第78話「キナの夕飯」

 ホカホカと湯気を立てる夕食。

 それは、品良く膳に盛られているため、一層輝いて見える。



 では、頂きます。

 パンっと手を合わせて軽く感謝の念。これは死んだ姉貴──以下略だ。


 キナはプリプリしていたが、料理に手を抜くことはしない───よね?


 うむ。


 さて、まずは、

 さじを手に、スープを一口…


 シャクっとした歯ごたえ、

 うん、これは芋がらだな。んんーーーぅ旨い!


 カラカラに乾燥している芋がらが、スープの出汁を吸って膨らむ。それは、わずかに香る芋の甘みと乾物独特の渋みと相まって舌を喜ばせた。

 噛みしめるたびにシャグシャクっと固いような柔らかいような何とも言えない楽しい食感とともに、旨味が広がる。


 さらに一口、と…匙ですくえばそこに赤みのキツイ肉片が浮かぶ。それは強い熱で茶色に変色しており──良く煮込まれているためホロホロだ。

 そして一度油で炒めたため、本来なら損なわれるはずの肉の旨味が…ギュギュ! っと凝縮し、たまらない味を口内で弾けさせる。


 さらに、それらを纏めるスープがまた旨い…!


 透明なスープは油がキラキラと輝き、まるで黄金だ。

 そして、黄金の価値に負けないくらいの旨味の宝庫となり、優しく舌と胃と…体に染み渡る。


 お次は、

 おこわ・・・だ。


 蒸しただけの押し麦は、本来なら苦みと渋みだけが強調されて食えたものではないが───

 ここでキナちゃんマジック。


 食材の欠点もうまく利用すれば、それは利点なりうると…


 とくに、押し麦の──良く水分を吸い込み、膨らむという性質を利用したのが、


 これ…出汁に漬けるというもの。


 ただの水なら、押し麦の味だけが強調されるが、出汁に漬けて膨らませることで本来の味に加えて、出汁の旨味が追加される。

 さらに、押し麦の苦みを中和する為に入れられるのが…穀物から作る甘味である水飴だ。

 これを加えて軽く煮込み──甘味を溶け込ませる。


 あとは強めに蒸して固く仕上げるのだが、最後にひと手間。

 麦の渋みを抑えるために、プラムモドキから出た酢と一緒に蒸すのだ。


 すると…───


 フワァっと、酢の香りと出汁の匂いが広がり、上品なおこわ・・・が完成する───と、見せかけて!

 キナは最後の最後に魚醤を加えて…固いそれをヘラで刻むように混ぜて撹拌かくはんしていく。


 余熱で魚醤が麦の繊維に染み込んでいくと、出汁由来の黄色に染まったそれが魚醤のそれを受けて茶色に輝いていく。


 これを一口…




 ──────っ!

 



 これが麦か!?


 そう思わずにはいられないほど、上品な甘みと穀物の滋味が口に広がる。

 苦さも渋みをほとんど感じない。

 むしろわずかに感じるそれらが、良いアクセントになって食が進む。

 やや硬い食感も、弾力のある麦のそれによくマッチしており───噛みしめると、ジュワりと出汁が溢れた。それは、魚醤のコクのある味わいで、素材の旨さと絡み合い……何とも言えない複雑な味わいを産んでいた。


 旨すぎる───!



 ……


 …




 さて、そろそろ濃い味が欲しいと思えば、次はコレ…魚だ。


 ポート・ナナン産、本日水揚げの文句なしに新鮮なそれは──干物ではない!


 新鮮な活き魚をキナが捌いて3枚におろした物。


 生でも食べられる鮮度のそれは、手を加えずともそれだけでうまい! …うまいが、キナさんは手加減しません。


 もはや、美味さの虜を量産せんとばかりに、ただでさえ美味い新鮮な魚に、ひと手間どころか二手間以上かけてしまう、このに恐ろしき少女───


 なんともぁ、キナさんったら…生臭さを消すために、プラムモドキ漬けを使っちゃってるんです…

 そのままでは酸っぱいプラムモドキ漬けも、ちょっとひと手間加えるだけで上品な調味料に早変わり。


 丁寧に種を外して裏濾うらごしし、ジャム状にすると──そこにした濁酒どぶろくの透明な上澄みだけを厳選し、カラカラに乾燥した保存用に大魚のフィレをナイフで薄く削ぎ落としたものと、それらを混ぜて一煮立ひとにたち…


 まるで上品な魚醤のようなそれは、魚醤よりもさらに芳醇ほうじゅんな香りを立てる神秘の調味料──。


 これをソテーにした青魚にかけるだけと思ったら大間違い。

 ソテーにする前に、ガーリックから絞った油をすこ~しだけ使って、一度鉄板で軽く両面をあぶると、ニンニクの香りを付けて青魚の臭みを中和する。


 そして、その後に……炭火をいた網で焼くのだ。


 網目のついた焦げが浮いたころにひっくり返す…

 すると、垂れそうになっていた魚の油がスススーと身に戻っていくではないか───!


 この油が上手いんだから零しちゃ勿体もったいない。


 キナは絶妙な火加減と手捌きで魚を両面焼くと器に盛りつけ、最後に神秘の調味料をかけていく。


 熱々の身に掛かったそのソースが、ジュゥゥウウ!! と、小気味良い音を立て、表面でブクブクと少しだけ泡立つと身に沁み込んでいく。

 そして…魚の油と絡みあう──


 こんなの絶対うまいだろうと確信し、

 ほぐして一口──────




 !!!




 うま!!


 ……

 …


 ……ウマ!!!


 口に入れた瞬間に硬直しかけない旨さ…

 唾液の噴出量が半端ではない!

 まさに旨味の爆弾と言わんばかり。


 何と言えばいいのだろうか…


 ───うん。





 こ・れ・は・う・ま・い!!





 と、しか言えないし、言う必要もない。


 あっという間に、魚の開きの片面を食べ尽くすと、口寂しくなり、オコワと一緒に含む───


 !!!


 うま!!


 ……ウマ!!!


 なにこれ、おこわと超合うんですけど!?

 モッチモッチと、おこわと一緒に口に含み口内調味。


 これはこの辺の地方…というか、ここでも、あまり見たことがないやり方だけど、口の中に複数の食べ物を含み、口内で混ぜ合わせるようにして食べる食べ方だが───


 魚とおこわ・・・は、この食べ方が合う。

 間違いなく合う…!


 息をするのも忘れるくらいに、モッチモッチと噛みしめて幸せを感じる。


 旨いわぁぁぁ…


 あっという間におこわも魚も平らげると、スープをすすり口の中の油を一緒に流し込む。

 とは言え、スープも油ギッシュゆえ、どうしても口周りに味が残る。

 それはそれで悪くないのだが、酒を飲む時にどうしてもワンテンポ味が分断されてしまうのだ…


 それを解消するのが、これ──浅漬けサラダだ。


 おこわの残りと混ぜながら、さじでまとめて口に運ぶ。

 ザワ―クラウトと生ハムは保存食とは言え、各家の特色が出る───まさに家庭の味…


 そう、


 ハイデマン家の味わいは、体にすんなりと受け入れられる。

 まさに外れのない味だ。

 ただそれだけでは単調となるので、ハーブを散らすわけだが、これがまたサッパリとして食事の締めに大変良い!


 量も多すぎず少なすぎず…


 シャグシャグとザワ―クラウトの酸味を感じつつ、生ハムの塩味で優しくまとめ、最後にハーブが止めを刺す…と。

 

 まさに、食事の最期・・にふさわしい。


 食べた後は、濁酒どぶろくを、一杯…グイっと飲み込み。熱い息を吐く───


 

 いやーーーー満腹満腹ぅ。



 キナちゃん最高。嫁に欲しいね!


 さっきまで、プリプリしたり、赤くなっていたキナちゃん。

 バズゥの健啖っぷりをニコニコして見ているじゃあ、あーりませんか。

 さっきまでの、表情七変化が嘘のようだ。


 かーわいいのー…

 その頭をカウンター越しに、カイグリカイグリ…

 



 ん?




 なんかスッゴイ視線を感じる…

 と、周囲を見れば──


 ヘレナにジーマ、その他店内にいた者全員がバズゥとキナを注視。


 どったの?


 そんなに見てさ──?


「な、なんだよ?」 

 恐る恐る問いかけると…


「バズゥさん…」

 ヘレナの感情の抜け落ちた顔。

「は、はい?」



 ……



 「アナタ──」「アンタ──」「お前──」「バズゥさん──」「オッサン──」


 …だけ、


「「「「「ずるいじゃない!!!!!」」」」」







 ドッカ~~~ンと、魂の叫びが店内と揺らしたとか揺らさなかったとか…






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