勇者を取り巻く裏事情1

 キーファ───


 キーファ・グデーリアンヌは、王都グラン・シュワの冒険者ギルドに名を連ねる『甲』クラスの凄腕冒険者だ。

 王国出身ではないが、他国の貴族の家に生まれの名門の出であり、将来を有望視されていた。


 彼の不幸というか、出自の複雑さはキーファの国の貴族制度にある。

 彼の国では両親の跡を継ぐのは末子であると規定。


 御年70を越える彼の父は、さすがにもう子供はできないだろうという事で、末子であったキーファに英才教育を施していく。


 剣の才能も、天職のそれなりに良いものを授かっていた彼は、家の強力なバックアップのもと、メキメキと実力を伸ばし、上級職にまで上り詰める。

 生まれつきの中級職であったこともあり、天職からのランクアップは比較的容易であった。

 15を超える頃には、上級職の仲間入りを果たし、近年の脅威であった覇王軍の戦いにも参入することが半ば決定。

 しかも連合軍ではなく、特別編成されるという勇者軍に入隊することが内定していたほどだ。


 そんな時に、彼にもたらされた報が一つ。


 勉学を身に着けるため諸国連合ユニオンの総合大学に入学していた彼の元に実家からの使いが訪れ───弟ができたと…


 御年いくつだかの親父が、また愛人をこさえて、あまつさえ弟を作ったという。

 愛人は何番目だか知らないくらいの側室になっていた。



 おいおいおいおいおいおいおいおいおい!!??



 俺の地位はどこへ行く?

 次期当主の話はどうなった?


 使いが言うには、キーファの今後の進路は家臣団へ入ることが決定。

 まだ乳飲み子の弟を支えよという事らしい。

 勇者軍への入隊は、顔も知らない兄が代わりに入るという。

 大学の進学も今期一杯で取りやめ、実家に帰れというではないか───嘘だろう?


 キーファ・グデーリアンヌの人生はこの日、ただのえ物に成り下がった。


 要は、キーファに投じた資本が無駄になるので、実家で大人しくしていてくれという事らしい。

 当主でもなければ、飛び抜けた才能を持つわけでもないキーファを、下手に戦場に出して戦死でもされては大損だという事らしい。


 次期当主ないし、当主ならば戦場で死ねば家名はあがる。


 上がった家名のもと、バックアップの兄弟はいくらでもいるのだから、家としては死んでも、生きて名を成しても取りッぱぐれはないと…

 だが、当主でなく、ただの貴族のキーファ・・・・・・・・・・としては戦場で活躍できなければそれほど価値はない。死んでも同じこと。


 むしろ、上級職に成り立てで、いまいち戦力として期待できない状態では無駄死にする可能性が高い。

 それくらいなら一度実家に戻して弟のバックアップとして育てたほうが都合がいいと───そういうことらしい。


 目の前が真っ暗になったキーファは、大学をすぐさま辞め…実家には武者修行に出ると言い置いた。当然反対すると思われたが、実力上げるならば──という条件付きで許しを得る。


 家も、死にさえしなければ好きにしろと、そう言っているのだ。

 だから、キーファは家を離れることにした。

 一言で言えば、自暴自棄になっていただけ。


 かと言って完全に家を捨てて放浪するほどの度胸もなく、実家の金と家名のバリューを頼りに職を得る。

 それが諸国連合ユニオンのギルド協会冒険者管轄局だった。


 各国が覇王軍との戦争で主力部隊を前線に送り込む以上、後方の治安維持がおろそかになることは、当初から懸念けねんされていた。

 とくに、軍隊に不適だが、戦力は保持しているという戦闘職の天職持ちの連中は犯罪者予備軍として見做みなされている。


 諸国連合ユニオン所属の、特殊自治体である『商業連合』はかねてから冒険者ギルドを経営──そういった戦闘職らを雇用し、期間労働者として活用していた。

 そこに目を付けた各国は、全国に根を張る冒険者ギルド等の組織を統括し、各国で管理することを提案。『商業連合』も、御国にお墨付き得られることを幸いとばかりに追認し、ギルド協会冒険者管轄局は誕生した。


 つまるところ、全世界公認で冒険者犯罪者予備軍を監視・管轄しましょうという組織だ。


 その新編組織にキーファは潜り込むことに成功。

 そこそこの腕前と、家柄を盾にしてのし上がり、王国支部長の地位を得た。


 支部長の日々は、彼のすさんだ心をいやした。

 いや…癒したというよりも……もっとみにくく、哀れな存在である冒険者犯罪者予備軍を見ることで、優越感を得ることができたというのが正しいか。


 強く、家柄もあり、そこそこ頭もいいキーファは優秀な職員とみなされ、東奔西走とうほんせいそう───各地で活躍できたことも彼の自尊心をくすぐった。


 必要ないと家に言われたことが、嘘のような充実した日々だった。


 そして、ある日──舞い込んだ金のる話。

 勇者の生家に住み着いている住人が借金に苦しんでいるというもの。


 勇者と聞いて、かつての栄光を思い出す。

 勇者軍への入隊の話だ。


 キーファが損ねた栄光の欠片…勇者のかたわらで戦う名誉。


 ザワリと何かがうごめく気配。

 心の底に沈んだ暗い欲望。


 勇者の栄光を手にできないなら、勇者そのものをおとしめたいという、あさましい心内。


 幸いにも王国支部長の地位は、それを可能にする。


 どれほどのバカが、その勇者の生家にいるのか知らないが…徹底的におとしめてやる。

 勇者が大したものではないと知らしめて、沈んだ栄光を、あの話が無くて良かった・・・・・・・と思えるほどに!


 昔失った話───過去の出来事を、今になってフォローできるほどにグチャグチャにしてしまえばいい。 

 勇者軍に入らなくてよかったと、自分を納得させるために…


 すぐに権利関係を調べてフォート・ラグダにおもむくと、既に債務整理が始まっていた。


 慌てて手を出したが、フォート・ラグダのギルドマスターは意外にも強情だった。

 勇者の生家をグチャグチャにすると言うより、権利をまとめて、しっかリと利益を出そうとしていたのだ。


 そんなことは俺の望むところではないと、権威をかさに迫るが動じない。

 支部長という立場は、ゴリ押しができる立場でもないと、今更ながら気づかされた。


 ギルドはあくまでも、各ギルドの経営努力により成り立っているもので、横の連携は非常に緩やかだ。

 それは縦割り構造でもなく、ただ、それぞれの経営を効率よくするがためだけのギルド協会。


 フランチャイズ経営と言えばキーファもしっくりと来た。


 故に、多少の口出しはできても、フォート・ラグダのギルドがやることにゴリ押しはできない。

 これはフォート・ラグダの資金力有りきでやっている、一種の経済行為なのだからなおさらだ。


 ヘレナというギルドマスターは、キーファが口出しする事すら嫌悪感を出してはばからない。

 実際に、権利は正当なもので、金の貸し借りに怪しい業者が紛れ込んでいるものの──契約などはしっかり結ばれており…法律上では、勇者の生家の落ち度しかない・・・・・・・


 これでは、王国も口出しできないだろう。

 そもそも、口出しする気もないだろうが…


 ヘレナに言っても無理だと判断したキーファは、ギルド支部長の監督権限を名目に債務者を管理下に置くことだけを強引にじ込み──ポート・ナナンに乗り込んだ。



 どんな間抜けがいるのか、と。






 そこで、見たのは───







 勇者をおとしめたい。

 それが無理ならせめて勇者の関係者を貶め、自分の自尊心を守りたいという、行動理念の欠如けつじょした鬱屈うっくつした思い。


 それが、当初のキーファの目的だった。


 だが、キナを──

 キナ・ハイデマンを一目見て、…彼は自分の中の思いを自覚した。


 この美しい少女が欲しいと───


 優しく、愚かで、か弱き存在。 

 ただ愛し、手元に置きたい。


 その気持ちは嘘偽りでもなかった。


 王国も把握していない、いや…する気もないのか、勇者の家族の一人。

 血の繋がらない、流れ者だという。


 絶対的な希少種族、エルフだ。


 噂に違わぬ美しさを秘めている。


 ただ違うのは、エルフは聡明だと聞くが──キナ・ハイデマンはおろきわまりない。

 こんな家……とっとと捨てて、どこか裕福な家に側室でもなんでもいいから転がり込めば不自由などしない。


 側室が嫌ならば、容姿を生かして芸妓げいきにでもなればいい。

 引くては数多あまただろう。


 彼女の容姿があれば身をひさがずとも、看板嬢として重宝されるだろう。


 彼女がこだわるのは、勇者の生家だからだろうか?

 勇者の名声がこの地にも及ぶと考えているのだろうか?


 ははは。


 …及ぶはずがない。

 勇者は人間兵器。感情などいらない。

 ただ、人が求めるためがだけに戦えと言われる。


 人に奉仕して当然の存在。

 人を救って当たり前の存在。

 人に尽くすことが決まり切った存在。


 それが勇者だ。

 勇者は人を護る物。


 人は守られるもの。

 ならば、勇者を守る必要・・・・・・・など人類にはどこにもない。


 それが世界共通認識。


 この地で勇者を待っていても、おそらく永遠に帰ってくることはあるまい。

 魔王ではなく、覇王は遥か彼方。


 先代勇者すら打たれたという噂だ。

 勝っても負けても無事なはずがない。


 だから、誰も得をしないこの生家に目を向ける者など───あろうはずがない。


 実際、この村の連中にさえ食い物にされている。

 ひどい連中だ。

 体の要求がないのがまだ救いと言えるが…それもいつまでのことやら。


 弱く、可哀想な君。

 愚かで、間抜けな君。

 美しく、はかなくももろい君


 誰も君を救いはしない。

 誰も、な。


 ……

 

 …


 ならば私が救おう。

 君をとりこにして見せよう。

 唯一のり所になって見せよう。


 その目論見もくろは、ある程度まで上手くいったはずだ…




 あの男…バズゥ・ハイデマンが帰るまでは!!!

 



 なんなのだ!?

 勇者の叔父、バズゥ・ハイデマンの事は知っている。


 ただの『猟師』で、勇者の叔父という以外に特質したものは何もないと聞く。

 実際、負傷したり──逃げ回っているだけの存在だと。


 ただの凡人ぼんじんだ。

 どうせ冒険者どもと大差ないくずに違いない。


 金をチラつかせればキナさんを見捨てると…


 だが、

 だが、

 だが、


 だが、あの野郎!!


 家族だと!?


 血なんてつながってないくせに!!

 どうせ、お前もキナさんが美しいエルフだから手元に置きたいだけだろうがぁぁ!


 くそ! なのに、なぜキナさんはあの野郎をあんな目で見つめる!?


 まるで、

 まるで、

 まるで、


 あの眼は愛する人を見る目・・・・・・・・じゃないか!


 俺が手に入れたことのない、欲しくて欲しくて欲しくてまない目だ!




 くそくそくそ!


 くそぉぉぉぉ!


 あれは、

 あれは、


 あれは、俺のものだぞ…!


 

 渡さない、

 許さない、

 のがさない、







 バズゥぅぅぅぅぅ・ハイデマぁぁぁぁぁンんん!!!!





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