第71話「ヘレナの事情」


「それだけならだしも……」

 ヘレナは苦々しく語る。

 バズゥからすれば、まだ何かあるのか!? と言った気持ち。


「気を失っているアナタを暗殺しようという動きもあったの…それで───」

 訥々とつとつと語る内容にバズゥをして困惑。

「はぁ!?」


 なんで俺が殺されにゃならん!?


「バズゥ・ハイデマン。貴方が考える以上にこの一件は複雑なの。……いえ、複雑にしてしまった──というのが正しいかしら…」

 

 キングベアを討伐した者は、誰か?


 そんなこと、

 調査すれば判明する事実。


 キングベアの毛皮は貴重品で、肝とて高く売れる。

 当然その死体は解体され、市場に流れる。


 ──その際に、致命傷を与えたであろう銃弾が出てくればどうなるか…


 実際バズゥが使っていたのは、那由なゆ奏多かなたという特注品。その口径に合せた特殊な弾丸で──手作りしているものだ。


 市販されている物より、かなりデカい。


 使用者など限られている…というより、特注品の銃を使っているのだ。

 下手をすればこの口径の銃はバズゥしか使っていない可能性もある。


 ならば、キングベアを仕留めたのは誰か───

 …元勇者小隊のバズゥ・ハイデマンである。



 そう結論づける動きも出てくるだろう。



 というより、正門前で見殺しにされた遺族側は、市の単独勝利など望まない。

 積極的に外部の英雄を求めて、市を弾劾しようとするに違いない。

 この動きに拍車をかけるのが、ヘレナの潔い態度だ。


 なんせ、バズゥの働きを認めて正式に報酬を与えて──あまつさえ受勲すら求めていたのだから…


 市当局は困惑するだろう。

 ヘレナは自分の首を遺族に差し出してでも、バズゥの功績を認め、かつ──市の貴重な財源すら切り分けようとしていた。


 結局、フォート・ラグダ市議会は、早々にヘレナを英雄に仕立て上げ、責任の集中を図る。

 事実として、正門を閉塞したのはヘレナの指示だし、市として誰かが責任を取るよりも、英雄の活躍で事態を収拾したという方が外聞も良いということ。


 人災よりも天災へ……


 市議会や王国軍の不手際を指摘される前に、市議会の一員であるヘレナを祭り上げ、市単独の手柄とするのだ。


 市議会から英雄が出れば、簡単には弾劾もできない。

 市の危機は、市議会が、守った……それでいいだろう? と。


 そこにだけ集約して結論を出したらしい。

 もちろん、ヘレナは固辞したが───


 その頃には、ヘレナ自身の足場が非常に危うくなっていた。

 責任をとるか、英雄を取るか…


 二つに一つ。


 そして、ヘレナは責任を取って失脚するわけにはいかなかった。

 ヘレナからすれば、英雄なんて真っ平だ。

 必死で戦ったことを認められるのは嬉しい。


 だが───


 真の英雄は、他にいる。

 今、目の前にいる。


 その上前をかすめとり……あまつさえ命まで狙うなど到底看過できない。


 だが、潔く責任を負い、議員を辞職したうえで議会と王国軍を、弾劾するなどすれば、自身の身の安全はもとより───


 誰も味方のいないバズゥが、危険にさらされる。


 意識のないバズゥは、市の懐である診療院に収容されていた。

 その身柄は診療院にあると同時に、伏魔殿に放置されているようなもの。

 下手に失脚して、権力を失えば…バズゥは暗殺される可能性があった。

 今はヘレナの部下が目を光らせているが…それとていつまでもつか。

 

 やむを得ず、ヘレナは英雄となり…


 遺族の恨みを一身に浴びることとなった。

 そして、市議会は最高勲章をヘレナにさずけ───


 真の英雄のことは有耶無耶うやむやにしてしまった。


 いずれにしても、市議会はヘレナの性格から勘案して、情報を暴露される危険性を憂慮。

 ヘレナなら、やりかねんと──近いうちに自らを犠牲にしてでも、市議会の初動の遅れや、駐屯部隊長の失態や、バズゥの報酬に言及するかもしれない。そのことを看破したらしく、市から遠ざけることを決定…


 一応は、ヘレナの意向を組むという形で、経営難に陥っているポート・ナナンへと派遣することにした───


 それが顛末てんまつ

 

 ヘレナはバズゥの身を診療院から、ポート・ナナンに移し、今に至ると… 



「本当にごめんなさい…」

 うつむいたヘレナは、膝をギュッと掴んで何かに耐えるように謝る。


 チ……


 こうまでしてくれた上…謝られると、これ以上何も言えなくなる。

 だからと言って、全て納得したわけでも、ヘレナに怒りを感じないわけではないが…


 この女だけが悪いわけではないと理解している。

 と、言うよりもこの場合…ヘレナも被害者だろうな。

 俺が責めたとて、ヘレナに何ができるわけでもない。

 

 そこそこに価値のありそうな勲章を惜しげもなくくれるというだけでも感謝すべきなのだろう。


 彼女がいなければ、バズゥは人知れずフォート・ラグダの診療院で葬り去られていた可能性もあったわけで…


 だが、大砲でぶっ飛ばしたのもヘレナだという。


 誤射には違いないようだが、一歩間違えればバラバラになっていた。

 四肢の欠損がないのが不思議なくらい。


 ──様々な、要因から…バズゥをしてヘレナに抱く感情は複雑だ。


「事情は分かった…。分かったし、世話にもなったようだ。だが…」

 バズゥの懸念けねんは当然ながらひとことに集約する。





「俺には──俺たちには金が必要だ」





 キナがビクリと体を震わせる。

 この話題は彼女にとってこころよいものではない。


 むしろ、出来れば避けたい話題だろう。

 遠因とはいえ、キナの借金が今回のバズゥの大ケガに繋がっている。

 当然、金の話がなければバズゥとて無茶はしない。


 自分で言いながらも、今回は無茶が過ぎたと思う。


「えぇ…そうね。わかっているわ」

 疲れた目でヘレナは答える。

 その声には期待に応えるような素振りがある。

 

 まさか?


「キナさんの借金…金貨約3000枚…───」


 そうだ。

 それだ!


 それさえ何とかなれば、手柄でも勲章でも、猟師の矜持きょうじでもなんでもくれてやる。

 金のためなら、男のプライドだって売り払ってやるさ。


「それを白紙にすることはできません。絶対に…」

 


 ……

 …



 んな!!??


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