第80話「蠢く策謀」
ガポ、ガポ……
カッポ、カッポ……───
本日の仕事を果たすべくバズゥはメスタム・ロックへ向かっていた。
日帰り…あるいは一泊程度で済ませられる仕事だと思い、その出で立ちは比較的軽装だ。
狙撃仕様となっていた火縄銃の「
拳銃タイプとなっていた「
戦争の
銃身は頑丈なオリハルコン製でも、バズゥの銃には多くの木製部品が使われている。
…それらは、前回のフォート・ラグダの騒動で手ひどく損壊していた。
もともと射撃のために作られている銃を、槍代わりに使う──銃剣突撃は銃本体にかなりの
王国軍などで採用されている正式軍用小銃でさえ、銃剣突撃の
もちろんバズゥとて百も承知。
それらを見越して、特注品の銃身はオリハルコン製で──銃剣も同素材。ちょっとやそっとで
しかし、銃身を除いた木製部分はそうはいかない。
なるべく堅い素材を使い、圧縮に焼き締め等の加工を加えても…やはり木は木なのだ。
バズゥの猟銃も
特に、キングベアに突き刺した「
戦闘の
あの戦いで、キングベアも必死だったのだろう。
突き刺した個体は、その突き刺さった銃剣ごと暴れに暴れ回ったのらしい。
我が愛銃「
──地面に叩きつけられたり、噛みつかれたりと…まぁボロボロだ。
木製の銃床は割れ、台座も折曲がっていた。
他にもヒビやら何やらで、修理を必要とする状態。
銃本体の損傷は致命傷ではないが、これだけで撃てるはずもなし───
修理するなら、フォート・ラグダに持っていくのが一番
…仕方がないので、
この近隣で行けばファーム・エッジで修理をしてくれるだろう。
あそこは猟師が集まっていることもあり、銃の整備工も身を寄せている。
当然日常的に扱うわけで、銃を整備する彼らの腕は悪くはない、悪くはないが………なるべくなら、行きたくない。
猟師としての腕は、あそこで
漁労組合のような組織があるわけではないが、猟師にも
バズゥとて、顔見知りもいるわけで……エリンが勇者になり、その後、保護者として戦場へ行ったことも知れ渡っている。
───どうせ、ポート・ナナン以上に
とは言え、仕事道具でもある銃の修理は必要だ。
特注品であるがために、銃床にしても、台座にしても
どうせなら、総金属製にしろ──と思うだろ?
そうもいかない…
銃を構える動作と呼吸とは、実に精密なもので、
グリップする際に加える力は、木製部品独特の柔らかさが必要だ。
金属製の部品にはない、木と皮膚の吸い付く感じ…(まぁ、使うものにしかわからないだろうな───)
その微妙な握り心地やら、
そういった
欠かせないのだが…
結果として、木製部品はボロボロになってしまった。
そのため、普段とは違い…今は
まぁ、戦争でもなければ
とにかく、今日の仕事をさっさと終わらせてファーム・エッジに向かいたかった。
先にファーム・エッジに行く手もあったのだろうが…まぁ、キングベア(妃)や
やはり、メスタム・ロックから回るべきだろう。
早朝から出たおかげで、まだまだ時間的に余裕はある。
漁労組合の倉庫に寄って、配達品である肥料を受け取っても
その上、今はこれ───
カッポ、カッポ…
ブルルルルゥゥフー…
と、
バズゥの視界も、普段よりかなり高い。
「イイ子だ…」
ポンポンと首を撫でてやる。
ヒヒィィンと軽く鳴く馬は、どこか気持ちよさげだ。
かなり血統の良さそうな馬は、その目に豊かな知性を
なんだか、見覚えのある馬…
そう、こいつはキーファの持ち馬だ。
──いや、元持ち馬といった所か…
あの日、フォート・ラグダの地獄の
ヘレナ
「キーファの奴、適当なことしやがって…」
今朝、家を
そこで、初めて存在に気付いたわけで…
最初は冒険者の持ち物と思い気に留めなかったのだが、ヘレナが
曰く───
「廃馬を保護したのは貴方よ? ちゃんと責任を持ちなさい」
はぁ??
何の話だと聞くバズゥに、ヘレナは寝ぼけ
「持ち主のキーファが、馬の廃棄申請を出したの。戦闘中放棄…あとは知らんとね。それは当然受理されたわ」
馬は財産だ。
とくに軍用馬や、貴族などの個人の持ち馬は、一頭一頭が馬鹿の様に高価で…
全て一元的に管理されている。
後に、生存が確認されたので、当然持ち主たるキーファに返納される
「何を思ったのか、キーファの奴…仮住まいのあるフォート・ラグダの別邸は売りに出しているし、──馬も引き取るつもりはないってね……代わりに、馬の回収代も払わないから、売るなり焼くなり、肉にでも好きにしろって…」
やれやれ、と肩を
一方、街側としても貴族の持ち馬を肉にするわけにもいかず…かと言って、売りに出しても目立つだけに早々買い手も付かない。
プライドの塊のような貴族だ…
その貴族の持ち馬を二束三文で売りに出せば、どこでなにを言われるか分かった物じゃない…と。
想像がつくだろう?
「俺の乗っていた馬が銀貨1枚だと!? バカにするのかーー!」ってね…
面倒くさい連中だ───
街…というか市議会は、仕方なく…馬が
ヘレナはヘレナで、バズゥを運送する手段を
今に至る───と。
「まだまだほんの一部とはいえ…街でも噂だからね。バズゥ・ハイデマンとキーファ・グデーリアンヌの
ぶっちゃけ、キーファに一方的に向けられているだけだ。
あいつがキナに
バズゥからすれば、キナを口説きたければ口説けばいい、──という思い。
…キナは家族だが、嫁でも娘でもない。
そうである以上…いつかは、誰かと結婚して出ていくこともあるだろう、さ。
それはエリンにもいえることだが…───
バズゥは、家族の幸せを望みこそすれ、
キナが誰かと結ばれて家を出るなら…
ま、もちろん…それはきちんと互いの合意あってこそだ。奴隷のような扱いは絶対に許さない───ただ、それだけ。
ともあれ、フォート・ラグダは…街の
「で──この子は今、正式にアナタの馬よ。…ちゃんと面倒見てね」
──────このアマぁぁ…
メラァっ! と、バズゥが不穏なオーラを立てるがヘレナはどこ吹く風。
バズゥからすれば、馬なんて別に欲しくない。
いや、この借金まみれの状況では
馬一頭養うのにどれほどの手間と金がかかると思ってる!?
しかも、農耕馬でもない…ただの乗馬用の馬だ。
…んなもんいらねーよ!
庶民はなぁぁ!
歩くんだよ!
そういって、突き返してやりたかったが…ペィっと、書類を突きつけられてしまっては仕方がない…
下手に放してやっても、どこかで保護されれば、ここに連れ戻されることだろう。
そうなれば、回収費用やら…餌代に礼金を請求される。
…キーファですら嫌がったくらいに、結構な額を取られるのだ。
どうしろってんだよ…売るか?
と、一瞬不穏な考えが頭を
いっだ!!!
いっだぁぁ!!!
噛みやがったこの馬!?
「馬は賢いわよ。ちゃんと面倒見なさいバズゥ・ハイデマン」
だーかーらー!
金が
…焼いて食うか? …塩でサッパリと───カブ!
いっで!!
いっでぇぇ!!
なにこの馬? 噛み馬? かむ、うまー?
「アナタ、顔に全部出てるわよ…」
すっごい
「じゃ、あとは貴方の好きになさい」
ポンと書類を押し付けられる。
あー…ばっちし、所有者のところに俺の名前入ってるし…
譲渡元はフォート・ラグダ市議会になってる…
………市議会ぇぇ、おいまさか…これで手打ちとか考えてるんじゃないだろうな? あの街の連中はよぉぉ…!
「そんな怖い顔しないで…これは、あくまでも
ヘレナも市議会議員の一人…まるで、
報酬を
そういう事らしい。
まぁ、フォート・ラグダと喧嘩したいわけでもないし、たかだか一猟師にすぎないバズゥでは、勇者エリンの叔父というネームバリューをもってしても、市議会に無理は通らないだろう。
───前線ならまだしも、ここは安全な後方地域…のさらに辺境だ。
誰も彼も覇王軍との戦争は対岸の火事。
王国が積極的に
実際に、エリンの顔を知るものなどほとんどいないだろう。
ましてや──バズゥの顔など誰も知らない…
せいぜい、
これがシナイ島の占領地だったなら、勇者エリン──そして、その叔父…と聞けば誰もが平身低頭してくれたものだが…
まぁ、ところ変われば、だな。
仕方無い…とばかりに馬を受け取る。
書類はあとでキナに預けよう。ギルド預かりにしないと、危なっかしくて持ち歩ける物じゃあない。
にしてもなー…俺には必要ないとはいえ…いい馬だと一目でわかる。
大きすぎない
そして、しなやかな体はパワーよりも持久力に優れている。
たてがみは金糸のごとく輝く金髪交じりの…白。
なんとなく、キナの色合いに似ている気がする。
違う点と言えば…
目だけは黒く黒く…黒く澄み渡っていた。
…ハァ…ま、仕方ない。
ありがたく使わせてもらおうか。
しかし、こんないい馬…多少傷を負ったとしても良い値がつくのではないだろうか? と疑問に思う。
それだけにキーファの行動が分からない。
その点を問いただすと、ヘレナも顎に手を当て考え込む、
「それが変なのよね…」
ヘレナはポツリポツリと
キーファの動きは、一貫して不明。
ただ…ところどころに
「フォート・ラグダ市議会は、キーファも受勲対象として
ケ…
キーファ
ふん…羨ましくなんかないぞ。うん…
「でも…、」
浮かない顔をしてヘレナは告げる──
「受勲どころか、勲章の…拒否すらなかったの。つまりは無視──」
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