第105話「だから、負けない」

「ん…? んお!!」


 アジの背で覚醒するバズゥ。

 歩みはそれほど早くはないので、揺れが少なく……ともすれば、また寝てしまいそうだった。


「お、目ぇ覚めたか?」

 グリっと首だけで振り返ったアジ。その背中は広いが───

「魚臭くて寝れたもんじゃない…」

 背負われておいて酷い言い草だ。


「ケッ! 口の減らねぇガキだ。…おら、目ぇ覚めたなら降りろ」

 キナちゃんはとっくに自分で歩いてるぞ、と──

 ブルブルと猫が水滴を飛ばす様に体を揺するアジに、

「言われんでも降りるわ!」

 あーくせぇ…と、わざとしかめっ面を作って降りる。


「バズゥぅぅ…」

 キュっと服を掴まれ、その抵抗に気付いたバズゥが見下ろせば、キナが心配そうな顔でバズゥを見上げていた。

「キナ……」

 上手く髪で隠しているが、顔がただれているのが見えた。見えるところであれだ……他はもっとひどいかもしれない。


 記憶を失っていたわけでもないので、自分のしたことをバズゥはちゃんと認識していた。

「その……スマン」

 

 ???


「どうしてバズゥが謝るの?」

 キナは本気で分からないと、可愛らしく首を傾げる。

 その頭をグリグリと背後から乱暴に撫でるのは、オパイ性人ことジーマちゃん。

「男心って奴よ~」

 ねっ? とバチコンとばかりに悪戯っぽくウィンクしてくるキョヌージーマにイラッと来るバズゥ。


「テメェにゃ関係ない」


 ちっとも役に立たない冒険者ぼんくらどもにやりくるめられると、反射的に言い返したくなってしまう。

 実際、観客以上の役には立っていないし…


「んなことより、オラっ」

 ポンと、バズゥの頭に突き付ける様に証文を渡すアジ。

「ま、よくやったんじゃないのか?」

 ニカッっと威勢のいい笑顔を見せる漁師のそれに、バズゥは一瞬呆気に取られるが…

 突きつけられた証文を見て、そうやく事態に思い至る。

「……借金が…消えた?」

「そーいうこったろうな? 俺は字ィ読めないからよく知らんが」

 それが大事なもんだってことは分かる、と締めくくった。


「あー…こんな紙切れが価千金───キナの値段だとよ」

 これに、キーファの血判をあわせれば、正式に書類の権利はハイデマン家のものだ。

 キナに傷を負わせてまで得るほどの物かどうかは知らないが……

「なーに暗い顔してんのよ…?」

 証文をつかみ取り、ジッっと物思いにふけるバズゥを見かねたジーマが、

「この子くらいの傷なら、チョイチョイ~のちょいよ?」

 見ててね~、とばかりにジーマが回復魔法を唱える。

 フワァ…と明るい回復光がともり、

「え…? あの」

 ちょっと困った顔のキナがジーマとバズゥを交互に見る、

「ジッとしてなよ~」

 ポワワ~と光る回復魔法を行使して見せ、キョヌーに有るまじき有用さを見せるジーマだったが、

「お金ないです…」「金はねぇぞ」

 と、にべもなく・・・・・言い捨てる二人に、ズルっと周囲がずっこける。


 引きった顔のジーマは、

「いや、流石にこの空気でお金寄越せとかいわないわよ!」

 と、言い募るが───

「お前銀貨、うん十枚とか平気で言うじゃん?」

「ジーマさん、お金とるので……」

 と、今までの悪行がビシバシと表面化して冷や汗ダラダラのジーマ。なんかもう本人もバツが悪いの通り越して、恥ずかしさで顔真っ赤っか。

「う、うるさいわね! 云十枚も取るなんて流石にいってないわよ!」

 ポワン! と、仕上げー、と魔法を行使した後は、自前のローブを被って顔を隠してしまう。


「あんまし揶揄からかってやるなや…」

 事情は知らんがと、アジは頭を掻きつつジーマを庇う。

 いずれにしても、ありがたい…

「傷……治るんだな?」

 クイっとキナの顎を掴んで上を向けさせると、傷を確かめる。

 ───何故かポーと顔を朱に染めたキナ。……なんでやねん?


 傷は、と言えば……そこには、いつもの美しい白磁のような肌があるだけで、ただれた後はもうどこにもなかった。

 ……やるなぁ、キョヌー。

「あったりまえでしょ~! 世紀の大魔法使いジーマ様の手にかかればこんなもんよ!」

 ガバっと、ローブから顔を出すと、デッカイ胸を張ってあっという間に機嫌の直るおひと

「へーへー……ありがとさん」

 肌の質感を確かめるべく、スベスベと撫でる。まるで、猫のように、手に肌を擦り付けるキナ。

「キナ……無理するなよ。下手すりゃ死んでいたかもしれん」

 お前も………キーファも、な。

「……バズゥのことだもん…、お金のことで人を殺すようなことは絶対しないよ」

 撫でられてウットリと目を細めたキナが、バズゥをずっと見上げる。

 そのキラキラの目───

「ん……む──だが、な。殺してもいいとさえ思ったのは──……事実だ。金ってのもあなどれないんだよ」

 エリンと共に戦場を駆け抜けるまでの過程で、バズゥはこの村を出て世界を見た。


 ───見知った。

 

 そこは、想像以上に過酷で、

 腐って、濁って、

 汚ないところだった。

 田舎にいるうちは、そこまでお金に拘りもなかったし、なによりもそれなりに生きていくことができていた。

 だから、お金の重要さ、魔力、怖さ───



 それを知らなかった。



 だから、徐々にそれを知るようになるまでは、無造作に送金なんて手も取っていたのだ……

 それはつい最近まで変わらなかったが、

 キナのことや、様々な経験から嫌というほど知ることになった。

 むろん、それはキナも同様。

 お金についての認識の甘さと、無理解が今回の借金騒動であったと言える。


 まだ完全に終わったわけではないが、権利は全て手に入れた。

 あとは、これを正式に役場に持ち込み、失効させればよい。


 いまや、3者の内2者の合意は得ている。

 ならば、最後の一人───キナ・ハイデマンの合意があればそれで終わりだ。


「……終わったな」

 ポツリと証文の束を握りしめたまま終わりを告げる。

「……うん」

 キナもまっすぐにバズゥの目を見て言う。





 そして───





「これで、ようやくエリンと向き合える…」


 その言葉を受けて、キナがハッとした顔をする。

 まるで、有罪判決でも受けた被告のように……


 その様子に気付かないバズゥは天を仰ぎ、あの島に想いをせる───


 そうだ。

 これは始まりに過ぎない。


 いや、

 始まりですらない。

 ちょっとした足踏み。

 帰郷したら……ままあるトラブルみたいなものだ。


 まったく……


「とんだ帰郷になったもんだ」 

 うー…、ゴキゴキと肩を回して体の痺れとダルさを取り除く。

 傷は綺麗に消えていたが、全体的にだるさがある。

 スキルの限界使用による副作用と言ったところか………


 全力疾走にのよる疲労と、

 馴れない座学を丸一日受けた時の精神的な疲れ、

 ──その中間といったところだ。


 ようするに、

 家に帰るのも一苦労といった感じ。


 服もボロボロだし、なんか臭うし……見っとも無いったらありゃしない。

 っていうか、そういや家もグチャグチャだった。


 当分、再建に追われるかもな。

「帰ったらまず片付けだな」

「……そうだね」

 なぜか、少し寂し気なキナ。

 バズゥの言葉のどこかに何か琴線に触れるものがあったようだ。


 …キナ?

 

「───その必要はないわ」

 と、キナの目を覗き込み、感情の揺れの真意を確認しようとしていたバズゥに掛けられる声があった。

「……ヘレナ」

 てめぇ……と冷たい目で、台地を下ってくる女性を見た。

「ヘレナさん……」

「言いたいことは分かるけど……私を責めるのはお門違いよ?」

 平然と、向けられる視線を受け流すヘレナ。

 しかし、バズゥはヘレナの手が小刻みに震えていることを見抜いていた。…なんだかんだ言っても、ヘレナも若い女性だ。

 女傑じょけつには違いないだろうが…別に鉄の機械というわけでもない。

 熱く、赤い血の通った一人の人間なのだ。


 …たしかに言いたいことはあるが、

「…で? 必要ないってのは?」

 それでも、やはり思うところはある。

 冷たい視線はそのまま、取りあえずヘレナの話に乗ってやるバズゥ。

「店に残ってる冒険者たちに、片付けを命じておいたわ…熊の解体とあわせて、遺体の供養も進めているわよ」

 何でもないように言うが、あの状況で片づけを命じられるとはな……

 バズゥらが確実にキングベアを仕留めるという確信がなければできない真似だ。


 ──普通なら逃げる。


 実際、村の重鎮であるハバナは早々に逃亡を選んでいるくらいだ。

「そうか、ならありがたく店に戻らさせてもらう」

 …てめぇへの追及は後だ。と、言外に言い置いてきつく睨みつけておいた。

「えぇ、すぐに営業も再開できるでしょうね」

 …フ、と不敵に笑って見せる言い方。

「営業だなんて…そんな…」

 キナは少し困った顔でバズゥとヘレナを交互に見る。

「あら? こんな時だからこそ依頼クエストは沢山来るのよ? もう、私達が手を入れる必要はないから、あとは──」

 チラっと、カメやキナを流し見る。

 言い方からしてまるで…───


 ………


「金の回収はうまくできた…だから、フォート・ラグダに凱旋がいせんするってところか?」

 なんとなく、挑戦的なヘレナの言い方に、あとに留めようと思っていた追及を今せねばならない気がした。

 機を逃せば、この女はポート・ナナンを去るつもりだろう。

「そうね…ここにいる必要性は、もうほぼないわ? 『経営の立て直し』もできたことだし」

 ……なにが経営だ。

「もう、ギルドを続ける必要なんざねぇよ」

 借金はもう消えたも同然───キナを縛るものはない。

 もとの酒場に戻るもよし、

 キナが望むならギルドを経営してもいいだろう───

 あるいは……


「好きになさい? 私にはもう───」

 関わりのない事。…そう言ってバズゥ達の一団を抜け出て、一人村への道を帰るヘレナ。


 バズゥや、キナ、アジは微妙な表情だが、

 冒険者たちはなんとなく、ヘレナの気持ちを分かるような神妙な面持ちだ。


 ケッ…


 ギルド関係者にゃ、ロクな奴がいないな……

 態度もオパイもデカイ………キナ以外な───バズゥ!!! はい、すみません。


 去り行くヘレナの背中を見送ると──

 ふと思いついたことが、

「おい…ヘレナよぉ? お前……なんで俺を守ろうとした? 金だけが目当てだったのか?」


 数日前、バズゥ自身は気絶していて覚えていないが、フォート・ラグダでのやばい局面をヘレナは守ってくれたという。

 それに、キナの借金のことも───実際には、かなりの恩情面も見れる。


 行動だけを振り返り──

 別の視点から見れば、冷酷な守銭奴の一面もあるし、

 好意的に見れば、身を挺して守ってくれた事もある。

 それらは、人情味あふれる面もあるように………


「お前は、一体何がしたかったんだ」


 結局ヘレナの真意が掴めない。

 聞いたところで語ってはくれないだろうし…美辞麗句びじれいくを並べられたところで聞くにえない。


 …結局は人間は知りたい情報、

 信じたい情報、

 聞きたい情報しか、聞かない。

 

 だから………


「私が何かを言って、……信じてくれるのかしら?」


 そうだ───


「いや……やった事実しか俺は聞かん」

 聞かんが……聞きたくないわけでもない。

 感情的なことは、また別の話だ。


 誤解は───

 誤解は、本当に辛いからな……


 すれ違いも、

 勘違いも、

 誤解も、


 ………それで、終わりにしてしまってはいけない気がする。

 

 俺は、間違いばかりしているからな。

 

「なら話すことは───…!! ハイデマン!!」

 振り返ったヘレナが驚愕の声を上げる。





 その視線の先───

 




 バズゥの銃───「奏多かなた」を持った………

 キーファがいた。



「ハぁぁぁイデマぁぁぁぁぁぁぁぁぁン」



 ジャキリと構えられる「奏多かなた」には、そう───

 最後の弾丸が込められている。


 キーファに突きつけ、降伏をうながおどしに使おうと思っていた、終わりを告げるはずだった弾。


 それが、この場で…!


「しつこい野郎だ」

 あのまま、くたばって気絶していればいいものを───


「まだだ! まだ終わってないぞぉぉぉ!!」



 いいや、

 もう終わりだよ。



 ……証文はここにある。

 戦いは既にケリがついた…


 キーファの意地を除いて。


「キーファ! いい加減になさい! これ以上の戦いは決闘でもなんでもないわ!」

 そう、決着はついた───

 古式の則り、バズゥはキーファを打倒した。

 何でもありの戦いだ。証人がいる以上、誰もバズゥの負けなどとは言わないだろう。


 卑怯などと糾弾きゅうだんされるいわれれもない。

 キーファとて言わないだろう。


 だが、もはや今のキーファに言葉など届くはずもない。

 台地の上、狙いやすい位置から「奏多かなた」を構えるキーファ。

 狙撃に慣れ親しんだものならわかる。


 キーファの位置取りは最適だ。

 撃ち下ろしの関係上、弾の伸びもいいのだから…外すのは素人くらいなものだろう。


「は、はハイデマン……貴様だけはぁぁぁ!」

 もはや、正気などどこにも見れない。

 まるで急速に老化したかのようなキーファの見た目。

 禿げ上がった頭に、爛れた肌……全身は枯れ木のようだ。


 それでも、貴族のたしなみだという騎兵銃カービンの射撃術──それを会得しているらしきキーファの射撃姿勢は、中々どう・・に入っていた。


 一方のバズゥは、完全な丸腰。


 体とて万全ではない。アジに預けた鉈を受け取ってもこの状態では勝ち目はないだろう。


 キーファの現状は、

 もっとも有利な位置取りで、狙撃。

 距離もある。


 皮肉にも、バズゥ本来の戦闘スタイルだ。


「キーファよぉぉ……目ぇ見えてんのか?」

 バズゥでさえ、疲労と戦闘後の緊張解放により、まともに動けないうえ視界もぼやけている。


 それが、『山の神』にまともに飲み込まれたキーファならどうだ? おまけに強化薬ブースターの影響で底上げしているとはいえ…いつまでも無敵でいられるはずもない。


 急激に効果は目減りしているはずで、むしろその反動が彼の体を蝕んでいるはずだ。


「バカにするなぁっぁぁぁぁ!!」


 フラフラと銃口は揺れているが…その狙いはバズゥを捕らえて離さない。

 ヘレナが気付かなければ、後ろからズドンと撃つつもりだったのだろう。それくらいで、ヘレナを許したり、見方を変えるつもりはないが───


「キナ……離れてろ」


 ここで恐ろしいのは誤射だ。

 あるいは、イカレたキーファがわざとキナを狙わないとも限らない。

 奴の性格からして、今狙うとすればバズゥか、キナ…そのどちらかだ。


 アジや、ヘレナ、冒険者ぼんくらどもを撃つ意味はない。


 捨て身のキーファは、唯一の武器で一発だけの弾──それを向けるには、取捨選択するしかない。

 目撃者を全部殺すことはできないのだから、キーファの狙うべきは、心中相手しかない。


 愛しい者か、

 憎しい者か、


 どちらかだ。


「バズゥぅぅ……」

 

 抱き着こうと近づくキナを留める。

 最悪なのは二人同時に撃ち抜かれることだ。


 ───「奏多かなた」ならそれも可能。

 それだけの威力と口径。

 それは、キングベアすら仕留める大口径の猟銃……


「いい加減、このバカ騒ぎも仕舞しまいにしようぜ」

 キーファが撃たないのは、バズゥが丸腰だと知っているからだ。遠距離での反撃の可能性を考えるなら接近して必中を期すだろうが───

 現状、

 バズゥに取れるのは弾をかわしての、肉薄しての反撃しかないと知っている。だから最適距離から狙うのだ。


 そうだ───


 お前はそれが最後の武器…

 だが俺は違う。





 俺は異次元収納袋アイテムボックスを持ち歩いている。

 ここにはあるんだよ……



 ───俺の、

 俺の昔の銃がな。



 「奏多かなた」と「那由なゆ」を新調する前まで、バズゥは別の銃を使っていた。

 王国軍での訓練も、連合軍のシゴキもその銃で乗り越え───軍に入る前までは、バズゥの銃としてこの地での狩りに使っていた懐かしい……愛用の銃。


 ファーム・エッジ製のもので──村で親交のあった「ザラ」に作ってもらったバズゥの古い銃だ。

 必要に迫られて、シナイ島で闘い抜くために銃を新調したものの、当然、愛用していたかつての相棒を捨てられるはずもなく……異次元収納袋アイテムボックスに眠らせていた。


 出てこい……俺の、かつての牙よ───


 異次元収納袋アイテムボックスを傾け、キーファに怪しまれないように、探す───あった!


 雑多なものに混じり…それはあった。

 懐かしい武器。

 いや、そもそも武器ではない。『猟師』の仕事道具として、長年愛用したそれ。

 一度は俺の腹すら撃ち抜いたそれ──


 捨てられるものかよ………


 突然、バズゥに手に現れたその銃に、いち早くキーファが気付く。

 自分も専用の異次元収納袋アイテムボックスを使っていただけに、気づくの早い!


「ハイデマン! させるかぁぁ!!」


 この道は台地と村をつなぐ狭い道。逃げ場などなく、狙撃手に高所を抑えられればそれだけでのものに有利になる。

 だが、それでも動きようはある。

 銃は強力だが、狙いは点だ。

 動く目標に当てようと思えばそれなりに訓練とコツが必要になる。


 空を飛ぶ鳥に当てようと思えば一粒弾スラッグなどではなく、散弾バードショットを使うくらい。


 点で点を狙う・・・・・・のは、恐ろしい神業が必要になる。

 だから、バズゥは走った。

 知っているからこそ、走り──逃げ隠れする。


 手にした古い猟銃を手に、台地をつなぐ道ではなく、台地を作る山々の木々が繁茂はんもする路外へと──


「臆したか! その銃にも、貴様にも………既に弾などないことは知っているぞ!」

 キーファとて、バカではない。

 バズゥの弾が尽きていることは、先の戦闘で看破している。


 もしかして異次元収納袋アイテムボックスに入っている可能性も考慮しているだろうが(実際に探せばあるだろう)……

 バズゥがその動きを見せない以上、弾がもうないと確信に至っているらしい。


 だから、銃を手に──みずからも森に入りバズゥを追う。


 木々が邪魔をして狙えない以上、至近距離で仕留めるしかないのだ。


「だったら、かかって来いよ! いい加減テメェに付き合うのはうんざりだ!」

 挑発。


 キーファならかかる。絶対に。


「抜かせ貧乏人がぁぁぁぁ! 手前テメェにキナさんは勿体もったいねぇんだよ!」

 ……かかった!


 ズザザザ、という葉っぱをこする音が響く。

 バズゥもキーファも……体力的にどちらもきついが、駆け降りるキーファのほうがまだマシなのかもしれない。


 一方でバズゥは、派手な音を立てて木々を揺らしているが、そのじつほとんど動いていなかった。


 これは、音による欺瞞ぎまん行動。

 キーファを誘う罠だ。


 『猟師』相手に、


 銃で、

 

 山で、


 森で、





 ──かなうわけねぇえぇだろうが!!!




 人知れず、感情の爆発を飲み込んだバズゥは、

「弾ならあるんだよ───」

 ポケットに突っ込んだ手、

 そこには、フォート・ラグダ双剣章から折り取った小さな剣の飾りがあった。

 キングベアに撃ちこんだ勲章の余りだ。


 木々の間から漏れる陽光に透かし見ると………キラリと飾りが輝いた。

 コイツが欲しいんだろ?

 キーファよぉ………


 ──くれてやるぜ。


 ………

 火薬はまだある、

 ならばあとはこれを銃に突っ込むだけ。


 

 古くとも、バズゥが手にする猟銃は、昔愛用していただけにしっくりと来る感触。

 流行りの燧式フリントロックが性に合わず、火縄マッチロックこだわった、それ。


 弾はなくとも、その他の器材は使える。

 奏多や那由とは、作りこそ異なるものの───

 口径がデカかろうが、

 オリハルコンだろうが、

 付属の火縄や火薬に、ストッパー用の綿なんかは共用できる。


 だから、銃と弾だけあれば、それで戦える。


 バズゥは、ようやく『猟師』としての戦いに臨むことができた。


 皮肉にも最後の最後で───


 これか俺の本来の闘い方だ。

 キーファ、よく見とけよ……


 『点火』

 

 バズゥ火縄鋏に挟んだ火縄に点火する頃。

 キーファも森を迷走しつつあったが、なんとかバズゥに近づきつつあった。


 有利な距離を捨て、至近距離で確実に仕留めるために……


 ハイデマン………

 ハイデマン………

 ハイデマン!!

 と───


 互いに一発だけの弾をもって、銃には不利な森の中で……


 ──二人は、木々を挟んで向かい合う。


 見通しの利かない森で、最後の闘いをするために──


「もう、幕にしようぜ…キーファ」

 そして、バズゥはキーファを見る・・・・・・・


 木々に邪魔され、暗く鬱蒼とした森の中で───キーファを見つける。


 彼がバズゥを探して、迷走している姿を見つける………


 ここは自然の林、

 複雑な植生を見せるポート・ナナンの山の森。


 しかしして、光量は弱いものの……確かに、陽はそそいでいる。

 風も通る。

 植物は壁などではない───


「つまるところ……見通しが全く利かないわけじゃないんだよ」

 スーと、不自然にならないように──さりげなく体を低く、小さく動かす。


 ──射撃姿勢。


 木に体を委託いたくし、負い紐を腕に巻きつける。

 荒い息と疲労が体を揺らし、照準がブレるが───


 木々の隙間すきま

 草葉の間隙かんげき

 一本の射線しゃせん───……


 馴れた、

 迷いのない動き──


 あとは、


 狙撃ポイントを決めて、獲物が通るのを待つだけ……

 『猟師』のバズゥ、本来のスタイルだ。


 そして、ポイントというには、あまりにも狙い易すぎる射線に、キーファが無造作に飛び込んでくる。

 それはもう、狙ってくれと言わんばかりに───


 動き、

 走り、

 隠れるキーファも、………バズゥの目からは丸見えだ。



 ……いい加減、終わりにしようや? キーファ。



 お前は勝てると思い込んでるかもしれないが…

 『猟師』に、

 銃で、

 森で、

 山で───


「勝てるわけないだろうが」


 ガサガサガサササと、枝葉を揺らしキーファが近づいてくる。


 そして、バズゥの待ち構える射線に、

 まるで導かれるように……───


 キーファが大きく姿を現した。

 

 直後、

 ガササ…と、大きく枝葉が揺れ、

 一度キーファの姿を隠したものの───

 


 再び、

 今度こそ……

 バサッと、無防備な姿のキーファがバズゥの目の前に全身を現す。


 な!?


 キーファも同時にバズゥに気づいたが、

「ハイデ───」

「仕舞だ」


 バァァァァッァァァァン!


 と、甲高い銃声が響く───


 そして、同時にキーファが仰け反り、口から血を吹き……ドゥ、と森の腐葉土が積もる湿った地面に───背後から倒れ伏せた。

 ──グフッ

 ガチャっ………という「奏多かなた」が転がる音が妙に響き、


 ァァァァァン…!


 ァァァン───


 ……



 と、銃声が山中に木霊こだました。


 一瞬だけ。

 世界が時を止めたような気がしたが……


 キーファのうめき声を聞いて、すぐに時が動き出す。


 足早にキーファに近づくと、その近くに転がる「奏多かなた」をすばやく確保した。


「お前の欲しがっていたほまれだよ…足して二本───フォート・ラグダ双剣章とやらだ」

 バズゥの撃ち込んだ弾──勲章の欠片の剣飾りは、キーファの胸についていたフォート・ラグダ鉄剣章にめり込んでいた。


 純金製か、或いは柔らかい素材でできていたのだろう。

 さして厚くもない勲章すら撃ち抜けず、その表面にめり込み不様にペチャンコになっていた。

 

 しかも、ど真ん中。


 丸い弾丸とは違い、いびつな形をした剣の飾り。

 これを林内で命中させるのだから───バズゥの腕こそ……既に神業の領域だった。


「運のいい野郎だ」

 自分で狙って勲章に当てた癖に、そううそぶくバズゥ。


 今度こそ完全に白目をむいてぶっ倒れているキーファ。

 油断なく、武装解除を試みて、武器がないことを確かめると、その体を背負った。

 バズゥ自身消耗しているため、かなりの重労働だったが、台地と村を繋ぐ道に出るまでの辛抱と割り切った。


「───キナに誰も殺すなと言われてるしな」

 そして、それ以上に……


「お前からすれば不本意かもしれないが、」

 気を失って聞こえていないと思い、話続けた。


 ……そうだ。

 コイツには借りが──なくもない…


「お前がいたからこそ…キナは、村の爺や冒険者の食い物されなかったとも言える」

 それだけは感謝しようと───


「たしかに、金やキナのことでテメェにはムカついているがな…それでも、だ」


 そう…それでも、だ。


 コイツが下種な欲望でキナに目をつけて、口説いていたからこそ──他のものから守られてきた側面もある。


 キナからすれば、嫌いな相手から言い寄られて気持ち悪かっただろうし、コイツの意図したマッチポンプのおかげで随分と嫌がらせを受けていたことは辛かっただろう。

 手放しに褒めるような話ではないが、キーファがいなければ実際どうなっていたか……


 いや、

 「たら、れば」を話しても仕方がない。


「俺の不在間は、たしかに、お前がいたからキナは他の連中から守られてきた。───それは事実だろうさ、」


 ただな───



「ふざ……るな」

 お? もう目を覚ましたか。



 背中で、キーファがモゾモゾと動いている。

 降ろせ! と、言いたいのだろうが───


 知らん。


「──ただな、気を引きたいからといって、嫌がらせを指示したり、借金で囲うのは……やりすぎだ」

 借金はこいつのせいばかりではないが…嫌がらせは事実だろう。


 そんなことをしているものだから、


「お前、キナに嫌われてるぞ」

 あの子は、はっきりとは言わないからな。


 キナだって馬鹿じゃない。

 薄々気付いているだろうし、お前が色々画策してたことは俺も承知している。


「ァ…ィデマ……」


 俺が思うに……普通に口説いていれば良かったんじゃないか?

 キナも辛い時に支えてくれる人がいれば、なびいた可能性はある。


 キーファのことは気に食わないが、

 それらも含めて、キナがお前を選ぶならそれでもいいさ。


 あの日───エリンを追って店を出て、戦場におもむいた時点で……ありえた話だ。


 キナは家族だが……一人の女の子だ。


 誰かを好きになるのも自然なこと。

 バズゥとて、キナをいつまでも家に縛り付けるつもりはサラサラなかった。


 それに、だ。

 俺はあの日──エリンとキナを天秤てんびんにかけて……エリンを選んだのかもしれない。


 確かに軍務ではあったし、

 保護者としての正式な招集だった。


 しかし、それは言い訳に過ぎない。

 やりようは、いくらでもあったはずだ。


 上級の騎士や、将軍───国の偉いさんが、めかけやら奴隷やら……家族を帯同していることなど珍しいことではなかった。

 覇王軍の猛威により、幾度となく、そうした後方の安全地帯が強襲され、

 いつの間にか、帯同の制度はすたれてはしまったが、

 キナ一人なら…エリンと俺で守れたかもしれない。


 ……いや、「たら、れば」を話してもしょうがないな。


 キナは落ちるとこまで落ち…ギリギリだった。

 それをコイツが───下種な欲望にすぎないが、得ようとせんがために、キープしていてくれたのは純然たる事実だ。


 タダ食い漁師達の様子から見ても、

 キーファがいようといまいと、キナの扱いは酷いものだっただろう。

 それはわかる。


 そんな中で、

 普通にキナに優しく接していれば───キナも一人の男としてキーファを見たんじゃないだろうか。


 キナもエリンも……俺の嫁じゃないし、娘でもない。

 エリンとの血縁は、半分以下、

 キナにいたっては、元は赤の他人だ。


 だから、俺のモノじゃないし、

 俺といつまでも過ごしていていいはずがない───


 もう、俺もいい年だ。


 そして、エリンとキナは美しくなり、十分に一人で生きていける……


 そう、いつかは……あり得る話なのだから。


 ……


 だが、キーファ───今のテメェはダメだ。

 キナが選ぶなら仕方がないが……


 現状……お前、滅茶苦茶嫌われてるんだぞ?


 ぶっちゃけ、だな? あの子に嫌われるのっては結構……至難の業。

 一番最初の害悪である、金を持ち逃げしたクソガキのことさえ、キナは……多分嫌っていない。


 未だに戻ってくるのでは? とか、

 何か事情があったのでは? とか、

 ──そんな、お花畑全開のことを考えてる子だぞ?


 俺ですら頭を抱えたくなるほどの───純粋というか、オミソがお花畑というか……そういう子だ。


 そこが良いとこでもあるんだが……

 

 

 ギリギリとキーファの歯軋りを聞きながら、

 ガサガサと森を抜けていく。


 森とは言っても、

 人の手が多少入っているため、害獣や未知の存在がいるような場所ではない。


 まれに、上の墓場から抜け出たアンデッドがうろついていることもあると言うが、アンデッドと森の相性は最悪だ。


 多分、どっかの木の枝に引っかかって永遠にカタカタ笑うだけだろう。


 特に危険を感じず、バズゥはキーファを担いでいく。


 意識を取り戻しているが、全く身じろぎをしなくなったキーファ。

 またぞろ面倒なことを考えていそうだが、現状で奴に出来ることは無いにもない。


 色々暗器とかを隠し持っていそうだが、それらも含めて山頂で失ってしまったようだ。

 そうでなければ人の銃を奪って最後の戦いを挑もうなんて考えないだろう。


 ったく……お前には随分悩まされたよ。


 サァァ、と太陽の気配───側方光を感じる。

 ようやく森の切れ目。台地と村を繋ぐ道に出たようだ。

 

 ガササササと、密集した下生えを抜け出ると、驚いた顔のアジたちに遭遇する。


「バズゥ……おめぇ! ぶ、無事か? 無事だよな……」

 背負われているキーファにチラリと視線を向けつつ、アジが気遣う。


「あぁ、大事ない。少々疲れたから……持ってくれ」


 片手しかないというのに、アジは力強く頷きヒョイっとキーファを担いでしまう。


「ハイデマン……覚えていろ……」

 呪詛じゅそもかくやと言わんばかりの怨嗟えんさたっぷりの声。



 やれやれ…しつこそうだ───こいつは……



「バズゥぅぅぅぅ」


 荷物と化したキーファをアジに預けると、まるで子猫のように飛び込んでくる小さな影。

 ガバチョを抱き着いてくるのはキナだ。


 このシーンが、帰郷してから何度あったことか……

 グーリグリと頭と全身でバズゥを感じているキナに───


「暑いぞ、キナ」


 キナちゃんや、周囲に誤解されるからやめたまい。

 君も嫁入り前なんだから、オッサンにくっつくんじゃないよ?

 つーか、鼻フンフンやめて…オジサン、今超臭い自信あるから。


「アナタの鈍感っぷりも大概よね」

 フ…と自嘲気味に笑うヘレナ。

 あらま? アンタ……帰って無かったんだ?

 キーファの闖入ちんにゅうにより、帰るタイミングを逃したのか、ヘレナも律義にバズゥ達の帰りを待っていたようだ。


 銃一丁に弾一発で、早々人殺しなんてできるものでは無かろうに……

 誰もが、森に響いた銃声にどちらかの終わりを想定していたようだ。


「よく殺さなかったな?」

 アジは少々不満げにキーファを見ているが、

「ま、お前ならそうするわな」

 ニッと笑い、キナとバズゥを見比べる。


 そして、「キナちゃんがいる前ではしっかりと大人やってやがるぜ」と、ボソリと呟く。

 ───おい、おれは十分大人でオッサンだっつの!

 と、睨んでやれば視線だけで、「ガキだろうが…」とまぁ、余裕綽々よゆうしゃくしゃくに笑い返される。


 ち……かなわねぇな。


「帰ろ?」

 キナがバズゥの腹に顔を埋めたまま、ポツリと呟く。


 

 ……そうだな。



「帰る、か……」


 ふと、キナに帰ろうと言われて───思い浮かんだのが、キナとエリンがボケらー……として食卓で待っている姿だった。

 それは、店というよりも……あの二人のいる空間を指しており───明確に、バズゥにとっての帰宅とは、家ではなく家族の元であるんだなと、シミジミと感じる。


「帰ろうか」

 グシグシと、キナの頭を撫でてやり上を向かせると、見つめ合う。


「うん……」

「ただいま」


 ただいま、か……そういえば、先日メスタム・ロックに──哨所の確認の依頼クエストのために赴いて以来、言ってなかったな、と。


「おかえり」


 ニコリとほほ笑むキナ。

 バズゥの「ただいま」はいつもタイミングずれだ。


 だけど、と───


「バズゥは……いつも、きちんと、ちゃんと───言ってくれるね」


 お帰り、バズゥ。


「挨拶は、基本だ」

 と、素っ気なく返すバズゥ。

 冒険者ぼんくらどもと一緒にしてもらっちゃ困る。


「な、なんで、そこでこっち見るのよ?」

 ジーマが、くっつくキナとバズゥを黒い顔で睨んでいたが、突然バズゥにジト~っと睨まれて慌てて顔を振る。


「あー、ウチの借金は晴れてなくなったわけだ、けどな……」


 大事なことは早いこと言ってしまおう。






「お前らの借金は消えてないからな?」






 …………



 ……





 だーらだらだら……



「ん? どしたん、そんなに汗かいて? もっかい言う?」






 イヤァァァァァァァァァァァァ!!!





 はっはっはっはっは!

 有耶無耶うやむやにしようたってそうはいかない。

 きっちり、しっかりと、ね。

 バズゥ・ハイデマンは───いつも、きちんと、ちゃんと請求しますよ?


 ───バズゥぅぅ……



 はっはっは!





 無ぅぅぅぅぅぅ理ぃぃぃぃぃぃぃ!!





 はっはっは。働け若者よ。

 はっはっはっはっは!






 い~~~~や~~~~~~だ~~~~!!!




 とかなんとか、高台から木霊す多数の冒険者の呪い節がポート・ナナンに勝鬨かちどきの様に響いたとかなんとか。





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