第77話「キナのオツマミ」
ヘレナが紹介してくれた
メスタム・ロック正面の依頼が多数あり、しかも…そのうちのいくつかはほぼ達成間近だ。
ほとんどが行きがけの駄賃で済ますことができる。
「おいおい…随分楽な
渋い顔でバズゥはヘレナに問いかけるが、
「あのねぇ…バズゥさんの感性で
はぁ?
「そもそも、メスタム・ロック方面の
ヘレナが言うには、
基本的に地形が
また、比較的
っていうけどな~…
場所によっては平坦な土地が続くうえ、一応道もある。
地図がないのは当然で───あったとしても大自然の中ではランドマークに乏しいため、そもそも役に立たないだろう。
素材採取ができないのは……そりゃ単なる知識不足ってだけじゃないのか?
「───って考えてるんじゃない?」
ヘレナがバズゥの思考に被せるように言葉を投げかけて来た。
正直…
「お…おう、まぁな」
ポリポリと頬を掻いて誤魔化すが…
「アナタが思うより、簡単じゃないのよ? 特にメスタム・ロックでの
故に受注率が低い、と───
その分、ギルドの取り分を減らしてでも冒険者の報酬に
代わりに割高になる傾向があり、受注すれば(達成すれば)かなりの稼ぎが出る。
その代わり───
成功率は低くはないが、それはそもそもが特殊な人材や、完璧な準備を行ったものが受注するからで、全体的な難易度はかなり高いという。
「そんなもんかね?」
正直…バズゥからすれば難しいどころじゃない。
簡単すぎて片手間にできるものばかり。
まぁ、報酬が高いというのだからありがたく受けようじゃないか。
「そんなものよ……ハイ、
ピっと差し出された8枚の依頼書に目を通し、サササーと名前を記入していきヘレナに返す。
「んー…はい。確認しました。よろしくね、バズゥさん」
ニコっと、ギルドの窓口ぃぃ──と言った感じで、柔らかな笑顔で応対するヘレナ。
へーそんな笑顔もできるんだ、と。
あまり気にしていなかったが、こうしてみると物凄く美人だ。
知的なメガネと相まって、物静かな令嬢と言った感じ───実際は、ピストルを振り回す
ちょっとばかり、見惚れていたバズゥはハッとして視線を逸らす。
いかんいかん…こんな若い子に見とれてるなんて思われたらカッコ悪いぞなもし。
バズゥ用の膳を持ったキナと目が合う───
ん? なんか怒ってる?
「はい! バズゥ!! ご飯よぉぉ!!」
明後日の方向を向いて、照れた顔を隠していたバズゥの目の間に…ドンッ! と
なんだか…ちょっと怒ったような雰囲気だけど、キナちゃん特製の朝飯だ…───あー夕飯だった。
酒の
それはいいのだけど、
…なんぞ?
プリプリした様子で、配膳していくキナ。
蒸した押し麦に、魚醤で味付けした
焼いた青魚の開きに、プラムモドキ漬けの裏ごしソースをかけたソテーを木の器に───カンッ!
芋の茎を塩で揉んで乾燥させた保存食と生の海藻、そこに海獣の油で炒めた肉と混ぜたスープをお椀によそって───ドンッ!
ザワークラウトと、
徳利に入った濁酒と
え、いや、
……なんか怒ってる?
「怒ってませんー」
プイスとそっぽを向くキナ。
長い耳が先っぽまで真っ赤になっている───あ、これ不機嫌モードだ。珍しい。
「あらあら…キナさん、
ふふふと、意地悪そうに笑うヘレナ…妬いてるってアンタ。
それを聞いて、ボフっと顔を真っ赤にしたキナがお盆で顔を隠す。
「ななななな、なに言ってるんですか!?」
アワアワアワと小動物チックに慌てるキナ…可愛いな、おい。
「何だキナ? 妬いてるって? はっは~ん…お前───」
ドキドキとした鼓動を抑えるように、お盆でワタワタと顔を隠したり深呼吸したり忙しいキナ。
「ヘレナさんのオパイ…」
ゴンッ───「ハイ、ストップ!」
めっこりと、頭に突き刺さる…杖。
へぇい…
痛くないけどさー…
「……ジーマちゃぁぁぁぁん?」
いつの間にか起き出していた、キョヌー魔法使いことジーマが──バズゥの脳天に一撃くれてやがった。
……
…
おうおうおう、
おうおうおうおうおうおうおぉぅう…
「何の真似かねチミぃぃ?」
ギロっと睨むバズゥの視線を受け、ちょっとだけ
「オパイオパイ言うなっての!!」
む…
超正論…──
しかも、ヘレナさんのオパイを
反省…猛省!
「全くもう…アンタにはデリカシーってもんがね~…」
ブチブチ言いながらも、どっかりバズゥの横に腰を下ろすキョヌー…ゴホン、ジーマ。
「バズゥは、昔っからデリカシーないんです」
プゥと頬を膨らませてキナもカウンターの対面に座る。
バズゥが
トクトクトク…と
礼を言って受け取ると、さっそく口に運ぶ。
旨い…───
空きっ腹には良くないのだろうが、アルコールの香りが鼻を突いたのでまずは一杯───と、口を湿らせたかった。
キナはその辺の
「いいわね…キナさん。私も同じお酒を…おツマミは───」
ヘレナも便乗して、酒を注文する。
もう仕事の話をする雰囲気ではないな。
「はい。我が家特製の
コトっと、ヘレナの前に陶器のカップをおくと、大徳利から注いでいく。
小型の徳利と御猪口の組み合わせは
「へぇ…濁り酒? それに白いってのも珍しいわね」
主に穀物から作られる我が家の濁酒は、白く濁っている。
キナが丁寧に
それがあるがゆえ、特に白さを際立たせているのだ。
「あと、御免なさい…基本ウチではおツマミは一品だけなんです」
店を一人で切り盛りしている関係もあり、キナは多くのツマミの種類を準備できない。
代わりに毎日、日替わりでおツマミを準備する。
とはいえ、一応ベーコンだとか、ザワークラウトのような手のかからないものは準備できるので、それほど不満に感じる者はいないという。
「いいわよ、それを頂戴…あら!?」
ツマミを注文しつつヘレナは濁酒を一口───
「…───これ、おいしいわ…」
シミジミと味わうように舌で転がし…コクリと飲み込むヘレナ。
その喉が艶めかしく動く様を、バズゥは何となく眺めてしまった。
「でしょ~…これクセになるのよねー」
そして、なぜかジーマが勝手に答えている。
これ──とか言いつつ、バズゥの御猪口に手を伸ばし、止める間もなく勝手に飲み干す……こら!
「ほふぅ…おいしい」
むぅ、思わずデコピンしようと思ったが、コイツには回復魔法をかけてもらった礼をしてなかったしな…ちょっとくらいいだろう。
キナも心得たもので、もう一つ
そして、ヘレナの前には本日の
「あら? お芋…かしら?」
小鉢に盛られたのは丸い芋。
古くから食べられているタロイモ系の安物だが、…味はいい。
丁寧に皮をむいて、
魚醤と海獣の骨髄と一緒に煮込んでいるため、トロトロに仕上がっている。
そして、海獣由来の臭みを消すために、小堅葉を香り付けとして細かく粉砕しまぶしていた。
一緒に煮込むと少々主張の激しすぎる小堅葉も、こうして生のまま細かく散らすと、香りのみを提供し、臭みを消してくれるのだ。
そして、海獣の臭みを消したその芋は、今…旨味だけを最大に引き出し──口内でトロットロに
「おぃひぃぃ!!」
フォークで一刺しして口に運んで…開口一番ヘレナは頬を両手で押さえて叫ぶ。
眼鏡の奥の目がキラキラと輝いている。
「なにこれぇぇぇ…おいしぃぃぃぃ!」
んーーー! と幸せそうな顔。
一つ二つと、小鉢の中身を平らげていく。
途中で気付いて、濁酒も
「……くぅぅぅ…! 旨し!!」
グッ! と両手を拳にすると、
誰と戦うねん? と、言いたくなるほど構えを作って、何度も何度も───
──旨し、旨し!
……グッ、グッ! ってやっていらっしゃる…
「スッゴイわね…お芋がこんなにおいしくなるなんて…」
だろ?
キナはスッゴイんだぜ。
ふふん、と───
何故か自慢げなバズゥと…ジーマ。
……
…なんでお前が自慢気やねん。
ズピシとデコピンをかましてやった。───回復の魔法の礼はどうしたって? …知らんがな。
「ありがとうございます。オカワリもありますよ」
「頂くわ!」
ズピシと神速の速さで空になった小鉢を突きだすヘレナ。
アンタそういうキャラだっけ?
ま、いいや。
バズゥは、「芋の出汁煮付け」を美味そうに頬張るヘレナを尻目に、夕飯に手を付ける。
───では、頂きます。
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