第81話「馬上にて…」

 受勲を無視したのよ──



 ヘレナ曰く、

 キーファの足取りは不明確で、フォート・ラグダの騒動がおさまった最初期には、まだ目撃証言もあったのだが…次第にその足取りは消息を絶つ。


 手下も少数いたようだが同時期に姿をしたというから、街を出た可能性が高いと──


「時期が時期なだけに、大した額にはならなかったけど別邸を売却したらしいわ…そして馬の放棄、…家人にも暇を出したみたいね」


 まるで金策だ。


 金持ちボンボンのキーファが、きゅうする姿に想像はつかないが、やっていることは経費の削減と換金に他ならない。

 

 実際に、かなりの大金がキーファの元に集積されている可能性が高いという。


「大分参ってたみたいだからね…王国から足を洗う気だと思うんだけどね…ただ、プライドの塊のようなキーファが、ねぇ」


 ──アナタとの確執かくしつを放置して出国するとは思えないと…ヘレナはそう告げる。



 その点については同感だ。



 あのキーファが、バズゥに仕返しもせずにキナをあきらめるとは思えない。

 ましてや、オメオメと尻尾を巻いて御国おくにに帰る?

 あり得ないだろうな…


 是が非ぜがひでも、次の一手を打って来ると考える必要があるだろう。


「まぁ、こっちでも目を光らせておくわ。何ができるとも思えないけど、気を付けて。…あなたは自分のできることに集中なさい」

 最後に馬の手綱たづなをバズゥに手渡すと、フワァァーと欠伸あくびをしながら『キナの店』の風呂場へ向かうヘレナ。


 昨日は、どうしたんだろう?

 ウチじゃ若い女性が寝るには──ちょっとな…

 村の旅籠はたごか、教会の宿坊しゅくぼうだろうか…ま、どうでもいい。


 その後ろ姿を見送りつつ、盛大な溜息をついたバズゥは馬を連れての旅路に切り替えることにした。


 しゃぁねぇなーと……───




 そして、メスタム・ロックに向かう馬上の人となったわけだ。


 

 

 カッポ、カッポ……


 心地よい振動を与える馬の背に、バズゥをして眠気をもよおす。


 質の悪い馬なら、もっと振動も動揺も激しいが…さすがに高級馬。乗り心地は半端なく良い。


 おまけにキーファが使っていたらしい馬具もそのまま。

 金がかかっていそうなソレは、長時間の騎乗にも耐える仕組みだ。


 ちなみにバズゥの乗馬の腕前は……『乗れる』程度。


 騎士のように扱うなど望むべくもない。

 軍隊時代も、騎乗よりも重視されたのは輓馬ばんば…つまり馬をく事だ。


 庶民は大人しく馬をいて、貴族様を誘導するか──物資を運べとさ…


 とは言え、少数で行動することも多い勇者小隊では、伝令やら緊急物資輸送などの様々な場面で馬に乗ることもあったので、一応は乗れることは乗れる。


 本当に一応程度だが…


 手ほどきをしてくれたのは、エルランとかゴドワンだったな、と思い出す。


 ───あんな連中でも、今はエリンを守る盾だ。


 なんとか、姪を五体満足で返してほしいものだが、今のバズゥに出来ることは無い。

 出来ることといえば、昔取った杵柄きねづかを最大限活用して、家族の居場所と家族を守るいしづえを作るのみ。


 キナの件が終われば、どうするかまだ決めかねているが───


 いずれにしてもエリンとは話す必要がある。

 それがいつ、とは言えないが……バズゥとしては今すぐにでも話をしたい気持ちだ。


 馬上に揺られるだけで良いため、バズゥはいつもより体力的にも精神的にも余裕があり、物思いにけることができる。

 キーファの馬は優秀で、余り細々こまごました指示をしないでもこちらの意図を掴んでくれた。


 ほぼ一本しかないメスタムロックの細い道。


 途中、踏み分け程度の道があるにはあるのだが、馬は心得たものでバズゥの思った通りの道を進んでくれる。

 最初は金のかかる───と渋ってはいたが、存外馬も悪くはない。


 銃声にも動じないことは、先の戦いで証明済みだ。


 このまま害獣に襲われても、馬から降りずに戦えそうだ。

 まぁ、馬上が狙撃に向くかと言えば、決して向いていないわけだが…


 馬から降りる→態勢を整える→銃を準備する───

 なんていう手順を踏まなくてもいいだけマシだ。


 様々な物入ものいれやら、道具箱に寝具れまでついているもんだから、この馬があるだけでどこにでも行けるだろう。


 異次元収納袋アイテムボックスをあまり使わないバズゥからすれば、馬の背に荷物を固定できるのは非常にありがたい。


 少なくとも、今バズゥの体に装着しているのは腰の銃剣と物入のみ。鉈や、猟銃でさえ馬の物入に固定している。


 元は、キーファの剣やら装具を収めるものだったのだろう。


 ちょっとした調整で、バズゥの装備まで取り付けることができたのは嬉しい誤算だ。


 今は肉にして塩を振って食う──なんて考えは忘却の彼方にいっている。


 ──まぁ維持費のことは常に念頭にあるが…

 存外いい拾い物だと思うことにした。


 実際、バズゥの体調は万全とは言い難い。


 ポーションや回復魔法は傷を癒すことができるとは言え、それはあくまでも人間の回復の範疇はんちゅうに留まる。

 言ってみれば、人間が本来持つ回復を急速に進めているだけで、人知を越えた回復の域にまでは達することはない。


 四肢の欠損やら、致命傷は──まず回復不可能だ。


 とは言え、実例がないわけでもなく。

 鋭利な刃物で切られた腕が、回復魔法やポーションでくっついたという話もある。

 だが、時間がたっていたり、焼けたり、潰れたりして失われた手足などは回復することは無い。


 こればかりは、実例以前の問題だ。

 なんせ、くっつくべきモノ・・がないのだから───


 その際に、魔法やポーションが補ってくれるのは傷口の回復で、失われた物の回復ではない。

 あくまでも元の回復力の、超速といったのがポーションの役目。


 それが故に、高級ポーションと、ジーマの回復魔法で癒されたバズゥの体は───


 軍服の下にあるそれは、傷だらけだ。


 ……大きい傷に、細かな傷、

 そして、骨だか何かが内部から突き破ったような無残な傷跡まで…


 傷も小さければ後も残さず消え失せるだろうが…、それ以上に大きな傷は塞がり血を止めることはできても、本来の回復力で回復できる限界を超えることはできない。


 それは、つまるところ…傷跡となって残る。


 欠損した手足もそうなのだが、傷口がふさがっても…くっついたり生えてきたりなどしない。


 ──大怪我は、それだけに危険だ。


 それらはポーションでは不可能。

 回復には、エリクサーや神酒ソーマといった伝説クラスの回復薬や、腕のいい上級職の治療師系によるスキルの恩恵がいる。


 バズゥが戦場で生きながらえて来たのは、これらポーションの回復効果だけでなく…軍御用達の治療師や、…なによりもエリンの助けがあったからだ。


 彼女の持つ『勇者』のスキルは、自らの力を分け与える・・・・・ことができる。

 それは彼女のもつ回復力すらも───だ。


 触れたり、時には密着して時間を掛ける必要があるが、それでもその回復効果は目を見張るものがある。


 ───実際に、欠損した部位が回復した兵もいたのだから驚きだ。

 

 バズゥがケガをしたり、瘴気にやられたりしたときはエリンが付きっきりで看病してくれた。

 そのおかげでオメオメと生きているし、戦場に立つことができた───


 そして、生きている限りエリンの叔父…保護者でいられた。

 自らその責務を放棄するまでは…


 そのくせ、こうして帰ってきて───まさか、故郷で死にかけるとはな。


 ……皮肉なものだ。


 戦場では五体満足…

 ───故郷で傷だらけ。


 どんな冗談だよっ!


 やっぱり、あの日の判断は間違いだったのだろうか。

 

 馬の手綱たづなを取りながらも、腕やら手やらに残る傷をかし見る。

 先日までなかった傷が明らかに増えていた。


 別に、猟師という仕事柄、無傷でいられるはずもないので、体の傷にとくに感慨はないのだが…

 …まるで、エリンを見捨てた罰を体に日々刻まれているようで、見ているだけで情けない気持ちになった。


 キナの元に身を寄せた後悔はないとはいえ…エリンを見捨てた後悔はある。

 だから、この借金の一件に片が付けば、バズゥは選ばねばならないだろう。




 キナか、

 エリンか、




 家族として選択しなければならないだろう。



 そう、








 いずれかを…








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