第97話「偏屈もの達」


「待たせたな」



 外で待機していた自警団員に軽く声をかけると、

「そうでもないです──…あのッッ、随分…う、腕がいいんですね」

 大量の獲物を目の当たりにし、思うところがあったのだろうか。神妙な顔でうつむいている。


「まぁな」

 バズゥはバズゥで謙遜けんそんもしないで適当に相槌あいづちを打つに留める。

 このガキは変にプライドが高そうだからな…

 自分で「自分の事を腕が悪い」という分にはいいのだろうが…人に指摘されるのは嫌だ、というタイプか。


 ま、どうでもいい。

 顔もすぐ忘れそうだ。


 せいぜい、揉めない程度に付き合おうじゃないか。


「帰りますか?」

「いや、銃を修理したい…工房にる」


 え? と不思議そうな顔。


「俺は2丁持ちなんだよ」

 ポンポンと、になっている銃をさすって見せる。


「はぁ…良い銃だとは思ってましたが…もう一丁あるんですね」


 あぁ…そうでもなけりゃ、戦場でおちおち・・・・雑用もできないからな。


 一発撃って、即2発!

 …そのくらいでようやく、下の下だ。


 あの戦場は、甘くはない───


 変に猟師の矜持きょうじだかなんだかで…「真の猟師なら、一発で仕留める!」──とかいう、頭の固い爺さん連中もいるのだろうが…知ったことか。

 俺はあの場では兵士だったからな。

 矜持プライドよりも、エリンと俺の安全が最も優先で、最も正義で、最も重視すべきことだ。

 ──こと、だった…


 ま、今更一丁持ちには戻れん。


 何か言いたげな自警団員だが、かる~く無視して先に立って歩きはじめた。

 案内は不要。

 そもそもどこに案内していいか分からないはずだ。


 なんせ、

 銃の工房は一つじゃないからな。


 どこでもいいと言えばいいのだが、やはり馴染みがあるところに行きたいものだ。


 そう思って歩くことしばし、

 馬を曳きつつ到着したのは、小さな銃工房。

 中からガンガンという、激しく鉄を打つ音が響く。


 規模は小さいが、鉄を常時扱っている店だと分かる。

 俺の知る限り、腕は悪くなかったはずだ。


 経験上、昼間から火が消えているような店はダメだ。

 そう言う店は、在庫を扱うのみで生産等はほとんどしていない…はず。


 故にココだ…


「入るぞ!」

 大声で叫びつつ中へ入ると、途端にムワッとした熱気が押し寄せ──

 冷えた体を急激に温め始めた。


「だ、大丈夫ですか? この親父…偏屈で中々注文を、」

「誰が偏屈じゃ」


 足元から声が…

 見下ろすと、── 一人の小柄な人物が、酒をかっ喰らいながら昼寝中から覚醒したようだ。


 奥で鉄を打つのは一組の男達。


「よぉ」

「む」


 まるでドワーフかと見まがうような外見、

 髪も髭もぼうぼうで、チリチリに焦げた胸毛が飛び出る赤銅色の肌。

 ぶっとい腕は、右側だけが異様に盛り上がっている。

 ダンゴ鼻に、クリクリとした蒼い目…


 ギロっと見上げてくるのは…間違いない。


 ……


 …


 えと…


「ザラじゃ…」

 

 すまん忘れてた。

「よぉ、…ザラ爺さん久しぶり」


 …じとーっ、と睨まれている。

 うう、すまん。名前を覚えるのは苦手で…


「──とか考えとるじゃろ」

 はい。

「…散々世話してやったのに、もうこれじゃ。…魚を食う偏屈者めが…」

 クヒヒと、ニヒルな笑いで不機嫌さを吹き飛ばすザラ。

 この爺さんは、気分の上下が激しいからな。

 妙に鋭いし…


「魚を食う偏屈者?」

 ついてきた自警団員が「?」顔ハテナがおで首をかしげる。


「ガキは外で待っとれ」

「が、ガキって…!」


 あ、やべ。

 面倒な気配…


「おい、いいから外で待っててくれ」

「ちょ」

 話がこじれる前に追い出すと、戸を閉めた。

 暑さゆえに開放していたのだろうが、話しが面倒になるくらいならこの方がいい。

 どうせ用も、そうかからない。


「で、随分久しぶりじゃな……なかなか大層なもんも持っとるようじゃしの」

 ジっと、バズゥがになう銃に目を向けている。

「分かるか?」

 スッと銃を外して見せる。


「ふむ…オリハルコンとはな…ミスリルも使ったか!? これは…」


 シゲシゲと眺める。が、手は触れない。


 これだけで丁寧な職人だと分かる…

 人の持ち物をベタベタ触る奴は2流だと、…この銃を作った人物も言っていた。

 特に武器は、本人が命を預けている代物しろもの…手入れのためとは言え、許可なく触れていいものではない、とね。


「値が張ったよ。…で、これじゃなくてだな」


 ゴソゴソと異次元収納袋アイテムボックスを漁り取り出すのは、




 火縄銃タイプの「那由なゆ」だ。




 その壊れた台座が分かる様に、ザラに差し出す。

 許可を出せば、喜々として受け取ったザラ。


 …よほど、銃が好きなのだろう。


「むぅぅ…素晴らしい銃だ。…素材はもちろんのこと、金属が喧嘩をしとらん」

 異なる金属を組み合わせているというのに、バズゥの銃は一つの金属で作られたかのように滑らかな仕上がりになっている。


 色合いが違うので、見るものが見れば分かるが、

 逆に見るものが見れば驚くという。


 オリハルコンとミスリルの混合…合金ではなく混合だ。


「使用者の意図をよくわかっとるな…細工も丁寧じゃ…」

 試すすがめつじっくりと銃を観察すると、

 コトリと台の上に置き、膝をついて一礼。


 普段バズゥが銃に敬意を払う以上に丁寧な礼だった。


 そして、腰にぶら下げている道具を取ると、

 銃と台座を繋ぐ部分で、こう…グーリグリと挿したり回したりして、細かい作業をやり出した。


 所謂いわゆる、分解作業だ。


 小さな部品も多く、一見して華奢きゃしゃに見えるネジなんかも、実はオリハルコンで作られている。

 そのため、鍛冶屋の持つ道具ごときには負けない頑丈さだ。


 ほどなくして、ザラの手によってあっという間に解体。

 壊れた台座と銃身がむき出しになる。


 ザラは恐る恐るといった様子で、銃身を掲げ持ったまま一礼。

 そしてクルッとひっくり返すと…





 普段は台座に隠れて見えない作成者の銘を見た───





「………カトリ・ゼンゾー作…か、やはり──」


 ううむ…とうなり、うやうやしく銃身を台に置く。


「知り合いか?」

 軽く言ったつもりが、

「バカたれ! ゼンゾーを知らんのか!?」


 いや、知ってるけど。

 作ってもらったのは俺だしな…特注で──だぞ?


「知ってるっつの………あー有名なのか?」


 何言ってんだテメェ!?

 みたいな顔をされる。


「アホぅ! 世界一の鍛冶屋じゃ! フラ~りと旅に出てはその先々で伝説級の武具を作ると言われておる」


 あー…あのドワーフがね?

 なんか金に汚い、助平すけべ爺だった気が…


 エリンが可愛い可愛いと、しつこかったな。


 ──モシヤ、ロリコンデスカ…?


「へー…伝説ねぇ」

 良い銃だとは思うが…伝説ってほどでもないな。

 うん…ないよね?


「何年も前から、武具にはいてもっぱら鍋や、包丁を作り始めたらしいが…」


 あーたしかに、そういうのも得意だったな。

 バズゥの生活用品のいくつかは彼の作だ。


 って、え?

 あのコップとか手鍋って…結構凄いもの?


「新しいものが好きらしく…やはり、銃に目を付けていたか」

 ムムムとうなるザラ。


 銃一筋ひとすじのザラからすれば、何でも作るゼンゾーは異色の存在なのかもしれない。


「そういや、基本は銃を触っていたな。シナイ島では銃を使うのは俺位だから、しょっちゅう見て貰っていたが…」

 その過程で2挺目を作り、さらには改造を加えていった。


 最初は、軍支給の小銃が気に入らなかったので、自前の猟銃を使っていたのだが、如何いかんせん旧式過ぎてあっという間に故障した。

 それほどに激しい戦闘に、激しい動きがあり───生半なまなかの猟では味わえない地獄の戦場だった。

 たしかに、あの戦場で…俺は猟師としての腕も上がっていった。

 敵を狩る。殺しの猟師マンハンターとして…


「なるほどのー…修羅の如き叫びが聞こえるの…」

 度重なる改修のあとを見ているのだろう。

 折れたり曲がることはなくとも、銃を撃つというのはやはり金属部分にも多大な影響を与えるようだ。


 気付かないうちに、何処か損傷している可能性もある。


「で、どうだ? 台座がぶっ壊れたから直したいんだが…」


 銃身ばかりに目を取られているザラにいう。

 鉄だけでなく、ゼンゾーはこういった木製部分の細工も得意だった。


「ふむ…これは修理というより、一から削り出しになるな…」

 難しい顔で顎をさするザラ。

 まぁ、作り直しになる覚悟はしていた。


「材料はシナイ胡桃くるみか…よく現地を見てるようだ」

 軽く頑丈な素材である、胡桃くるみの木で作られている。

 

 しかし、材料がシナイ島産とはね。


「同じものは作れんが…いいかの?」


 む…


「同じ風にはできないか?」


 肌触り、重さ、しなり───できれば同じ方がいい。

 こういった目に見えない小さな要素が狙撃には必要なのだ。


「無理を言うな…材料からして入手できん」

 まぁ、シナイ島産と聞けばね…

 大金を払えば、取り寄せることもできるだろうが、戦地のこと…時間も金もかかるだろう。それはもう膨大かつ、べら棒に…


「ぬぅぅ…背に腹は代えられんか」

 金も時間もないバズゥは、唸りつつも妥協するしかないと諦める。


「おいおい、儂をあなどるなよ? 全く同じは無理でも…こいつに近づけて見せる」

 スっと挑戦的な目で、壊れた台座を見るザラ。

 銃職人として、何か譲れないものがあるのだろう。


 ゲェェフ…と、酒臭い息をしながら言われてもなぁ。


 まぁ、この人くらいしか頼れそうにない。

 背に腹は~とか言ったが、普通に考えれば失礼だな。うーむ。


「頼む」

 スっと頭を下げ礼を尽くす。

 この手の礼の仕方は珍しいらしいが、例によって、俺の姉貴のこだわり~以下略。


「わかった。引き受けよう」

 同じく真面目腐った顔で返礼するザラ。

 鍛冶屋連中は武器に関しては本当に誠実だ。ココは信用していいだろう。


「他に用はあるか?」


 呼び寄せた弟子らしき男に、分解した状態の銃を渡し、バズゥの用向きを確認するザラ。


「そうだな…───」

 考えてみれば色々あるな。


 鉈の手入れに、

 銃弾の補充、

 火縄も購入したい。…今は銃そのものを預けてしまったが予備はいくらあっても足りない。


 それに「奏多かなた」(マスケット銃タイプ)の燧石ひうちいしも補充しなければな。

 あとは火薬だな。

 

 そうだ、

 紙薬莢ペーパーカートリッジ用の紙を買ってしまおう。


 銃工房はそれらも扱っている。

 用向きを聞いたザラは、背後に従っている弟子に言いつけ準備させる。

 そして、ズイっと手を出し…




 なたは、今すぐ手入れしてやると───



 そう言った。


 注文した品の準備と、

 鉈の手入れに小一時間ほどかかると言うので、このまま待たせてもらうことにする。


 外で自警団員が待っているが、ザラは中に入れないだろう。


 …偏屈な爺さんだからな


 同じ偏屈者どうしの、バズゥとはなぜか気が合うのだ。

 酒好きで、オパイ大好きなところも似ている。


 うん、

 この村では、よそ者で修業中のバズゥに銃をレンタルしたり、

 戦場に旅立つ前に、中古品の猟銃を売ってくれたのはこの爺さんだけだったな…

 思えば──かなり世話になっていたようだ。


 スマン。

 

 名前を忘れて…今度は覚えるから許してくれ。


 ザラザラザラ…ザぁラザラ!

 ん。覚えた。


 ……多分。


 名前を一生懸命脳裏に刻んでいるバズゥの横で、ザラは手入れの器材を取り出し、鉈を手入れし始めた。

 鉈くらいの刃物をぐなら、銃職人のザラにもできる。

 本職には劣ると本人は言っているが、腕は悪くないと思う。


 銃を売ったり、打ったり、撃ったり、

 ──だけで食っていくと言うのは無理もあるのだろう。


 見ればそれなりに年季の入った砥石砥石だ。

 ぎの仕事も引き受けているのかもしれない。


 これも含めて、全部で──締めて金貨3枚と銀貨5枚なり。

 ……王国通貨な。


 まけてくれたようだが…それでも高い。

 さっきの稼ぎを使ったが、稼ぎがなかったらどうなっていたことやら。


 ジョーリ…ジョーリ…と、ぎを始めたザラに、何とはなしに世間話をする。

 弟子一人が用意してくれた茶菓子と、薄い酒をチビチビめながら、

「外の若い奴なんだが………今、村はあんなのばっかりか?」

「あん? あー…」

 難しい顔でザラは噛みしめるように言う。

「酷いもんさ…長老連中は、税金免除に目がくらんで、腕っこきをほとんど出しちまいやがった」


 お陰で注文減ったと、ブツブツというザラ。


「そうか……ココだけの話だが、メスタム・ロックに行ってきた……………哨所は全滅だ」

 ピタリと、ぎの手が止まる。

 ザラが青い顔をしている。


「なんだ? いや、嘘じゃないぞ」

「む、息子が…」


 な、

 マジかよ……


 雇いの猟師として、哨所にしたのか──


 ……


 …


 この話題、

 マズったな…


「すまん」

 ジョーリ、ジョーリ…

「いや。山で死んだのなら…………いはないだろうさ」


 …まだ生死不明だ。

 そう言いたいが…なぐさめが欲しいわけではないだろうな。


「くそ…じじいどもめ。身売りしたツケはデカくつくぞ」


 ぎ具合を確かめるために、水にれる鉈を持ち上げるザラ。

 工房の火の照り返しを受けて、やいばがギラリと光る……こえぇぇな、おい!


「…他にも出してるんだって聞いたが」

「あぁ、山の警備だけでなく、王国軍の新設部隊に連れていくとかなんとか…」


 おいおい…

 猟師なんてシナイ島じゃ役に立たんぞ?


 王国軍は何を考えている?


 それとも、銃持ちは後方配置が普通らしいから、

 どっか国内の駐屯地に配備して、あわれな正規軍を代わりにシナイ島に送り込む算段か?


「長期間帰れんとは言っていたが…こうなったら長老に掛け合うべきかもしれん」


 ギラリ───と…………、

 ぎを確かめてるんだよね?


 なんか、長老たちの話をするたびに、ヌラリと鉈を持ち上げるのやめて……──怖いから。


「そのほうがいい…戦争じゃ、犬死にするだけさ」


 ──それに猟師の練度の低下も危ぶまれる。


 別にファーム・エッジがどうなろうと知ったことではないが…

 ──そうとも、別に滅びて欲しいわけじゃない。

 ちょっとまぁ、こうして知り合いが多かったりするので、昔のバズゥの事で揶揄からかわれたり、キナの事を話題にされるのが苦手なくらいだ。


 それに随分ずいぶん人が減ったり変わったりで、村と変わった……………正直、思っていた以上に、悪い感じはしない。


「今、猟師の指導はどうしてるんだ?」

「自警団長が直々にやっとるよ」

「団長がねー」

 代々、猟師として一番腕の良いものが自警団の長もねるとか?

 副長は普通に推薦だったり、投票されたりで選ばれるので──渉外も内部人事もなせる人物が当たる。


 団長は、腕はいいが人としてはアレ…なんて話は昔からあったらしいので、その処置なのだろう。

 副長は団長の補佐…というか、尻拭き役ってね。


 まぁどうでもいい。


「今日はいないのか? お陰で門のところで若いもんに絡まれたぞ?」


 バズゥの修業時代の団長とは代替わりしている可能性もあるが、村に長くいる人物である可能性が高い。

 ならば、バズゥの顔を知っていてもおかしくはないのだが、本日はあいにく不在らしい。


「さぁて詳しくは知らんが、お前か来る前に海の連中が冒険者を寄越よこして、なにやら血相変えて自警団やら、猟師やらを連れていったらしいが……」


 よくわからないが、ポート・ナナンの緊急依頼スクランブルを受けて、猟師を駆り出したらしい。


 ──この村に残った、最後の腕っこきの連中を、だ。


 流石さすがに正門にいる──自称一人前の見習い猟師どもを連れて行くわけにはいかなかったらしいな。

 最低限の戦力は残したが、

 おっとり刀で駆けつけて行ったということか…


 なんだろうな?


 嫌な予感がするぞ──

 ここでのんびりしている場合じゃないような………


「さあ、できたぞ!」 

 息子の安否が気になるだろうに…ザラは完璧な仕事をしてくれたようだ。


 美しく磨き上げられた鉈は、購入時の様な輝きを放っている。

 それに併せて弟子がやって来ると、購入した品を袋に包んで渡してくれた。


「世話になった」

 例を言って受け取ると、

「……また来いよ」

 寂しげに笑うザラを見て、何故か胸が締め付けられるような思いがした。


 ……どこか、エリンを思い出してしまう。

 ───クッソほども似てはいないが…


 あれが、親しい者を思う顔なのだろう。


「近いうちに銃を取りに戻るさ。完璧な仕事を期待している」

「あぁ、2、3日で出来る。……任せろ」

 ニカっと笑う顔にも、矢張やはり影がある…


「あー…息子さんのことは──」

 何か気の利いたことを言わねばと、バズゥが口を開き書けると、


「ちょ!?」「バズゥはここかい!?」

 外で自警団員と、オバちゃんの声がする。


 ……


 バンと乱暴に開けられるドア。

 もつれるように転がり込んできた自警団員とオバちゃんだが、


「大変だよ! ば、バズゥ」


 自警団員を巻き込みながら、ドドドドと工房に転がり込んできたオバちゃん。

 下敷きになった自警団員が、潰れたカエルのような声を出していたが、構うものかと転んだ姿勢でオバちゃんが叫ぶ。


 その姿に、胸騒ぎが急激に大きくなる。


 なんだ?

 何が起こった??


 なぜ俺のところへ……?

 

 ……

 

 …


 決まってる…


 ポート・ナナンか!?


「海の連ちゅ──」

退け!」


 鉈を鞘に仕舞うと、品物だけ受け取り素早く外に飛び出す。

 一応、オバちゃんの首根っこは掴んで引き起こしつつ、


「詳しく!!」


 動きながら馬に飛び乗り、


「詳しくは…ただ、海の連中が緊急だって言ってきて──その応援に出ていった猟師が血だらけで逃げ帰ってきたんだよ…海の……その、ポート・ナナンが襲撃されたって!」


 それだけ聞くと、オバちゃんをポイスと捨て自警団員に預ける。


「帰るぞ!」


 馬術が慣れないなんて言っていられない。


 行くしかない、

 行くしかない、

 行くしかない、


 馬首を巡らせると、疾走の構え、


 馬が持つか───などと考えもしない格好かっこうだ。


 ドカカッドカカッ!


 と、我が意を得たりと馬は判断し走り出す。

 バズゥは操作しているつもりだが、…ほとんど馬が自主的に動いていた。


「ポート・ナナンだ!」


 分かるか!? と馬に告げると、ブルルルルと力強い返事。

 首を軽く叩く──


 いい子だ。


「いけ! 突っ走れ!!」


 襲撃。


 襲撃。


 襲撃。


 襲撃だと!!??


 誰が…


 いや、構うものか!


 行くだけだ。

 往くだけだ。

 征くだけだ。


 走れ、

 走れ、

 走れぇぇぇぇぇっぇ!!!


 ブルルヒヒィィィン!!!



 ドドドドドドドドドドドドドドド!!

 と、凄まじい速度で駆けていく馬。


 それでも馬は冷静だ。


 ポート・ナナンまでの距離と自分の持久力を考えている様だ。

 全速力ではないが、歩いているわけでもない───


 一番早く到着する速度を計算し、自分の体力と都合を付けて走っているのだ。


 それは、自らの保身ではなく。

 主人を、

 バズゥを一刻も早く目的地へ送り届けるため───


 征くため、

 往くため、

 行くため、


 走る、

 走る、

 走る。


 

 彼は走る。

 彼は馳せる。

 彼等は馳せ参じる。



 ドドカッ、ドドカッ、ドドカッ!



 あっという間に正門に到着。

 途中途中で、村人が驚いたり腰を抜かしているが…知らん。


 っていうかよぉぉぉぉぉ、


「どぉぉぉっけぇぇぇぇぇぇ!!!」

 鬼のような形相で突進するバズゥに、

 正門を守っていた自警団ごときが対処できるはずもなく。


 何人かは慌てて銃を持ち出そうとしているが、緊張感のない彼らは一カ所にまとめて残置。


 すぐに準備できるはずもなく───

 慌てるものだからガラガラと崩れててあああーーーーもーー!


「と、とまれ!!」


 唯一、槍を持っていた自警団員が道を塞ごうとするが───


 ズドドドドドドドドド!!!


 と足音も高らかに砂煙を巻き上げ突進するバズゥと馬の人馬一体の姿に腰を抜かし、


「ひぃぃ」

 と、頭を抱えて伏せた。


 ブルヒィィン───ドドカッッ!! ッとばかりに、…その上を馬が飛び越えていく。


 正門を通過しようとしていた村人に商人たちは、我先にと道を開けていた。


 もはやさえぎるものはない。


 駆け抜けるバズゥが視線を巡らせると、一カ所だけ妙に人が溜まっている場所があった。

 正門の詰め所前だ。


 通り過ぎるときチラリと見たが…


 血だらけの猟師がぐったりとしており、

 彼を運んで来たらしいロバが一頭、所在なげにしていた。


 クソ……

 本当に、ツケが回ってきたようだな。


 瀕死の生存者の傷口は無惨そのもの。

 あの傷…ありゃぁ…


 クソォォ!!





 バズゥは馬を駆りながら叫ぶ。

 間に合え! と───




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