第46話「野営」



 街道とメスタム・ロックの中間を平行に進むこと一日───


 さしたる成果は、特になし。



 時間と糧食を消耗し、日が暮れる。

 あぁ、日が暮れる。



 キナの身柄を、一時金で購入した貴重な時間だ。

 今日を過ぎれば残り53日。王国金貨53枚だ…



 懐の寒さも、冬の近づくこの季節── 一層、バズゥの心に重くのしかかるものがあった。

 だが、焦りは禁物。


 キングベア一頭で金貨50枚だ。

 仕留めれば…元本の返済を考えなければ、キナの身柄をさらに50日…


 いや、

 だめだな。

 後ろ向き過ぎる。


 50枚以上は確実に稼ぐつもりでいなければ。

 そして、一時金なんて言わずに、ガツンとまとまった額にして元本を返済する。

 額によれば、一日の返済額も変わるのだから、多少なりとも無理をするべきだろう。


 山深く、森の夜は早い。

 少しでも先に進みたい誘惑にかられるが、夜の山は侮れない。

 『夜目キャッツアイ』があったとしても、昼間のように行動はできない。


 スーッと、周囲を見渡し気配を探る。


 気配はいくつかの大型獣を捉えていたが、いずれもキングベアではない。

 ほとんどがこの地に生息する比較的おとなしい種ばかりだ。


 やはり、今は行動をつつしむ時だな…


 闇が近づく今、むやみに行動してもよいことない。

 野営すべきだ──と、素直に諦める。


 まだ一日だ、焦ることはない。

 キナの事が心配だったが、キングベアを放置することもできなければ、借金のこともある。


 今は、この依頼に集中すべきだろう。


 木々にさえぎられた林内はあっという間に暗くなる。『夜目キャッツアイ』を発動しつつ、適当な場所を探す。


 水場が近く、風がさえぎれる場所が理想だが、余りこだわっても仕方がない。

 要は一晩過ごせればいいのだ。


 暗い林内を歩くうちに、理想的な場所を見つけた。

 山からの伏流水があふれ出た盆地状の場所で、綺麗な水と風をさえぎれる地壁がある。


 チョロチョロという涼し気な水音が聞こえるが、季節的には寒々と感じる。

 あふれた水は沢となって低い方へと流れていく。 


 おそらく、雨が降れば、時間差を置いてこの泉が湧き、雨が一定期間降らないとここはれる──そう言った環境なのだろう。


 おかげで動物の類が、水場として活用することはまれなようで、糞尿ふんにょうたぐいはない。


 多分、そのままでも飲める水だろう。

 まぁ、生水は野外では絶対に避けるべきだが──


 気配には、危険な生き物のソレは感じない。

 ただし、気配を遮断できるたぐいの生物もいるので、絶対的に過信はできないが──視界にも、特に危険な生物の姿はない。


 問題はなさそうだ。


 窪地くぼちに降りると、油断なく鉈を構えて安全化クリアリングを実施、ちょっとした隙間や、穴、窪みにも注意を払う。


 ……異常なし。


 猟師の生活と、軍隊、そして最前線での生活がバズゥに異常なまでの安全確認をうながす。


 なにせ、スキルに頼って油断すれば、寝首を掻かれる戦場にいたのだ。

 気配を立つことができる暗殺者アサシンに、特殊部隊コマンドたち。そして、彼らは偽装まで完璧だ。


 幾度となく、味方の斥候たちが全滅の憂き目にあったことか。


 臆病と言われてもいい、生き残れればそれが勝利なのだから。

 俺はエリンの元に帰る義務がある。肉親を残して死ぬわけにはいかないと、自分にかせを掛けた結果が───この異常なまでの、安全へのこだわりだ。


 今、目の前に安全と判断した土地があり、バズゥはそこで初めて荷を下ろす。

 

 降ろした荷物から、寝具や道具類を取り出すとと、銃を降ろし、寝床を整える。

 まぁ整えるとは言っても、湿った腐葉土をどかして───ボロ布こと…毛布と一緒にまとめている防水布代わりの毛皮をくだけだがね。


 人ひとり横になれるスペースを確保すると、武器を手元に置いたまま食事の準備だ。


 簡単な携行食で済ませてもよかったが、せっかく水場が確保できたのだからちょっと手を加えたい。

 異次元収納袋アイテムボックスには食料の類や器材もはいっているが、こんな場所で取り出して事故でも起こしたらことだ。


 というわけで、荷物入れからカップと小さな鍋を取り出す。

 こいつはミスリル製で軽くて丈夫だ。

 最前線の時からの付き合いで、いい感じに古びた色合いが出ている。


 さらに食材として、乾燥野菜のキャベツとタマネギと人参のミックス、塩漬け肉、途中で拾った木の実を準備した。

 これだけあれば十分だ。

 日持ちする黒パンもあるが、今は温存しておこう。


 油紙に包まれた塩漬け肉を、ナイフで大きな塊と、薄いスライスに分ける。

 

 薄いスライスを一枚一枚くっつかない様にばらして、泉の水で満たした鍋に入れる。スゥーと油が水面をおおうさまが良く見えた。

 そこに乾燥野菜のミックスを投入し、石で組んだ簡単なかまどに乗せる。


 乾いた木を集めた薪を組み、『点火』で着火。

 労せず火が起こり、緩やかな火力で鍋を温め始めた。


 その間に、大きな塊の塩漬け肉を泉の水で洗い、塩分を大雑把に抜く。

 洗った塊に、削り出した串を二本打ち、火のそばあぶる。

 脂肪が弾けるバチバチという音とともに甘い臭いが立ち込めた。


 狭いかまどすみに、水を満たしたカップを置き、途中でんでおいた枝のついたままの、比較的汚れのないキレイな松の葉をひたしておく。


 焚火の近くには小さな穴を掘り、焼けた枝をいくつか取り出して敷き詰め、その上に木の実を全部置くと薄く土をかぶせる。


 コトコトと鍋が沸騰し始めれば、ナイフで中身をかき混ぜて、乾燥野菜のだまができない様に撹拌かくはんさせた。


 ジュウゥゥと、油の滴る音に、ホイお次! と言わんばかりに肉の塊を反転、もう反面をあぶる。


 そろそろだな、という頃にはカップの中身に小さな泡が浮かび始め沸騰する…その直前に火から離す。

 十分に熱いので、しばらく冷ますため脇に退けると、地中でポンポンと木の実の弾ける音が聞こえた。


 音は断続して聞こえるので、音がしなくなるまで放置。


 そして、良いにおいが漂う頃には、鍋の中には塩漬け肉と乾燥野菜のごった煮・・・・が完成していた。

 さらに、丁度よいころ合いに、肉もうっすら焦げが浮く程度に焼け、地中の木の実も静かになった。


 タイミングよく完成したそれらの食べ物に感謝をささげ、食卓を準備する。

 地べたに直接置くだけだが、一応簡単に枝葉を並べたぜんの様なものを準備した。


 肉の塊は串を地面に刺して、火から遠ざけるだけだが、掘りだした木の実は固いからに一筋の割れ目ができて香ばしいにおいを立てる。


 それらを膳に上に並べてさっそく一口。

 パキリと音を立てて割れる木の実のからを捨てると、ホクホクサクサクの木の実を口に放り込む。


 シャクシャク…


 淡白な味わいは、アッサリとしているが油分に満ちていて甘みがある。

 一つ二つと、手が止まらない。


 木の実の油分に口が満ちてくれば、それを洗い流す様にごった煮・・・・さじすくって一口。


 うむ…普通!


 普通だ。


 特段、味付けらしい味付けをしていないので、出汁と塩味は塩漬け肉由来の物。

 そのままでは、しょっぱすぎる塩漬け肉もスープになれば十分にいい味を出す。

 乾燥野菜の苦みとよくマッチしている。

 たっぷりの脂肪が溶け出し、苦みを中和し──あの不味くてらない乾燥野菜を、ちゃんとした料理の味に仕上げている。

 ガツガツと食べ進めていくと、歯ごたえのある食べ物が欲しくなる。


 それを補うべく、肉の炙り焼きに手を伸ばし、豪快にガブリと噛みしめる。

 ジュワっと脂肪が解けて口に広がる。

 いい塩梅あんばいに塩分が抜けて、肉の本来の旨味が口に広がる。

 そのまま食べればパサついた触感の塩漬け肉も、水にさらしたことで──少しばかりのうるおいを取り戻し、火であぶられることでジューシーな味わいになる。


 旨い!


 肉はいつ食べてもうまい。

 勇者小隊では不評だったが、こうして一人で食べるメシの味にはそう不満を感じない。


 時々、戦場の間隙かんげきにエリンと二人でかまどを挟んで食べたこともある。


 勇者小隊の面々に幾度いくどか振る舞ったが、あまり評判は良くなかった。

 エリンが手を掛けて作れば、オベッカも含めて、美味いという癖に…バズゥが作ると不満たらたらだ。


 それでも、料理くらいは───と、何度も何度も苦労して、出来るだけ美味くしようと工夫した。

 それがいま生きているわけだが…結局は無駄になったのかもな。


 勇者小隊の面々は、補給がある限りはできるだけぜいらそうとする。


 だから、バズゥの戦場飯を喜んで食べるのはエリンくらいなもの。

 田舎育ちのバズゥもエリンも、粗食の方が口に合うのだ。


 ぜいらした堅苦しい食卓は、どうにもれない。

 エリンもバズゥもどちらかと言えば、こういう野趣やしゅあふれる食卓の方がしょうに合っていた。


 爪弾つまはじきにされ始めたバズゥは、段々と同じ食卓に呼ばれることが無くなってきたが……そんな時は、たまにエリンが一緒に食事を囲んでくれたっけ。


 ボウっと、かまどの先の暗い空間にエリンがいる様な気がして、その姿を幻視する。


 ──叔父さんっ!


 ッ…


 思わず伸ばした手は、空を掴み…

 

 竈の熱が、腕を焼く。

 その痛みとも、熱ともつかないものなど意にも介さず…バズゥは、掌の先に見る──エリンの頬を撫でる。

 居もしない幻想だと分かっていても…触れずにはいられなかった。


 ……

 

 …


 我ながら女々めめしいなと思いつつ、遠い戦場にいる肉親の無事を想い──胸が詰まりそうになる。

 エリンは最強かもしれないが、無敵ではない。


 傷は癒せても、痛くないわけではない。

 腹もくし、病気にもかかる。

 勇者の強力な能力は戦闘に特化しているだけで、人間という種を超越したわけではない。


 覇王軍とて、いつまでもやられっぱなしではないだろう。

 先代勇者を討ったという位なのだから、勇者を倒す方法も持っているに違いない…


 そう、考えるとエリンの身が恐ろしく心配になる。 


 今更、バズゥがおもむいたところでエリンをまもれるはずもないが…

 むしろ足手まといになるのだろうが…


 それでも、

 それでも、バズゥはやはりエリンの事が心配で心配でたまらなかった。

 

 もし、今すぐ会える手段があれば、迷わず選び取りそうだ。


 たとえ逃げた奴だとか、

 役立たずだとか、

 卑怯者だとか、

 何となはならぬ、人を全て否定するようなそしりを受けても───エリンに会いたい。

 抱きしめてやりたい。

 頭を撫でてやりたい。

 大丈夫かと声をかけてやりたい。


 こうして食卓を囲んでやりたい…


 エリン…


 お前のいる場所は暖かいか?

 お前のいる場所は食事は十分か?

 お前のいる場所は明るく優しいか?


 ……


 …


 冷めたカップの水に口を付ける。

 松の葉から溶け出した、エキスが水に品のいい苦みを与えていた。


 ズズズ…と、すする音がやけに空虚に聞こえる。


 暗く、静かな夜。

 色々な後悔や、先行きの不安、キナやエリンのこと───考えることはいくらでもある。








 長い長い秋深い夜のこと…たくさん摘んでおいた松の葉が役立ちそうだ……








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