勇者小隊10「プラトゥーン(後編)」

「がんばれよ~若者ー」

 うひょー、とか言いつつミーナにすがりつき、引っぺがされているファマック。

 あんな成りでも、薄い障壁シールドを展開し、多少なりとも狙撃魔法を誘発している。


 その隙にクリスとゴドワンの乗る精霊一角馬は走りだした。


 エルランはその陰に入り、狙撃魔法を避ける。…さすがに3人乗りは厳しい。


「いけるか!」


 ズガァン、ボォンと絶え間なく着弾する狙撃魔法。

 その密度が濃くなり、…それが敵の焦りを感じさせた。


「見えた! 敵将! ビランチゼットぉぉ」

 叫ぶゴドワン。


 その視線の先に、確かに小柄な人影がある。

 周囲を精兵に囲まれているため、余計に小さく見える。


 ビランチゼット達は、陣地移動のため、包囲網を形成する一個小隊の外側を駆けているが…

 ──追いつかれたことを悟り、すぐさま逃亡を中止し、抗戦の構え。


「腐っても八家将! 油断するな」

 エルランの声に、

 言われずとも! とゴドワンにクリスが応じる


 ビランチゼットの周囲にいた精兵が狙撃魔法を放つ。

 それも、やはり連発はできないようだ。


 一人が放った魔法が、クリスの「聖域結界サンクチュアリ」に命中し、爆炎をあげるが…防がれた。


 それが最後だったのか、次々に魔法発動の構えに入る精兵たち。───件の古魔導コマンドウ部隊だろうか。


 筋骨隆々で揃いの軽鎧に身をまとい、魔導士でありながら剣をいている。


 その兵に囲まれたのは小柄の人物。

 薄い青のローブの身を包み、姿はその中に包まれているが…かなりの小柄であることがうかがえる。


 そして、ビランチゼットの前面には、包囲網を形成する覇王軍の歩兵達が勇者小隊の前に立ち塞がる。


 彼らも彼らで弱兵などではない。

 包囲網の内膜に取りついた勇者小隊に真っ向から立ち向かう構えだ。


 その後ろに陣をはったビランチゼットが、存外高い声を張り上げ指揮を執っている。

 …かなり年若いのかもしれない。


「くく…まさか、八家将にこんなのがいたとはな」

 油断するなと言いつつ、「コイツなら勝てそうだ」と顔に書いてある様子で、エルランはのたまう。


「油断だぞ、エルラン…数は敵軍が上。その上、覚悟もうわ回るとなれば……負けるぞ」

 クリスの叱責など知らぬとばかりに───


 でぇぇぇぇぇい、と。曲刀を一閃。

 覇王軍の小隊にブチかます。


 重装に身を包んだ兵が、面白いくらいに真っ二つに切り裂かれる。

 胴が上下に別れてドサリと背後に倒れた。が──


 エルランのスキルを防いだ者も多い!


「雑魚の割に…やる!」

 

 エルランが驚きに顔を染める。


「油断するなと、言った」

 クリスが結界を解き、

 精霊一角馬から飛び降りざまに大剣を振り下ろす。

 

 ズガァァンと小さなクレーターができるほどの一撃に、直撃した覇王軍将兵が粉みじんに吹き飛ぶ。

 しかし、攻撃の延長上にいた兵は剣を防御の構えにし、両手で防いでいる。


「こいつら…やる!」

 驚きの声。クリスをして油断していたのかもしれない…たかだか一般兵だと。


「八家将…ビランチゼット直率じきそつの兵だ。雑魚のわけがなかろう!」

 両の手に持つ細身の剣とナイフを巧みに振り、敵歩兵の中に躍り込んで──ザクザクザクゥゥと、急所を突き確実に仕留めていくゴドワン。

 普段の重装の彼からは想像もつかないほどの早業だ。


「半分取ったぁぁ! 行くぞぉ!」


 部隊が半分以上死傷したというのにまだまだ意気軒高な覇王軍の小隊。

 小さな飾りのついた兜の兵が小隊長らしい。


「なるほど…こうして、部隊の長すら目立たぬようにしているのか…覇王軍、やる」

 ゴドワンがその兵と相対する。


 その隙に、エルランとクリスは次々に周りの兵を片付けていくが、大雑把なスキルでは早々に仕留めきれないことが分かり、牽制に留めて一人一人確実に仕留めていく。


 覇王軍の小隊長は、手慣れた動きで剣を抜くと──左手に小型のボウガンを構える。

 迷いのない動きは歴戦の兵であり、自分の得物が体に馴染んでいることを承知しているものだ。

 彼は、

 小隊の指揮官でありながら、戦闘もかなりこなしていることがうかがえた。


「参る!」

 ズダァンと一歩目を踏み込んだゴドワン、

 そして、彼にボウガンを指向した覇王軍小隊長。


 ──だが、反射的に身を反らしたゴドワンだったが、


 この動きは、──まずい!!


「ブラフか!」


 直前で気付いたゴドワン。案の定、ボウガンは発射せず──

 身を反らしたゴドワンのよける位置を予測して、剣を突き出す。


 こっちが本命か!


 剣による一撃も、鎧を脱いだゴドワンには危険な一撃だ。


 すばやく細身の剣とナイフを交差させて防ぐ。

 ──が、その動きもまた予想されていたらしい!?


「ぐぅ!」


 辛うじて受けた剣には力が入っていない。軌道修正前提の一撃だ…

 覇王軍め! やるじゃないか! 

 つまりぃぃ……


 ──ブラフのブラフ!


 本命はやはりボウガン。

 ……かわせん!!


 ドシュっと、放たれたそれ───


 ギィンと鈍い音がして、腕に固定していた丸盾バックラーに突き刺さる。


「ぐ、毒矢だと…」

 突き刺さった腕に激痛が走る。

 それは、丸盾バックラーにより威力を減衰され、薄皮一枚に突き刺さった矢そのもの・・・・・による激痛の──それではない。


 やじりに、出血毒の何かが塗り込まれていたのだろう。


「ぐぅぅ!」

 剣を放り出すと、矢を引き抜き…腕を守っていた丸盾の位置をずらして傷口より高くした。

 ギリキリと、その部分で固定バンドを思いっきり絞めて毒の流入を防ごうとする。


 しかし、血流にのった毒はすぐに全身に回るだろう。


 毒消しはもっているし、神殿騎士パラディンのクリスなら魔法やスキルで解毒もできたはず…

 だが、この目の前の敵がそんな隙をくれるはずもない。


 放ったボウガンを惜しげもなく捨て去ると、剣を両の手に持ち── 一気に突きあげる。


 ゴドワンは捨てた武器にはこだわらず、周囲に落ちている覇王軍の武器を見繕みつくろう。

 バックステップで一撃目をかわしざまに、落ちていた槍の石突きを踏み、反動で跳ねた槍を掴むと構えた。


「やるな…時間があれば名乗りを上げ、心行くまで戦い所だが───」


 その時間がない! と、

 毒を受けて力の入らなくなったその手を前に出すと───覇王軍小隊長の剣をガシリを掴んだ。


 当然、パパパパン! と面白いくらい指が跳ね飛ぶ……が、ゴドワンはそれがどうしたと言わんばかりに、自分の手のひらにざっくりと剣を突き刺さす。


 その動きに驚愕きょうがくしたのは、当然、覇王軍の小隊長だ。


 その顔に、


「見事なり!」

 ズガンと槍を突き刺す───


 ドサリと覇王軍の小隊長が倒れた時には、エルランとクリスも覇王軍の小隊を殲滅せんめつしていた。


 しかし、楽な戦いではなかったようだ。

 肩でゼィゼィと息をするエルランに、

 際どい一撃を受けたらしいクリスは、鎧の敵のナイフが突き刺さっていた。


「消耗しているとはいえ…ここまで苦戦するとは…」

 ナイフを抜きゴドワンに投げ寄越すと、


 キッと、覇王軍小隊の背後で陣を敷いたビランチゼットを見据える。


 すでに戦いの構えはできていた。


 古魔導コマンドウ部隊は魔法発動の構え───完全に覇王軍小隊を捨て石にして、この瞬間を狙っていたようだ。


「来るぞ!!」

 古魔導コマンドウ部隊一個分隊…10名の集中射撃!


聖域結界サンクチュアリ!!!」

 クリスが、既に限界に近いことを知りつつも、魔法防御を展開。

 そこに至近距離で着弾する狙撃魔法───10発!


 ガガッガガガガガガッガガ!!!!


 ズガァァァァン!!


 と、着弾が連続…何発もの着弾は一点集中。

 魔法防御は砕かれていた。


「ぐほぉぉ…」


 ドクドクと、流れる血に自分でも驚く。

 えぐり取られたような痕を見せる脇腹には、半円の穴が開き…

 ドロリとはらわたがはみ出る。


 焼け焦げた傷からは思ったより血は噴き出さないが…

 巡る血流は行き先を見いだせず、心臓のポンプ運動により次々に焼けた血管を突き破って吹き出す…


 ぐぅぅぅ…痛い。


 激痛に顔を歪めるが、まだ意識は手放さない。

 スキルを行使しての自動回復は始まっている。

 致命傷だが…即死ではない。──まだ助かる。


「ゴホッ」


 回復魔法を血を吐きつつ自らに行使…傷を応急処置していく。

 この戦いでは、自分はもう戦えないなとクリスは自嘲し……体を丸めて回復に専念する。


 …意識が───

 遠のく。


「よくやったクリぃぃス」

 クリスの影に入り…なんとか攻撃を凌いだエルランがクリスの頭に手を置き、労をねぎらう。


「追い詰めたな…」


 毒が回り、蒼い顔をしたゴドワンがのたまう。

 毒消しを飲んだとはいえ、すぐに効くはずもなく…また、毒の種類もわからない。

 万能型の毒消しであるが、毒に合わせた専門のそれではないため効果のほどは分からない。


 口に混じる血の味からいくつかの内臓は損傷していると分かった。


 ───そう長くは戦えないだろう。


 一応、五体満足なのはエルランのみ。

 時間を掛ければ不利になるのは勇者小隊だ。

 ここは敵地で、敵包囲網の一角。


 事態に気付けば敵部隊の再包囲を受けるだろう。…いやすでに動き始めているとみて間違いない。


 ビランチゼットを仕留める時間はそう…残っていない。


「ヒヒ…やってくれたな雑魚ども…」

 ジャキっと古魔導コマンドウ部隊に曲刀を向けると、

 エルランは、自慢のスキルをまとわせ始める。


 彼の、

 雷鳴剣士のソレだ。


 光の速度で進む雷を放ち、

 なおかつそれをまとわせることもできる剣は光の如し高速。

 そして、なにより高威力だ。

 魔族の障壁すら物ともしない。


「いくぜ、オラァァ」

 ブァチチチチィィィィと、牽制の一閃。


 ビランチゼットを背後に守る古魔導コマンドウ部隊は、いていた剣を一斉に抜くと、横に並びタイミングよく剣を振る。


 動きは全く同じだ。


 ギャァァァァン、と金属を激しくたたく音がしたと思えばエルランの牽制射は…かき消されていた。


「な、んだとぉ…」


 驚愕するエルラン。

 そして、その動きが当然とでもいうかのように古魔導コマンドウ部隊は一斉に動き出す。


 まるで同じ人間ではないかと思わせるほど統一した動きでエルランのスキルをかき消したかと思うと、今度は8名が全く異なる動きで切りかかる。


 2名は不動の防御姿勢でビランチゼットを護衛している。


 突進の動きを見せる8名は魔術師とは思えない動き。それは鍛え上げた剣士のソレをも上回るものだ。


「ちぃ…ゴドワぁぁン!」

「承知!」


 ザンと前に出たゴドワン。変色した手は最早使い物にならないだろう。

 毒のおかげで切創はさほど痛くないのが救いとでも言いたげに、

 槍からナイフに持ち替えたそれでエルランと戦線を張る。


「2、3人は取れ! 俺は残りをやる!」

「笑止! 半分は切るともさ」

 ニヤリと笑う男二人。


 クリスはヨロヨロと顔を上げているが、真っ青なソレは既に戦意失っている。


 無言で切りかかる古魔導コマンドウ部隊。

 連携も適確。

 互いに死角を補いつつ、エルランとゴドワンの防御の隙を突く。


「鬱陶しいわ雑魚ぉぉ!」


 飛び掛かってきた一人と剣を交えて切り結ぶ。

 目の前に火花が散り、腕力で強引に押し返したが古魔導コマンドウ部隊も同じく押し返す。


 力のそれはほぼ互角。…消耗が激しい分、エルランはやや押し負けそうになっている。


「グォォォ! ゴドワンんん!!」

 

 ギリギリと鍔迫つばぜり合いを続けるエルランが、ゴドワンに援護を求めようとして至るが、


 ゴドワンはゴドワンで接戦だ。


 リーチが違うため、切り結ぶことができずに一方的に回避を強いられている。

 ブンブンと、際どい一撃を紙一重で躱しているが、毒のせいで動きに精彩さはない。


「チィィ…」

 

 ギリギリと鍔迫つばぜり合い続けるエルランは、スキルを発動し剣に雷を纏わせると──ゼロ距離で放つ。

 バチィと青い火花が走ると、古魔導コマンドウ部隊の兵が体を震わせて、仰け反る。


「おらぁ!」


 そこにすかさず刀を一閃! ──首を切り飛ばす。


 しかし、その隙に接近していたもう一人に切りかかられる。

 きわどい所でかわしたが、躱した先にもう一人! さらに予備動作で逃げようと考えていた位置に既に一人───!


「ぐぅ」


 ガンと激しい衝撃を受けたと思えば、鎧に突き立つ剣。

 貫通したそれは剣の切っ先のみで肉にまで至らないものの、十分に攻撃が脅威であることをまざまざ・・・・と証明する。


 鎧の防御力も過信できないとなれば、回避するしかないのだが…


「エルラン!!」

 回避した先にはやはり古魔導コマンドウ部隊が待ち構えている。そこにまともに飛び込んでしまった。


 ドスっと、鈍い衝撃を受ければ、腹に突き立つ剣が───


「このぉ!」

 その剣が刺さったまま、古魔導コマンドウ部隊の腕を掴んで逃がさんとばかり…開いた手で刀を振るい、喉に突き刺し仕留める。


「ぐぅ………」


 倒したとはいえ、手痛い一撃だ。


 僅かにとはいえ、剣が腹に刺さり傷を負う。

 重傷とも言えない傷だが…




「コイツ等…出来る!」





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