第106話「だからオッサンは朝から酒を飲む」

 ザァァァ……

 ドォォォン…… 

 ザァァァ……


 波の砕ける音がよく響く。

 そんな潮騒に混じり、海鳥がよく通る鳴き声で舞い、海風の中で踊っていた。


 クークァー……

 クァークァー……


 彼等は、風に押し戻されるように陸地まで漂い、

 小さな酒場の上で羽を休めようと舞い降りる。


 そこは、妙に居心地がいいのか、数羽の先客が羽を休めている他……よく見れば海鳥達の天敵たる猫もいるではないか。

 しかし、

 あの小憎らしい猫も、ここでは争う気などないのか、クァァ~と欠伸あくびをしてゴザル。


 そんな彼等がノンビリと過ごしている等つゆ知らず。

 バズゥ・ハイデマンは、朝っぱらから酒をかっ食らっていた。

 そして、

 ニコニコと笑うキナは──不自由な脚を引き摺りながらも、マメマメしく働き、時々バズゥに酌をしている。


 酌を受けつつも、バズゥは決して泥酔していたわけではない。

 甚平じんべいを着た姿で実にラフな格好だが、表情は鋭く、どことなく強者のそれを思い浮かばせた。


 ふむ……

 バズゥは、先の騒動を振り返る。


 キーファの書いた証文は、

 決闘のその対価として、彼のものと、ヘレナのものをあわせたキナの借金に関する証文を譲渡することを証明した。

 それにより、権利の譲渡も含めて書類は全て揃い──

 これで、キナの合意を経て───晴れて、三者合意のもと・・・・・・・……借金は跡形もなく、消えてなくなった。


 その結果、

 ヘレナは、キーファから得た金をもって損失を補填し、

 キナは、元々の金は失ってしまったが、

 その後発生した書類上の借金は消え、晴れて自由の身となった。


 キーファだけは、莫大な金と装備類を失い大損をしたようだが、

 まぁ、お貴族さんでお金持ちらしいので、家がかたむくほどでもないという。


 彼だけは、最後の最後まで誰ともわかりあえることもなく、

 バズゥとも敵対関係のまま、ヘレナの呼び寄せた大型の馬車に乗ってフォート・ラグダに連行……もとい帰還したという。


 結局、最後までキーファはバズゥを憎んでいたというが───知らんよ。


 恨みなんてものはどうやって発生するか知らんし、

 そもそもキーファのバズゥに感じるその感情は、こじれにこじれて……もう元には戻らないだろう。

 

 そう……

 エリンに否定されて、仕方なく帰郷したバズゥ。

 そして、酒場でふんぞり返るキーファと顔を合わせたその瞬間から…………

 もぅ──どうにもならない関係だったように思う。


 キナを欲する男と、

 キナが欲する男が、


 ───分かり合えるはずもない。


 それでも、だ。

 なにかタイミングが違えばもう少し違った展開もあり得た様に思う。


「どうしたの、バズゥ?」

 酒場で朝っぱらから酒をチビチビ舐めていたバズゥに、キナがカウンター越しに話しかける。


「んー……なんでもない」

 キーファのことを考えていたとも言えず、キナの様子をうかがいつつも適当にはぐらかすバズゥ。


 その背後では、カメがキビキビと動き回り掃除をしている。

 時々、邪魔邪魔といって、くだを巻いている冒険者を蹴散らしている。ほう? 君もやるようになったね。


 先の戦いでは、傷だらけになりながらもフォートラグダに応援を呼びに行くという、さながら「走れなんとやら」のように八面六臂はちめんろっぴの活躍を見せた。

 結局それが功を奏することは無かったが、それはあくまで結果論。

 実際、カメはよくやったと思う。

 もしも、ポート・ナナンにフォート・ラグダのような自治権があれば、独自に勲章を授けてもいいくらいだ。

 だか、そんなものはないので、せめての礼とばかりに、プラムモドキの酢漬けをたくさんやったら、ひどく喜んでいた。うむ……安上がりでよろしい。


 で、ですよ。


 結局、キナの方針でギルドは継続することになった。

 正直バズゥとしては、ギルド経営はやめてほしいのが本音。キナには負担が大きすぎるし、家に冒険者どもが居座るのも居心地が悪い。

 このまま順調にいけばいいが、

 いつだって面倒ごとを持ち込むのは余所者よそものだ。


 ───キナの借金しかりな。


「キナぁ……あーマぁスター」

 オパイ性人ジーマがカウンターにのしかかり、キナに気安く話しかけるが、バズゥがジロリと睨むと、ちゃんとマスターと呼び変えた。


 ちなみにバズゥが睨んだのは、呼び方のこともあるが、カウンター上でしからん形にタユンタユンに揺れて潰れた立派なモノを凝視したからで───バズゥ!! はい……すんません。


「バズゥったら……で、ジーマさんどうかしましたか?」

「はい、これ」

 ポイすと渡してよこしたのは、

 海岸に無数に沸く──害獣モンスターの一種、アイアンクラブの爪だ。

 かなりの大振りで、色は汚いし、臭いが……煮込めば絶品になる。


 とはいえ、今のこれは食材としてよりも、討伐証明のようなものだ。

 ギルドの人間が同行すれば、当然ながら証明など必要ないが、そうでない場合はこうやって討伐証明を持ち込む必要がある。


「はい。確かに……5つですね」

 袋の中にある爪をよいしょと言って受け取ると中身を確認したキナは、

「えっと。一律で一匹銅貨5枚なので───全部で、銅貨25枚です……それから食費を差し引いたので、はい」


 チャリンと、銅貨5枚を差し出すキナ。


 うっ。と言って顔を引きらせるジーマ。


「や、安くない? これでどうやって生活しろと……」

 ダラダラと汗を流して、懇願するジーマ。

「規定ですから」

 ニッコリとほほ笑むキナに、ジーマは圧力を掛けようとグググと身を乗り出すが、


「20枚は今日の朝飯だ、借金は別。あと装備品のレンタル代込みで───」


 ジーマの前に置かれた銅貨5枚を、バズゥがツーと、引き寄せて懐に仕舞った。

「ちょ!!」

「───また赤字だな? ジーマちゃんよ」

 四人分の朝飯代銅貨20枚と、装備品のレンタル代で全部消えた……どころか増えている。


「人でなしぃぃぃ!!」


 うがーと、カウンター前で頭を掻きむしり、ジッタンバッタンと暴れるジーマ。おー揺れとる揺れとる。


 うがー!! むきー!! オッサンんんん!!!


 はっはっは! 知らんがな。そして、オッサンに、オッサンって言っても悪口にはならんぞ?


「はっはっは!」「あはは」

 バズゥとキナが声をそろえて笑う。

 以前のキナならもう少し遠慮していただろうが、最近ではこうしてバズゥ流を少しずつ取り入れている。良いことだと思う。


 それにしても、だ。


冒険者ぼんくらどもがちゃんと稼ぐようになって……」

 俺の出番なくなったな~と、

 バズゥがポツリと呟く。

 そのセリフを聞いたキナがピクっと体を震わせる。




 そろそろ、

 もう───いいよな……





 バズゥは兼ねてから考えていたことを、また反芻はんすうした。


 ギルドは順調だ(──多分?)。


 いわれのない借金も、

 キナに対するキツイ風当たりも、

 タダ飯食らいの漁師も、

 粗暴な冒険者も、

 色目を使うキザな上司も、




 全部なくなった───




 だから……

 だからさ──もういいかな……と、そう思う。


 実際、暇になったものだ。

 無理に稼ぐ必要もないし、多少の余裕もできた。お金にも困っていないので、こうしてバズゥは本業にも副業にも精を出す必要がなくなり、朝から酒をかっ食らっていられる。


 手元には、今朝がたフォート・ラグダに支店を出す大店から大金が届いていた。

 ちょっと前に、両替を依頼していた連合通貨のそれだ。手数料を差し引かれてはいたが、それなりの金額になった。


 その金を持ってきたカメは、

 ヘレナにたくされたと言う、オマケの手紙付きで正直にバズゥに届けてくれた。

 ヘレナいわく───なんでも、フォート・ラグダの議員に返り咲き、バズゥへの裏側からの敵対行為を止めさせたそうだ。

 ……要するに、またフォート・ラグダに出入りできるという事らしい。


 もちろん、無償でそうなったわけではない。


 こういう所は本当に政治だなー、と思うのだが……

 結局生き残りのキングベアを撃退し、ポート・ナナンやファーム・エッジらの衛星集落を護った英雄は……ヘレナとキーファということになっているらしい。


 そのこともあり、ヘレナと………キーファが持てはやされているんだとか?

 また、バズゥの手柄が持っていかれた形だが、

 バズゥとしては、それでいいと思う。


 あのキングベアによってもたらされた被害は甚大で、

 ファーム・エッジやポート・ナナンでは原因究明に躍起やっきになっているとか……


 そのため、下手に手柄を主張しようものなら───キングベアの目的が、キーファと、バズゥ……そしてキナにあると曲解されかねない。


 実際、多少なりとも関連はあるのだ。


 とくに、キーファが原因とは言え、

 一頭のキングベアを撃ち漏らしたにもかかわらず、呑気に過ごしていたバズゥ達にも少なからず原因はある。


 バズゥに至っては、キングベアの習性を知っていたのだから、これは言い訳のしようがない。

 少なくとも、警告ぐらい発してもよかったのだ……


 もう、今更ではあるが、ね。


 だから、あとの火消しはヘレナに丸投げだ。

 イマイチ気に食わないが、

 理にさとく、義を知っている女。うまくやるだろう。


 悲しいことだが、

 誰かを亡くし、被害を負った人間というのは何かのせい・・にしたいものだ。

 それをはじき返せるだけの権力と武力、財力があれば別だが……

 バズゥやキナにはそれらは望むべくもない。だから、これでいい。


 誰かに認められたいという欲求も人並みにはあるが……


 「バズゥがいてくれるだけでいい」とキナが言うのだ。それでいいと思う。

 ──ピィン……と、同封されていた勲章とギルド組合証を弾きつつ酒をあおる。


 フォート・ラグダ双剣章───こんどこそ本物だ。


 バズゥが、討伐したキングベアの報酬の権利を放棄した(ということになっている)ことで、フォート・ラグダは「発表無しの公式認定」ではあるが、バズゥ・ハイデマンの功績を認めた。

 そのため、今度は正式に勲章を授けたわけだ。


 ただ、バズゥやヘレナがどうこう・・・・以前に……


 どうも、これ───ファーム・エッジが裏でかなりやらかしているらしい。


 例のキングベアの『王』の首を売ったことに関連するのだが、

 それを使って、かなりえげつない・・・・・やり方でファーム・エッジはフォート・ラグダに揺さぶりをかけたんだとか……


 というか、脅しだ。


 キングベア災害による特需に沸いていたファーム・エッジも、かなり強気に出て──現状、ファート・ラグダが情報統制して手柄を独り占めしている状況に風穴を開けたらしい。

 つまり───「テメェらが言ってる、街の衛兵隊でキングベア撃ち倒したの……あれ嘘だと知っているよ?」とばかりに、ファーム・エッジはフォート・ラグダを脅したという事だ。


 キングベアの『王』の首という証拠付きで……


 焦ったフォート・ラグダは情報統制を解除、一部の有識者のみにバズゥの功績を知らせて正式に勲章を贈ったというのが顛末だ。

 要するに、隣村に脅されて報酬をふんだくられるより、バズゥ個人に媚びを売った方がまだマシと判断したらしい。

 けれども、莫大な報酬金は払えないので……───かわりに勲章でお茶を濁し、つヘレナに頼んでギルドの地位を向上させたことで手打ちにしてほしいという流れだ。明らかに見合った報酬ではないが、現状、借金はもうない。

 ゆえに、トラブルの火種となる手柄よりもハイデマン家は平穏を選んだ。キナの意向でもあるしな……


 晴れて、『キナの店』はフォート・ラグダ冒険者組合の傘下から独立。


 その上、バズゥの冒険者のランクも「丁」から「丙」にアップした。ぶっちゃけこの辺の報酬云々はまったく見合っていなかったが、フォート・ラグダに恨みを買って出入りできなくなるのも面倒くさいし、キナのためにもならない。

 だから、すべての条件をバズゥは飲んだ。


 冒険者のランクは、階級を飛ばしてランクアップさせることができないらしいので、やむを得ない処置だとか。

 かわりに、組合証のうらに、フォート・ラグダでのみ、「甲」扱いとする──と小さく注記がある。

 この辺はぶっちゃけどうでもいい。

 冒険者ぼんくらなんていう仕事に、毛ほども興味はないからな。

 ともかく、

 それらの出来事を含めて、フォート・ラグダの一般市民に、大々的にバズゥの功績を発表することはなかったが、情報統制がなくなったため、役場などで聞けば普通に知ることができるらしい。

 勲章の授受は、ちゃんと記録上に残されているのだから当然だ。


 とは言っても、もはや大多数の市民には終わった話……態々わざわざ終わった話掘り起こして、どうこう・・・・しようという人間はもうほとんどいないだろう。


 大半の関係者は口をつぐむし、聞かれた時だけは答える──というスタンスを崩さない。

 そして、バズゥもキナも口さがに言いふらすタイプでもない。

 さらに、ファーム・エッジも大々的にフォート・ラグダの隠蔽工作を指摘しない代わりに、皮革産業の取引値を通常のそれに戻す交渉の実現と、失われた『猟師』の補充をフォート・ラグダのそれに要求し、呑ませたらしい。


 どいつもこいつも、生き汚く、しぶとい……


「結局誰が得をして、誰が損をしたんだか……」

 モチュモチュと、キナが作った小魚のチーズ和えを食べつつ思う。

 その横では、未だにブングラブングラと頭とオパイを振りつつうなっているジーマがいたが、オパイだけ鑑賞しつつ完全無視。

 キナはなぜかちょっと頬を膨らませつつ、バズゥと一緒になってお酒をチビチビ飲みつつ、

「得をした人っているのかな?」

 キナは純粋そのものの目でバズゥを見る。


 ……キナちゃんは天使じゃの~。


「誰かが損をしたら、どこかで得する奴がいるんだよ」

 そういうものさ、とバズゥは訳知り顔で言う。

 田舎者だった故、知らないことも多かった。だが、シナイ島での戦争経験はバズゥに世間の常識というものを、文字通り叩き込んでくれた。

「そうなんだ……」

 嫌な話だね、とキナは顔を暗くしている。

 なでりこなでりこ、と頭を撫でつつ、

「俺たちも損はしてないからな……ある意味で一番恩恵を受けたとも言える」

 グビリと酒を飲み、キナの顔色をうかがう。

「うん……なんだか、悪い気がする」

 ちょっと浮かない顔をしたキナ。この子は他人の不幸で自分が得をするというようなことは望まない。

 エエ子過ぎるんです……

 最近は、ジーマちゃん達には厳しいけどね。


「いーーやーーーだーーー」

 と、いい加減うるさくなってきた。


 ……ジーマちゃんよ、

 君は一人で冒険者した方がいい気がするぞ。


 ジーマちゃんにブピシとチョップをかまして黙らせると、





「キナ、ちょっくら……出てくるわ」




 バズゥチョップにより、ぷしゅーと煙を吹いて床に突っ伏したジーマを助け起こしているキナに言い置いて、

 バズゥはおもむろに席を立った。


「え? うん……お昼はどうするの?」

 ツンツンとジーマを突き、反応を見ているキナが何でもない様に聞く。

「いや、すぐ戻る。上に…………墓参りにな」


 指を上に向け、クイクイと台地の頂上を示す。


「あ……うん」

 

 バズゥが言う墓参りが、誰のことかを思い至ったキナは、本格的に顔を暗くしてうつむく。


 ──そんな顔するなよ。


 ……帰郷してからすぐ行くつもりだったんだが、色々あって今になってしまった。


「報告しないと、な」

 ポムと、キナの頭に手を置いて、優し気に軽くポンポンと叩く。


 ──うん。


 キナの返事を後ろに聞きつつ、

 バズゥは住居に戻ると準備を整える。


 鉈を持ち、ヘレナが送ってくれた新しい軍服と、勲章、そしてギルド組合証も一応持っていく。


 やはり、正装で行くべきだろうからな───


 簡単な荷物を持ち、

 カメとキナに店を任せてバズゥはギルド『キナの店』を出た。

 その軒先で、アジに遭遇する。


「うお! あぶねえな……」

 激突しそうになったアジが体ごとかわすが、バランスを崩して倒れる。


「おいおい……大げさだな、それになんだ? 朝っぱらから酒か?」

 お前が言うなと言われそうだが、バズゥが軽口を叩くと、

「うるせぇな……漁師は廃業だよ。腕がこんなんじゃ、バランスが保てないんだよ」

 チっと、舌打ちがてら・・・言い返し、アジはヨロヨロと起き上がる。


「あー……すまん」

 軽口を言う場ではなかったな、とバズゥはバツが悪そうに頭を掻いて謝罪する。


「いいってことよ……暇人なのは事実だしな」

 ガハハハと笑う姿に、痛ましいものを感じる。実際『漁師』を辞めてどうするというのか。


「オメェがそんな顔をすることじゃねぇぞ、船はあるからな───」

 と、自慢の中型漁船を指し示し(ハバナ所有の漁船並みにデカい)、


「ちょこっと改造して、客船か貨物船稼業でも始めようと思う」

 船長なら、舵が握れりゃそれでいいからな、ガハハ! と言う。

 実際それほど簡単でもないだろうが、アジならやりそうだ。

 

 確かに、銛や網を操るような『漁師』はもう無理だろう。だが、隻腕の船長なんてのも確かにいる。


「オヤッサンなら……できるさ」

「お、おう? なんだよ……気持ち悪いな」


 バズゥの思いがけないまともな言葉に、アジの方が戸惑う。


「本気さ……じゃ、ちょっと俺は出てくる。今日はキナ特製のチーズ和えだぜ」

 後ろ手に、フリフリと手を振りつつバズゥは、台地の頂上へと向かう。


 そいつは楽しみだ、というアジの声を聞きつつ、そのままゆっくりと足を進めた。


 サァァァ……──


 冷たい風が、バズゥの頬を撫でている。

 先日の騒動などどこ吹く風と、台地への道も、その脇の森も、人気ひとけが無く閑散かんさんとしていた。

 昔は、この道も灯台守とアンデッド対策の小部隊が灯台付近に駐留していたため、それなりに人通りはあったのだが───覇王軍との戦争が激化するにつれて、王国でも人員の削減が喫緊きっきんの課題となり、こうした田舎の……そうそう重要でもない場所からは人を撤収させるに至っていた。


 安易な人員削減は、メスタム・ロックの哨所のような状態を招きかねないが……今のところポート・ナナンでは問題らしい問題は起きていない。

 先の騒動を除けば……であるが。


 少々、距離があるとは言え、所詮はご近所……バズゥはあっという間に頂上にたどり着き、吹き抜ける風を目一杯、体に受けていた。


「なんにも残ってないな……」


 スーと視線を走査そうさし、

 台地を見渡すが、以前よりあった物を除いて先日の騒動の余波はほとんどなかった。


 元々ボロボロの灯台は特に違和感なく崩れており、「あれ? 昔から、ああだっけ?」程度にしか感じられない。

 熊の大群も全て回収され、肉は配給、皮やら肝は売りに出されて復興資金の一助にされた───漁労組合の手によって。


 こういったとき、ハバナは利にさとい。

 きちんと世間に還元しつつも、ちゃっかり自分の懐は温めているだろう。


 バズゥが権利を主張しつつも、アジとの共闘によってどれがどれか分からなくなってしまった手前、一律の報酬金でうまくやりくるめられてしまった。

 こうした金のやり取りでは、ハバナにはどうやっても勝てそうにない。


「さて……行くか」


 視線の先には、寂しい景色と不気味なオブジェクトがそびえている。

 白骨の散らばる墓場と、そこを彩るドラゴンの骨。


 ドラゴンの骨が噴き出す瘴気のせいで、最近の葬式では埋葬をいい加減になりつつあり、それを遺体が獣に掘り起こされてバラバラになっている。

 おかげでアンデッド化がないという面もあるようだが……親族が獣に食い荒らされるというのは気分のいいものではない。

 そのへん村人はどう思っているのだろう。


 サクサクと寂しい植生を踏みつつ、ドラゴンの骨から出る瘴気を警戒し、台地の奥──墓場へと向かう。


 新しい墓場ほど、墓石の立て方も、埋葬もいい加減だ。


 その点、奥にある古い墓場は比較的綺麗に整備されている。

 ……あくまでも新しいものに比べて──ではあるが。


 なんたって、墓参りもロクにできない環境だ。

 諸事情によりこのドラゴンの骨が居座っているわけだが……お陰で、墓掃除もまともにされていない。

 そのため、ボロボロに風化した墓石やら、獣にほじくり返された白骨がそのまま。


 そこを一人征くのだ。


 ドラゴンの骨の近くを通れば……

 ボンッ! と瘴気が噴き出し、あわやバズゥに降るかかるその瞬間に飛び上がって回避する。


「あっぶね!」


 まるで意思でもあるかのように、ドラゴンの骨は近づくものを焼き殺そうとする。

 死んでも、迷惑極まりない。


「エリンが帰ってきたら、掃除してもらおう」

 こんな危険な代物を撤去しようとすれば、人類最強の姪にしかできないだろう。

 あの子なら瘴気なんてさほど気にしない。うん……さほどね。


 そうして、瘴気を警戒しつつ、バズゥは奥の墓場にたどり着いた。

 随分長いこと、村人どころか誰も寄り付いていないのだろう。


 足跡らしきものはあるが、獣やら、アンデッドのものと推測される。

 まともな靴を履いた人間はここ何年も訪れていないことが『猟師』の目から分かった。


 立ち並ぶ墓石は、当時のドラゴンの骨がないころに作られたもので整然と並んでいる。

 ただ、やはり手入れをされていないため、苔むし、ひび割れ───みすぼらしくなっていた。

 それでも、お座成りに作られている新しい墓に比べて幾分まともだ。

 だが、その中でもやはり、大小の違いもあるし、石のグレードもいくつかに別れている。


 バズゥはそんな当時の家庭の財力が分かる墓を横目で見ながら───この中で一番みすぼらしいその前に立った。


 ……


 ひゅぅぅ~……カサカサカサ……

 ザァァァ……


 大地を吹き抜ける風の音に、地中で蠢く大昔のアンデッドかネズミ……あるいは空耳に、

 遥か下で波が砕ける潮騒を聞きながら、その墓に手を触れる。








「……ただいま、姉さん」





 

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