勇者小隊10「プラトゥーン(前編)」


 ───我らでビランチゼットを…討つ!



 その言葉に、勇者小隊の面々はおののく。


 それほどまでに、ゴドワンの放った一言は衝撃的だった。


 パカァ…ッ! っと、口を開けて驚きの声───

「「「な!?」」」


 間抜けにも口からでた驚愕のそれは、近接職の3人。

 エルラン、クリス、ミーナのものだった。


 当然、

「馬鹿野郎!! テメェは余計な口出しすんじゃねぇ!!」

 越権行為えっけんこういだ! とエルランが口汚くゴドワンをののしった。

「ならば聞こう!? 事態の打開のアテはあるのか?」

 ゴドワンにしては珍しく、饒舌じょうぜつに語る。

 この男は、普段は寡黙かもくに過ぎるのだ。


「おぉあ!? てめぇの策で解決すりゃ、勇者はいらねぇんだよ!」

 小隊の戦力で八家将が倒せるはずがない! それが共通認識だ。


 理解せぬはシャンティと、怖いもの知らずのファマックのみ。


 実際にファマックならば倒しかねないが…

 シャンティに至っては、勇者小隊へ編入の日が浅く──八家将の脅威を感じるにはまだ理解不足だ。


 あの脅威は戦場で相対して分かるもの…

 特に勇者なしの戦場で、な。


 それを嫌というほど経験しているエルランは、無意識に八家将との決戦を避けようとする。

 プライドが高く、自身の実力を疑ってなどいないが…勇者なしで八家将に勝てるとは微塵みじんも思っていなかった。


 勝てない。

 勇者なしでは勝てない……


 こればかりは、既に何度も叩き折られたプライドによって理解していた。


 こう見えてこの男…勇者小隊創設時からのメンバーで最古参の一員なのだ。

 勇者抜きで覇王軍と戦った経験も数知れず…


 それだけに、覇王軍の将…八家将の恐怖と、脅威と、凶行を、嫌というほど知っていた。


「何故勝てないと決めつける!? 我らの役目は覇王軍の打倒…そして、覇王の討伐のはず!」

 戦場で激高げっこうし、勇壮ゆうそうに叫ぶゴドワン。

 エルランは内心…度肝を抜かれつつも、その痛烈なまでのアホ臭いプライドの高さはゴドワンを真っ向から否定する。


 八家将を倒せないと踏んでいる自分に対してよりも、自分に歯向かった味方・・・・・・・・・・に対してだ。


「勝てねぇものは、勝てねぇ!」

「決めつけるな! …このままではじり貧。打って出る!」

 もはや、ごとは不要!

 そう言わんばかりにゴドワンはエルランを押しのける。


 巨躯きょくに圧倒されてエルランは脇に押しやられるが、その顔は怒りで真っ赤になったかと思うと、……殺気で真っ青に戻り───最終的に黒くなる。


「てめぇのやろうとしているのは抗命こうめい罪。指揮官には裁く権利があるんだぞ…」

 ドスの効いた声で脅すもゴドワンは動じない。

「好きにしろ…この場を切り抜けたならば軍法会議にでもかけるがいい」

「言ったな!? いいだろう…脱走罪も付け加えてやる。脱走は…即、処刑が可能だからな」


 チキリと自身の愛刀の鯉口こいくちを切り、刀身を覗かせる。

 居合の構え──エルランの殺気に従い…場の空気が張り詰める。

 ───彼がその技をもってすれば、たちどころに瞬速の抜刀によりゴドワンの首を切り落とす事だろう。


「止さないか!」

 その二人の間に入ったのは、神殿騎士パラディンのクリス───

 抜き身の大剣を二人の間に割っていれ、接触を防ぐ。


「失せろクリス!」「退け…クリス殿」


 スゥゥと目を細める両者に殺気が募る───


「いーかげんにしなよ! 敵は向こうでしょ!」

 ミーナが両手に構える業物わざもののナイフを両者の首筋にピタリと充てる…

 この小隊───


「ファッハッハッハ! エルラン…ワシも現状を打破したい方じゃぞぃ」

 もう、障壁シールドは何回も使えんという。


 だから、

 ゴドワンにつく、と───


 それを聞いてエルランならますます激高しそうなものだが…

「爺さん…」

 ジッとファマックの目を覗き込んだエルランは、

「わぁ~ったよ!」

 と存外素直に折れた。

 ファマックは、エルランを手玉に取ったかのように、ニカっと笑うと、ことさら疲弊した風を装ってみせる。

 もちろん、おどけたソレは誰の目にも冗談にしか見えないのだが…

 長い付き合いのエルランとファマック。


 短い間にアイコンタクト───

 実際に、ファマックが限界に近いことを察したという。


 ───爺さん…ヤバイのか?

 ───かなりな…薬も許容限界じゃ。


 ヒクヒクと引きる顔の筋肉を見ればファマックが無理に笑っているのがエルランには分かった。


 ち…

 しゃぁねぇか。


「いいだろう…ゴドワン。──今は、手を貸してやる」 

 不承不承と言った様子で、ワザとらしく息をつき音を立てて刀を納めた。


「ふむ…では、失礼して──」


 ゴドワンは鎧を脱ぎ身軽になる。

 着るのは大変でも、脱ぐのは留め具を外すだけなので存外簡単だ。

 ゴロンガランガランンン…と派手な音を立てるその様に、一同驚きを隠せない。

 鎧の中は思っていた以上に華奢きゃしゃだった。


 重装時の彼はまるで、猪の如く膨れていたが…その膨らんだ部分は全て装甲が詰まっていた。

 厚さは何ミリなどではない………何センチといった様子の装甲。


 それは頑丈なことだろう…恐らく鉄砲でもつらぬくくことは困難。

 この重装甲を傷つけることができるのは、勇者か八家将くらいかもしれない。


「ふぅ…身軽さが重視される。皆、聞け」


 いかつい顔はそのまま、

 普段の、見慣れた着ぶくれ姿でないゴドワンには違和感しか覚えないが…

 誰も突っ込まず黙って聞いている。

 シャンティだけは、こんな事態にありながら、いつもの偉丈夫いじょうふ然とした彼の姿とのギャップにクスクスと笑っている。


 さて、

「ビランチゼットを討つわけだが───何簡単だ…」

 すぅぅぅ……




 特攻あるのみ!




 ……


 …


 はぁぁぁぁ!!??


「この阿呆! それで倒せりゃ苦労はない!」

 さすがに、エルランも呆れる。

 正面きって自分に歯向かったのだ。なにかとてつもない策があるのかと思えば…


「ちょ…ゴドワン? あんたバカ!? 馬鹿ばかでしょ? 莫迦ばかだと言って! ……八家将の狙撃魔法をみたでしょ! 消し炭よ消し炭ぃぃ!」


 実際、あの威力の前には少々の装甲など飴細工あめざいくと同じ。

 かわすこともあたわないだろう。

 仮に魔法防具がほどこしてあったとて…その対策を覇王軍がしていないとも思えない。


「もちろん、馬鹿であるつもりはない。我は本気だとも!」

 そして、ファマックとクリスを集めると、一言いった。



 すまんが、命をくれ───、と……



 しかし、命をくれ───そう告げられても、勇者小隊の2名──ファマックとクリスはさほど驚かない。

 むしろ周囲の人間のほうが驚いている。


「正気か!? 人間を盾にしても威力など減衰せんぞ!」


 当然エルランは色めき立って怒鳴り出す。

 追随ついずいするようにミーナも、うんうんと頷いている。


「そんなことは百も承知! むざむざ盾にするわけが無かろう! …だが誰かがやらねばならん」


 ゴドワンは存外整ったその顔を悲痛に歪めながら言う───


「我ひとりで敵うならば…それもいい! だが、一人で成せることなど──」


 勇者、

 勇者!

 勇者以外には───


「───ない!!!」


「そんな覚悟だけで勝てる相手じゃねぇだろ!」

「故に力を貸してくれと言っている!」

 再び額を突き合わせて睨み合う二人───


 いつもなら、これはエルランとクリスの一幕ひとまくなのだが…

 今日、この時は───冷静で無口なゴドワンが感情をむき出しにして、小隊長であるエルランに噛みついていた。


 そのため、ストッパーとなるのはクリスだ。


 しかし、クールな見た目に反して意外と激情家のクリス。

 しょっちゅうめるエルランの肩を持つはずもなく──とくに意識せずとも、自然とゴドワン側に立ってしまうようだ。


「エルランっ! 他に策があるなら聞こう? ないなら黙って話を聞け」

 大剣の切っ先は、二人の間を割るというより明らかにエルランに向いていた。


「クリぃぃス! 猪武者に付き合って死にたいのか? はっはー同じ猪だからな…二人で死ねば良いさ!」

 だろう? 皆ぁ!? とばかりにエルランが周りを見ると、


 ファマックは、若干青い顔をしながらもゴドワンサイドに…ミーナとシャンティもエルランの目を避ける様にそっぽを向く。


「あ? おいおいおい? マジかお前ら? 死ぬのか? バカなのか?」


 呆れたよ、と肩をすくめるエルラン。

 しかし、エルランに追従するものはいない。皆、現状が控えめに言っても地獄の一丁目だと知っているのだ。


 このままでは、全員が消し炭になるのは時間の問題だった。


「チ…爺さんもやる気か?」

 忌々し気に舌打ちをしたエルランは、そこそこ仲の良いファマックに矛先を向ける。

「やるぞぃ? ここであぶられ続けても勇者は戻ってこんじゃろう…お前がそう言ったんだからな?」


 正論だ。


「ぐむ…あのガキめ…普段は言う事なんざトンと聞かない癖に、こういう時ばかり…! ちぃぃ、使えねぇガキだ!」

 自分の指示がまずかったなどと微塵も考えないのがエルランという男。


 多分、部隊が全滅しても彼は自分の責任など考えないだろうし───例え自分が死んでも、実力不足で死んだなどとはあの世ですら考えもしない。


「それよりは、ゴドワンのいう特攻も悪くはないと思うぞ? どうせ儂が死ねば全員死ぬでな?」

 カカカカカカカと、あっけらかんとして笑うファマックに、毒気を抜かれたのかエルランも天を仰ぎつつ───結局、渋々とゴドワンに同意した。


「わかった…わかったよ! 全員で行く。一点突破だ! …それでいいんだな?」

 ゴドワンに投げつけるように、自らも同意して見せた。

 

「もとより他に手はない…」

 地面に突き立てていた大量の武器の内、細身の剣を抜き、予備にはナイフを一本…武器すら軽量化に拘る。

 盾は対魔法防御を施された腕に固定する丸盾バックラーのみ。それを両腕に───


 それらの装備を手にし、敵方をギラリと睨む。


「そろそろ次弾が来る…時間がない」

 ボソリと呟いた、ゴドワンは成り行きを見守っているシャンティに告げる。

「お嬢…一頭でいい。馬を都合してくれ」

 頼む──と、武人の厳めしい態度そのもので礼を尽くされれば新参者のシャンティとして恐縮するばかり、

「うぇ!? ぼ、僕?? う、うん!」

 分かっているのかいないのかシャンティは思わず大きく頷く。

 その声に相好そうこうを崩し、柔和な笑みを浮かべたゴドワンの表情を真正面から見たシャンティが真っ赤になりつつ、

「あぅぅ…い、一頭だけならなんとか…!」

 そういうと、自身に付き従う一頭の犬のみを残し、他の顕現けんげんさせている精霊獣を融合させて一頭の一角馬ユニコーンを顕現させた。


「こ、これが精一杯…」


 彼女の精霊獣召喚の応用技らしい。

 通常の馬型精霊よりもより大型で強そうだが、それ以上にデカくて目立つ…

「ふむ…感謝する、お嬢」

 ポンとシャンティの頭に軽く手を置き微笑む偉丈夫。意外と絵になるのはゴドワンその人だ。


「で、どうする?」


 万年不機嫌と言った様子のエルランが詰まらなさそうに精霊一角馬ルーンユニコーンのケツをペシペシと叩いている。

 それを嫌がった精霊獣が後ろ足で蹴り上げようとしているのを嘲笑うかのように、軽く足で妨害しているエルラン。…嫌な奴だ。


「むろん…特攻だ。ファマック殿」

 ヒゲを撫でりこ撫でりことしていたファマックが目線だけをゴドワンに向ける。

「なんとなくわかるんじゃが…」

 嫌そうな顔をしつつも、不承不承ゴドワンに従う。それを満足そうに見遣ったゴドワンは、

 次にクリスに向き直る。


「そして、クリス殿…貴殿が要だ。…いや、ファマック殿と貴殿が要なのだ」

「む? 聞かせてもらおうか?」


 腕を組んだクリスに対してファマックら要と呼ばれた小隊の仲間を集めゴドワンは短節に作戦を述べていく。


 特攻だ。


 誰かが死ぬかもしれない無茶な作戦である。

 その先駆けになってくれと…ゴドワンは言う。ファマックとクリスに──死んでくれと。



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