第74話「それはとても温かく優しい言葉」
「「「「寝なさい!」」」」
あれ~??
いまいち乗りの悪い皆に首をかしげるバズゥ。
キナの身柄を一時金で自由にしている以上、一日だって無駄にしたくない。
今はどんな小さな
「アンタ、どれだけ血を失ったか知ってるの?」
ジーマがあきれ交じりに言う。
なんのこれしき。
勇者軍ではな…───あ、あれ?
起き上がろうとしたバズゥは、腰が立たず、ストンと座り込んでしまう。
あ、足に力が入らん?
「普通なら死んでるケガよ…気持ちはわかるけど…今は寝てなさい」
まるで子供の様に扱われ、布団に寝かしつけられるバズゥ。
ぎこちないが、それでも精一杯の気遣いを見せてヘレナはバズゥに布団をかけてくれた。
「すまん…」
体の不調を思い知ったところで、頭が鈍く重く感じるようになり、喋るのも
「キナさんの身柄が心配なんでしょう?」
そうだよ…
借金が無くなったわけじゃない…利子だって
「利子なら、安心なさい。契約書もちゃんと書き替えたわ…キナさんと私…そして、
な!?
「マジか!?」
「マジよ」
再びガバっと起き上がるバズゥ。
ジーマが寝てろと押さえてきたが払いのける。
それどころじゃないっての!
何でもない様にヘレナは言うが…利子までなくなるとなると…本当にただの親族借金ってことか?
利子なし返済期限なしのニコニコ現金貸しってやつだ…
「いいのか? アンタばっかり損してるじゃないか? それに
契約の変更は、簡単にはできない。
少なくとも、一者が有利になるために契約を好き勝手に変更できれば、誰も苦労などしない。
そのため、第3者などを仲介にした契約を結んで、それらすべての合意無しに変更が不可能な仕組みを作る。
キナの借金の場合だと、キナとヘレナと
キナとヘレナの分は、この際何とでもなりそうだが…よく
眠い目を擦りながら、その点を問いただすと───
「もちろん簡単じゃないわよ? ただ、まぁ…今回の件で市議会も私に頭が上がらなくなってるのよ」
ヘレナ曰く、市議会の議員のなかには
そのウチの何名かに、ヘレナがフォート・ラグダからポート・ナナンへ出向するという条件を呑む代わりに、
「まぁ、
多分て…いや、いい。
ヘレナなりの冗談だろう。
「すまないな…何から何まで…」
「気にしないで…逆に言えば私に出来ることはここまで…金貨2500枚の借金は消えたわけじゃないから」
そこはきっちりと払ってもらいます、と。
「モノはあるのか?」
契約書を見せてくれと暗に言うが───
「ごめんなさい。キナさんの保管分と、私…あとはキーファが持ってる分だけど、これらは今
流石に、
故にフォート・ラグダでの預かりとなったわけだが──
「よく、キーファの分を回収できたな?」
「どうってことないわ」
キーファが持ち歩いていると思っていた証文だが、あれは飽くまでも契約関係を示す添付書類にしか過ぎず、契約書そのものはフォート・ラグダの
まぁそれはそうだろうさ…
いくらキーファが偉いさんでも、キナの店に出入りしている以上、同じ契約書が2枚も同一箇所にあるのは望ましくないだろう。
「なるほど…根回しは完ぺきか…───」
ふふん、勿論よ! と、そこそこに大きな胸を張るヘレナ。うん…素晴らしい!
「そういや…キナは、ちゃんと契約書に目を通したんだろうな?」
3者の合意ということは…
「え? あ? え?」
キョドキョドと目を泳がせるキナ──
さっきまで借金のことを知らなかったらしいキナに違和感を覚えて尋ねる。
バズゥの横で行儀よく座っていたキナは…
「あはは……───ご、ごめん」
……
…
「キナちゃん、あとで御説教ね」
眠いから後にするけど…キぃぃナぁぁぁ───
本当にこの子は!
「キナさん…ちゃんと読みなさいって言ったでしょう」
ヘレナも呆れ顔…
そりゃ騙されるわけだ…はぁ~…
「まぁ、安心してちょうだい…ココは信用してもらうしかないけど…ちゃんと話した通りの内容よ」
利息の白紙化、
ゼロ金利、
期限なし(若干条件付きらしい)、
契約者の合意の確認、
「わかってる…信用するさ」
疲れた顔をしてヘレナに頷き返す。
……
…
キナちゃんはこっちゃ来い!
ムンズとキナの首根っこを掴んで拘束。
プルプル震えて可愛い目をしてもダメです。
はい、お仕置きぃぃ! ぐりぐり、ぶにぶに。
───いーたーいー!
少しだけ渋い顔をしたバズゥ。
キナを捕まえて、お説教前の
キナの顔を
おー肌すべすべ…
おー伸びる伸びる…
おー可愛い可愛い…
───いーたーいー!
「と、とにかく安心してちょうだい。あなたが無理して借金を返済を急がなくても…これ以上増えることはないわ」
困った顔で笑うヘレナに、バズゥも申し訳ない気になる。
その気になれば、破産することなく借金を背負ったまま一生を過ごすことも可能だ…
条件が一つあるとすれば、キナはギルド職員として身分は固定され、移動の自由がないことくらいだろうか?
店も好きに売買もできないし、ギルドの経営も続けなければならない。
まぁ、今まで通りということ。
結構きつい勤務形態を続けろ! という意味合いも含まれているが…
「だゃいじょぅびゅ…わらひ、ひぇいきだりょ?」
ビニュ~ンと伸びた顔でキナは笑う。──ププッ、変顔キナちゃん!
「大丈夫なのか? 買い物も行けないって愚痴ってたじゃないか」
まぁ、それはバズゥが帰ってくるまでの事…今はヘレナもカメもいる。
「皆がいるから…大丈夫だよ!」
パッと手を放し、開放してやった。
キナはスリスリと頬をさすりながらも健気に答える。
「そうか…まぁ、すぐに自由にしてやるさ!」
ポンポンと頭を撫でると、うー…と唸り抓られた頬を膨らませる。──可愛いな、おい。
「バズゥぅぅ…無茶はしないでね」
私の事はいいから、──とキナは言う。
そうはいかない。
エリンの事もあるが、家族を借金まみれで放置するほど、俺は無責任じゃぁねぇ!
「全部、元通りにするさ」
バズゥぅぅと、キナは
───無茶…しないでね
あぁ、大丈夫だ。無茶は……しない。
借金のことがひとまず、落ち着いたこともあり、バズゥも大きく息をつく。
ヘレナを信用するしかないが、以前ほど状況は悪くはない。
落ち着いたことで眠気が耐えがたくなってきた。
意識すれば…自分が重傷を負っていたことに思いが至る。
今は、皆が言うように無茶をする場面ではないな…
「…バズゥが無事でよかった」
コテンと、バズゥの横に並ぶように寝ころぶキナが視線を合わせてくる。
その動きに合せるように、バズゥも布団に潜り込み、横を向いてキナと見つめ合う。
美しい瞳に青い顔をしたバズゥが映り込んでいた。
不健康なまでの顔色は、失血によるものか…
今の今まで気を失っていたはずだが、まるで睡眠不足のように、目には深い
顎のラインには、無精ひげの一本まではっきり見えた───
その不健康なバズゥの顔色と対比するように、キナのソレは透き通るほど美しく…純粋で透明な瞳。
それは不安と安心に揺れており、触れれば壊れてしまいそうなほど
「心配かけたな…」
モソモソと布団から手を引き抜くと、キナの頬を撫でる。
その手を、小さなそれで包み込み──香りをかぐようにスリスリと頬に擦り付けるキナ。
バズゥも指を動かして、キナのきめ細かで滑らかな肌の質感を確かめるように撫でる。
「ううん…私のせいだもん…バズゥが苦労してるのも、ケガをしたのも、疲れているのも…」
「キナのせいじゃない…俺が馬鹿だったよ…慢心した。エリンと共にいた期間が長くてさ…」
鬼神のごとき強さのエリン。
彼女と駆ける戦場は恐ろしくも…死にまみれた空間だった。
だが、それ以上に最強の姪と駆け抜ける戦場は、バズゥの血を湧き立たせた瞬間も幾度となくあった。
そして、切り裂く覇王軍の精鋭を間近で見て…
エリン達を援護していくこと───その過程で、バズゥは知らず知らずのうちに自分の強さを過信していたようだ。
所詮は中級職の『猟師』───
ただの凡人にすぎないという事を忘れていた。
だから、キングベアの群れに突っ込んだし、無茶な近接戦闘を繰り広げた。
シナイ島に旅立つ前なら絶対にしていないだろう。
あの戦場は、バズゥの何かを麻痺させていたのは疑いようがない。
「それでも…私が借金を作らなければ…私がいなければ───」
「───キナ」
妙にはっきりとしたバズゥの声にキナは顔をあげハッとしてバズゥを見つめる。
そこには、きつく睨むバズゥの顔がある。
敵や、嫌いな者に向けるソレではない。
純粋な怒気。混じりけのない──家族へ向ける感情。
「お前がいなければいい──なんてことは…俺は一度だって思ったことは無い」
「バ、バズゥぅぅ…?」
「お前がいてくれて良かった。…本当に、な」
バズゥは、眠気の
「俺は…シナイ島にエリンを置いて帰ってきたことを、今でも後悔している…でも、」
そう…後悔しなかった日など…ない。
「でもな、俺は帰ってきたこと…
エリンを見捨てたか、
エリンと一緒に帰ったか…
──その違いはあれど、
「キナに会えて…また、お前に会えて…本当に良かった」
最愛の姪と、愛しき同居人…どちらもバズゥには大切な家族だ。
「で、でも…私…」
キナは自分がバズゥに会うに
エリンと並ぶ存在だとはとても思えなかった。
でも、
でも、
でも、
キナにも思いはある───
狂おうしいまでの思慕がある。…あった。
会いたくて会いたくて会いたくて…
話したくて話したくて話したくて…
抱きたくて抱きたくて抱きたくて…
とても、愛おしかった。
でも、キナは家族に迷惑をかけていた。
お金の貸しを作っていた。
村人に笑われていた。
世界に嫌われていた───
誰も助けてくれなかった、
誰も、
誰も、
誰も…
「キナ……俺は、
例え否定されようと、嫌われようと、───なにがあろうと、一緒にいようと…エリンといようと考えていたクセに…俺は、ちょっとしたキッカケで地獄から足を洗う道を選んだ。
「バズゥ?」
キナは自分を否定する言葉を飲み込む。
…それ以上に、張り裂けそうなまでの
「俺は、エリンに見限られても…故郷に帰れば…ポート・ナナンにお前がいることを知っていたから帰る道を選んだ…卑怯なやつさ。キナに慰めてもらえることを期待して…な」
次第に重くなる
ポート・ナナンに帰った日に語り切れなかった後悔の日々と、胸に
「キナがいなければ…俺は帰らなかったし…帰れなかった…戦場から逃げて、どこかで野垂れ死ぬか…
そうだ…
俺を必要としてくれる
キナは自分が必要ないなんて言うが…違う。
違うぜ…キナ。
キナは、
キナは、
……
キナは
「だからさ、キナ。自分が必要ないなんて…いなければいいなんて言わなんでくれ…」
頼むよ…
「俺はキナが必要なんだ」
だからさ、
キナ…
キナ───
一緒にいてくれ…
俺と、
俺たちと───
「うん…バズゥ───ずっと、ずっと一緒にいる。いるよ…」
キナの体温を手のひらに感じた。
布団越しにキナの鼓動が伝わり…バズゥのそれとシンクロする。
温かく、美しい
ゆりかごの様に脳を揺すり───
バズゥの意識は深く沈んでいく。
ありがとう
ありがとう
バズゥが、昼間か夜かも確かめないうちの時間帯───
静かに二つの寝息が…小さな粗末な酒場の住居に響くには、そう時間のかかるものではなかった。
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