第76話「働くオッサン」
「………あんまり行きたくないんだよな」
ちなみに、ポート・ナナンとファーム・エッジ…この二つは滅茶苦茶…仲が悪い。
いや、これは
ポート・ナナンが一方的に嫌っているといったほうが正しいか。
バズゥ自身はポート・ナナンとはある程度距離を置いているので、ファーム・エッジそのものに対して悪い感情はないが…ポート・ナナンの住民は嫌っている。
事情は後述するが、
それは実に下らない理由。
比較的安定した農作物を卸すファーム・エッジに対して、
万人が必要とするわけではない海産物を、主な産物とするポート・ナナンでは、物流のやり取りに一方的な格差が発生していた。
人は麦なしには生きられない。
だが、魚介類は必ずしも必要というわけではない。
それがゆえに、ファーム・エッジから仕入れる麦や野菜などの農産物に対して、魚介類の輸出はイマイチ振るわない。
そのため、富がファーム・エッジに
また、海塩や、肥料にもなる洗浄海藻に雑魚の乾物等もファーム・エッジに流れるわけだが、これもポート・ナナンが期待するほどの価値での取引はない。
内陸からも岩塩が入手できるし、また、肥料も
それがゆえに、買いたたかれた肥料などを恨めしげに見るポート・ナナンの住民は多い。
それでも、売却せねばならないのは、単純に輸送コストの問題だ。
遠くの街で売るには買取側も輸送コストを考えて安く買おうとする。
それはどこの街でも同じだが、ポート・ナナンとファーム・エッジは比較的近いため、本来なら輸送コスト分を利益に見込めるはず…なのだが、前述する理由で必ずしも必要ではない。
近隣ならではの助け合いとはいかず…不当に安く買いたたかれてしまっている──と、ポート・ナナンは思い込んでいるのだ。
ともあれ、両村の感情的な繋がりはあまり深くないと───、
(もっとも、一方的な感情に近いためポート・ナナン側の住民がファーム・エッジで不利益を被ることはまずない)
バズゥが行きたくない理由は、それとは別な理由。
まぁ、色々あるが…一つには、
ファーム・エッジにはポート・ナナンに比べて遥かに猟師の数が多い。
家畜を害する
それでも、田舎の村にしては猟師の比率が高く、彼らの横のつながりに対して、
右も左もわからない若造の時分には、この地で学んだこともあり──
「じゃ、どうするのよ? ここの漁労組合との
ヘレナが意地が悪そうに聞いて来るが──声は平静そのもの。悪気があって言っているわけではないのだろう。
「ハバナの野郎に? …こっちから願い下げだ」
ケッと唾を吐かんばかりに吐き捨てるバズゥ。
「子どもね…じゃぁ、王都──グラン・シュワに持っていく? 往復で何週間もかかるわよ?」
バズゥの脚力なら、何週間ということもないだろうが…
通常の物流で言えばそれくらいは往復でかかるだろう。
だが、王都が一番換金率が良いのも確か…しかし、距離がありすぎるので、往復の旅費だけでも馬鹿にならない。
また、未加工の毛皮を持っていけば、途中でダメになるだろう…肝とて同じ。
結局、ここで加工していく必要が生じるわけだが…
まぁ…手間ばかりかかって、何のメリットもない。
「行くわけねーだろ…」
ブスっとした表情で言うバズゥを、困った子を見つめるようにヘレナは言った。
「もう少し立てば、フォート・ラグダも落ち着くわ…一生入れないわけじゃないから安心して」
そう、今は時期が悪いだけで、じきに騒動も収まる。
ヘレナがフォート・ラグダに帰れる頃にはバズゥも大手を振って街に入れるだろう。
だから、今は我慢して──と。
子供を
いずれにせよ選択肢は少ないのだから…
「ファーム・エッジには、ギルドはないけど───商店や、交易所もあるのよ? 何も不都合はないと思うけど…」
何がそんなに嫌なの? と、ヘレナは言う。
「お前さんにゃ、関係ない……と言いたいが──」
「あそこは猟師が多いんだ。俺は変わり者扱いだからな…
猟師の多くは、職場の近くに居を構える。
もっと昔の時分、メスタム・ロックが王国の狩場から降ろされた頃なんかには、山中に猟師小屋を構える者もいたし───、
ファーム・エッジのような害獣駆除を主の仕事とするものは農村に住んでいた。
バズゥは、せっかくの『猟師』という天職持ちにも関わらず、山中での生活や農村への移住はせず、一貫して漁村であるポート・ナナンに住み続けた。
それ故に、「魚を食う偏屈な猟師」なんて
実際…稼ぎも多くはなく、漁村から山や農村へ通いで狩りに行くため、その収獲は
なんせ、勇者軍に入隊前は
獲物は全て手運搬だ。
山から、漁村まで…例え
日帰りで行くことも多いため、獲物は少なく稼ぎも少ないので、年若い家族にぶら下がるヒモ───穀つぶし。
そんな風に陰で言われていた。
しかし、それでもバズゥは家を離れない。
姉貴が生きていたころはまだ、遠くに狩りにでることもあった(そのため、先代勇者に隙をみせてしまったわけだが…)のだが…
若くして、亡くなってからはそうもいかなくなった。
当時は、まだ小さなエリンと、見た目少女にしか見えないキナしか──我が家にいないのだから…
どうやっても、男手たるバズゥが近くにいる必要があった。
元々よそ者であるハイデマン一家には、心から信頼できる知り合いがいるわけでもなし。
下手に家を空ければ、男のいない家庭があるのみ……姉貴の二の舞だ。
さすがに小さなエリンを狙う輩はいないと思いたかったが…キナのこともあり、やはり家から離れることができないでいた。
結果として付いたのは、ロクでなしの猟師バズゥ・ハイデマンという──猟師仲間の評価だ。
稼ぎも少なく、店の手伝いをすればトラブルばかり…なるほど、ロクでなしのボンクラだ。
理解しているのは家族ばかり。
近くに住む村人でさえ、バズゥは変人扱いだった。
まぁ、周りの評価なんてどうでもよかったがね。
密室的に、濃い関係を築いていた家族の愛情───
そのため、バズゥやバズゥの家族にとってこの店が最も居心地のいい場所になってはいたのだが…
それが故にキナを縛り付けてしまったらしい。
だが、それももう終わりかもしれない。
借金地獄に、
冒険者の溜り場、
タダ酒のみ共が反吐を巻き散らかしていく場末の酒場…
この件が終わったら…───
「まぁ、ようするに…ファーム・エッジは居心地が悪いのさ」
強引に話を帰結させると、バズゥはそっぽを向いてしまう。
「あらそう? ま、好きにしなさい」
聞いた割に、既に興味を無くしたらしいヘレナは再び書類作業に没頭している──
かと思いきや、
「一応、今日の予定を聞いてもいいかしら?」
バズゥをちらりとも見ずに、軽い調子で聞く。
「…っ。んん~…」
「今は、効率よく稼ぎたいんでしょ?」
「…そりゃ…な」
だったら──
「あ~…
行かないと豪語していたわりに、バズゥはファーム・エッジをしっかりと予定に入れて答えた。
なんだかんだと言いつつ、選択肢は限られているのだ。
少々バツが悪いくらいで、ファーム・エッジ行きを外すわけにもいかない。
まぁ、他にも行きたくない理由はあるのだが…
それ以上に、行く理由もある。
少なくとも、銃の修理に───火薬や弾丸の材料なんかも仕入れに行かねばならない。
火薬はともかく、弾の材料なんかはポート・ナナンでも手に入るのだが、内陸に比べて割高になる傾向がある。
とくに、最近は貿易船の入港がないらしく、品薄気味で……物価は上昇していた。
「よかったわ、メスタム・ロックにファーム・エッジね。実はそこに至るまでに片付けられそうな
クリっと首をかしげて数枚の
なるほど、ヘレナは最初からバズゥの行動方針をある程度読んでいたらしい。
どうも、手のひらの上で踊らされているようで腹立たしいが、意地を張ったところで意味はない。
別に悪意があるわけでもないし、ただのバズゥの
それに素直に考えれば、効率よく仕事を回してくれるのだ。
ヘレナは、フォート・ラグダ市議会に
ならば、彼女の方針に従い『キナの店』を運営していくのが借金返済の一番の近道でもある。
「わかった…受注するさ」
はい。
と、渡された
「ん~…『害獣駆除』『配達』『現地確認』がそれぞれ1件…それと『素材採取』が5件な──」
スススと、受け取った
…なるほど───
メスタム・ロック方面の依頼が6件にファーム・エッジ方面が2件っと。
こりゃ効率がいいね。
そもそも、メスタム・ロック方面の依頼はほとんど俺に回ってきているんだろうな。
いいさ、全部引き受けてやる。
受け取った
〇『害獣駆除』→バズゥ・ハイデマン
※ 作物を荒らす
〇『配達』→バズゥ・ハイデマン
※肥料用干魚の運搬(元、ポート・ナナン)
〇『現地確認』→バズゥ・ハイデマン
※ 音信不通の王国軍哨所の確認(元、グラン・シュワ)
〇『素材採取』
※
※ 獣肉確保(元 ポート・ナナン)
※ 薬草採取(元 フォート・ラグダ)
※ etc ……
と、まぁ──
中々に充実したラインナップだ。
こりゃ余裕だな…
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