第3話「まずは装備を整えようか(前編)」


 シスターのさらなる追求から逃れるようにさっさと村を出たバズゥ達。

 村境を越えるまでキナは馬上で── 一瞬、一時をじっくり感じていたようだ。


 所用でフォート・ラグダやファーム・エッジくらいには行くことはあっても、基本的にキナはポート・ナナンから離れて暮らすことは無かったらしい。

 そして、今日……自分の意思で村を出て旅にでる。


 複雑な思いがあるのだろう。


 それについては、言及するのも野暮なことなのでバズゥは何も言わなかった。

「ねぇ、バズゥ?」

「んー?」

 そう言えば……、とキナが不意に声を掛ける。


「今日はどこまで行くの?」

「あー、まずはファーム・エッジに寄る。……銃の修理を頼んでいてな」


 ポンポンとになっている銃を示した。


「ザラさんのとこ?」

「そうだ。修理以外にも色々注文しようかと考えている。場合によっては2、3日泊まるかもな」


 今はファーム・エッジへ向かう街道を歩いていた。

 旅に出て早々、隣村で2、3日泊まるとか───なんとなく無駄足に見えるかもしれないが、ファーム・エッジとポート・ナナンはそこそこに距離がある。

 日帰りで行き来できないわけでもないが、エリンに会いに出ると決めたときから、ポート・ナナンへは当分戻るつもりはなかった。


「ファーム・エッジかぁ……ギルドの仕事もいくつかあったし、悪くないね」

 ニッコリ笑うキナ。そういえば、家を出るときにカメからいくつか依頼クエストを貰っていたな。


 せっかくなので、道々できる依頼クエストがあれば、こなしながら行こうというのだ。

 理にはかなっている。路銀も稼がねば、いずれ金は尽きる。


 道中で猟ができなくもないが、時間は無駄になる。そもそも、本格的に狩りをしていては進めるものも進めなくなる。


 そりゃあ街道を行けば──獲物の猪も熊も出くわすはずがない。

 かと言って道なき道を行けば、余計な時間を使う。第一危険だ。


「どんな依頼クエストがある?」


 結局やるのはバズゥになるのだ。聞いておいて損はないだろう。


「うーん……旅になるって聞いてたから配達系のものや護衛なんかを中心に貰って来たけど…」

 ファーム・エッジ、ファーム・エッジ……とブツブツ言いながら紙を捲っていく。


「これなんかどうかな?」

 ピラっと見せられたのは『配達』と『護衛』の依頼だった。


「カクタス・リバーまでの配達ね…方向はあってるし、これはー…いただきだな。で……」

「あとは、グラン・シュワまでの護衛…ただ出発地がコロコロ変わるみたい」


 『護衛』を冒険者に頼るような連中は金払いが良いとは思えない。普通なら専属の傭兵を雇う。あるいは自前で護衛戦力を整えるものだ。


「依頼主は……軍か」


 なるほど…『護衛』の名目を借りての募兵活動だな、こりゃ。

 多分荷物は囚人とか密猟者……まぁ犯罪者だな。それを王国の直轄地で逮捕したので、裁判や収監のために王都へ連行するのだろう。


 その数は膨大だ。


 監視は実に大変。足枷を付けて歩かせては途中で力尽きるだろうから、檻のついた馬車に詰め込んでの移送になる。

 故に、馬車を駆る行者や途中で発生するであろう故障対応のために修理のできる工兵を連れていく必要がある。


 純粋に連行者を監視するだけの人間は猫の手も借りたいくらいに必要だという事。ゆえに暇で、街にあぶれている冒険者を使おうというのだ。

 ついでに見込みのありそうな冒険者は即連行───もとい徴兵するのだろう。


「これは保留だな…」


 同行していけばいくらかは安全だし、軍の施設も間借りできるが……粗雑な冒険者ぼんくらどもとキナが一緒というのはあまりよろしくない。


「そっか~…うん、もっと良さそうなのがあったら選んでおくね!」

 おう、と軽く返事。その後は、ひたすらにカッポカッポと馬を曳く。


 カッポ、カッポ…


 キナと二人旅か…悪くないな、とバズゥは思う。

 キナは、自らが足手まといになると気にしている節があるが…全然そんなことは無い。


 もちろん戦闘やなんかといった行動時には足手まといになる場面があるかもしれないが…そんなのは別にキナに限った事じゃない。


 軍隊だって輜重しちょう部隊という、輸送専門の部隊を抱えているが…これがまた偉く遅くて、めっぽう攻撃に弱い。

 そのくせに、飯やら武器やら必要物資を積んでいるものだから絶対に必要な存在だ。

 ようするに敵からすればカモで、

 見方からすれば足手まとい。


 敵は当然狙うし、味方も守る。


 ───だが、それだけに重要なのだ。


 飯は兵の腹を満たすものだし、

 武器は常に補修と補充を必要とする。

 中には酒を運んでいたり、甘味や手紙など戦いの最中の癒しを提供することもある。


 そういう意味では、キナはバズゥにとっての輜重部隊だろう。

 飯を作ってくれるし、日常の繕い物もしてくれる。一緒に酒を飲めば楽しいし、甘味もお手の物、話して楽しいし、一緒に寝て癒される。


 やはりキナは必要だ。


 だから、戦闘時には護るし、

 そもそも危険には近づかない当然のこと。そういった意味でも、キナは何も心配する必要はない。


 危険が及べば、そもそもがバズゥのせいなのだ。


「キナ……」

「んー?」

「なんていうか…楽しいな」

「うん!」


 ニッコニコのキナ。バズゥも心が弾む様だ。

 エリンは遥か彼方とは言え…いつかたどり着ける。その日を夢見て今日も道を行く。

 さぁ、まずはファーム・エッジだ。


 さしたる危険もない故郷の田舎道。

 かつてたどった道をバズゥは───また、征く。



 今度は家族帯同だ。文句あるか? あ?



 鼻歌でも歌いたい気分でゆっくりと歩を進め一歩一歩エリンへと近づいていく。

 そう信じて前へ進もう。

 キナと一緒なら、どこへでも行けそうな気がする。



 そして、エリン───



 まだ、あの時の話が終わっていなかったよな…

 なぜ拒絶したのか……

 なぜ帰れと言ったのか……


 疑念は尽きないし、

 釈然としない。


 それでも、だ。


 傷心の元……ポート・ナナンのキナの元へ帰ったバズゥは、彼女と夜を過ごし寝付くまでの会話の中で……、


 キナは、少し気になることを話してくれた。


 ───エリンがバズゥを拒絶するはずがない、と…

 もしかすると俺の勘違いがあったのかもしれない、とまで……───


 それが本当なら真相を確かめねばならない。

 キナとももっと話して、詳細を詰めるべきかもしれない。


 ……


 いいさ、

 今度野宿でもすることになって、キナと一緒に寝る時にもう一度整理しよう。そうすればエリンのこともわかるだろう。

 時間はいくらでもある。


 この旅の最中、キナとずっと過ごせるんだからな。


 そうだ、

 俺とは違った視点を持つキナ。


 エリンのことなら、

 女性同士というのもあるだろうし、バズゥの知らないエリンの一面をキナは知っているかもしれない。

 そう、多角的に物事を見るのだ。


 俺はあの日……──ホッカリー砦でエリンに拒絶されたと思って、話し合うこともせず一方的に逃げ帰ってしまった。


 もちろん後悔はしている。


 けれども、これ幸いという気持ちがあったのも…事実。

 エリンのために戦場で踏ん張っていたが、そのエリンに拒絶されたのだ。

 残る理由なんてない…と。


 しかし、そのエリンの言葉に俺の勘違いや誤解があれば?

 いや、そもエリンの言葉なのか…本当に?


 わからない…結局エリンに会うまでは分からない。

 だから、行く。


 ポート・ナナン始まりの地を出て……エリンの元家族のもとまで───



 カッポカッポと心地よい馬蹄が響く中、バズゥとキナは歩きなれた道を行き…ファーム・エッジへ向かう。

 まだ日も高い、明るいうちにつけるな、と。








 長い道のりも、まずは一歩目から……






※ ※


 そして、ファーム・エッジ。

 行き交う人々と、出入りする荷馬車。

 田舎の村とは思えぬほどの盛況ぶりだ。


 世間様が──戦争、戦争、戦争! で、すっさまじく不景気だというのに、いいご身分なこと……


 一方で、商人どもは稼ぎに夢中……と。ご苦労なことで…


 それもこれも、ファーム・エッジが自治を許されているがゆえ。

 穀倉地帯で自治権あり───この世界では破格の好条件という事もあるだろう。


 生み出される麦は近隣消費以上に、加工されて戦場へ。

 …必要なことだ。


 ビスケットに堅パン。

 麺類に菓子類。


 麦は万能に過ぎる。少々の加工の手間さえかければ日持ちするし、運搬も容易。なにより旨いし、腹が膨れる。


 これだけで十分に商品作物として価値がある。


 だが、ファーム・エッジはそれ以外にも皮革産業や毛織物などの工業も盛んだ。

 さらには銃器産業にまで手を出している。


 見渡す限りの防柵に見張りやぐら。一種過剰とも思えるが、村の経済価値を考えるならこの警備でも手薄ではある。


 エリンのお陰で、

 今でこそ王国は戦火とはほぼ無縁でいられるが───


 戦争と無縁でもいられない。


 もし仮に不届き者がいたならば、フォート・ラグダやポート・ナナンなんぞよりも優先的にファーム・エッジを襲撃するだろう。


 それほどに豊かで平和なのだ……

 しかし、警戒に警戒し過ぎると言うことはない。


 実際、

 見張りの視線を感じつつ、先日訪れた以上に圧力を感じるのは、恐らく猟師連中の練度が向上しているのだろう。


 一時期は危険なまでに教育水準が低下し、目を覆わんばかりの練度であったはずだが、今に限って言えば練度は通常レベルにまで回復しているようだ。


 見張りから向けられる視線以上に、目立たない位置からも警戒の目を感じる。


 おそらく、

 隠蔽された陣地ないし哨所が構築されているのだろう。

 

 そこから放たれる警戒の目も、熟練のソレを感じる。


 ……なるほど、練度低下を危惧したファーム・エッジが交渉して、フォート・ラグダの猟師を引き抜いたという話をチラッと聞いたが…その産物なのだろう。


 練度は急激に上昇するものではないのだから、かなりの数がフォート・ラグダからファーム・エッジへ来たことになる。


 ──随分と思い切ったことをしたものだ。


 そもそもが村の長老どもの判断ミスだというが……なるほど、危機対応はお手の物と言ったところか。

 ハバナといい、シスターといい、…村の老人どもといい───老人どもはあなどれないな……


 そう考えつつ街道を行けば、あっという間に正門についた。


 正門か……──

 先日は一悶着あったが、今回はどうかな……?


 見れば、やはり見た目とは裏腹に警備は緩い。

 顔見知りが多いらしく、ほとんど顔パスだ。


 バズゥとて、先日の件も含めれば既に顔パスのはずだが……こればかりは行ってみないとな。


 キナはどうだろう? それなりに行き来はあったはず。


「お……バズゥさん!?」

 懸念けねんしていると、何とまぁ向こうから声を掛けられた。

 それなりに馬車なども行き来しているが、エバキは高級馬…しかも馬上に美少女とくれば目立つ。

 並んでいるうちに自警団連中に気付かれてしまったようだ。


 とは言え、声色は警戒のソレではない。


「おう」

 バズゥもことさら構えることなく、軽く挨拶に留める。キナも馬上でペコリ。


「せ、先日はありがとうございました!」

 ペッコォォと、その場にいた自警団が総出で最敬礼。

 お・辞・儀…? これ一般的な挨拶だっけ?


 にしても…

「おい、目立つから止めろ」


 急に最敬礼をとる自警団に驚いたのか、周りの商人やら村人やら冒険者ぼんくらが何事か!? と驚いている。


「は、はい。おい皆! 仕事に戻れ!」

 若い男は全員に素早く指示すると、一人バズゥに近づく。

「色々ご迷惑を……命も救われて、自警団一同にかわりましてお礼を申し上げます」


 あー……先日のキングベアの襲撃のときか。

 こいつらあれか……あの時に地羆グランドベアに襲われていた生き残りだな。


「通り掛けにやっただけだ。……お前らも救援に来てくれたんだ、お互い様さ」


 …まぁぶっちゃけ何に役にも立っていないし、そもそもキナ以外がどうなろうと知ったことではない。

 とは言え、一々言う事でもない。……一応大人なんですよ? バズゥさんもね。


「そう言っていただけると……亡くなった連中も浮かばれます」

「そうか…」

 ……え? こいつと順番待ちの間、世間話するの? …きっついで~。


「もう少しかかるのか?」

 暗に順番待ちが長そうだなと伝える。目の前は入村待ちの連中でごった返していた。


 顔パスとは言え、そうでないものもいるし、なにより単純に数が多い。


「い、いえ! まさか! おいっ、道を開けろ。バズゥさんを通せ!」


 と、オラオラー! 大名様のお通りじゃー──とばかりに、居並ぶ順番待ちを蹴散らしていく……───やめて。そういうのマジでヤメテ!


 キナに至っては真っ青…

 しきりに恐縮してペコペコ祭り。バズゥも肩身が狭い……とは言え、さっさと行かねば余計に混乱しそうだ。


「すみません、すみません…」「なんか、すまん」


 二人して周囲に頭を下げつつさっさと通過していく。

 門の前ではさっきまで話していた自警団員が凄いドヤ顔をしていた。……ぶん殴りますよ?


「余計なことを……」


 ジロリと一睨みしたものの、本人は全く気付いていない。

 いいことしたぜー、って顔……マジでぶん殴りますよ?


 とは言え、流石に衆人環視のなか、そんなことはしない。キナも見ているしな。

 ん? 見てなかったらやるのかって? ……時と場合と限度・・による。


「あ、バズゥさん!」


 小さくなって通り過ぎるバズゥ達に自警団員がにこやかに話しかけてくる。


 …なんだよ?




「ファーム・エッジにようこそ!」




 ニカッっと笑う顔───…ちょっと殺意を覚えました。だって、俺すげぇカッコいいーとか思ってますよ、アイツ……


「あぁ」「は、はい…」

 キナも隠すことのない困った顔。しかし、あれでいて善意なのでなおたちが悪い・・・・・











 帰りは、絶対別の出入口にしようと硬く決意した。









 ちょっとした騒動があったものの、無事に短時間で村に入ることができた。

 少々気分はよくないものの、時間がかからなかったので……良しとしよう。


「最近全然行ってなかったんだけど……あんまり変わらないね」


 そうか?


 ……あー、そうか。キナは猟師がいなくなったあとの練度が低下した状態のファーム・エッジを見ていないのだろう。

 たしかに、フォート・ラグダから来た猟師連中のお陰で、今のファーム・エッジは以前と変わらぬ様相だ。

 知らないことの方が良いこともあるだろう。


「そうだな……」


 敢えて否定することも言わずにキナとのんびり村を見て回る。

 とは言え、目的地はザラの工房だ。

 途中の商店やら露店を覗くのは冷やかし以上のものではない。


「やっぱり、ここはお肉が多いんだね。野菜もたくさん!」


 キナは数少ない露店を馬上から眺めつつ目をキラキラさせている。

「ポート・ナナンの商店のラインナップは極端だったからな……」


 海産物中心のポート・ナナン。野菜もあるにはあるが……お高いうえ、品質もいまいち。

 海ゆえに塩だけあタップリとあるので、塩漬け中心。


 それに比べるとファーム・エッジの豊かなこと!


 『農互』が交易所を取り仕切っているため、

 この村では地産地消用の小さな商店と露店があるのみ。基本、他所よそから者のはここの商店等では買い物はしない。

 普通は交易所で買うのが通例だし、安い。


 交易所にはあとで顔を出すつもりだが、冷やかし程度に小さな店を覗き込むのも悪くはない。

 以前より活発になっているに違いない交易所。見に行った時のキナの反応が楽しみだ。


「買い物はあとでな。泊まる場所も確保しないとな……」

 

 宿も、あるにはあるが…基本満員だろう。

 農閑期にさしかかるが、収穫の終わったばかりの麦は今急ピッチで加工されている。

 そのため村全体が活発なのだ。

 そして、その新品の麦を求めて商人も出入りしているので、宿の空きなど早々見当たらない。


 あとは馴染の農家に顔を出すという手もあるのだろうが……

 ───バズゥさん、友達がいないのですよ……!


「どうしたものか……」

「の、野宿?」


 キナが引きった顔をしている。

 野宿が嫌───というよりも、村の中で野宿が嫌なのだろう。

 ……というか、俺も嫌だ。


「まだ時間はあるさ。追々おいおい考えよう」

「そうだね…」

 シュンとしたキナちゃん。

 ……甲斐性かいしょうなくてすまん。


 宿のことを考えて憂鬱ゆううつになったバズゥ一行は、ザラの工房につく。


 いつもは工房に籠りっきりで出てこないザラだが、

 今日は何故か工房入り口で待ち構える様に待っていた。


 粗末な椅子にどっかりと腰かけて、

 キセルを口にしてタバコをくゆらせている。


 小さなテーブルにはタバコの葉入れと、度の強そうな酒…そしてちょっとしたツマミが整えられていた。


「よぉ…待ってたぜ」

 ニッと、どこか凄みを感じさせる顔で笑うザラ。


「昼間から酒たぁ、いい身分だな」

「ぬかせ」


 軽口を叩き合い、商人用の小さな厩舎にエバキを押し込む。

 その前に、ちゃんとキナをお姫様抱っこでかかえながらだ。


 キナは恥ずかしそうにしていたが、口は出さなかった。


 ザラとは初対面のはずだが、モジモジしてバズゥの体に顔を隠してしまった。

 ……ハバナを思い出して苦手なのかもしれない。


 普段なら如才無く挨拶するキナも、微妙な表情でバズゥの体にピッタリくっついている。


「その子は?」


 目ざとく…というか、目立つキナに気軽な様子で声を掛けるザラ。


「キナだ…前に話したことあっただろ?」

「あー……! 可愛い居候の子か!」


 い、居候って……そんな紹介したっけ。

 タラーっと汗を流しつつキナを見ると、腕の中でムッとした表情。


 「降ろして!」と急に元気になった様子でキナがツンケンと声を荒げる。

 …あら、怒ってるし───


「はじめまして。バズゥの家・族・ ・のキナ・ハイデマンです!」

「お、おう…よろしくな」


 ザラも、若干気圧けおされて軽く会釈。


 そして、スススーとバズゥに近づくと顔を寄せる。

 ……って酒くせ!

 & タバコくせ!


 余りの臭気に身を引いたバズゥだが、ザラにがっしりと首根っこを掴まれると、

「ハイデマンって、オマッ! あんな小さい子と結婚したんか!?」


 一応耳打ちのつもりだろうが…声デケ―んだよ! 全部駄々洩れでんがな!?


「ばか! ちげーわ! ……ただの身内だ」

 と言っても、ハイデマン姓については説明のしようがない。


 姉? 妹? ……なんだろう。


 キナは、と見れば───なんか顔真っ赤っか……なんでやねん。


「あー…キナ気にすんな。爺さん離れろって!」

 くせーんだよ。…ったく。


 強引にザラを引きはがすと、パンパンと付いてもいない埃を掃う仕草。

 なんとなく、ザラの臭気がまとわりついている気がした。


「照れんなよ」

「照れてないっつの!」「て、照れてません!」


 ……面倒くさい。


「いいから、仕事せぃ! ……銃はどうだ?」

 さっさと本題に入ることとし、すぐに銃のことを切り出した。


「誤魔化しやがって…まぁいい。ほれ!」

 ザラはテーブルの傍に置かれていた銃覆じゅうおおいつきの、長ーい棒の様なものを差し出した。


 言わずと知れたバズゥの愛銃。「那由なゆ」だ。


 礼を言って受け取ると、軽く一礼し───スルルーと一気に銃覆いを外す。

 すると中から以前と変わらぬ「那由なゆ」が姿を見せる。


 壊れていた木製部品も───……元通りだ。


「うん……いい仕事だな」

「ったりめぇよ! …細かい調整もあるからな───裏に来な」


 それだけ言うと、ザラは酒瓶片手にノッシノッシと先に進んでいく。

 ったく、散々おちょくっておきながら。


 バズゥはテーブルに残ったツマミを皿ごと失敬し、チョイチョイと摘まみつつ、キナとゆっくりと後を追った。

 ツマミは塩味の木の実……シンプルで旨い。


 工房は意外と大きく。外観からは想像もつかないくらい特殊な形をしている。


 殆どが炉や燃料などを仕舞う倉庫だというから、店や住居の部分は確かに小さい。

 それでも、建屋として見た場合はかなりデカい部類になるのだろう。

 ただ、炉や倉庫の色合いは地味で、周囲の植生もあいまって違和感なく風景に溶け込んでいる。


 そんな工房だが、「裏」と言われてぐるりと回った先にはだだっ広い畑が広がっていた。

 今は収穫を終えた後のようで、乾いた土が無秩序に散らばっているだけだった。

 時折見える緑の葉っぱの様なものは、収穫した際の野菜の成れの果てなのだろう。


 そこに群がる虫を食べるために、鳥類が周囲をチョコチョコと歩き回っていた。


「こっちだ!」

 ザラは先に到着し、足の長いテーブルとも、台ともつかぬものを広場に据え付けていた。

 奥の方には弟子だか、職人だか、ザラの身内らしき連中がウロウロしていた。


 そこにバズゥがキナを伴ってゆっくりと姿を現す。


「その子……足悪いんだったな…」

 先に立ってズンズン行ってしまったことに気付いて、バツが悪そうな顔のザラ。


「気にすんな。キナも気にしないさ」


 な? とキナを見れば、とっくに機嫌を直して、ニッコリ顔。

 ザラに対する態度も既に普通だ。さすがは酒場の女将…適応力とコミュ力は半端なく高い。


「そ、そうか…」

 ポリポリと頭を掻くザラ。うん……ザラは悪人ではない。少々偏屈な頑固職人ってだけだ。



 この世の老人どもはろくでもない連中ばかりだが、ザラは違うな。





「良い爺さんは、息をしてない爺さんだけってな」





「あん?」

「なんでもねーよ」


 ザラは良い奴だが息が臭い。

 あと、ハバナは死ね。

 

 うむ、間違ってないな。


「ほれ、試し撃ちしてみぃ」

 ポイっと、弾と火薬差しの入った袋を渡される。

 どれも「那由なゆ」の口径に合わせて作ったものらしく、一目見ただけで職人の手作りだと分かる。


 バズゥの銃はオリジナルの一品ものなので、市販されている弾とはどれとも口径が異なる。

 取りあえず中に入るならどんなものでも撃てるのだが、はやりピッタリと口径に沿った弾の方が射程も弾道も優れている。


 …当然威力もだ。


「じゃ、遠慮なく」

 台の上に袋を広げると、弾を一つ取り出す。

 コロンと手の中で行儀よく鎮座しているソレ。丸く───作りが実に均一だ。…これはすごい。

 シナイ島ではカトリ・ゼンゾーから購入した分の弾以外は基本的にバズゥの自作だ。

 銃と共に購入した物の中には、弾を作成する鉛鍋と鋳型いがたもある。


 前線で活動していれば、いずれ弾は尽きる。そのため、銃と同時に購入していたのだが、やはり職人ではない以上作りにムラが出る。


 ちなみに、

 弾の作り方はいたって簡単。

 鉛鍋で棒状の鉛を溶かし、それを弾丸作成用のペンチ型をした鋳型・・・・・・・・・に流し込むのだ。


 しばらく冷やしてもいいし、水で急冷してもいい。


 あとはペンチを開くように鋳型を開くと、中には丸く固まった鉛が残るという寸法。

 ただ、鋳型に流し込む際に当然ながら流し込む穴があるわけで、その部分はどうしても出っ張りが残る。

 これをバリ・・というのだが───


 このバリが以外にやっかいで、

 装填時には銃身で引っ掛かるし、銃身も痛める。

 さらには、発砲したあとの弾道特性にも影響がでる───ようは、弾が逸れるのだ。


 それ故、

 一応、鋳型にはその部分を綺麗に切り取る様に、鉛を流し込んだ後、完全に閉塞して、バリをプチリと切り取ることができるような構造をしているが、やはり完全な球体にはならない。


 手間をかけられれば、この部分を綺麗に磨くことで整形できるのだが……普通はそこまでの手間をかけない。


 だからこそ、ザラの仕事の丁寧さを垣間見る思いだ。


 っと──

 さて、熱い弾丸談義は置いといて……


 それじゃあ、やるか───と、銃床のツルツルとした木目の手触りを確かめながら、銃を逆さにすると、銃口を上に向けて火薬差しから火薬を注ぎ込む。

 火薬もかなり上質だ。


 猟の臓物に糞尿に事欠かない農村ならでは───

 硝石も完全にファーム・エッジ製といった感じだな。


 サラサラと流れ込む火薬の音でだいたいの量を掴むと、今度は銃口から弾丸を落とし込む。


 殆ど銃身を揺らすことなく一直線に落ちていく。

 完璧なサイズのそれは、途中で詰まることもなく……且つ銃身がぶれないという事は銃身と弾丸の間に隙間がないという事を現している。


 トン……と底についた感触を確かめると、槊杖かるかを抜き出しガシガシと火薬と弾丸を突き固める。


 戦闘中でもないし、ここから銃を担いで走り出すわけでもないので、弾丸のストッパーとしての綿や紙は必要ない。


 台に銃身を委託して狙うだけだ。


 ドスンとバズゥが台の上に銃を置くと、

 隣にいるザラが、巻いていた手拭いを外して頭の上でグルグルと回し始めた。


 準備よしの合図だろう。


 それに気づいたのか、広場の奥で同じように射的の台を置いていた者が、次々に台上に壺の様なものを並べていく。


「いいのか? 一発で木っ端みじんだぞ?」

「壺のことか? …ありゃ、外注された品の失敗作さ」


 そもそもウチのものじゃねー、とザラはいう。

 なんでもゴミ捨て場から回収してきたとか。


 なるほど、まととしては適当でちょうど、という事か……いいねぇ。


「連中が退避したら遠慮なく撃ってみな」

「あいよ」


 火皿を開放し、火薬を注ぎ込むと火蓋を閉じる。

 これで誤射防止───あとは火縄を鋏にのせて……『点火』。


 ポッ! と灯った火に息を吹きかけて落ち着かせる。


 ……それにしても、実感として感じるのは、やはりランクアップ後の能力の低下があるようだ。


 『点火』ですら思っていたよりも火力が弱くなっている。


 早いうちに元の感覚に戻さないとな…


「よし、いいぞ! 好きなだけ撃ちな。おかしいところがあれば言えよ」

「おうよ」


 人がけたのを確認し、ゆっくりと照星と照門を覗き込み照準する。

 視線の先にある台上の一番端の壺にピタリと照準を合わせると──……


「キナ。耳を塞いどけ」

「…え? うん」

 背後でキナが耳を塞いだ気配を捉えて…すぐに意識を集中する。

 もうハズゥの意識は、銃と一心同体だ。


 自分の視線は銃口そのものに……解き放つ暴力は拳の様に固くつき固められ、銃身の奥に鎮座している。


 ……


 …


 息を吸い……止める!







 ───バァァァァァァァッァン!!


 ヒュバと! 弾丸が壺に向かい……───撃ち砕く!



 パカァァン!


 と、

 まるで、意識が弾丸に乗り移ったかのように壺の割れる音を間近に聞いたように、弾ける陶器の心地よい破砕音を肌で感じる。


 それは、あたかも至近距離で聞いたように幻視した。


 だが感慨に浸るまもなく、銃を扱う手はまるで機械のように──すぐに次弾装填。

 もうすでに意識は銃の操作だけに切り替わる。


 スキル『急速冷却』!


 フシュゥゥ…と硝煙に混じり熱が湯気のように銃身から放熱される。

 …しかし、スキル低下はここでも顕著。遅いし温度の低下はイマイチだ。


「どうだ?」

 しかし、ザラの銃については問題なし。

 気になって尋ねるザラに、


「完璧だ」


 グリップ、頬付け、反動───手への馴染み方。

 全てが完璧だ。それは言ってみれば……


「ハッキリ言えば、以前より使いやすい」

「ほ!」


 驚いた、という顔のザラ。


「そりゃ光栄じゃが…カトリ・ゼンゾー作より優れているなんて自信はないぞ?」

 謙遜けんそんというより、職人としての正直な感想なのだろう。

「いや、本当だ。なんというか……手にしっくりとくる」


 まさにあつらえたかのような品。いや、あつらえたのだが…何と言えばいいのか、こう───


「あー……そういうことか。バズゥよ、そりゃこの材質のせいだろ」

 バズゥの持つ銃をコンコンと叩く。


「材質?」

「こりゃ、シナイ島産の木ではないがな。それなりに質にはこだわっている。そしてなにより……」


 ん?


「以前、お前が使っていた銃と同じ材質だ」


 あー!! なるほど……


「どうりでな」

 なるほど、古くから慣れ親しんでいた銃の手触りに近いのか…

 「那由なゆ」も「奏多かなた」も大事な相棒には違いないが、手に触れた期間は、昔の銃の方が圧倒的に長い。

 昔の銃はめいこそないが、あれを相棒とした期間は新調した二丁には比べるべくもない。


 もちろん、シナイ島産が悪いわけでもないが、

 なんせ猟師見習いの頃から馴染んでいた材質だ。そりゃあ、馴染もする。


「地元の奴が一番いいってことか」

「お前にとってはそうなんだろうさ。だが、カトリ・ゼンゾーがその木を使って作れば、多分そっちが気にいるんじゃないか?」


 んーむ。その可能性もあるが、ザラを前にして即答するのもバツが悪い。

 

 しかし、バズゥの懸念など気にした風もなく。

「あとで余りの材をやる。どこかでゼンゾーに会う機会があれば作ってもらえ」

 と、にべもなく言う。


 本当に職人なのだろう。自分の技のことよりも使用者を一番に考えている。


「ともかく、試射をやっておけ、少しでもおかしなところがあれば言え、すぐに調整してやる」


 まったく違和感がなかったのだが、そういうなら───と、試射を続ける。

 これも訓練の一環だと思えばいいのだ。『魔弾の射手』として───訓練によって、どういった職業なのかわかるかもしれない。

 

 少なくとも、名前通りなら射手としての専門職と言ったところだろう。

 『猟師』系のスキルも継承している所をみると、ある意味直系の職業なのは間違いない。


 ランクアップによっては以前のスキルが使えなくなることもあるというから、ランクアップの結果としては悪くないはずだ。

 やるだけに成長が見込めるということ。


 では、失礼して───


 『急速装填』『反動軽減』───『鷹の目ホークアイ』!!


 グググ……と視野が望遠状態になり、的の壺が良く見える。


 ───うん、悪くない……


 流れるような手つきで装弾を終えると、




 スゥぅぅぅー…………フッ───


 ───バァァァァァァァァン!




 ヒュバっ! と、弾丸が壺を貫き、木っ端みじんにする。

 うん…まったくもって問題なし!


 その後もバズゥは並べられた壺を撃ち抜いていくが、……ん? 一個材質が違わないか?


 どう見ても鉄鍋にしか見えない。

 鉛弾であっても「那由なゆ」の口径と装薬量なら問題なく撃ち抜けるだろうが───……なんとなく、試してみたいことがあったので、装薬を減らして威力を意図的に落としてみることにする。


 ……この感覚はスキルを得るときのそれに近い。

 故に直感に頼ることにした。


「どうした?」

 火薬を少なく注いでいるバズゥにザラが不審な目を向ける。

「いや、あの鉄鍋を見て、ちょっとな……」

 いいから見てろよと、弾丸も素早く装填する。


 キナに至ってはよくわかっていないのか、ずっと耳を塞いでいるし……なぜか息もほとんど止めているのか、顔を真っ赤にして「ムゥー!」って感じの顔だ。ちょっと顔が面白いぞキナ。


 バズゥの面白がっている様子に気付いたのかキナが、息を止めて耳を塞いだまま、プンプンと怒ったふりをしている。

 ……うん、可愛くて面白い。


 っと、そうじゃない───


 装填を終えた銃を台座に委託いたくして構える。

 照星と照門の先には鉄鍋。その並びにまだ残っている壺があった。


 さて……上手く行くか?


 鉄鍋を照準に捉える。ただし……中心は狙わない。少し狙いをずらし……側面に弾が当たる様にする───



 ……


 息を吸い、……止める!




 行け───!!






 パァァァン!!!






 ヒュバン! と弾が発射され───ギィン! と鉄鍋に当たり火花が散ったかと思うと……ぱっかかぁぁぁぁあん! と横に並んでいた壺がほとんど同時に割れ砕ける。


「な!」「むぅー!」

「ぃぃよぉぉぉし!!」

 狙い通り!

 ザラとキナが驚きで目を見開く中、バズゥは渾身こんしんのポーズ。


「お前! 今のは狙ってやったのか?」

「おうよ! ……お? 『反跳射撃リフレクトショット』!?」


 スッと頭に言葉が浮かぶ。

 やはりスキルの習得らしい。今のでコツを掴んだのでスキルがどうのというものではないが……『魔弾の射手』のスキルの一種らしい。


 今までも、堅い目標などで跳弾が発生したことはあったものの、こうも狙い通り撃てるものではない。

 すくなくとも、跳ね返った瞬間には弾の弾道など予測できるものではない。


 だが、現に今できた───


 そして、出来るような確信があった。

 なるほど……『魔弾の射手』───文字通り魔弾だな。こんな技術、『猟師』だけをやっていたころはどうやっても習得できなかったと思う。


 『魔弾の射手』──それに『反跳射撃リフレクトショット』か……



 相当使えるはずだ。

 遮蔽物しゃへいぶつに隠れた敵であっても、反跳させる物さえあれば一方的に撃つことができる。これはかなり有効だ。


 銃撃は直線軌道をとると言う長所であり欠点がある。

 これはそれを補えるだろう。


 ……もっとも、覇王軍に通用するかは別だ。

 連中の障壁はそんなに甘くはない。



「そうか……バズゥお前、ランクアップしたんだな?」

「おう、『魔弾の射手フラウシュッツ』だとさ」


 ちょっと、アレな名前なので人様に言うのは恥ずかしいが、隠しても仕方がない。


「聞いたことねぇな。『上級猟師ハイハンター』とかじゃねぇんだな。んーいいんだか、悪いんだか……」

 

 うん、俺もわからん。


「まぁいい。今ので射撃のまとは全部スッちまったな……どうだ? 直しはあるか」

 ザラは切り替えも早く、すぐに職人顔に戻る。

「そうだな……えて言うなら───…キナ、もういいぞ」


 いつまでも耳を押さえているキナに、ジェスチャーも交えて大丈夫だぞと伝える。


「プハッ……ふぅー」

 苦しかったーと、キナ。うん……息止める必要ないのよ?


「で、どこだ? 取りあえず貸しな」

 と、

 ザラは「那由なゆ」を取り上げる。


「いや、あくまでえてだが、頬付けする用に、皮が何かの緩衝材が欲しいな」

 直しというよりも改良点だ。


 ザラは快く引き受けると、更なる注文を確認してくる。

 それを受けてバズゥも細かなところに修正を求めた。


 ※ ※


「…───ぐらいだな」

 いくつかの注文を受けて、ザラはさっそく銃の調整に入る。

 さすがに皮の頬当てはここでは作成できないが、ちょっとした調整くらいならこの場でやってしまうようだ。


「で、だ。銃の修理と改良は任せるんだが、あと2、3頼みがある」

「あん? まだあんのか?」

 作業の手を止め、ザラがバズゥを見上げた。その目の前に2本の特注品の銃剣と、昔使っていた古い銃を取り出す。


「……おめぇ…まだ持ってたのか」

 銃を受け取ると、懐かしそうに触れる。

「爺さんが丹精込めて作ったって、恩着せがましく言うから──捨てられないどころか、下取りにも出せなかったぜ…」


 まぁ、おかげで先日のキーファとの決闘では最後の最後で役立ってくれた。


「生意気言うな小僧。銃を丹精込めて作るのはあたりめぇだ…どれ」

 ひったくる様に受け取ると、


「ほう…一応メンテナンスはしてたみたいだな。オイルがいい感じにしみ込んで…ああ良い匂いだ」

 錆止めに使うガンオイルがしみ込み、銃身が何とも言えない渋みを負った黒色を見せる。


 あわせて木製の部分も油がしみ込み、しっとりとした感触でつ、深い……木のもつ重みのある色合いを見せていた。



 ───いい銃だと思う。



 鉄製の───並みの銃ではあるが、製作者と使用者の両者の想いが籠っている。


「で? 今さらこいつをどうすんだ?」

 

 そう、今さらだ。

 バズゥには「那由なゆ」「奏多かなた」がある。だからどうするのかと言われれば───


「改造だ」

「あ? 改造?」


 ……




 ポンとキナの背中を押し、軽く前に出してやる。


「この子の杖に仕立ててくれ───」





 ……





「はぁ?」「え?」


 当然のような反応が返ってくる。

 ……いやさ、分かってたけどね。そんな顔しないでよ……


 ちゃんと考えてあるから───






「で、杖っていうけど、どうするんだ」


 ザラが興味深そうにずいっと体を寄せてくる。…ってクセェよ息が!


「この子───キナは片足の健が切れていてな…まぁ日常生活にそれほど支障はないが旅となるとな」

 そうだ。

 片足を庇った状態で歩くと体の重心が傾く。少々に距離ならともかく、ずっと歩き続けるとなると身心に異常をきたす。

 そのため、少しでも負担を軽減するために杖で片側にかかる体重を分散するのだ。


 ……併せて、護身用も兼ねる。


「でも! バズゥ…その───」

「キナ」

 

 何か言いたそうにするキナをバズゥはピシャリと封じる。

 キナの抗議の内容は分かる。

 病人扱いしてくれるな、という事だ。


「旅は過酷だ。……お前の気持ちは分かる。痛いほどな」

 そりゃあ付き合いも長い。キナの言い分など言わずともわかる。

 だが……これは譲れない。


 キナが足手まといなのは事実だ。否定していてはそもそも話にならない。

 だが、そんなことではない・・・・・・・・・のだ。


 これは、


「お前のためなんだ。……キナは長旅の経験はないだろう?」

 実際は、先代勇者に連れられて彼方此方あちこち行っていた可能性もあるが───ポート・ナナンに来てからはないはずだ。


「そ、れは……───」


 語尾が尻すぼみになっていくキナ。

 シュンと俯く様を見るとつい可哀想と言う感情から彼女の言い分を聞きそうになるが、

「聞き分けてくれ───キナのことを思って言っている」


 こういう時は素直に気持ちを話すべきだ。


「キナは足手まといになることや、杖を突いた姿をみっとも無く思っているのかもしれないが…」


 そうだ。


「確かに足が遅いことは足手まといだ───、それにみっともなく感じるかもしれない」

「お、おい…」

 ザラが戸惑ったように声を掛けようとする。


 バズゥが言い過ぎだと感じているのだろう。実際キナは顔を赤くして俯いている。


「だからこそ、杖で少しでも早く───そして、一緒に歩こう? それにな……」


 キナは、キナだ。


「俺は、キナがみっともないなんて思ったことは一度もない。一度も、だ! ──杖があろうとなかろうと……」

 その、……なんだ。


「キナは可愛いと思う…ぞ」


 ポリポリ、

 やばい……言ってて恥ずかしいわ!


「バぁズゥぅ……」


 赤くした顔でウルウルお目め……オゥフ! 破壊力抜群。叔父さんまともに直視できない。


「乳繰り合ってんじゃねぇよ……」

 ち、心配して損したぜ。


「わぁったよ……その子の杖で……要は銃の機構を残したままの仕込み杖にしてほしんだな?」

「流石だぜ……そう言うの──できるか?」

 バズゥの注文を素早く理解したザラは何でもないように頷く。


「そんくらい朝飯前だ。銃はあるんだ──あとは杖っぽく仕上げて、発射機構と安全装置を改良すればいい、楽なもんだぜ」

 ザラがそう言うのだ。間違いではないだろう。

「頼む。かすつもりはないが、旅の途中なんだ」

 ザラはバズゥとキナの格好を再度確認して、

「そうみてぇだな……かなりの長旅か?」


「ちょっとシナイ島まで」


 ブホッ!


「の、な、お、おまっ! ……シナイ島だぁぁ!?」


 酒臭い唾を盛大に吹き付けられ、額に青筋を立ててピクピクと震えるバズゥ。

 どぅどぅー、とキナがさり気なくいさめていたりする。


「そうだよ。長旅だ」

 とは言え、ザラの反応は普通だ。


 そんなね、ちょっと隣町っていう感じで言うような場所ではない。断じてない。


「ったく……お前と付き合ってると色々飽きねぇな──」

 わかったよ。とザラは銃を担いで作業場に戻ろうとする。


「まてまて、まだあるんだ」

「なんだよ? まだあんのか?」


 ズイっと、ザラに向けて銃剣を突き出した。

 もちろん先端ではない。刀身を握って危険がない状態だ。


「お……こりゃ、オリハルコンか」

 一目で材質を見極めるザラ。

「あぁ、鉈と同じでゼンゾー作だ」


 ふーむ、と試す眇めつ眺めるザラ。


「いい出来だな……」


 そうだ。出来は良いんだ。


「いいものなんだが……」

「うん?」


 純粋に銃剣として使う分にはいいのだが、

 この銃剣は完全に銃の先端に取り付けて使用する事に特化したものだ。


 手に持って使うには少々頼りなく、なにより握りづらい。


「俺はこう……もっと汎用性の高い作りがいいんだが───」

 と、

「なるほど……銃剣というよりもナイフやショートソードの延長として使いたいんだな?」


 お、流石はザラ。


「そうそう! 爺さんやるな……でー、出来るか?」

「やってほしんだろ? ……幸い木は余りがあるしな。銃との相性も考えて作ってやろう」


 お、話が分かる。


「頼む。どれくらいでできそうだ?」

「そうさな……まぁ一日あればできるだろう。今からこれに集中する───いいな?」

「頼む」


 そう言って注文の元となる品を渡していく。

 銃を3丁、銃剣2本だ。


「明日の今頃来いよ」

「わかった……───で、すまん」

 そうだ。大事なことを忘れていた。


「まだあんのか!?」



 ……。








「泊まらせてくれ……」

「…………」

 




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