第83話「山の葬送」


 ポート・ナナンから数刻。

 馬の脚のおかげで予想よりも早く目的地に到着したバズゥ。


 強い獣臭と、腐敗臭が立ち込める中──馬を降りると、その手綱を取り近くに木の枝に掛けようとする。


 ブフフフフフフゥゥ……


 ジッとバズゥの目を見つめてイヤイヤをする馬に、

「なんだ? 逃げないから繋ぐなって? …わかったわかった」


 なんとなく、馬の言わんとすることを掴んだバズゥは、手綱を握ったまま先日の狩場に到着する…

 多数の地羆グランドベアの死体に、巨大なキングベアの体…どれも首を切り落とされ──だらしなく肢体を地にさらしていた。


 ばら撒いた獣避けは良い働きをしたようだが…さすがに虫までは遠ざけることはできない。


 この季節はほとんどの虫は越冬するか、寒さに動きが鈍くなっているはずだが…いないわけでもない。

 たかる羽虫が卵を産み付け…すでにかえった幼虫うじが肉を食い荒らしていた。


 数日とは言え、さすがに放置期間が長く腐敗も始まっている様だ。

 その臭いにつられたのは羽虫だけでなく、地中に潜む甲虫のたぐいも肉にかじりついている。


 季節がもっと暑い時期なら、耐えがたい悪臭と腐敗ガスによって近づくことも躊躇ためらわれるが……気温の低下は、腐敗を最低限にとどめくれたようで、まだまだ使える部位はありそうだ。


 さて、やるか…


 あまり気分の良い作業ではないが、これも稼ぎのうちだ。

 肉はほとんど売り物にならないし、食える部位も少ない。オマケに腐敗が始まっている…


 そのためもっぱら狙うのは毛皮と肝…それに手足だ。

 そのほかにも脂身や一部の肉も売れるが…まぁ、解体してから判断だな。


 猟師スキル『解体』を発動。


 通常の作業よりもはやい速度でそれらを行えるが…まぁ地味なものだ。

 天職レベルがMAXゆえ──それは、本職の肉屋よりも早く正確だ。


 あっという間に一頭を解体しきる。

 慣れない者なら一日作業だというが、バズゥの手に掛かれば数十分で解体完了。

 おまけに、今の解体で要領をつかんだのと、腐敗程度が分かったため次はもっと早いだろう。


 脂身がこびりついた毛皮を大雑把に広げて乾かす。


 あまり時間をかけると、皮がごわごわになる。

 すぐになめす過程に移るべきなのだろうが、量が多すぎた。


 なめしは、後程のちほど本職に任せるべきだろう。


 すぐに別の地羆グランドベアの解体を順次行っていく。


 可食部位は思ったよリも少ない。

 手足はともかく……

 体の大半は血抜きが中途半端で腐敗の程度が激しい。

 首を切り落としたとはいえ、横たわった体の地表に近い部分には血が残り、腐敗を進行させた。

 一方、重力に従って下へ下へと流れた血液はゆっくりとだが、確実に溢れだしていた。そのため、地面と反対に──上面に位置している部分は辛うじて血が抜けており、何とか食えそうだ。


 脂身も含めてその部分をざっくりとカットしていく。


 一部は熟成が進み、逆に旨くなっているかもしれない。

 背骨は周りの肉ごと大雑把に切り取った。……これは中の骨髄が使える。


 雑食性の熊の骨髄はさほど美味いわけではないが…出汁だしを取るには十分だ。

 キナに渡せば上手く調理してくれるだろう。


 だが、それを売り物にするのは少々気がとがめる。


 なんせ、

 ……この地羆グランドベアどもは人を食った熊だ───


 人によってはその肉を食うのを嫌がるだろう──だから、もっぱらハイデマン家で消費する。

 裏で欲しがるものには出してもいいが、まぁ、いないだろうな。


 この肉を態々わざわざ食すのは、猟師としての矜持きょうじに近い。

 すなわち、食物連鎖の戦いに勝った証、獲物──そして命への敬意だ。

 また、食われた人への供養くようでもある。


 ただ食われ…熊の血肉にもなれず、腐って虫に分解されるよりも……まだ、間接的に人の血肉になる方が良い──


 そう考えるのがこの地方の猟師だ。

 バズゥも御多分ごたぶんれずその作法に従っている。

 中には気味悪がる人もいるだろうから、一々それを喧伝けんでんすることもしないが、これは譲れない。


 解体するごとに、手を合せて残骸をひとまとめにしていく。

 そして、時間と共に異臭を放つ山が解体ごとに積み上がっていった。


 ちなみに…胃袋は開けないようにしている…

 ──理由は聞かずともわかるだろう?


 妙に膨らんだ胃は強い悪臭を放っていて……

 分厚い胃壁は、無理に刃をあてなければけることは無いが…なにやら金属なども混じっているらしく、妙に出っ張っていたりするのが生々しかった。


 なるべく触らない様にしつつも、それなりに丁重に扱う。

 地羆グランドベアの残骸からは分けて起き、別の小山を作って、胃の残る部位だけを選別しておく。


 胃袋の山や、地羆グランドベアのそれをドサドサと積み上げる残骸からは、

 獣避けの薬が、腐敗した血に交じり地面に溶けていく。


 ──発せられる強い臭いは山中を漂い、気の早い鳥類を寄せ始めた。


 バズゥが作業する上空を、食事にありつきたいとばかりに、今か今かと旋回している様は…なるほど、大自然だ。


 しかし、自然を超越するかのような強靭なる猟師の気配に、猛禽もうきん類らしい鳥類は二の足を踏み…ライバルたる別の鳥を追い払うに徹している。


 さて…と、


 多数あった地羆グランドベアを全て解体しきると、可食部位を一つの毛皮の裏地に乗せてまとめる。


 それはうず高く積み上がり、かなりの量だ。

 その中でも特に金になる肝は、手持ちの革袋に詰め込み厳重に仕舞う。

 肉はほとんど金にならないが、地羆グランドベアの肝は違う…


 薬に食材、錬金術に儀式……まぁ、用途は色々あり──需要はいくらでもある。

 要は御高いモノです。


 必ず回収すべし、と。


 臭いからして、鮮度は落ちていたが、まだギリギリ使える範囲だ。

 これは依頼クエストの一つでもあるため確実に持ち帰る必要がある。


 また、他の依頼クエストである獣肉の確保だが…さすがにこの肉ではまずいだろうな…

 何種類かの獣を狩っておこう。


 生肝でギッシリとなった皮袋の口をしばると、異次元収納袋アイテムボックスにしまった。


 ──さて、最後の大物だ。


 目の前には、小山の如く存在感を放っているキングベアのクイーン


 変異種中の変異種だろうが…

 ここまで巨大な個体は史上初かもしれない。

 ついでに言えば売り物としても市場初だろう。


 これの肝には一体いくらの値がつくのか…


 キングベアの肝はただでさえ貴重品だ。

 それがこのサイズ…


 バズゥの目には、金貨の詰まった袋にしか見えていない。

 人知れず笑みが浮かんだ。

 

 顔に付いた血を軽く拭うと、本日最大の解体作業に入る。


 切れ味抜群の鉈を使って、毛皮を解体する正中線に切り込みを入れていく。

 この際に、毛皮の内側に溜まった腐敗ガスが一気に噴き出すために息を止めておく必要があった。


 生憎あいにくと長時間の作業ができないわけだ。

 慣れない者はこの時点で断念するだろうが、そうはいかない。


 毛皮自体も高値がつくだろうし、その下には同量の金にも匹敵するといわれるキングベアの肝だ。

 それらを逃す手はない。


 バズゥは息止めると、一気に鉈を走らせ皮を切り割いていく───


 湿り気を帯びた刃音がち……


 ボフ! っと生臭い、脂交じりの腐敗した血液が飛び散り、ソレに纏わりつくようにメタンガス由来の腐敗ガスが周囲に立ち込めた。


 息を止めていてさえ嗅覚を刺激する…浸みる匂い。


 目を直接刺激するソレは、涙を誘発させる。


 切り割いていくものの、さすがに巨大すぎて途中で息継ぎをすると───


「おええええっぇぇぇ…」

 

 僅かに吸い込んだガスに咽返むせかえる。

 こればかりはいくら解体を経験しても慣れない…

 そもそも、腐敗した獣を解体すること自体、間々ままあることでもない。


 ただ、腐敗臭だけは……シナイ島で嫌というほど嗅いだ。

 むしろ、場合によっては自らのその匂いに飛び込むこともある。


 斥候スカウトの任務は、敵に気付かれないことが肝要。

 敵戦線の眼前で、自らの匂いを消すために腐った死体に沈むように潜伏したこともある。

 敵だって好き好んで腐った死体には近寄らないから、安全な時もあった。


 まぁ、安全な時も───だ。


 戦線が整理された時は、後方部隊が出張でばってきて戦場整理をする。

 その際は当然死体の処理もするわけだが、そんな時に潜んでいたら……これ幸いと一緒に処分されちまう。


 敵にせよ、味方にせよ…死体処理をするような、意気の上がらない任務を持つ連中は大抵が懲罰部隊。

 素行は最悪の連中だ。

 

 と、意識がれたな…

 集中集中。


 再び息を止めて、皮をいでいく。

 通常個体の何倍ものデカさを誇るキングベア(妃)の皮剥ぎは、並み大抵の苦労ではない。


 これだけで『解体』のスキルを持つバズゥでさえ、かなりの時間を要してしまった。

 まだ正午ではないが、予定よりも大幅に時間を使っている。


 気温に比して、連続した作業のおかげでうっすらと汗ばんでいた。

 

 エイヤっと、ばかりに皮を引っぺがすと…大雑把にまとめて、他の地羆グランドベアの毛皮とともに紐で梱包こんぽう

 あとで、簡易処理をするとして──異次元収納袋アイテムボックスに収納する。


 次は肉の解体だ。

 これはもう手慣れたもの。


 食える部位を集中的にそぎ落として、

 売れる部位を丁重に取り出すだけ。

 可食部位はそう多くはないはず……


 手足は切り落とすだけなのでそれほど時間は掛からない。

 実は、意外にここが食えるのだ。

 食材としても優秀。

 また、オブジェとしても高値で取引される。


 あとは、内臓類。

 肝は当然として、心臓も欲しい。

 売り物として──ではなく、儀式として、だ。

 

 それらを取り出すには、一手間必要になる。

 厄介なのは肋骨を切り裂く手間だが…オリハルコン製の鉈はこんな時も大活躍だ。


 ガンガンと少々乱暴に扱っても刃零れ一つない。


 こいつに刃毀れを作れるのは同等以上の業物わざものか、上位の害獣モンスター、あるいはドラゴンくらいか?

 ま、ここにはいない。


 さて、

 

 鉈の頑丈さに改めて感謝しつつ、メリメリメリィと肉と骨を切り裂いていく。

 内部はそれほど腐敗は浸透していないが、代わりに生臭い匂いが立ち込めた。

 脂身が多いのだ。


 テラテラと鉈の刃に油がまとわりつき、虹色に光る……

 これでは、叩き切ることはできても、斬るには少々難が出始めるだろう。

 ここまで切り裂けば、あとは細かい刃の方がやりやすいかもしれない。

 物入から作業ナイフを取り出すと、分厚い脂肪層を切り分けていくが、ブヨブヨと脂がまとわりつき、すぐに切れ味が落ちた。


 ボロ布で何度も拭い、目的の内臓…肝を見つけると、繋がっている管を切り取り…取り出す。

 ドボドボと胆汁が零れ、まとわりついている脂が糸を引いた。


「重っ…!」


 ずっしりとした重みを感じさせるソレは通常個体の何倍もの大きさ。

 しかも、キングベアの肝だ。


 一体いくらの値が付くのか。

 ゴクリと生唾を呑み込む音が妙に響いた。


 ぼったくられない様に、ちゃんと頭部と毛皮も持ち帰る。

 それだけで、キングベアであることの証明と、巨大さを示せるだろう。

 その他にも幾つかのモツを取り出していく。


 脂身も、腐敗が遅いためそのまま使えそうだ。


 改めて、別の袋を取り出すと売り物になる部位をドンドン詰め込んでいく。

 ジュックリと汁が染み出した袋は、傍から見ればスプラッターな光景だろう。

 慣れないものには絶対できない作業だ。


 バズゥも別に楽しいわけではないが…まぁ、慣れとしか言いようがない。

 そのうちに嗅覚も馬鹿になったのか、あまり気にならなくなった。


 依頼クエストの獣肉の確保に、この肉を少々加えてもいいかもしれない。


 地羆グランドベアの肉は硬くて、そうそう食えないことは知っているいるが…キングベアの肉は実食経験がないので何とも言えない。


 ただ、旨いという話は聞いたことがないので…まぁ、その通りなのだろう。

 取りあえず、今日食べる分は分けておこう。旨ければそのまま食ったり売ったりできる。

 腐敗していない分は、加工して保存食にすればいい。

 硬くて食えないとしても、出汁くらいとれるはずだ。

 キナが喜ぶに違いない。


 当然、骨髄をとるための背骨も、周囲の肉ごと大きく切り取っていく。

 

 キングベアの肉だけで、地羆グランドベアの肉の量を上回るものが採取できた。

 脂肪が多く、腐敗が遅かったのが主な原因だが…それだけに、コイツの胃袋は絶対に開けない方がいい気がした。


 哨所を襲ったのはコイツではないとしても、どこで何を食っているか分かった物じゃない。


 ぷっくりと膨らんだ胃袋はゴツゴツとしており…骨ごと何か硬いものが入っている。

 絶対中は見ないでおこう…


 そう固く決心すると、一心地つきたくなった。


 さて、

「ぷっふぅぅ…疲れた…」


 ドロドロになった作業ナイフを拭い、物入にしまうと、水筒から水を少しだけ飲む。

 疲れた体ゆえ、いくらでも水が飲めそうだが、ほどほどに収める。


 キナが作ってくれた弁当を食っても悪くない時間帯だが、まだまだ作業はある。

 塩分補給のために、プラムモドキ漬けの──カラカラに乾燥したものを取り出すと、口に放り込みしゃぶる。


「すっぺ」 


 *型に口をすぼめつつ作業再開。


 血みどろになりながらの作業。

 とりあえず、金になる部位の採取は終わった。

 あとは、後始末のようなものだ。

 もうすぐ終わる…


 デッカイ胃袋を体から切り離すと、引き摺って地羆グランドベアの胃袋が積みあがった山に横付けする。

 ぶん投げて積み上げてもいいが…なんか色々と汁が飛びそうだ。


 そして、最後にキングベアの心臓を切り取ると、メスタム・ロックに山頂へ目掛けてかかげげる。




 ───命を、頂きます───




 固まった血が、僅かに滴る…──

 新鮮な物なら、猟師は時にこれを口にするというが…

 血の腐敗は早い。

 そして、臭いが凄い………

 既にこの心臓も、異臭を放ち始めているが…どちらかと言えば腐敗の一歩手前だろう。


 これも分厚い脂肪と気温のせいかもしれない。

 地面に置いた鉈の上に心臓を置くと、

 パンっと、手を合わせて瞑目めいもく


 山と森と獲物に感謝──


 すぐに、目を開けて作業再開。

 感慨は一瞬でいい。


 肉も心臓も異次元収納袋アイテムボックスへ入れ、装具類も軽く片付ける。

 

 ──馬は大人しく待っていた。


 ブブフフフゥゥ……

 と、バズゥをねぎらうように見つめているが、やかましくすることは無い。


「あと少しだ…待ってな」


 馬の頭を軽く撫で、額を鼻先にくっ付ける。

 ブルンと軽く鼻息を付いた馬は、まるで「わかった」とでも言いたげ…


 バズゥの作業を大人しく見守る。


 さて───


 バズゥの目の間には、地羆グランドベアの残骸と、胃袋の山…

 これは自然に返す。


 返すが…


「すまんな…人間は自然とは相容あいいれない…だから、この山に帰することを拒否させてもらう」


 スっと片手で胃袋の山に手を合わせ、

 空いた手を向ける──


 猟師スキル『点火』…熾火すらなく薪に点火できるほどの火力を誇る…スキルMAXの『点火』は、たちまち引火する。


 胃袋の外に纏わりつく内臓脂肪の効果も相まってバチバチと音を立てて火が着いた。


 そこに、樹脂の多い針葉樹の枯れ枝を被せ火の立ちを助長させる。


 あっという間に業火になった火は、高く高く立ち上り…

 胃袋の中にいるであろう人の残骸を、荼毘だびに付していく。


 食い食われるのは自然界の常。

 人も極論すれば動物で、自然の一部…


 だが、なぜか人は自然に帰することを忌避する傾向が強い。

 自然に還るのを嫌い…死してなおともがらといたいとばかりに、墓地で大勢と眠る道を選ぶ。

 火葬はあまりみられる習慣ではないが、各国様々な葬式習慣のなか、存在しないわけではない。

 

 ちなみに王国は普通に土葬。


 この地方では、土葬した死体は墓地で永遠に眠る…

 王都のような人口密集地では、土葬し──期間が来れば掘り出し、骨を地下墓所カタコンベに安置するんだとか…


 王都の地下には巨大な地下墓所があるという。

 広大な地下空間に骨の山…う~む、ゾッとしないね…


 ボウボウと激しく燃える胃袋の山から、弾けた胃壁を破り幾つかの骨やら装備品の類が顔を出す。

 はっきりと面影のある半欠けの頭蓋骨もあれば、ボロボロにかみ砕かれた皮鎧もある。


 …やはり、王国軍の哨所で襲われた冒険者や、兵士は地羆グランドベアの胃袋に収まっていたようだ。

 見ていて気持ちのいい光景ではないが…バズゥがやらねば誰も供養してくれないだろう。


 まぁ、それも自然の摂理せつりなのだが…


 猟師は自然に感謝しつつも、自然と戦う。

 ファーム・エッジの猟師の何人かは死ぬ時は山が良いなんて言うが…バズゥから言わせれば詭弁きべんだ。

 戦場を経験し、人の命が羽どころかほこり一粒より軽いことを知った今…生きて命を奪う行為に善も悪も…自然もクソもないと知った。

 あるのは、ただの生存競争…人類と覇王の意地の張り合いだ。


 そこには、個人の介入する余地などない。


 だから、自分の生き死には───自分で選択できる自由が欲しい。そしてその自由が恐ろしくも貴重で尊いと知った。


 だから、

 山に帰るだとか…

 宗教的な思想だとか…

 そんなもので自分の死に方を縛るのは御免だ。



 俺は、死ぬなら最後まで家族と一緒に居たい。

 ───それだけだ。



 山で孤独に死ぬのも、

 戦場で泥と戦友の死体とごちゃ混ぜになるのも…


 ──ゴメンこうむる。


 俺は死に方くらい自分のエゴを通していいと思う。ただそれだけ…


 こうして火葬をしてやるのも、俺のエゴだ。

 彼らは死して語らない。

 ましてや供養してくれとも言うはずがない。


 だから、ただの感傷でしかないし、無駄で無為な行為でもある。

 そればかりか…山の命の循環を考えると冒涜ぼうとくでしかないのかもしれない。


 でも、

 例えそうであっても、


「俺たちは人間だからな…」


 ゴトッ…と、胃袋が焼き切れその山が灰になり小さくなっていく。

 まだまだ盛大に燃えているが、完全消火を待つのも時間がかかりすぎる。

 カラカラカラン…と乾いた音を立てて焼き崩れた骨が崩れる様を見ながら、延焼しない様に熊の残骸から腐肉を並べて、水分の輪っかをつくり、火葬場を覆う。


 その間にも、熊の脂肪が焼ける良い匂い・・・・が漂っていた。

 そこに冒険者たちの死体が混じっているとしても…だ。


 まだまだ、燃えそうなソレを放置し、馬の元へ向かう。

 

「さ、終わった…」 

 ブフフフゥゥ…

 まるで、「あれはいいのか?」と馬が問うているかのよう。

「あぁ、いいさ、火事になってもこの時期なら問題ない。…もうここには誰もいないからな」


 本当は山火事になる危険は極力避けたい。

 だが、ここは開けた場所になるため、類焼する材料は極端に少ない。

 乾いた木や葉は、さっきすべてくべたため、あたりは丸裸だ。


 火の粉の危険がないと言えば嘘になるが…生木だらけの森では早々火など燃え移らない。

 何れにしても、王国軍哨所が全滅した今、この地にいるものはバズゥくらいなもの…


 所詮は自分勝手な人間様だ。

 後は野となれ山となれ、だ。


 気にならないわけではない──

 火の番をするものがいれば一番いいのだろうが……

 だが、火葬の後始末に人手を割くのも、今のバズゥには余裕などない。


 ──ならば最初から、やらねばいいのだろう、それもバズゥ独特の価値観がとがめる。


 結局、中途半端な対応にはなったが、帰りにここに立ち寄った時に埋葬してやるためにも、完全に燃え尽きてもらう必要がある。


 でなければ、残った肉を動物が食い荒らすに違ない。


 未だにくすぶる小山を置き捨てバズゥは馬にまたがった。

 軽く足で腹を叩くと、心得たとばかり馬はゆっくりと進みだし、その健脚を遺憾なく発揮してさらに山奥へと向かう。


 人の小走り程度の速度なら、日が傾くまでに到着できるだろう。





 バチバチと脂肪がはじける音を背後に置き捨て、バズゥは一路メスタム・ロックの奥へと向かう──





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