第79話「明日への糧」

「あーーもう…」

 芋の煮物をモッシャモッシャと食べながらヘレナが恨みがまし気に呟く。


「悪いって…」

 バズゥはたいして悪くもなさそうに謝る。

 実際、責められるいわれはない。


 キナの料理が食べられるのは、家族の特権だ。


 どうしても食べたきゃ、キナの負担を減らして厨房を手伝うんだな。

 手の込んだ料理ゆえ、早々にお出しできるものじゃぁない。


 少なくとも、ギルドと酒場…その二つを両立しながらできるほど簡単な料理ではないのだ。


「むーーー…キナさんの料理が食べたければ、借金を返さなければってことね…」

 むむむ、とヘレナが真剣に考え込む。


 ……


「それか、借金の完全帳消しだな」

 悪戯心を交えてバズゥが混ぜっ返すが…


「む! なるほど…」

 ヘレナをして、名案とばかり───ええんかい!?


 「いやいや…!」とブンブンと頭を振り、考えを追い出そうとしてるヘレナ…

 ──ち、上手くいきそうだったのにな…とは、バズゥの心内こころうち


「やっぱりバズゥさんに頑張ってもらう必要があるわね」


 さっき渡した記載済みの依頼書クエストの束の他にも、未受注のそれがいっぱい。

 ヘレナさん…フォート・ラグダから追い出されても全然こたえてないです。


 多分、フォート・ラグダに残した職員と綿密に連絡を取っているのだろう。

 彼女曰く、一人抜けただけで崩れるような経営はしていない、とのこと…さすがです。


 むしろ──これ幸いとばかりに、バズゥに押し付けるメスタム・ロック関連の依頼クエストしこたま・・・・準備している気がする。


 さらに言えば、さっきから酒場に入ってくる冒険者風の連中が引っ切り無しだ。


 ん───

 冒険者の数も、何故か先日より増えている気がするぞ…


 ヘレナの手腕だろうか? 少なくとも、キーファのように手下を潜り混ませて、数を底上げしているようには見えない。

 彼女独自のルートから、『キナの店』本来の依頼以上に大量の依頼クエストが集積されているようだ。


 少なくとも、今までの3~5倍はあるんじゃないだろうか?


 ヘレナからすれば、『キナの店』の稼ぎも、何割かは親組織たるフォート・ラグダ冒険者ギルドに流れるのだから、依頼をこなせばこなすだけ儲かるというもの。

 今まで以上に精力的に働き…下手をすれば以前よりも稼ぐんじゃないかという勢いだ。


 バズゥ達はバズゥ達で、冒険者が増え、依頼を達成すればするほどにギルドの仲介手数料も取れるし、酒場としての『キナの店』の売り上げもあがる───


 まさに良いことずくめだ。



 バズゥとキナにとって、ヘレナはまさに救いの女神といったところ。



 この分なら、バズゥの稼ぎだけを期待しなくても…ギルド収入だけで借金の早期返済もあり得るのでは──? と期待してしまう。


 実際、バズゥが意識を失っている間にもかなりの利益を出していたらしい。

 ヘレナさん…半端じゃなく優秀だ。


「それにしても…キーファ達がいなくなっても──このギルドに、冒険者が残り続けた理由が気になっていたけど…」


 芋をフォークの先でもてあそびつつ、


「まさか、こんなカラクリがあったとはねー…」


 旨い酒と、美味いさかな

 そして、

 美しく可愛い店主と、優しいサービス…


 ブツブツとヘレナは呟いている。


 そう言えば、何人かの冒険者が───フォート・ラグダに帰りたくないのは、「飯が不味い~」とかなんとか騒いでいたな…

 なるほど、さもありなん…


 飯とは斯くも偉大なものよ───


 キナの飯が食いたければ、仕事しろ。

 家族用の飯は無理でも、酒場のメニューくらいは増えるかもな。


 …ちなみにカメはたまに食えるだろう…まかない飯としてだけどね!


「ギルドのことなんざどうでもいいが、キナを酷使してくれるなよ」

 一応釘を刺しておかないとな。


 生返事のヘレナに一抹の不安を覚えるが……

 バズゥには、ギルド経営にとやかく口を出す権利はない。


 権利はないが、言わないわけにもいかない。


 店よりも、金よりも、他人よりもバズゥにとってはキナが大事だから───


 ヘレナは優秀だが、それ故に他人の能力不足に見識が及ぶようには見えないのだ。


 フォート・ラグダでの一件を聞いただけに、なお一層その思いは強くなる。

 彼女は望んで不利益をこうむる事すらいとわない人物だと知った。

 

 言ってみれば、自分の持つ信念を曲げない…いや、曲げられないのだろう。

 妥協できない、生き方とでもいうのか……


 それが故に惜しい。


 もっと、世渡りうまく、要領よくできるならば…城塞都市とは言え、辺境の街フォート・ラグダで収まらず、もっと世に羽ばたく大人物になっていた可能性もある。


 要するに不器用なのだ…


 バズゥとて、人のことは言えないのだが…ヘレナも不器用ということ。

 こんな世の中では、さぞ生き辛いだろうさ。


 特に、キングベアの一件のように…本来であれば要領よく立ち回れば、大勢が損をしない場面だったはず───

 それであっても───彼女は仁義を通そうとした…


 なるほど、これでは生き辛いだろうな…


 若いとは言え、適齢期を過ぎている気もするし…おそらく結婚なんかもうまくいかないのだろ───


「───なんか失礼なこと考えているでしょ!?」


 ギロ! っとキングベアも真っ青な形相でバズゥを睨む。


 怖っ!!

 実際ちょっとビビッて仰け反ってしまった。シナイ島戦線で鍛えた精神をもってさえ…行き遅れに近い…微妙な年齢の女性に負のオーラは───怖い。


「か、考えてねぇよ…」


 ドキドキと動悸どうきがするのを気取られない様に、御猪口おちょこに口を付け誤魔化す。


 喉を通る濁酒どぶろくが何故か苦かった…


 まぁ、結婚云々の話は、ヘレナにせよ…───バズゥにせよ…

 中々微妙な話題だ。


「どうしたの?」

 

 コトっと、バズゥ用にさかなを追加してくれたキナが、小首をかしげながら訊ねる。


「「なんでもない」」

 息ぴったりの二人…しかし、そこには恋愛感情など毛ほどもない。


 あるのは、貧乏冒険者と敏腕ギルドマスターといった仕事の付き合いのみ───


「喧嘩?」

 酒場の女将らしく、流れるような動作でバズゥの御猪口おちょこと、ヘレナのカップに酒を追加する。


 礼を言って口に含むと、

「タダの世間話だ」「タダの世間話よ」


 なんでもない、とバズゥとヘレナは素っ気なく返し───

 ヘレナはバズゥの前に置かれたツマミに、フォークを遠慮なしに伸ばし突き刺す、


 パリパリ…


「おい…」

 突っ込みを入れようとするが、頬杖ほおづえをついたヘレナは見向きもしない。

 小気味のいい音を立てるのは、芋の煮物を薄くスライスして素揚げした揚げ物。それをぼんやりと口に運ぶ。


 パリポリ…───


「ぅぅうんま…」

 口の端からポロポロと欠片を零しながら頬張るヘレナ。


 その仕草はどこか残念ですらある…

 美人なのにね~。オッサン臭い。


 と、本物のオッサンに感想を持たれているとは露知らず…人様のツマミを行儀悪く失敬し続けるヘレナ嬢。

 ジーマも便乗してやがる…


 はぁ…困った姉さん達だ。


 しゃあねぇ…と、小鉢をくれてやり──キナに追加注文。

 

 この場で酒を飲み続ける雰囲気ではなくなったので、キナに徳利を新しく貰い、盆に簡単なツマミと酒を乗せて席を立つ。


「どこいくのよ? 病み上がりなんだからもう少し大人しくしてなさいよ?」

 バズゥが残したツマミをちゃっかり確保しつつも、一応気遣ってくれているようだ。


「風呂だ…さすがに汗が、な」


 着替えはしたものの、体そのものは怪我の血汚れと汗にまみれている。

 キナが拭いてくれたのだろうか…もっとドロドロかとも思ったが、それほどでもない。

 しかし、日々の汚れは少々拭いただけでは取れるものではなく、時を重ねるごとに積み重なっていく。


 それに、風呂は好きだ。


 静かで一人になれるし…、この家から見る海の景色は最高だ。

 夕方にけぶる海と空…そして、酒とツマミがあれば───これ以上の癒しがあろうか。


 クンクン、とヘレナがバズゥの肌に鼻を近づけて嗅ぐ………うぉい!?

「別に臭くないわよ?」

「嗅ぐか普通!? いいだろ、ほっとけ! 俺が気になったんだからよぉ」


 年甲斐もなく取り乱したバズゥを、不思議そうに見ながら、


「そ、長風呂はつつしみなさいよ? 湯が汚れるし…傷にもさわるわ」

 お前は母ちゃんか!? と言いたかったが、気遣いに対して反論しても仕方がない。


 適当に手を振って誤魔化しておく。「へーへー…」と、ね。


 あー…なんだかね~、

 事態は進展してるんだか、停滞しているんだか…


 今日はもう夕方…明日以降の稼ぎを想像しながらバズゥは、体と心を癒すため、我が家の露天風呂に向かう。


 風は冷たくも…

 振り返った酒場の灯は、以前よりも明るく感じた。



 それはバズゥの心境の変化によるものか、

 はたまた客層が変わったせいか、

 それとも、キナの笑顔が戻ったせいだろうか───



 カチャカチャと陶器の触れ合う音に混じり、穏やかな酔客の声と、時折入る注文の声とそれに答えるキナの明るい声…


 脱衣所で服を脱ぐ間も、酒場の喧騒は落ち着いており途絶えなかった。


 ふと思い出す───


 あの日…ここに帰ったあの夜…

 キナの嫌がる声と、

 下品で卑怯な笑い声……


 それらはもう聞こえない───


 何も解決していないし…事態は進展しているとは言えないが、それでも水面下では徐々に動いているのだろうか。

 酒場は昔のように、家族の空間に近づいているのかもしれない。


 こうして呑気に風呂に入ろうと考えるくらいには…


 すのこの上で体を流した。

 湯気立つ湯はまだかなり温かい。

 ボイラーから改めて補充する必要もなさそうだ。


 あぁ、湯が気持ちいいな…

 落ち着いた空間が心にみる。


 体の傷を撫でながら、労わる様に汚れを落としていく。

「無茶をしたな…」

 くっきりと残る傷。

 これは消えないかもしれない。


 細かな傷に、内部から裂けたような傷…


 下手をすれば死んでいた………か。

 つくづく俺は弱いな、と思い知る。


 戦場帰りの英雄などとは程遠い…


 いいさ、俺は俺だ。

 勇者の叔父で十分。

 それ以上望むべくもない。


 手桶で湯を掬い、頭からかぶる───

「ぶっふぅぅ~…」


 プルプルを頭を振るって水気を飛ばすと、ソロソロと湯船に体を沈めていく。

 誰かが使っていた形跡はあるが、丁寧な使い方で水回りの汚れは最低限だ。

 完全に浸かった後、湯船に体を預けると長い髪が体に付着する…


 あらま…

 女性の使用後らしい。


 ジーマかヘレナらしいと見当を付けるが…だからなんだ?

 別にやましい気持ちはない。

 それにしても、キナやエリンは当時まだ小さく、若く幼かったからあまり気にしていなかったが………


 解放状態MAXの風呂場は、色々と問題があるな。


 先日のジーマの件もあるし…

 ヘレナもしばらくここに滞在するなら、ここは改良の余地ありだ。


 と、考えつつも、眼前に広がる大海原とそこに架かる赤い階段を提供する夕日に目を奪われる。


「裸を取るか…景色を取るか…それが問題だな───」


 うんうん、と。

 ジーマのナイスでゴイスーでキョヌーなバデーを思い出しつつ、酒をあおる。


 さて、

「その心は?」


 ………


「どちらも絶景なり…───」


 …


 ブフッ!

 あー酒が美味い。

 

 やっぱり故郷はいい。

 我が家はいい。

 キナのいるこの村がいいな…


 



 エリン…もう少しだけ待ってくれ───


 全部片付けてしまうよ。








 叔父さん、頑張るからさ。








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