第82話「借金の行方」



 家族として選択しなければならない──

 愛する家族、

 そのいずれかを…




 ブルルルウゥゥ…




 思い悩むバズゥをはげますように、馬が小さくいななく。


「ん? そうだな…まだ時間はある。──良くも悪くもな…」


 そうだ。

 借金はまだ膨大な額だ。


 今日の依頼クエストとて、全部達成しても借金の額に比してわずかな稼ぎにしかならない。

 …とは言え、冒険者連中からすれば、バズゥの依頼クエストはかなり稼ぎが良いとか……?


 しかも、バズゥは冒険者の立場でありながら、ギルドマスターの身内でもある。

 本来なら、ギルドのランクごとに報酬の天引き率は変化するのだが、バズゥはその範疇はんちゅうにない。


 報酬の天引き。


 簡単に言えば、「甲」「乙」「丙」「丁」の4ランクが主にあり(乙ランク等の「中堅」どころはさらに細部に分かれる)、報酬の天引きもランクごと違う。


 凄腕の冒険者になれば、黙っていても依頼クエストは舞い込んでくるし、ギルドとしても達成率の高い冒険者に依頼クエストを任せたい。

 ゆえに、ギルドの仲介手数料を報酬に廻してでも受けて欲しいという事情があるため──報酬の天引き額が減り、高い報酬を得ることができる…そういう仕組みだ。


 細かい額はギルドごとの裁量に一任されているので一概に言えないが…フォート・ラグダのヘレナが経営するギルドでは、だいたいこんな感じらしい。


 甲:依頼クエストの元金から約一割の仲介手数料を引かれる。

 乙:依頼クエストの元金から約一割から三割の仲介手数料が引かれる(細部変更有)。

 丙:依頼クエストの元金から約三割から五割の仲介手数料が引かれる。

 丁:依頼クエストの元金から約五割から九割の仲介手数料がひかれる、──というもの。


 特に丁ランクの冒険者に厳しい…


 まぁ、丁ランクなんてものは、全くの実績もなく信頼もない。

 ギルドとしても、失敗前提の依頼クエストを与えたり、あるいは外注の依頼クエストは任せずに、ギルドが準備した依頼クエストを与えたりする。

 依頼クエストの失敗はギルドの信頼失墜に直結するのだから当然だろう。


 そして、自分から仕事を得ることもできない丁ランクや丙ランクは、ほとんどギルドにオンブに抱っこ状態で、仕事を与えてもらっている身…故に、扱いはかなりひどい。


 そこから、徐々に実績を積んでランクを上げて──ギルドから信頼を得ることが必要なのだが…実際は、冒険者なんて連中は、信頼に平気で唾を吐きかけてトンズラする連中ばかり。

 ギルド組合証さえあれば、一応全世界のギルド(連合ユニオンに加入が前提)で使えるのだから、かなりいい加減だ。


 要するに…小さな町でイザコザを起こしても、街を替えればいいという安易な考えが支配しているのだ。

 

 実際は、連絡網が整備されているので、そこまで簡単にはいかないが…あまりにもいい加減な冒険者が多く、違反者の情報は既に飽和状態。


 故に、小さな問題行動などは目をつぶっている───というよりも、探しようがないのが現状だ。

 膨大な量の犯罪情報に、違反情報を一々紙から探して漁るのはほぼ不可能。


 そのため、常軌じょうきを逸した行動以外はほぼ野ざらしだという。

 タイミング悪く、違反情報に引っかかったりすることもあるが、一種の無法地帯ともいえるのがギルドの横の連携だ。

 ただ、やはり、その辺は徐々に整備されつつあり、連合ユニオンの力もあってリスト化が進みつつあるらしい。


 いずれは公正明大な組織に変貌する可能性もある───と。


 まぁ、バズゥからすれば関係のない話だ。

 丁ランク故の報酬の少なさも、ぶっちゃけ関係ない。

 バズゥ冒険者の懐に入ろうが、キナギルドの懐に入ろうが全く変わりはないのだ。


 報酬の九割が天引き?


 あーはいはい、好きにしてくれといった感じ。

 そのうちのいくらかは親会社たるヘレナの懐にはいるのだが、別に暴利というわけでもなく適正な額だ。


 ランクに関係なく、バズゥの場合は依頼クエストこなせばこなすほど儲かるには間違いない。


 他の冒険者が依頼クエストを達成しても、ギルドは儲かるのだが、バズゥが達成した場合は、ほぼ全額がギルド『キナの店』の売り上げになる。


 その額は、実際かなりのものだろう。


 ただそれでも…元の借金に比して言えばわずかな額だ。

 いくら冒険者連中がうらやもうと、借金残額…金貨にして──およそ2500枚…


 その額には目がかすむ思いだ。


 だが、不可能ではない。

 バズゥにはそれができるはずだ。


 今のまま稼いでいけば、上手くすれば1年以内…少々てこずっても数年中には返せるだろう。それは確信できる。

 考え様にもよるが、元のキナの状態からすれば滂沱ぼうだの出来事に違いない。


 だが、今日明日というわけにもいかない。

 時間は、どうしてもかかるし、

 それは、とうしようもない事。


 しかし…バズゥは、一刻も早く借金を返したい───


 理由?

 決まっている──


 エリンが心配だからだ……


 遠い戦場で、孤独に戦い続けているに違いない姪の元へ行きたい…

 再び会って、謝って、会話して、抱きしめたい…


 その思いが強い。

 ……強くなった。


 でも、それだけを考えてキナを見捨てることもできない。

 幸いにも、

 借金が増えないことは分かった…


 ヘレナも協力してくれるし、未だキナの賃金である一日銀貨1枚の給金は支払われている。


 単純に考えて25000日あれば、キナは開放されるということ───


 彼女の生からすれば、生きて返済も可能だ…

 それに、ギルドの売り上げなんかも合わせればもっと早く返せるかもしれない。

 少なくとも、奴隷落ちはないのだから、何の心配もないのかもしれないが…


 それでいいはずもない。

 

 長い年月では、ヘレナもどこかで亡くなってしまうかもしれないし、世代が変わることもあるだろう。

 ギルドの方針が変われば、キナの借金ごと売り払われてしまうかもしれない。


 あくまで、ヘレナありきで拘束されないだけ…彼女がいなくなれば、借金の即時返還の履行を求められる可能性はある。

 なんといっても、金貨500枚の利子が消えて、今後の利息が発生しない代わりに、借金の返済計画も白紙に戻った状態だ。


 これは、キナが一生かけて借金を返す期限を設けないのと同時に…いつでも借金の返済を履行できることでもある。


 ヘレナの心が変化すれば、借金の肩にキナの身柄が拘束される可能性もゼロではない。

 

 日々の利息が消えたかわりに、借金の返済期限は個人の裁量に落とし込まれたということ───

 ある意味、返済計画があった時以上に危うくもある。


 バズゥとしては、ヘレナを信頼するしかないのだが…


 借金の返済計画を白紙化する以上、仕方のない事実かもしれない。

 借りた金は返さねばならないという事実は変わらない。


 だから、この借金はなんとしてでも早期に解決する… 

 そして、すべてを片付けてバズゥと───ハイデマン一家は前に進む。



 それが今の目標。

 何も変わらないさ。



 冬の近づく季節───

 馬に揺られるバズゥの姿は、メスタム・ロックの山中に消えていく。


 

 緑濃い山は、ほとんどが常緑樹で覆われ…一部の落葉樹は冬支度をするも、まだまだ山は深く濃い。

 慣れぬ者は迷い、二度と帰れるメスタム・ロック───

 

 バズゥ・ハイデマンはこの山を熟知し、日々の糧を得る。





 ……さぁ、今日も一日お仕事の時間だ。




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