第3話「まずは装備を整えようか(後編)」

「よかったねバズゥ」

 ザラの工房を出てから、キナは開口一番そういう。ニコニコしているのは機嫌のいい証拠。

 ついでに耳がピコピコ動いている。

 どこか小動物を思わせるその姿は、とても可愛らしい。


「まぁな、爺さんは嫌そうだったが……ここは甘えよう」


 なんとなく、その頭を──カイグリ、カイグリと撫でてやれば不思議そうな顔。

 うん、だって撫でやすい。


 耳が少し紅くなり照れているらしい。

 この村では隠す必要がないので楽でいいな──


「たまには、お泊まりも悪くないだろ?」


 タイミングが悪ければ、下手こいて村の隅で野宿する羽目に……

 なんで隣村で野宿せにゃならん。


「うん!」


 キナちゃんは気楽でええのー……

 野宿のキツさをしらないらしい。

 ま、そのうち嫌でもわかるか。


 さて、時間もあることだし、


「交易所に行くぞ。好きなもん買えよ」

「うん!」


 ニッコリキナちゃん。バズゥにくっ付いて終始ご機嫌。

 馬を使うほどでもないので、のんびり歩いて交易所に向かう。


 その道すがら村を見物。


 代り映えのしない景色だが、堅く踏みしめられた道に整備された側溝。

 そこを、流れるのは糞尿交じりの水でかぐわしい──う〇この臭いが漂っている。


 それでも、道にう〇こがないだけ清潔だ。

 おそらく……牛馬の糞は肥料として活用されているのだろう。


 その牛馬が厩舎の中で、「ウモー」とか「ブルルッ」とばかりに、のんびりとした鳴き声を上げながら、麦藁むぎわらをモッシャモッシャと頬張ほおばっている様子が見て取れる。


 山から流れる水を引いたらしい緩い水流のそれ。たぶん人工的な水路なのだろう。

 人間に都合の良いように利用されている水流は、あちこちで水車の動力源となっている。

 主な用途は、水車小屋のなかでゴリゴリと音をたてて麦を引き潰すグラインダーのため。

 それが終始回っているらしい。


 近くを歩くだけでゴリゴリ、ブチブチ──と、言う重い音が聞こえてくる。

 

 その周辺では、

 子供たちは駆けまわりつつも家のお手伝いをしているらしく、粉ひき小屋から小麦粉を袋に詰めては、大はしゃぎで交易所へ運んでいく。


 なんだろうな、この光景───


「──長閑のどか……」

 どこかうっとりとした声でキナが言う。

 それはバズゥをして同感だ。


 交易所から外れた、この村の小径こみちでは、外の商人が行きかうでもないので純粋に村を感じることができる。


「ちょっと前まではピリピリしてたんだが……」


 『猟師』『狩人』の激減で、村の防衛力が著しく低下していた頃だ。

 狩りをするどころか、治安すら危ぶまれていたのだ。


 それがフォート・ラグダから呼び寄せた『猟師』のお陰で辛うじて元の水準に近づくまでに至ったらしい。

 そのため、懸念事項が減ったためか村内の空気は弛緩していた。それを敏感に感じ取った子供たちは普段の朗らかさを取り戻しているのだ。


「そうなんだ? ポート・ナナンとは違って裕福なんだなーって……」

 間違っちゃいないがね。

「ポート・ナナンの幸せ基準を参考にすると大抵のとこはいいとこになるぞ?」

 物流は来ないうえ、物価も高く野菜も少ないし……治安もいいとは言えない。

 おまけに娯楽はないし、魚臭いし……貧乏だ。


「ふーん……たまに行くことはあったけど……じっくり見る機会なんてなかったんだ、私……」

 

 …………。


 キナも借金生活で心の余裕がなかったんだろうな。

 エリンと俺が戦場に行く前から、小さなエリンと店の切り盛りで精一杯だったし……。

 実際、ゆっくりと他の村や町をを見物することなんてなかったんだろう。


 ましてや、旅行なんて優雅なことは一度もしたことがないはずだ。


「……すまんな──苦労ばかり掛けた」

 ──そしてこれからも掛けるだろう。


「う、ううん!? そんなことない!」

 ──そんなことないよ!

 慌てて否定するキナ。


「そう言うんじゃなくて……バズゥとゆっくり出来て……その、とても──た、楽しいの」


 ポッと顔を赤くする。


「別にファーム・エッジとかフォート・ラグダでなくてもいいの。それがポート・ナナンでも───」

 ……家族と一緒にいられるならどこだって。


「そうだな…俺も、だ」


 ポンポンと、キナの頭を撫でる。


 ───もう、子ども扱いして! と、キナは一転してプリプリと怒り出す。


 はっはっは。可愛いのー……


「ほら、交易所だ」

 キナも仕入れなんかで訪れたことがあると言っていた。

 それでも、機会はそう多くはなかっただろう。


「わぁ……」


 呆れるほどの品々にキナはポカンとしている。

 バズゥも「おぉ?」と思うくらいには、先日よりも活気あふれる交易所があった。


 理由は分からないが、品の種類が倍以上になっている気がする。


「こりゃすげぇ……あ、キナ。──ほら」

 自分の懐から財布を取り出すと、キナのに手を突っ込んで、首から下げている財布を取り上げる。


「きゃ! な、なに!?」


 キナの懐は引っ掛かりがなく・・・・・・・・・・て、取り出しやす───バズゥ!!!! はい、すんません!


 パッチン──と、頬を軽くたたかれて大反省。

 急に手を突っ込んじゃいけませんよね。はい。




 それでも気を取り直して、キナの財布を開けると───








 ……とっても悲しい気持ちになりました。はい……。






 ……キナちゃんのお財布を見て涙が溢れそうになる。

 だって、とても軽いんですもの……悲しい。 


 キナには苦労を掛けているなー、と。ボロボロの財布に涙を隠せず、適当に金貨と銀貨を移してキナに渡す。


「ん? バズゥ──ありがとう……?」

「好きなモノ買えよ。金の宛てはあるから気にするな」


 ポンッとそこそこ重くなった財布を受け取ると、キナはあいまいな笑顔。


「見た……?」


 懐の中も財布の中身も見ました。


「……どっちも子供並みだな」


 バッチン!!


「すみません」

「もうぅぅ! ホンットに、デリカシーがないんだからぁ!」


 プーリプリと怒り出したキナちゃんは、足を引きつつも精一杯の大股でバズゥを置いてズンズン交易所の中に突撃していった。

 まぁ迷子になるほどでもないし……キナは目立つから暫く一人にしてもいいだろう。

 

 変なオジサンにだけはついていくなよ?


 ちょっと心配になりつつも、ピョコピョコと揺れる耳と、白い綺麗な髪が人ごみと商品に紛れていくのを見送る。

 その姿が見えなくなる頃に、バズゥはバズゥで用事を済まそうと交易所の奥へいく。


 人混みの流れに乗りながら奥へ奥へ──。


「お、バズゥじゃねえか」

 声をかけてきたのは、名前も知らない……けど、向こうはバズゥを知っている例の職員。


 そう──……キングベアの頭と毛皮を取引したあの職員だ。


「よぉ」

 気軽に挨拶して、要件を伝える。

「金受け取りに来たぜ」


 …………。


 ここで知らねぇ、とか言い出したらブッ殺です。

 だが、それ以前にちゃ~んと換金用の札を持ってきたのだから誤魔化しは通用しない。


「おう、待ってたぜ」


 しかし、予想に反して素直に応じる職員。

 奥のスペースにバズゥを案内すると、交易所の会計係から金を受け取ってバズゥに渡した。


 皮の袋はパンパンだ。


「お、重いな…!? いくらだ?」

「王国金貨で──締めて238枚! 手数料で差額は抜かせてもらったが……まぁ数えてみろ」


 多少ないし、ピンハネされているかもしれないが、仲介を挟んだ以上、そこは致し方ない。

 実際の金額なんて知り様がないので、この額で満足するべきなのだろう。


 ひーふーみーー……(チャリン、チャリン)──238枚! 間違いない。


「確かに! ……随分高値だな!? ……驚いたぜ」

 借金はもうない。

 だから金に対する執着はそれほどではないが、それでも大金を得たのは素直に嬉しい。


「そりゃお前……あんな一品物の毛皮──王室クラスだっていっただろ? 実際、王都で高値で売れたらしい」


 王都と行き来する商人に預けて、大店経由で換金したらしいが大変な評判だったという。


 近年どころか、見たこととない巨大なキングベアの毛皮だ。

 キングベア自体が希少種レアだというのに、その大型種だ。

 まさに、レア中のレア。

 金額はうなぎ登りだったらしい。

 

 更に、

 更に──だ。


 それが宣伝効果を生んだのか、

 おかげで良質な毛皮を求めて、各地からファーム・エッジには商人が訪れるようになったとか。

 まだまだ毛皮は大量にあるので、しばらくは好景気に沸くとホクホク顔だ。


 キングベアの毛皮のソレは──……一種のバブルのようなものだ。長続きはしないだろう。

 だが、それでもいいかもしれない。


 あの騒動での人的被害は相当なものだ。

 その補填ができると見れば、妥当なのだろう。


 繁盛している公益所を眩しそうに眺めていると、


「それに頭部だな……フォート・ラグダとの交渉では随分役立ったよ……多少、色を付けてある。農互の爺さんがヨロシクってさ」

 げ……農互の爺さん連中に知れちまったのか──じじい連中には、いい感情がないんだよな。


「ヨロシク──は遠慮しとくよ。好きにやれって言っておいてくれ。『猟師』を切り売りするのもお前らの自由だってな」


 切り売りの表現を聞いて、職員も苦い顔をする。


 そりゃそうだ。

 景気は回復し、好調であっても失われた人命は戻ってこないのだから……。





 まだまだ、ファーム・エッジにも問題は山積みらしい。




 ヨロシク──は遠慮しとくよ。好きにやれって言っておいてくれ。『猟師』を切り売りするのもお前らの自由だってな」




 

 職員も苦い顔。

 一見して建て直したように見えるファーム・エッジだが、表面化しないだけで問題は山積みらしい。


 もっとも人類全体に言えることでもあるのだが……。


「その辺は……──まあ、政治の話だな。王国軍に招集された『猟師』連中だが……。それ以来、ぱったり連絡が付かない」

 渋い顔で職員はポロリと漏らす。


 あーあーあー、

 ほれ見ろ……どうせロクなことにならんぞ。


「家族も心配しているんだが……まさか最前線ってことはないよな?」

「……どうだろうな。戦争で『猟師』が役に立つとは思えんが……なんせ覇王軍のやつら、銃が効かねぇ──」


 思い出したくもない…魔族の強さ。

 全部が全部というわけではないが、覇王軍は銃の効かない化け物がゴロゴロとしている。


「だったらなんだって急に『猟師』を指定して招集してるんだ?」

「俺が知るかよ」


 じゃあな、と言い置いてバズゥは職員に一方的に別れを告げる。

 ここに長居すると農互の爺さん連中に目を付けられそうだ。

 真っ平ごめんだぜ。

 そんなことよりも、キナと合流しよう。


「……いたいた」

 たくさん買い物をしているのか、手持ちではなく交易所の職員が付き従ってキナの買い物を補助している。

 その場で選ぶのではなく、一品一品帳面につけて、あとでまとめて清算するのだろう。


 若い交易所の男がニヨニヨと笑いながらキナにくっ付いているのがちょっと気に食わなかった。


 おうおうおう、ナンパじゃねぇだろうな!?


 交易所の人ごみをかき分けるようにズンズンと進み、人の迷惑など知らぬとばかりに最短距離でキナの元へ、


「キナ」

「あ、バズゥ」


 人ごみに溺れる様にアゥアゥとしながらも商品を選んでいたキナが嬉しそうに声を上げた。……さっきまで怒ってたやん。


「誰だコイツ」

 交易所の職員を不躾に睨み威嚇する。ウチの子に変なことしてないだろうな。と──、


「え? 職員さんだけど……」

「ど、どうも」


 バズゥを見て身をすくめると軽く会釈する職員。

 あ……こいつ先日会った奴か。交易所でバズゥのことを貧乏人の田舎者扱いした奴だ。


「よぉ、あんときのお前か……。ウチの子にちょっかい出してるんじゃないだろうな?」

「ち、違いますよ───注文を聞いているだけです」


「もう……! バズゥぅぅ、変なこと言わないで」


 ちょっと顔を赤らめたキナ。バズゥの元までチョコチョコと近づきピッタリと寄り添ってきた。


 お……職員くんがムっとしてやがる。

 ──やっぱ気があるんじゃないか。


「ち、注文は以上ですか!?」

 少しムキになったのか大きな声でキナに問うと、

「うん! ありがとう。後はバズゥと選ぶから」

 そう言って職員がチェックしていた品を後で払いに行くと告げる。


 「バズゥと──」のセリフが効いたのか、がっくりと肩を落とした職員がちょっぴり哀れだったが、うちの子に粉かける真似は許さねぇぞ。


 トボトボと交易所の奥に消えていく職員───ほんの少~~~しだけ罪悪感。……後は知らん。


「いこ? バズゥ」

「おう」


 キナは上機嫌で人ごみを避けつつゆっくりと歩く。

 最初は戸惑っていたらしい人ごみも、慣れてしまえば楽し気だ。


 ほとんどポート・ナナンから出ることのなかったキナからすれば、バズゥと一緒に買い物をするのは先日のフォート・ラグダ以来。

 そう言えばあの時も楽しそうだったな、と思い出す。


 あれとは違い、ここは露店ではないのでその場で食べるようなものはないが、中には試食できそうなものもある。


「兄さん、どうだい?」


 お、良いタイミング!


 職員が、そう言って差し出してきたのは干果の一種。


 ん?

 なんだろう?


「あ、干しイチジクね……それにリンゴ!」

 キナは目ざとく気付いて手に取る。

「安くしとくぜ」


 うむ……わからん。


「じゃー……──」


 そう言ってキナが職員とやり取りしている。意外にもその手腕は慣れたもの。

 バズゥとて買い出し経験くらいはあるし、交易所を訪れたのは初めてではない。

 しかし、仕入れと言うよりも卸しが中心だったこともあり、一般的な相場の感覚には乏しいところがある。

 だが、目の前で交渉しているキナは実に手慣れているじゃないか。


 ……なるほど、油断ならないボッタくりを平気でするポート・ナナンの商人に、時折くる怪しげな流れの貿易商を相手にしていただけはある。


 借金の時は、様々な事情が絡まり、それこそキナは騙されてしまったが、──本来なら一人で酒場を切り盛りできるくらいには能力が高い。


 字も書ければ……なんと計算も早いという。


 実際に、現在進行形で、

 二言三言であっという間に交渉を纏めると、交換用の札を受け取っている。


 中々の手腕だ。


 ちなみに、この交易所ではこうして、札をやり取りし最後に一括してお金を払うのだ。

 そうでもなければ、買った場所から品物を持っていったり来たりで大混雑する。


 そのためにこのシステムがあるのだ。

 もっとも少額の取引程度ならその限りではないのだが。


「ありがとよ。おまけだ」

 ホイよ。とそう言って職員がキナとバズゥに小さな干果をくれる。


 パクリンちょ。


 …………。


 あ、

 ……甘っ!


「なんだこれ?」

「おいひぃ……」


 ほふぅ……と幸せそうなため息をついたキナ。

 小さな口いっぱいに頬張って、モグモグしながら嬉しそうに喉を鳴らす。


「干し柿~つってな……海の連中から流れて来た品だよ」


 聞いたことないな。少なくともここらの果実ではあるまい。


「気に入ったかい?」

 む……。







「買うかい?」


 むむむむむむ……!





 むむ……。でもーお高いん──、

「おいくらですか?」


 おう……! キナちゃん早いね。


「これでどうだい?」

 準備していたのか職員の反応は早い。商売用のハンドサインで値段を示す。……コイツ商売上手いな──そして結構お高いッ!


「うーん……これくらいで……──」

「いやいや、嬢ちゃん……──」


 うん、

 

 …………、


 ……、


 俺、空気になってますよ!


 キナが意外な商売上手を発揮するも、流石に相手は百戦錬磨の交易所商人……ここの職員の商売っぷりに若干感化されながらも、軌道修正。

 甘いものにつられての散財だが、これくらいはいいだろう。


 なによりキナが楽しそうだ。


「マイッタな……わかったよ」

「ありがとうございます!」


 パァっと例の如く天使スマイル……おうふ。


 俺も職員のおっちゃんも──おぅふ……。二人とも、どこか汚れているせいか妙に眩しいぜ、こん畜生。


 二人して仰け反りつつも、職員が新しい交換用の札を渡してくるのをニコニコしたキナが受け取る。


「やったね、バズゥ! 安く買えたよ」


 お、おう。満足ならそれでいい。

「よくやった、他にも買いたいものは遠慮するな」


 カイグリ、カイグリ、と頭を撫でて手柄を褒めると、キナはくすぐったそうにしつつも、目を細めて受け入れている。


「うん! 旅に必要な食材はなるべく買ってしまうね」

 キナちゃんたら、そう言ってバズゥの前に立つと、野菜やら干し肉にスパイスなんかもドンドン買い揃えていく。

 その他にも新鮮な食材も購入しているが、──日持ちしないそれらは近日中の消費用に買っているのだろう。


 主に、卵や生肉、葉物野菜にキノコ類。それに乾燥品じゃない──生の状態のハーブ類に香辛料だ。


 ポート・ナナンときたら、塩は豊富だが、それ以外は海産物を除いてロクなものがない。

 異次元収納袋アイテムボックスの中も大量の塩や、海産物の乾物ばっかりだしな。いいさ、キナに任せよう。


 そう考えてしまうとキナの保護者の様に付き従うだけのバズゥ。……あれ? むしろキナが保護者……っていうか母ちゃん?


 キナはキナでクルクルと回る様に交易所を行ったり来たり。それでも選ぶラインナップが、保存よりも美味しい食事に集約するようになったりするのだからキナらしい。

 保存性が高めの物よりも、工夫すれば美味しいものを長持ちさせられることに重点を置いているようだ。

 まぁ戦場でもないし、何ヶ月も保存しなければならないわけじゃない。

 前線での戦闘は激化しているだろうが、後方地域のここらへんじゃ、街から街への移動に数日の野宿をするくらいだ。

 足りないものは途中途中で買い揃えればいいのだ。幸いにも懐は温かいしな。

 

 だから、キナの好きなようにやらせる。旅に向いていない生鮮食品も工夫次第。最初から味気ないことが分かっているガッチガチの塩漬け干し肉よりも、半生で脂の滴るハムを選び合わせて香辛料を買うあたりが彼女らしい。


 きっと無駄にはならない。余った食材も、手を加えてキナ流の保存食にしていまうのだろう。


 そうやって、暗くなり始めて人が少なくなる時間まで交易所で買い物と交渉を続けるキナ。

 その顔は真剣だったり楽しげだったり、試食で驚いていたりと見ているだけで飽きない。


 やっぱりキナと旅に出てよかったと思う瞬間だ。



「ふぅー……疲れた」

 充実した顔のキナがフラフラーとバズゥにもたれ掛る。


「おう、お疲れッ」


 ポフっとバズゥのお腹あたりに顔を埋めるキナは、グリグリと鼻を擦り付ける。

 ちょっとくすぐったいが、甘えるエリンを思い出して、微笑を浮かべるバズゥがいた。


「えへへ……買いすぎちゃったかも」

 はにかんだ顔で言われると、バズゥからは何も言えない。

 そもそも好きに使えと言って渡した金だ。旅の用意に使えと言う意味ではない。


 まぁ、ここでキナが女の子を発揮して、髪飾りを買ったりするような子ではないとは知っていたが……。


 うーむ──。

 ポリポリと頬を掻きつつ、周囲を見渡す。


 一応、交易所には食品以外にも嗜好品やら、細工物も売っている。

 毛織物や毛皮の製品以外にも木工細工やらもある。

 一風変わったところでは、メノウやガーネットなどの天然宝石類の類から加工された装飾品の類も目を引いた。


 ──普通、これだよな?


 ……年頃の女の子なら目の色を変えそうなものだが、キナは一切興味を示さない。


 どうしようかな……。


 何もなくても素の状態でキナは十分に可愛いので、それはそれでもいいのだが──改めて見ると……なんというか、質素すぎる気もする。

 

「なぁキナ」

 ん? と顔を起こしてバズゥを見上げるキナは確かに可愛い。

 可愛いのだが……。


「こういうの欲しくないのか?」


 適当に、細工物を選ぶ。

 その店舗では、あまり売れていないのだろうか、職員は暇そうだ。……──商品を手に取ったバズゥを見ても、「また冷やかしか?」程度に見ているらしい。


「え? 急にどうしたの?」


(俺には、よくわからんが……うん、)


 そっと、キナの髪に触れ──手に取った髪飾りを差し込んでやった。

 意図して選んだわけではないが、木工細工のソレは黒檀製で小さなメノウが散りばめてあった。


 その髪飾りは、黒と黄色のコントラストが印象的で、キナの白い髪に良く映えた。


「え? え? え?」


 キナは突然の行動に驚いている。

 バズゥもちょっとビックリ。


 それもそうだろう。

 バズゥ・ハイデマン、この手の機微に超疎いのだから……。

 

 だが、それよりもバズゥ本人が驚いているのは、適当に選んだものが、意外や意外……超意外。


 似合う……。


 コミュ症のバズゥのセンスにしては渾身の一品だったようにも思える。


 なんというか……。

 すっごく女の子らしくなった。


 おもわず、ホウ……とため息を漏らしそう。


「そ、その……」


 ジッと見つめるバズゥの視線に、恥ずかし気に目を伏せるキナ。


「あんましジッと見られると恥ずかしい──」

「──馬子にも衣装だな」──バッチン!



 いったい!



「ふん、だ! これ、くださいッ!!」

 ぷりぷり怒ったキナは、髪飾りを奪い取るようにして職員に渡す。


 一方のバズゥは唖然。


 えー?

 痛ーい。キナって、結構攻撃力あるよね!? いったいんですけど!?


「あぃよ」


 職員はそんな二人の様子には一切取り合わずに、商品引き替えの札だけ渡すと、そそくさと片付けを始めた。


 どうやら交易所も、そろそろ店じまいらしい。


 キナはプリプリしながらも札を受け取ると、受け取った髪飾りを挿したまま奥の受取所までズンズンと言ってしまう。


 ──うーむ……余計なことを言ってしまった。


 いやさ、言うつもりはなかったんだけど……。

 なんていうか、そのー……恥ずかしくてな。


「あんちゃんよ。女の子に余計なこと言うもんじゃねぇぞ」

 と、片付け中の職員がチクリと忠告。


「うっせぇよ、わかってるッつの」

 うゆ、本当にわかってるんだけどね。

 なんていうか、キナとの今の気安い関係上──そういった男女を匂わせるのは気恥ずかしいので……ついつい、おちょくるようなことを言ってしまう。


 言ってみれば、悪い癖の様なものだ。


 多分、エリンに対してもしょっちゅうやっている気がする。

 まぁーあの子はその辺を分かっているのか、キナのように拗ねることは……なかった──よね?


 っと、


「待てよ、キナ。金足りんのか?」

「足りますぅ! ちゃんと計算してますぅ」


 ふ~んだ、とキナはそっぽを向きつつ……あれ? 耳がピコピコと、……これは嬉しい時の反応だ。


 歩みの遅いキナ。それにすぐ追いつくと、


「すまん……似合ってるよ」

 そう言って、キナが持っている髪飾りの交換用の札をヒョイっと取り上げる。


「あ……」


 驚いて見上げるキナに、


「プレゼントさせろよ」

「あぅぅぅ……ん」


 コクリ……。


 そうだ。たまにはいいだろう?


「…………ありがとう」


 キナの耳がピコピコからピーン! になってる。なんだこの反応は?

 まぁいいや。


「ど、どうかな?」

 チラっと、髪飾りを目立つようにして上目遣いで見上げてくるキナ。


「馬子……──似合ってるぞッ」

「うん……!」


 ……。


「…………他には?」


 は?


「えっと、」


 な、なんて言えばいいんだよ?


「……似合ってるぞ?」


 バッチン!


 いったい!


「もう知らない!!」

 

 えー…………?

 何々? なんなの?


 よく見れば片付け中の交易所の連中やら、僅かに残る商人連中が、可哀想な人を見る目でバズゥを見ている。


 ……え? 俺が悪いの?


 ふるふるふるふる……と全員で示し合わせた様に首を振る。

 なんだろう、「ダメだコイツ……」──そんな心の声が聞こえた気がした。


 えー……。

 ──全然わからん……。







 結局、3度目の機嫌を損ねたキナは──今度こそは、しばらくプリプリと怒っていた。






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