第70話「報酬の行方」


「アナタが本物の英雄だからよ」




 素っ気なく返そうとしたバズゥに、ヘレナも素っ気なく返す。

 勲章を弄んでいると───


 そっと、ヘレナの手が重ねられる。

 勲章ごと手を握りしめられて、真っすぐに目を見つめられ…


 なんだよ?


 驚いて見返したヘレナの眼鏡の奥の瞳は、ビックリするくらい美しく純粋で…──疲れていた。


「……英雄は──あんただろ? 俺はただ自分の仕事をしただけだ」

 ぶっちゃけ、

 勲章が欲しくないわけではないが、それよりも重要なことがある。


「報酬さえ貰えれば、あとはどうでもいい」

 ペィっとヘレナの手を払いのけると、手の中の勲章をポンポンともてあそぶ。


 さーて……報酬はいくらかね~


「バズゥ…さん」

 ん?

「報酬はないわ」


 ポトリと勲章が落ちる。


 ……


 …


 はぁ?


「あぁん?」

 なんて言ったコイツ?


「どういう意味だ?」

 ジロっと殺さんばかりに睨み付けるがヘレナはひるまない。


「報酬はないわ…銅貨一枚たりともね」


 ……


「あぁぁ!?」

 痛む体を忘れたかのようにバズゥはヘレナに掴みかかる。


 ブチブチィィ…


 胸倉をつかんだ際に、服のボタンが弾け飛ぶが気にもしない。

「ちょ、バズゥさん」「アンタねぇ!」「バズゥぅぅ…」

 周囲の3人が止めに掛かる。


 しかし、ある程度回復したバズゥに、力でかなうはずもない。


 噛みつかんばかりの距離でヘレナを睨み付けるが、彼女は動じない。

 まるでどうにでもしろ、と言っているかのよう。


「キングべア一頭で金貨50枚!! 群れを始末した場合は要相談だろうが!?」


 依頼書クエストに書かれていた内容を端折はしょって読み上げる。


 そうだ! 一体何頭仕留めたと思っている。

 10頭どころじゃないぞ!?


 王と妃も仕留めた…

 奴らの子供だってかなりの数をな!


「えぇ。そうよ…」

 こともなげに言うヘレナ。

「キングベアの群れを殲滅せんめつしたフォート・ラグダ市議会にはそれ相応の額が支払われることになるわね」

「んな!?」


 な、なに言ってんだコイツは!?


「キングベアの討伐を依頼した近隣市町村の連盟…まぁ実質はフォート・ラグダの依頼クエストみたいなものだけどね。報酬はフォート・ラグダを含む連盟から、フォート・ラグダ市議会に支払われます」


 ぐ…


 こ、こいつ…


「ふ、ふざけるなよ!! てめえらは猟師の作法も知らないのか!?」

 仕留めた獲物から、銃弾や矢が見つかった場合、撃ったものに当然権利が行く。


 もっとも獲物の状態にもよるのだが、

 かなりの重傷を負わせた場合や、仕留めた獲物ならば、撃った猟師の権利が認められる。

 手負いだとしても一定の権利が発生するものだ。


 ましてや、今回のケースは特に顕著けんちょ

 鉈で仕留めた個体や、至近距離を銃で仕留めた個体は即死をしている。


 ──バズゥ以外に仕留めたなんて主張できるものか。


「猟師の作法ではありません。市の…国の法律にのっとったものです」

 ヘレナは言う。

「ギルドでは、討伐を証明した者に権利を主張できます。今回はフォート・ラグダ衛兵隊がキングベアの首級くびをあげました。故に彼ら…ひいてはフォート・ラグダに権利が発生します」


 報酬はフォート・ラグダからフォート・ラグダへ…

 酷いマッチポンプだ──


 一瞬、何を言われたのかわかりかねてバズゥの脳がホワイトアウトしかける。

 いや、

 確実に一度、思考が飛んだ…


 怒りと、

 理不尽さと、

 世の不条理さに、


 目の前が白から黒へと……


 ば、


 ば、

 ばかな…


「バカにしてんのかてめぇぇぇぇぇ!!!」

 グリィ…と喉を締め上げる。

 手に血管が浮くほどに力を籠める…


「辞めてバズゥ!! 死んじゃう! ヘレナさんが死んじゃう!!」

 キナの悲鳴。ジーマとカメも必死で止める。

 

 だがな…


 キナよ…





 死んじゃう…!?


 じゃねぇぇぇぇ──殺してやるんだよ!!!





「どいつもこいつも人をコケにしやがって!!!」

 ヘレナはヘレナで───達観した顔…


 抵抗もしやがらない!!


 自己犠牲万歳ってか??

 悲劇のヒロインってか??

 ──あぁ、可哀想な私…ってか!!??


 鬱血うっけつした血が、彼女の目の白い部分を真っ赤に染めていく…


 ころ、

 殺し…


 殺す…


 殺せるかよぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!



「くそ! ざけんなぁぁ!!!」



 ブンとまとわりつく3人を引きはがし、放り出すようにヘレナを開放する。


「ゲホゲホ…」

 咳き込むヘレナ。急いで回復魔法をかけるジーマが、凄い目でバズゥを睨んでいた。

「バズゥさん落ち着いて…」

 カメがバズゥのフォローに回るが、そんなものは目にも入らない。


「バズゥぅぅぅ…お願いだから、乱暴は止めてぇぇえ……」

 半裸のキナは振りほどかれても、なおバズゥにしがみ付いている。

 

 わかってるさ!

 ヘレナを殺しても何にもならないし…

 金のために人を殺すなんてのは最低の所業だ。



 あぁ、わかってるさ!!!

 わかってんだよぉぉぉ!!!



「──ほんとうに、申し訳ないと思っているの…」

 喉をさすりながら言うヘレナ。

 バズゥからすれば、数少ない少しは話せる女性・・・・・・・・と言ったヘレナだったが、現在の評価は地の底に沈んでいる。


「申し訳ないなら、かね寄越せや!」


 チンピラのように金をせびるバズゥを、さげすんだ目で見るジーマ。…おめぇに睨まれる筋合いはねぇ!


「バズゥさん…その…報酬とは関係ないんですが…」

 ゴトっと、重い鉄の塊のようなものを、カメが寝床の傍に置いた。


「俺の銃か?」


 土を被ってひどく汚れている。

 オリハルコン製の短銃身は無傷だが、銃床などを構成する木の部分はところどころ傷がついている。


 目を覚ます以前にはなかった傷だ。


「はい…あと、長い銃もありますが、その…」

 長すぎて部屋には入れられなかったってことだろうな。

「これがどうした?」

 関係ない話をするな、とカメを一喝しそうになるが…


「銃を回収して…ここまで運んでくれたのはマスターなんですよ…あ、ヘレナ女史のことです」


 あ?


「だからなんだ?」


 ……


「ヘレナさんは、みんな知ってるのよ」

 ジロっとバズゥを睨み付けるジーマがのたまう。


「一体全体…なんなんだ? どうなってる?」

 バズゥは自分が何か勘違いしている気がして、沸きあがった敵意が急速にしぼんでいく。



 静まり返る周囲を受け継ぐように、ヘレナが絞り出した答え。



「アナタは、街の郊外で瀕死の状態で発見された…あと少し発見が遅れていれば死んでいたわね」



 炸裂弾の至近弾を受けたバズゥは、キングベアの群れもろとも吹き飛ばされたらしい。

 血だらけになっているところを、キーファの馬が寄り添い温めていたという。


 衛兵隊と共に現場の検分に出ていたヘレナは、その状況から、バズゥが孤軍奮闘していたことを悟った。

 なにより、バカ長い銃剣付きの猟銃がキングベアに突き刺さっており、その持ち主たるバズゥが至近弾で死にかけていたのだ。


 状況証拠からみても、多数のキングベアを討ち取ったのは…バズゥの手柄であることは確実だった。



 ───だが、問題が起こる。



 当然、当初は手柄認定の方向で進んでいたのだが…

 報酬を払う段階で、とんでもない事に気付いたのだ。


 ギルドの報酬の内容として、キングベアの群れ…10頭以上を討伐した際の報酬は、要相談という箇所…そこに値する額の規定があまりにも曖昧あいまい過ぎたのだ。


 仮に10頭を仕留めていれば、

 一頭あたり金貨50枚…

 10頭で最低金貨500枚。


 そして、特別報酬は…地羆グランドベア換算で──金貨100枚以上。


 地羆グランドベアとキングベアの討伐レートは500倍の差がある。

 地羆グランドベア一頭で銀貨1枚に対し、キングベアは金貨50枚…


 群れの構成がキングベアであった場合──


 つまり、最低でも・・・・金貨500枚+50000枚の報酬を支払うことになる…


 まさに、想定外の額だ…

 しかし、依頼書に書かれている規定に従えばその額となる…


 これで最低額。

 勿論もちろんそれ以上の可能性は濃厚…


 特別報酬に規定がなければ───

 常識的に判断し、キングベアの個体分の額を払えば事足りる。


 足りるのだが…


 群れ相応の額というのが、報酬額を圧迫し…支払い主を青ざめさせているという。

 

 実際、通常のキングベア災害ならば───

 過去事例を参照に、キングベア駆除後の報酬を調査した結果、キングベア含む地羆グランドベアの群れであっても、かなりの高額を支払っている事実があった。


 つまり、高額であっても払っている実績はある・・・・・


 群れのため、払えないなどということはなかったと───

(もっとも、その事例ではキングベアは1頭、残りは地羆グランドベアであったのだが…)


 これが地羆グランドベアでなく、キングベアに置き換えたなら額が一緒というわけにはいかない。


 しっかりと依頼書にも地羆グランドベア一頭銀貨1枚。

 キングベア一頭金貨50枚と規定しているのだから、それに準拠せねばならない…


 しかも、仕留めた数も尋常ではない数だ。


 下手をすれば市の財政が傾きかねない額になる…と。

 いや、

 そも払えるのか…?



 実際に試算した事務方が顔を青くしていたというから、間違いないらしい。



「それで、アナタの手柄は有耶無耶うやむやになったわ…」

 財政の健全化という名のもとに、バズゥの手柄は無視された格好になった。



 それだけならまだしも…







 フォート・ラグダ市議会…いや、この件の報酬に絡んだ者はとことんクズしかいなかったようだ。






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