勇者小隊10「プラトゥーン(中編)」

 体制を整えた勇者小隊。

 降り注ぐ矢の雨は間断なく。


 息も絶え絶えになりつつもエルランが雷撃をともなう剣技で空をぎ…大半を焼き尽くす。

 が、いくつかの取りこぼしが出る。


「ふんっ!」


 身軽になったゴドワンが、業物らしい長槍をブンブンと車輪の如き振り回し回転を盾にしてその残りを弾き返した。

 小隊は全員その回転の庇護に飛び込みやり過ごす。


 長時間の回転こそ無理だが、瞬発的な防御なら可能。

 敵の攻撃もこの槍の回転を抜けることなどあたわない。


 しかし、いつまでも振り回せるはずもなく、やがて止まった回転を見越しての偏差射撃。


 お馴染みの巨大投槍だ。


 ギュゴォォオォンと、空気を切り裂く音は大砲の如し。

 それをミーナがゴドワンの肩を利用して跳躍し、空中で捉えると──自身の体ごと回転を加えて軌道を逸らす。


「今だよ!」


 シュタンと、ミーナが着地すると同時に投槍が着弾…地面に巨大なクレーターを穿うがった。


「シャンティ!」

「うん!」


 いいけぇぇ! とばかりにシャンティが指示を出すと、精霊一角馬ルーンユニコーンが角を蹴立てて突進する。


 そこに騎乗するのは槍を投げ捨てて軽装となったゴドワンとファマック…そしてクリスだ。

 ミーナとエルランは自らの足で追従。シャンティは精霊犬に跨り、隣で精霊一角馬を操りながらついていく。


 ドドドドドドドドと、巨大な馬が突進する様を見て、包囲している覇王軍部隊に動揺が走る。

 まさか、あの状態で打って出るとは思えなかったのだろう。


 解囲の可能性は考えても、まさか一番防御の厚い本陣に向かってくるのは想定外だったようだ。


 それも、

 連続射撃で、さらには偏差射撃を加えた後───覇王軍の遠距離攻撃の隙をついた一瞬の間を狙う突撃だ。


 しかし、動揺が見て取れたのは一瞬のこと。

 僅かに包囲網が波打ったように見えたが、それも一瞬のこと…


 今は、より強固に、より殺気を、より近くで───

「来るぞ!」

 並走していたエルランが叫ぶ。

「承知! ファマック殿」

「おうよ!」

 ギラリッッ! と覇王軍の包囲網の一角が光ったかと思うと、


  

 ヴァァァァンンンンンンンン!!!



 焼けた空気とイオンの香り…

 気付いた時には着弾しているが───



 ───バジィィィィィィィ!!!!



 素早く展開したファマックの障壁シールドに、命中。すっさまじい閃光がほとばしる!


「ぐぅぉおぉぉぉぉ!! い、いけぇぇぇ!」

 精霊一角馬に乗ったままのファマックがその場で障壁を展開。動きを止める。


 両手を広げ、右手の杖を輝かせながら強力な障壁を展開し続ける。その余波はすさまじく、同乗しているゴドワンとクリスにもジリジリと熱風が押し寄せ肌を刺す。


 ビランチゼットの狙撃魔法───魔力砲マジックキャノンの1点集中だ。


 見る間にドロドロと地面が溶けていき、真っ赤に燃え上がる。それが余計に空気を温め、息もできないほどの高温を生み出す。

 精霊一角馬はたちどころに顕現けんげんする力を失っていき…遂には、消える寸前だ。


 ───あぁ、とシャンティが悲痛な叫びをあげるが…人的被害はゼロ。なんとか、精霊一角馬も耐えている。…並みの馬なら熱で溶けているだろう。


 彼ら勇者小隊と、精霊一角馬だからこそ耐えている。


 持ったよりも早いビランチゼットの狙撃だが、僅かながら距離は稼げた。

 それでも、まだまだ止むことを知らない魔力砲。


 しかし、それを見越していたゴドワンの指示に従い、ファマックの障壁シールドの影からクリスが飛び降りる。


「ファマック殿…死ぬなよ!」

 飛び降りざまに、クリスはファマックを気遣うが、声を掛けられた大賢者アッカーマンは口の端にニヒルな笑みを浮かべるに留める。

 彼に声を出している余裕などないのだ。


「いいから行くぞ! 爺さんなら大丈夫だ! 走れ走れぇぇぇ!」

 あとから追従していたエルラン達が追い付く、最初からトップスピードだった彼らに、後から追い上げられるようにしてクリスもトップスピートに乗る。


「気遣い無用! いけっ!」 


 ゴドワンはクリスを見送る。

 その脇で同乗しているゴドワンが細身の剣とナイフで、降り注ぐ矢の雨に遠距離魔法、その他諸々を全て防いで見せる。


 ファマックの障壁シールドは強力無比だが、対するビランチゼットの魔力砲マジックキャノンも超絶強力そのもの。

 凄まじい威力のそれは、ファマックの障壁でもっても防御は困難。

 少なくとも全周防御で防げる代物ではなく、事実彼は障壁シールドを一面にのみ展開し防いでいる。

 都合周囲には死角が多く。隙だらけだ。


 それを見逃す程覇王軍は甘くはない。

 巧に死角を突いて撃ち込まれる矢弾に魔法攻撃、その他諸々!


 その全てをゴドワンが防ぐ、


 防ぐ、

 防ぐ、

 防ぐ、

 防ぐ、防ぐ、防ぐ、

 防ぐ防ぐ防ぐ防ぐ防ぐ防ぐ防ぐ防ぐ防ぐ防ぐ防ぐ防ぐ防ぐ防ぐ防ぐ防ぐ防ぐ防ぐ防ぐ!


「ぐぉぉぉぉ! い、いけぇぇぇl!」


 チュドンチュドン! ドカン、グァキィィィン!!

 と激しい猛爆撃の中ゴドワンは叫ぶ。


 その声に後押しされるように、クリスは駆ける。

 駆ける、駆ける、駆ける、


「気遣い無用!!!」

 うぉぉぉぉぉぉ! と叫び全てを防いで見せるゴドワン。

 その様子にクリスは口の中で小さく「すまん」と呟くが───


「気遣いしている場合か!? どっちもこっちも地獄には変わりはねぇ!」


 エルランの口汚い声にハッとして前を向く。


 包囲網を形成している覇王軍は、分断した小隊を好機として見たのか、かさにかかって集中攻撃をゴドワン達に指向している。

 いるが──クリス達がノーマークなわけではない。


 覇王軍の攻撃を吸収誘引する形となったのは、的のデカい精霊一角馬に乗ったファマック達。

 そして死角を防ぐゴドワンと、サポートに回っているシャンティだ。

 シャンティは、精霊一角馬の顕現のためその場に残り力を行使し続けている。さらには、戦力にならないことを自覚しているのか、自ら進んでファマックの補助を行っていた。


 ビランチゼットの魔力砲の余波はすさまじく。

 溶ける大地に、焼けた空気。それらがないまぜになった周辺環境は地獄そのもの。


 さらには、ファマックの魔力はガンガンと目減りしていき。いつ果てるとも知れない。

 そこにシャンティがポーションや、神酒ソーマやエリクサーを惜しみなく投入する。


 ジリジリと肌を焼く熱量に、彼女の服もボロボロに溶け、かなり際どい恰好だ。


 だが、誰一人としてボロボロでも構うものかと目の前の敵に対処している。

 ゴドワンも武器の限界ギリギリまで防ぎ続けるだろう。


 彼らの目には駆け抜けていく3人の姿がかすむように見えていた。



「…クソ!」

 クリスは、背後に置き去りにした仲間を思い、唇を激しく噛み締める。


「一々足を止めるな! 行け行け行け行け!!」

 エルランは威勢よくトップスピードを維持している。

 目標はまだ先だ…


 そこに降り注ぐ──矢に魔法に、その他諸々!


「ぐぅお! ゴドワンめ…自分は後方で防御ってか! くそったれめ!」

 

 デカい的になり覇王軍の攻撃吸収誘引しているゴドワン達だが、当然その全てが指向されているわけではない。

 包囲網の最中さなかにあって、エルラン達が見逃されるはずもない。


 都合、特攻の尖兵となり突出する形となったのはエルラン、クリス、そしてミーナの近接職3人。


 そこに散発的とはいえ、矢雨が降り注ぐ。

 さらには魔法に投槍と、大歓迎のオンパレードだ。


「ゴドワン殿の位置がお望みか!? ならば戻って参加してくるがいい」


 チラリと目を向けた後方の大地は地獄そのもの。

 紅蓮の業火に焼かれ、無数の矢雨に、降り注ぐ遠距離魔法。生き物などいるとは思えないほどに燃え盛っている。


「チ…いいさ、いくさ! 突撃してやるぁぁ!」

 視線を前に向けるとエルランはトップスピード落とさない。


 そして───



「見えた!」



 視力に優れた暗殺者…ミーナが注意を喚起し、


「目標捕捉! 敵火点確認…三つ首龍の旗!? 敵将軍旗もある」

 火点もなにも、魔力砲マジックキャノンの延長線の先にそいつはいる…

 間違いない──八家将が一角ビランチゼットだろう。


 ご丁寧にも、今度はきちんと将軍旗もあるらしい。


「思った通り、指揮系統は統一されていないらしい」

 駆けつつクリスは一人ごちる。

 包囲網の最中にあっても、突出したクリス達には火力の指向が薄いのだ。


「ゴドワンめ…当たっているとはな」


 ゴドワンが考えたのは、覇王軍の指揮系統の隙をつく作戦だ。


 勇者の攻撃に対処するため、覇王軍は部隊を分散せざるを得ないのだが、

 その指揮系統は都合、現場の小部隊に固定される。

 それを一元化する、上位の将軍ないし将校がいるとは考えられるが、それが八家将である可能性は低いという。


 彼ら八家将は、現場で部隊を指揮することはあるだろうが、それはおそらく少数の部隊に限定されると。


 八家将は戦う武将。


 一騎当千の勇者と相対するものだ。

 いわば対勇者の切り札のようなものなのだろうが…

 その勇者を見ても分かる通り、戦いに強いものが必ずしも指揮官という存在ではない。


 少なくとも、前線では指揮をしている暇などないはずだ。

 ゆえに前線の外では指揮をすることはあっても、最前線では、小単位の一戦力になる、と。

 

 戦う将軍というのも悪くはないのだろうが、覇王軍は機能性を重視した組織だ。

 勇者の攻撃に対して有機的に動くためにも、頭脳と体は切り離されているだろう───という。


 そうでなければ、真っ先に勇者の目標となる八家将───彼らが勇者に攻撃された時点で、覇王軍は指揮系統が無茶苦茶になるに違いないのだが…


 しかし、これまでの戦例から見ても、覇王軍の動揺こそ見て取れるが、八家将を討ち取っても指揮系統が瓦解するには至っていないという。


 故に、八家将は「将」とはつくが、軍の指揮官というよりも、旗印に近い存在だと考えられる。

 そうゴドワンは判断した。


 この包囲網自体が急きょ組まれたものだとすれば、全体の指揮者は別にいる可能性が高い。


 あくまでも勇者小隊の包囲は、覇王軍の指揮の埒外らちがい…現場による状況判断だという。


 後方で連合軍と交戦中の覇王軍の指揮官と、この場で勇者小隊を包囲している指揮官は別に存在する。


 勇者と、勇者小隊の分断を企図していたとしても、勇者という一個人の行動を読み切るのは不可能。

 ゆえに少数の包囲形成部隊をばら撒き───勇者と小隊の距離が開いたころを見計らって、伏兵による臨時の包囲網を形成したというのだ。


 一見完璧な包囲網だが…なるほど、包囲網の一角に接近しつつあるエルラン達の目にもその実態が見えて来た。


 包囲網そのものは蟻のい出る隙間──どころか…龍すら昼寝をしながら通過できそうなほど穴だらけだ。


 そして、その穴を補っているのは少数精鋭の魔法兵らしい。


 矢や投槍を放つ歩兵たちの分隊や小隊単位の集団と、その間隙を繋いでいるのは、あの悪名高き古魔導コマンド部隊の兵らしい。


 それを分散させ単騎運用し、小隊間の穴を埋める様に配置…

 魔法攻撃により、間隙がないように派手な攻撃を加えているに過ぎないようだ。


 実態の分からない覇王軍の指揮官よりもよほどわかりやすい。

 少数の部隊指揮は現場の戦う将校の役目…八家将ビランチゼットに他ならないと。


 エルランはかたくなに八家将の相手をしたがらないが…この場において八家将を倒す以外に包囲網を突破する術はないのだ。


 包囲の解囲を試みるよりも、包囲網の指揮官を討つ。

 そのほうが現実的であると──


 そして、それ以上に八家将を早期に倒し…連合軍に八家将を討つことの無意味さを伝えなければならない。


 八家将の首を目の前において、覇王軍の脅威を再度、説く必要がある。

 

 その驚異とは何か……

 未だに人類と同じ戦い方をもって覇王軍を考えるのは危険だ。


 覇王軍の本当の驚異とは───

 彼らはもはや、一個人の武勇など当てにしていない可能性がある。


 八家将を倒せばこの一戦に勝利できると連合軍は考えているが…そんな甘い相手ではない。

 勇者の行動すら無意味かもしれない、と。


 覇王軍にとって、八家将はただの戦力単位にすぎない…

 

 この場で臨時に包囲網を形成して見せたのは見事…

 見事だが、この場で勇者小隊と相対しているのが良い証左しょうさだ。


 今も、後方で連合軍と激戦を繰り広げているのは───八家将等ではない!


 目に見えぬ、顔も知らぬ…ただの一将校だと。


 故に…

 ここで八家将を倒しても、

 包囲網を撃破ないし突破しても、

 勇者が勝利しても、


 戦線には何の影響も与えない。


 それよりも、勇者小隊が後方へ引き返し、

 覇王軍の大戦力相手に大暴れした方がよほど大勢に影響を与える可能性がある。


 この場で勇者と勇者小隊を包囲し、足止めしているのは古式ゆかしい昔の「勇者と魔王の戦い」の一幕ひとまくなのだ。

 「古きは戦争に顔を出すな」と…そう言っているのかもしれない。


 ならば、包囲網を形成している。

 覇王軍の「古き」である八家将ビランチゼットを討つ。

 そのことで覇王軍の戦いに勇者小隊も介入してやる…


 それが、ゴドワンの考えだ。

 エルランの八家将に勝てないという思い込みそのものが、既に覇王軍の戦略になっていた可能性がある。

 戦争において邪魔な存在。


 「勇者」と「勇者小隊」───


 これを別々に運用されると、覇王軍としては厄介なのだろう。

 故に、緒戦に置いて連合軍に対して八家将の脅威を見せつけ…「勇者と勇者小隊」という、セットでの運用単位に固定させた…そう言うのだ。


 この戦いにおいて、ビランチゼットを討つ。


 ゴドワンの示した策、それは現状の打破以上に───戦争そのものの打破につながる可能性がある。


 ここで勇者が引き返し…ビランチゼットを討ってはだめだ。

 勇者小隊がビランチゼットを討ち…

 勇者と勇者小隊の運用を一から考え直す、その一助いちじょとするのだ──と。


「言うのは簡単だぜ…ゴドワンよぉ!!」

 ブゥワキィィィン! と、極太の投槍を弾き返しつつエルランは叫ぶ。


「生半な包囲じゃねぇぞこれは!」


 確かに、見た目以上に包囲網はおざなりだが…その兵は精強そのものだ。

 数を、技量で補って余りある精兵ぞろい。


「む。確かに八家将が全体の指揮官ではないのは分かったが…」

 エルランの影に入り、無駄な動きを避け消耗を局限しているクリスが言う。

「やはり、八家将…部隊の指揮官としても優秀。こいつらは間違いなく覇王軍の精兵で特殊部隊だ」


 そういう彼らは突進に突進を重ねて、ようやく包囲網の内膜に取りつきつつあった。


 同時に魔力砲マジックキャノンの発射光が霧散していく。

 長い、長い狙撃のそれもようやく途切れを見せたようだ。


 しかし、

 今は八家将も魔法行使のため動けないが、魔法を撃った後は場所を移動する可能性がある。


 せっかく接近しても、逃げられては無駄骨に終わってしまう。


「ミーナ、見失うなよ!」

 エルランの指摘に、言われるまでもないと、暗殺者ミーナが魔法の発射元に視線を向けている。


 既に、場所は完全に特定したようだ。


「みつけた…! ──へぇ、思ったよりチビだね」

 遠目に見える八家将ビランチゼットは確かに小柄だった。

 だったが……、目に確実に捉えたソレは、更に小さく見える。

 

 …そして、完全に魔力砲マジックキャノンが撃ち切られて……人影が移動する気配があった。


「三つ首龍の将軍旗は囮だよ! …ご本人は移動中」

 ミーナは先頭に躍り出て、エルラン達を誘導する。


 そして、

「そろそろ来るぞ! クリィィス! わかってるな!?」

「承知している! いつでも来い、だ」


 ビランチゼットの魔力砲マジックキャノンは強力だが、欠点が一つある。

 …連射ができないらしい。


 連射が利く魔法だったならばとっくに勇者小隊は地面の染みになっていただろうが、その欠点のお陰で辛うじて防ぐことができていた。


 チラリと後方をうかがううと───濛々もうもうと煙を上げる地面の中に、蠢く影が見える。

 精霊一角馬と騎乗している大柄な人物が視認できる。


 ゴドワンだ。


 少なくとも彼と…その騎乗している精霊を顕現させているシャンティは無事らしい。


 視界が悪く、ファマックの姿は見えないが…

 魔法をレジストしきり、二人が無事だったのだ。彼とて生きているだろう。


 そもそも、ファマックが死ぬ姿など想像もできないのだが。


「クリス! 油断す───」


 油断するな!


 エルランの叫びが早いか同時か、

 空気の溶ける匂い、


古魔導コマンドウだよ!」

 ミーナが素早く身を翻し、クリスの影に入ると───


聖域結界サンクチュアリ!!!」

 ブワっと広がった結界…そこに着弾する狙撃魔法。


 ズガァァンと、ビランチゼットの魔力砲マジックキャノンの劣化バージョンであるそれが着弾。

 八家将ビランチゼットの魔力砲マジックキャノンの連射が効かないという特性を補うのが…この狙撃魔法だ。


 今、連合軍に対して猛威を振るっているが、本来はビランチゼットの魔法の隙を補うものだったらしい。


 ズガァァン、ズガァァンと、連続して着弾。……動けない。


「く…ビランチゼットが移動中!」

 ミーナがスキルを行使しているらしい。


 暗殺者のスキルである程度の追跡ができるというが、そのスキルによるとビランチゼットは将軍旗のある臨時陣地を放棄、別の包囲網の一角に移動しているらしい。


「あと一歩、届かないか…!」

 クリスの張る結界を出れば、たちまち狙撃魔法の集中砲火を浴びる。


 その上連続して着弾するのは狙撃魔法だけでなく、矢や投槍も含まれている。


 クリスの結界も無限に続くわけではない。

 ここに至るまでに、既に何度も使用しているため彼女も限界が近いのだ。

 実際、元の地点ではファマックの障壁シールドの補助をしていたのだ。

 消耗のほどは同程度…


「これまでか…」


 ググゥと、美しい顔を歪めたクリスが悔し気に言う。


「諦めるな! チャンスはある!」

 珍しく士気を鼓舞しているエルランをして、ビランチゼットを逃亡にまで追い込んだことをみて自信を取り戻したようだ。


「ふ…あれほど、八家将との戦いを忌避していたお前がな」


 嘲笑あざわらう様な声に、エルランも、

「俺は八家将と何度も対峙した…奴らは強い! それは事実だ!」


 しかし、と───


「ヒヒ…みたか? ビランチゼットを? ガキ見たいな姿だったぜ…」

 ニヤァと嫌な笑みを浮かべている。


 彼が今まで対峙した八家将は、巨大な姿や恐ろし気な外見の者ばかりだったのだろう。

 それが、一見して勝てそうな相手と見ればこれだ───


「お前は変わらんな…」

「嫌な奴ぅ」


 女性陣から総スカンを喰らっていることなど気にもせず───


「ゴドワン、まだか!?」

 この場にいないゴドワンを呼ぶ…


 ドドドォドドドォドドドォ! と精霊一角馬ルーンユニコーンが叫びの向こうから現れる。


「待たせた!」


 ボフォと狙撃魔法の作る着弾の煙を突き破ってきたのはゴドワンとヘロヘロになったファマックだ。

 シャンティは犬に乗ったまま、チョコチョコと付いてくる。


「遅いぞ!」


 怒鳴るや否や、作戦通り「場所のスイッチ」だ。

 この場に拠点を移動。

 包囲網の内膜にほど近い位置まで突進できたのは大きい。

 その分、消耗も激しく……今にも擦り切れそうだが──


 当然、覇王軍も黙って接近させるわけもなく、ドロドロと陣形を変更、

 再び包囲網の中央に勇者小隊を導こうとする。


「いけ! 移動中ならば、ビランチゼットも魔法は撃てん! …そうですな?」

「た、多分じゃ多分! …と、年寄を扱き使うでないわ」


 グビグビと清酒のごとし、神酒とポーションをあおりつつあえぐような声のファマック。


「それを信じるしかねぇな!」

 エルランもすぐにでも追撃に移りたいらしく、ソワソワし始める。


「馬を使え! クリス殿なら移動しながらの防御も可能!」


 クリスのスキル「聖域結界サンクチュアリ」は防御対象を選べる。それを精霊一角馬に限定すれば騎乗している者も範囲に入ることができる。


 最初から馬が複数出せれば、間を置くことなく追撃できたが…シャンティの消耗具合を考えると仕方がないだろう。

 それに、人の足での特攻だからこそ──ビランチゼットもここまで無視していた可能性もある。


 いずれにせよ、一度は逃げられることを前提にした作戦だ。


 覇王軍も魔力砲マジックキャノンの隙については熟知している。その隙に接近されることは百も承知なのだろう。


 そのための古魔導コマンドウ部隊。


「ファマック殿は、この場で敵の魔法攻撃を誘引を! クリス殿は追撃へ!」

「承知!」


 ババっと、ファマックを放り出すとミーナに預ける。


「この方向! 一直線にいけば対峙するよ!」

 ビシィと指を突きつけるミーナにファマックがすがりつく…


「もう動けん…」

「…ちょ、どこ触ってんのよ! この爺!!」


 ワイワイと五月蠅い二人を放置してクリスが馬に飛び乗る。


「行くぞ!」

 エルランが抜刀し、息を吸う。


 すぅぅぅぅ、

「目標! ビランチゼット! 勇者小隊、まいへ!!!」


「「応っ!」」「おー」


 騎乗した二人と、犬に乗るシャンティが答える。


「突撃ぃぃぃぃ!!!!」


 ドドドォドドドォと、精霊一角馬とエルランが走り出す。


 シャンティはその場に残り、手を振って見送ったあとファマックを介抱し始めた。

 女性二人に囲まれてホルホルしている爺さんを放置して、再度追撃に移るエルラン、クリス、ゴドワン。


 この突撃が失敗したらあとはない…

 ビランチゼットの魔力砲マジックキャノンを誘発し、最接近…場所を特定し、拠点の移動。

 そこからの最接近だ。


 もう魔法をふせぐ障壁シールドはクリスの張る結界以外には自らの体しかない。

 




 受ければただでは済まない魔力砲マジックキャノンに狙撃魔法。

 勇者小隊は、勇者なしで危険な戦いに挑む───




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