第107話「拝啓、天国の姉さん───」
──……ただいま、姉さん。
風雨にさらされ、
苔むし、
うろつくアンデッドに擦られて、
──墓碑銘はほとんど読み取れないが、辛うじて「ハイデマン」の字が見える。
このみすぼらしい、小さな墓がハイデマン家の墓だった。
そして、最愛の家族───姉が眠るソレ。
そこに……かつての美しい姉がいるかのように、バズゥは静かに話す。
まるで、労わる様に墓石を撫でながら。
「ごめん。ホントはもっと早くに来るべきだったんだが……色々あってな。店とか、キナが大変だったんだ───」
持ってきた酒と水、
ちょっとした食べ物や菓子などを供えていく。
自身も、小さな瓶から
そうして、近日に起こったことを報告していった。
戦場から逃げ帰った事、
店の事、
キナの借金の事、
アジの事、
冒険者の事、
キーファの事、
フォート・ラグダの事、
ヘレナの事、
冒険者組合の事、
ハバナの事、
メスタム・ロックの哨所の事、
キングベアの事、
大砲に撃たれて死にかけた事、
ファーム・エッジの事、
ザラの事、
ポート・ナナンが襲撃を受けた事、
台地での決戦の事、
借金がなくなった事、
今日墓参りに来た事、
「ここ数日でホントに色々あったんだ───」
だから、遅れてゴメンと……
これだけ話すのにも随分と時間をかけてしまった。
そして、一番話さなければならないこと、
カサっと、背後で足音がする。
台地を吹き抜ける風に乗って、その音源からの香りがフト鼻腔をついた───
よく、こんなとこまで来れたな?
ま、今はそれより、姉さんに報告っと……
「大事な話があるんだ姉さん。エリンの事───」
拝啓、天国の姉さん、
勇者になった
叔父さん、保護者とかそろそろ無理です。
……
「エリン……強くなったよ──あの野郎に似て、な」
…
だから、俺は保護者であることは……もう必要ないと思っています。
………
でも、俺がポート・ナナンに帰った理由は、それだけじゃありません。
なので、言い訳はしません。
……………俺は、
エリンを置いてオメオメと逃げ帰ってきました。
キナに泣きついて、慰めてもらおうと………
…………卑怯な人間です。
姉さんに託された大切な娘。
俺の最愛の家族───
彼女を一人戦場に置き去りにしました。
確かに、
確かに!
俺の姪は最強です。
人類で一番強くなりました。
大きくなりました。
とても美しくなりました。
もう、一人でも生きていけるくらいに───
でも、
エリンはまだ未成年………
小さな女の子であることに変わりはありません。
今は、後悔しています。
一人帰ったこと、
ろくに話し合いもせず帰ったこと、
これ幸いと──逃げ帰ったこと………
後悔しています。
悔やんでいます。
悔恨しています。
話したい、
慰めたい、
抱き締めたい、
謝りたいし、怒られたいです。
一度は見捨てて逃げたけど……会いたいです。
謝りたい、
話し合いたい、
強くありたい、
でも、悔恨………それだけが、本心ではありません。
俺は、ただエリンに会いたい───
一人の人間として、
一人の家族として、
一人の男として、
あの子に、……あの子に!
……もう一度、会いたい───
だから、
だから!
また……エリンに会いに行こうと思います。
あの子に保護者はもう必要ありませんが、
家族は必要だと、
───そう思っています。
「だから、姉さん───」
スっと、バズゥの
ゆっくりと
───花、か……気付かなかったな。
女性ゆえの気配りだ。
墓参りには花……そりゃそうだ。酒じゃないわな。
チラっと目を向けると、キナと目が合う。
最初から聞いていたのだから、改めて言うまでもない。
彼女が小さく、静かに頷いた。
だから、姉さん───……俺はまた、エリンに会いに行きます。今度はいつ戻れるか分かりませんが、きっと、エリンと帰ってきます。
もう一度───ここで、
……ここで家族と会うために、
「だから、姉さん……バズゥ・ハイデマン───また、」
いってきます───
その言葉を聞いて、キナがキュウウウゥゥゥ……とバズゥの服を掴んだ。
キナは、
キナは…………
分かっていながら、
覚悟していながら、
予想していながら、
その言葉が出ることを───知っていながら、
そう──
バズゥが、
また……いずれ出て行ってしまうことを知っていながら───
その言葉を聞くのを恐れていた。
ひゅぅぅ~……
サァァァァ──
カサカサ……
ザァァァァ……
ドォォォォ……
……
「帰ろうか、……キナ」
その言葉が、とても───
「う゛ん゛」
……ポンポンと、涙声のキナの頭を優しく撫でながら、
近くの墓石で、同じく供え物をし墓碑銘を愛おし気になぞり──墓を参っているアジを見つけた。
そして、申し合わせたように、頷き合い。
一度だけ墓を振り返り───
バズゥ達は墓場を、
台地を降って行った。
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