつきその場で伏せる……





 う、

 撃たれ………

 ──撃たれた?





「ははははは……!」

 乾いた笑いに、目を向ければ───

 ダンビラの代わりに、ピストルを持ったキーファが高笑いしていた。


「剣だけが僕の武器だと思ったかい? 銃は貴様の専売特許だとでも?」

 甘いな、バズゥ・ハイデマン! と、キーファは勝ち誇る。

 意味もなく、手の中でピストルをクルクル廻しもてあそぶと───


 ポイっと投げ捨て…、腰のポーチ型の異次元収納袋アイテムボックスから新たなピストルを取り出す。


「騎士なら使えて当然、騎兵銃カービン短銃ピストルも──騎士であり、貴族のたしなみだよ?」

 こいつ……


「お前なら、きっと引っ掛かってくれると思ったよ───」

 そう言って、小手型の障壁装置を外すと、それも無造作に捨てる。


「お、お前…足は?」

 バズゥからは、ドクドクと溢れる血が……───あぁ……腹を撃たれてる。


「ん~? あーこれか…」

 尻もちを付いた姿勢のままキーファが足を見て───

「本当なら死ぬほど痛いんだろうが…」

 ブチブチブチ…と音を立てて立ち上がる。

強化薬ブースターの中でも、念のため麻薬成分を多めしておいた。──痛覚なんて最初からないのさ」

 ダンッ…! ブシュ───と、血だらけの足で立ち、そのまま奇妙な足取りでバズゥに迫る。

 痛覚がまともなら動けるはずもないが………キーファは歩く。


「シャブ漬けは体によくないぞ…」

 苦々しく顔を歪めて言うバズゥに、

「ハッ! 楽しいねぇ! 最っ高だぜ、これは! はは……癖になるなーこいつは」


 パァァン! と、さらに一発。


 無造作に放たれたソレは、──バスン! とバズゥの肩をつらぬく。

「がぁっぁ!!」

 思わず抑えた手にヌルリと血がまとわりつく。

 盲貫銃創───…大量出血!

 

「この薬には大枚たいまいはたいた」

 なんたって、こいつぁよぉ───

「軍用薬──……『勇者』を汚染するくらいには、効くらしいからな」


 ……やはり───

 シナイ島戦線からの流出品か!?


 どうりで、クソ野郎好みの品ってわけか……


「そんなもん…お前みたいなボンボンが使って無事なはずないだろうが!」


 …舐めるなガキ!

 痛みも、

 失血も、

 

 ───まだ許容範囲!!


「喰らえ!」

 地面に転がる「奏多かなた」を拾いぶっ放す───

「舐めるなと言った!」

 パァァァン!


 キーファの持つ3丁目のピストル。


「ゴフ……」

 

 鎖骨を貫く銃撃…

 キーファは、間違いなくバズゥを殺しに来ている。


 容赦も情けもなく───殺す、と…


「バズゥぅぅぅ!!!」

 キナが叫んでいる。

 悲痛に、

 切なく、

 必死に───


「放して! バズゥが、」

 ──バズゥが死んじゃう!!



 ……



 …



 ダメだ───

 殺され、る。


 ……


 キナを守れず…

 エリンにも会えず…


 家族を救えず…


 ここで、

 こんな場所で、

 俺は……死ぬ───?


 戦場ではなく、故郷の墓場で───






 ──死ぬ?






 ど、

 どんな冗談だよ!?


 死ぬのか………?


 嫌だ、


 死ねるか…

 死ねるか……


 ………


 死んでたまるか!!








 …ぁ…♪







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