第84話「惨劇の舞台」
火葬の煙が山中に棚引く様を、背後に見送って数刻…
思ったより時間を取られてしまった。
さらに、馬の足を過信していただけに時間の配分を間違えたようだ。
先日…この道を逆順に逃げていったであろうキーファをバズゥはバカにした。
馬に乗って夜道を逃げるとはな───と。
だが、今バズゥは同じことをしている。
昼と夜の違いはあるものの、山中の
王国軍の哨所があったくらいだから、多少なりとも物流はあったはず───場合によっては馬の
しかし、断言できる。
この道は騎乗していく道ではない。
さっき、しこたま…枝で打った顔面を、スリスリと
人の伸長よりやや高い程度に枝払いされた道。
この道のコンセプトはわかる…
多分、
当然騎乗などできるはずもなく、どうしてもやりたければ現在のバズゥのように、体を屈めて──不安定な姿勢で行くしかない。
しかし、
…叔父さん若くないのよ?
正直キツイ…
なら下りれば? と思うだろ…
なんていうか、ホラ…あれだよあれ。
ここまで来たら~っていう妙な意地?
あるでしょ? …で、ここまで来てしまった。
うん…あと少しなので、我慢していくことにする。
まぁ、行ったところで歓迎する人もいないければ、会うべき者も誰もいない。
…あそこはタダの墓場だ。
───と、そうこうするうちに
サァァっと、太陽が射し…温かな雰囲気のある、牧歌的な山小屋の風景があった。
王国軍哨所…いや、元───だな。
それと『薬草採取』…
この二つが達成可能。
まぁ、『現地確認』も何も、ここが全滅していることは知っている。
恐らく…他にもある王国軍哨所のいくつかは、同じく全滅しているのだろう。
キーファ達の「熊寄せ」の効果で誘引されたのは
王国軍がいくら害獣対策をしていたとしても…上位種たるキングベアの目はごまかせないだろう。
でなければ…
王都から
本来、軍が心配するような出来事があるなら…──軍が行けばいいだけの話。
それがギルドまで降りて来たという事は、既に何度か王国軍でも事態の確認に向かったのだろう。
そして、彼らが消息を絶ち…人的損失が想定よりも
依頼達成できれば儲けもの。
できなくとも、犯罪者予備軍の冒険者は減るし…違約金も取ることができる。
まぁ、軍からすれば損のない話だ。
損をしたのは何も知らない先発の部隊と、依頼を受けた冒険者たち。
バズゥが受けるより以前に、この
もっとも、王国軍としても極秘にしたい内容でもあるらしく───ある程度の情報統制の
ヘレナのような、ギルドマスタークラスしかこの
頭のいいギルドマスターなら、王国軍から降りて来たような
彼女曰く、真に信頼できるものにしか頼むつもりはなかった、と。
とはいえ、いくつかの街では、勝手気ままに遠慮なく…この
軍の統制なんてものは、民間に降りた時点であって無きが如し。
結果……
ノコノコと山中に向かう冒険者。
彼らの命運なんぞ───考えるまでもない。
そりゃ、キングベアの数も増えるわな!
山中に散在する、王国軍の哨所に陣取っていれば向こうから栄養満点の餌が自動でやってくるのだ…
急速に増えた原因は、ここらに在ったのだろう。
道理で何の
キングベアからすれば、人はタダの手軽な餌だったということ。
キーファだけを、
王国軍のミスは
過去の教訓など知らぬとばかり。
無防備な街と、
キングベアの早期駆除に取り掛からない国と自治体…
とこもかしこも責任問題だらけ。
多分、
放っておいても、早晩ここもキングベアの集団に襲われただろう。
ただそれが早いか遅いか、
その結果がこれ…
バズゥの眼前には──
小鳥の
静寂に沈む無人の施設は、不気味というよりも、いっそ
キィキィと風に揺れる入り口のドアは──
解放状態のままで、垂れていた血は固まっている。
ここからも感じる人の気配の無さ。
念のため、『山の主』を発動───気配を探る。
……
…
周囲に小動物の気配、
鳥、
少し離れて中型の動物…
大型獣なし。
「ま、そうだわな…」
哨所内部にも気配は過少、小動物がいるにはいるが…随分と少ない。
中の死体は………もうないだろう。
念のため確認する───とばかりに馬を下りたバズゥ。
馬も心得たもので、大きな物音を立てずに大人しくしている。
「…待ってろ」
ポンポンと軽く首を叩き、
ブルル…と小さく
目立たぬよう木の陰で動きを止めると、身じろぎすらしない…
本当によく訓練されている。
シュパっと、鉈と猟銃を馬の物入れから取り出すと、装着していく。
鉈は腰に、マスケット銃は手に───銃剣を取り付けて…
初弾は装填済みだ。
さほど緊張した動きでもなく、兵舎に向かう。
外観は先日の様子と変わりはない。
その際、窓を開け放っておいたため内部は明るいはずだ。
スススー…と足音を立てない様に静かに近づくと、入り口の横に背中を預ける。
一度呼吸を整えて…
チラっとだけ、覗き込み。
すぐに壁を背にして動きを止める。
───内部は確認できた…
脳内で、見た光景をトレースしていく。
…想像通り死体は全てない───血痕のみ。
「熊寄せ」の腐肉すらないのだ…メスタム・ロックの動物たちは綺麗に食べつくしたらしい。
まぁこの時期だ…冬眠にせよ、越冬にせよ…大量の餌を必要としているだろうからな。
何でも食えるものは食うさ…
血痕の他に目ぼしいものはない。
少々の野ネズミが床の血痕周りでウロチョロしているだけだ。
よし、突入──────ってほどでもないな。
カチリと、銃剣を外して腰に戻すと、銃も
その動作に緊張感はない。
踏み込んだ拍子に、床板がギシリと音を立てる。
視線の先には無人の兵舎…
───内部は寒々としていた。
窓を開け放っていたおかげで、死臭も抜け切り…
それらも、気になるほどではない。
死体は…ものの見事に一体もない…
床には多数の動物の足跡が見えるため…、その主らが持ち去るか…ここでお食事なさったのだろう。
お陰で陰惨な空気もなく、なんとなく寂しげな空間があるだけ。
血痕だけは消えるものではないが…ネズミやら何やらがあらかた舐め尽くしたようで、それも先日見た時よりも少ない。
今も、野ネズミどもはバズゥの姿に物怖じすることなく、床をしきりに舐めている。
「さて、『現地確認』を果たすとしますかね…」
現地確認と言っても、特段することは無い。
実際この目で見ているのだ。
それを報告するだけでいいのだが──まぁ、当然ながら口で言ったところで信用等されない。
依頼書には細かなところは書かれていなかったが…要は、証拠を持ち帰る必要があるということだろうな。
生存者がいれば、彼らから一筆を…
全滅していれば、その証拠を…
といった具合。
この場合は、全滅なのだから証拠を持ち帰る必要があるだろう。
問題は何を持ち帰るか──だが…
バズゥには既に目星がついている。
この場合、重要なことはこの哨所の物であるという事だ。
分かりやすく言えば、ここの隊長の首なんかが絶対的な証拠になるのだろうが…そんな非道なことはしないし、…そもそも
というか、生首を持ち帰るって、そりゃどこの蛮族だよ…
まぁ、当然だが、持ち帰るのは生首などのスプラッターなものではなく、この哨所独自の物だ。
鎧等の武具でもいいが…これらは量産品であるがゆえに証拠としての能力に乏しい。
部隊長が残した日記なんかでもいいのだろうが…日記が必ずある保証もないし、あったとして、内容がこの土地に事に触れていなければどこで書かれたか分からない───と、なればやはり証拠に乏しい。
そこでこいつだ…
兵舎の奥。
備え付けの棚に仕舞われているもの───
国旗だ。
王国軍で使用されている国旗で、それはそれは丁寧に折りたたまれ、
───
ドラゴンズヘッドと呼ばれるそれは、高級な生地で作られた正規品。
一品一品が職人技で作られており、当然ながら固有番号まで振られている。
小さな哨所とは言え、王国軍の重要施設。
ちゃんと部隊としての
左遷地とは言え、一個の独立部隊としての権限を有しているだけあって、国旗も厳格なもの。
部隊名に国旗の固有番号。
これほど、この哨所を示すものはないだろう。
当たり前の話だが…これは、
風等でやられた場合は、きちんとした手順を踏んで修理に出すものだ。
この旗も多少
一応、バズゥも元軍人だ。
連合軍傘下に入るまでは、
この部隊に
───それが、冒険者の手でギルドを通じて軍に送られれば…十分な証拠になるだろう。
もちろんこれだけでは、他に何を言われるかわからない。
バズゥは、ギルドの仕事──というよりも人の意地の汚さを、とことんまで味わっているだけに、慎重だ。
国旗だけに捉われず、兵舎の中にある持ち運びできそうな証拠品を選別していく。
糧秣の収支計算表に、軍用日誌、訪問者記録表、功績簿(なんだよ? 功績って…)とまぁ、あるはあるは…こういったものも含めて書類関係は洗いざらいだ。
どうせ放置すれば風雨でボロボロになるのだから、細かいことは言われないだろう。
軍機もふくまれているかもしれないが、まぁ、そこは容赦してくれ…
こんな
最悪、この哨所は放棄するのかもしれない。
山中の哨所は全滅している可能性が高いのだから、王国軍としてはこの機会に辺境の人事を一新するくらいはしそうだ。
他にも人事記録などを持ち出せればよかったのだが…
あいにく鍵のかかっている金庫や棚があり、そこに入っていると思われる。
鍵は、多分熊の胃袋だと思う。
──でなければ、排泄物の中か?
金庫はともかく、別に…棚なら破壊すれば取り出せるのだろうが、そこまでして持ち出すものでもない。
───そもそも
あくまでも『現地の確認』だ。
一般文書程度ならお目こぼしもされようが、金庫に仕舞うような機密文書を持ち出せば…さすがに軍も黙ってはいないだろう。
金庫の様子を確かめていると、妙な点が一つあった。
何かでぶっ叩いたような痕跡。
金属板に生々しく残るのは、剣の痕だ。
その剣は近くに無造作に投げ捨てられており、元の持ち主の者ではないと分かる。
その剣は王国軍の支給品で、おそらくはここの兵士の持ち物だったはずだ。
こんな傷…先日来た時にあったか?
よくよく見て見れば、金目のものが……ない。
一個もだ。
元々ロクなものがないとは言え、───全く物がなかったわけでもない。
兵士個人の荷物や、冒険者の私物なんかが放置されていたはずだが…どこに?
あまりにも綺麗さっぱりなくなっているものだから気づかなかったが、
そもそも、死体はともかく…兵や冒険者の荷物を動物が持ち去るとも思えない。
……誰かが、俺が意識を失っている間にここに来た?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます