第75話「今後の方針」

「あー…腹減った」

 ボキボキと首を鳴らしながら、バズゥは酒場に顔を出す。


 目が覚めた時にはキナはおらず、なぜかキョヌー…ことジーマがよだれをたらしながら、腹を出しつつ──すっごい寝相ねぞうでバズゥの横で寝て居やがった。


 何だ此奴こいつ? と思いつつも、眼福がんぷく眼福とばかりキョヌーをしっかりと鑑賞しておいた。


 感想───


 マジでデッカイな!! ここにメスタム・ロック在り!

 キングベアとかも生息してそうだ。


 以上。



 …ゴクリ…伸びそうになる手を必死で抑えつつ、

 なんだか、──バズゥ! とかいう声が聞こえた気がして、早々に退散しましたがね…



 いやしかし…デカかったね。

 うんいい。───ぐっ!


 ニヤニヤと笑うバズゥに気付いたのはカメのみ。

 ヘレナとキナは依頼書クエストの束を睨みつつ相談中らしい。


「お、おはようございます…?」

 いやらしい笑みを浮かべたバズゥをいぶかしみつつ、カメがオズオズと挨拶する。

 おっとイカンイカン…下種な顔になっていたっぽいぞ。


 適当にカメに返事を返しつつ、

 自分的キリリとした顔に戻すと、店内を見回した。


 客は数人、冒険者らしき連中は一人二人…と。結構店内はガラガラだ。

 窓の外は赤く…夕方らしいと検討をつける。


「バズゥ?」

 二人の声を聞きつけたキナがクルリ振り返り、起きて動いているバズゥに気付いて瞳を輝かせる。

「あら、起きたのね? バズゥさん」

 チャキっとメガネのずれを直しながらヘレナが不敵に笑う。

「あぁ、心配かけたな」


 何でもない風を装いながらも、バズゥは頭をポリポリと掻き──気恥ずかしさをごまかす。


「うん…もう起きないんじゃないかと…」

「別に心配はしてないわ?」


 本気で心配する少女と、本気で心配していない女性───


 うん、対照的な回答をありがとう。

 …うん、俺はキナが好きだなー…


 うん…


「大丈夫だ、寝てりゃなおるもんさ…──まぁ、今はちょっとばかし腹が減ってな」

 グゴゴゴゴ…と腹がいいタイミングで鳴ってくれる。


「あはっ…うん、今作るね!」

 バズゥの元気な様子に、天使の微笑みを見せて、厨房に向かうキナ。

 その尻…もとい、後姿とヒョコヒョコとした足取りを見送りながら、


「で? なにしてんだ、お前さんは?」

 と、無遠慮にヘレナに話しかける。


「んー? 依頼の仕分けよー…」

 キナを見送った後は、書類に目を落としてバズゥには一瞥いちべつさえくれない。

「あー…冒険者ボンクラに見合った仕事を選んでいるのか」

「まぁね…とは言っても、この村では・・・・・ほとんどが一般クエストよ…誰にでもできる簡単なもの──」


 あれか…子守とか、昆布干しな。

 というか、こんな田舎の事だ。そんな依頼があるだけでも不思議なくらい。


「実際、どうなんだ? この村に冒険者ギルドなんて必要か?」


 よっこいせ、と。ヘレナの隣に腰かけると、不躾ぶしつけに依頼書を覗き込む。

 ヘレナが押したらしい「達成」のスタンプが鮮やかな依頼書に目を走らせると──なるほど、一般クエストばかりだ。


 ヘレナは、遠慮なしに隣に腰かけるバズゥに軽くため息を付きつつ、依頼書を隠す様にファイルに大雑把にまとめるとパタンと目の前で仕舞う。


 閉じ紐を付けないところを見るに、バズゥの目から隠すため処置なのだろう。


「バズゥさん…? アナタはギルドマスターの家族とは言え、職員ではありません。一冒険者です」


 キっとバズゥを見ると、きつい口調で突き放す。

 要するに…勝手に見るな、と──


「キナさんは甘い所がありますからね…私がここに来た以上、ナァナァ・・・・では済ましませんよ」


 言い切ると、プイすとそッぽを向く。


 あらま~…なんか機嫌損ねちゃった?


「へーへー…すまんこって、どうせ下っ端ですからね」

 冒険者の昇任システムがどうなっているのか知らないが…バズゥは現状一番下っ端の「丁」クラスの冒険者。


 そもそもバイトの職員ですらない。


 ならば、内部書類を見る権利など普通は有さない。

 だったら、奥で作業しろと言いたいが……───すまん、ウチは狭いんだったな。


 せいぜいあるのは、

 隔離スペースとしては住居部とカウンター裏があるが…

 その両方とも使用中か、使用していた──そのどちらかだった。


 そのため、ヘレナは仕方なくカウンターで作業中っと。


 一応、内部文書だよね…申し訳ない。

 素直にをを認めたバズゥはバツが悪そうに、カウンターの奥で調理中のキナの尻に視線を移し、ヘレナの作業の邪魔をしないようにする。


 その雰囲気を掴んだヘレナは小さなため息を付きながら、再び作業に戻る。


「で…どうするの、これから?」


 作業に没頭しているようで、しっかりとバズゥの動向に注意しながらヘレナが語りかける。

 バズゥも、彼女の邪魔をしない様に、フリフリと揺れるキナの小さな尻に視線を固定しつつ──


「ま、とりあえず、山で狩ったキングベアと地羆グランドベアの回収をしてくるさ」


 フォート・ラグダに向かう前に倒した小さな群れのことを思い出し、それらの解体と回収を当面の目標にする。

 すくなくとも、肝と毛皮は高く売れるのだ。それの換金までとやかく言われたくない。


「へぇ? フォート・ラグダを襲った群れより先に、別の群れを一つ潰してたの?」


 あら? っといった表情のヘレナ。


「そうだ。本来ならそれで終わりだと思ったんだがね…」

 キーファの野郎を助けたついでとは言え──通常のキングベアの群れの殲滅。

 金貨500枚ほどの仕事ではないとはいえ、かなりの稼ぎになるはずだったのだが…

「ふーん…貴方からすれば証明して、報酬が欲しいでしょうね」


 当たり前だろうが! とバズゥは睨み付けるが、ヘレナは視線を合わさず考え込んでいる。


「だけど、それは諦めたほうがいいわね…」


 あ?


「今、キングべアの討伐報酬の件は…ほとんどタブー扱いよ」

 ヘレナはヤレヤレといった感じで、

「下手に換金を要求したりしたら、──市の衛兵に問答無用で逮捕されるわよ?」


 はぁ?


「なんで逮捕されにゃならん? 正当な報酬を受け取るのが犯罪なのか?」

 街の目前で仕留めた獲物のことは諦めよう…それはもう無理だとわかる。

 公式にフォート・ラグダの手柄だと言われてしまえば、一個人に出来ることなど限られている。


 だが、山で仕留めた獲物は正真正銘バズゥが一人で倒したものだ。

 こればかりは誰憚だれはばかることあろうか?


 食い下がるバズゥに、ヘレナは冷静に告げる。


「そういう事じゃないのよ…今は時期が悪すぎるってこと」

 ただでさえ被害の大きさにピリピリしているフォート・ラグダ。その上…遺族の保証金やら、ケガ人やら街の損傷補填やらで、金が湯水のごとく流出しているらしい。


 一応はキングベアの報酬を有耶無耶にして多少なりとも財政的な被害は抑えられているとは言え、外回りの商人も被害を受けていたので───街としての信頼は地に落ちている。


 そんな最中さなかに、ノコノコと「キングベアの群れを退治したのは俺で~す──換金してちょ」なんて言ってみればどうなるか…


 よくて狂言きょうげん扱いで門前払い。

 下手すりゃ詐欺罪だとか騒乱罪で逮捕…人知れず監獄で抹殺なんてあり得るだろう。


 しかも、バズゥの場合は特に問題がややこしくなる。


 街の衛兵に王国軍の兵士たちは、バズゥの活躍に勘付いていた。そして、門前で見殺しにされた遺族にもその噂は入っている。


 市を弾劾し、遺族の保証金を更にふんだくりたい者からすれば、市議会の失態と偽証を証言できるバズゥの存在は喉から手が出るほど欲しいだろう。

 市議会の言う、市の英雄による・・・・・・・市議会による解決・・・・・・・・は真っ赤な嘘…、


 実際はフォート・ラグダ側の落ち度による…人災の側面が大きいと───


 事実がどうあれ、彼らは恨みを晴らす場と、保証金欲しさにバズゥを担ぎ上げることは目に見えている。

 その場では、キングベアの襲撃を防ぐために正門を閉塞するしかなかったとしても…それを正当化できないがために、ヘレナを英雄にしてしまった。


 しかも、バズゥへの報酬をなかったことにするため、嘘に嘘を塗り固め、さらにその嘘を糊塗する為に嘘をつく。

 市議会は自分で墓穴を掘っているにもかかわらず、自らの保身と、金のために強引なストーリーを構築してしまった。


 それを崩してしまいかねないバズゥの振る舞いは彼らからすれば目障りだろう。

 下手にフォート・ラグダに近づいてしまえば何をされることやら…


 ヘレナはこの辺りを解決するためにも、ここにいる。

 いずれは、バズゥとフォート・ラグダで何らかの手打ちを──と、考えている。

 具体的な案は見えてこないが…何とかして落としどころを見つける必要があるだろう。


 それができなければ、バズゥは暗殺されかねない。

 

「はぁ…」

 

 その辺の機微きびが分からないバズゥの呑気さに呆れる思いのヘレナ。


 ──キングベア討伐…この依頼クエストは、もう終わった話なのだ。今さら蒸し返してもロクなことにはなるまい。


 とにかく、バズゥの行動には逐次注意する必要がありそうだ。


「俺は俺の獲物を持ち帰る…文句あるか?」


 だからぁぁ…

 いや…まぁ、いいか。


「わかったわ…好きになさい…ただし」

 ギロっとヘレナはバズゥを睨むと───


「フォート・ラグダでの換金は諦めなさい」

 バズゥの気持ちも分かるし、いずれにしても何らかの手段で金を稼ぐ必要もある。

 ならば、別の販路を当たるしかないだろう。


「おいおい…フォート・ラグダじゃなければどこに持っていく?」


 この辺で換金できそうな場所と言えば限られてくる。

 子どもの駄賃とはわけが違う…田舎過ぎて、大金を持っているものがいないのだ。


 対象は、おのずと限られてくる。


 ポート・ナナンでいえば漁労組合くらいなもの。さすがにハバナ相手に金のやり取りはなるべくしたくない…そもそも、足元を見られるのがオチだ。


 あとは流れの行商人に、まれに立ち寄る貿易商。

 どっちも信頼面では怪しいし、金もしぶられる。


 やはり、一番確実なのは城塞都市フォート・ラグダなのだが…


「ファーム・エッジがあるでしょ?」

 ヘレナの何気ない一言。


 あー…


 隣村か。


 漁村であるポート・ナナンと、同じく田舎の農村であるファーム・エッジ。

 ポート・ナナン程ではないにしても、田舎で貧乏だ。

 ただ、近隣に糧食を供給する大穀倉地帯でもあり、家畜等も育てているため年中安定した収入を得ている。


 ポート・ナナンよりは経済的にマシ…だ。

 まぁ、マシレベルではあるが──


 ファーム・エッジねぇ…








「あんまり行きたくないんだよな」







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