第33話「挨拶回り」
エッホ…
エッホ…
「ふぅ…いい汗かいたな──」
ポート・ナナンの姿が見えた頃、バズゥは速度を大幅に
ただし歩かないように──ほんの少し走る程度の速度を維持。これから徐々に落としていくのだ。
「ぶひーぶひー…」
豚のような息遣いをしているのはカメ。
速度が落ちたことに気付かずバズゥに激突。
キナが小さな悲鳴を上げる。
「あひ…すんません───……着きましたか!?」
死にかけていた癖に、
「だ、大丈夫? すごい汗よ…?」
背中のキナが心配そうにし、モゾモゾと動くとカメに水筒を渡そうとする。
「あーあーキナ。もうちょい待ったほうがいい───カメ! 足止めるな! 少しずつ速度を落とすんだ…あぁもう!」
バズゥのいう事など知らんとばかりに道端にへたり込み、キナから受け取った水を
「あ、ばか! あぁ…ったく知らねぇぞ──」
バズゥの心配をよそに水筒の中身を飲みほしたカメは、もう動けないとばかりに座り込んでしまった。
「おい、座るな! 立て! やばいぞ!」
うるせぇ、知るかぁぁ! と、そう目で
バズゥはカメの周りとウロウロと軽く走り回り、決して止まろうとしない。
カメは
「う、うげぇぇぇ…」
と、飲んだばかりの水を吐き出し、ビクビクと
「あーあーあーあーあー…言わんこっちゃない…」
バズゥが呆れた声を出す間にも、カメはビックンビックンと打ち上げられた巨大魚の様に
「どどどどどどどどうしよう!? バズゥぅぅ…死んじゃう死んじゃうよぉぉ!!」
キナは激しく動揺し背中でジタバタと暴れる。
「お、おお、落ち着けキナ! 多分死にゃしない…多分」
「多分て何? 多分じゃヤダ!? 多分はダメ!? 早く早く早く助けてあげて!」
カメにも、無銭飲食やら嫌がらせをされてきたであろうに…キナは本気でカメのことを心配している。
中々見ない、取り乱しっぷりだ。
「ったく…だから、止まるなと言ったのに」
激しく運動をした後は、必ずクールダウンをしろ! そう軍隊では教わった。
理由は分からない。
他にも、
水をがぶ飲みするなと言われた。
飲む時は必ず塩を舐めるか、塩漬けキャベツを一緒に取れとも──
どれもこれも理由は知らない。
だが、それをしなければどうなるか…結果は知っている。
実際に、バズゥも身をもって知れとばかりに訓練期間中に、たっぷり
カメのごとく、ゲロロロロロロロロ~の~、ビックンビックンだ…
そして、
うんうん…
あれは地獄だった…──
仕方ないとばかりに、カメをヒョイっと拾い上げると、速度を少しずつ落としながら村へ向かっていく。
「ううううぅ、バズゥぅぅぅ…」
キナが恐怖で、目を
カメが死ぬと思っているようだ。───大丈夫だって。
「カメ…飲め」
バズゥはキナに手伝ってもらい、自分の水筒から水を手に受けると、そこにたっぷりと塩を溶かし込む。
ほとんど
それをカメの口に押し付ける。
ビクビクと
ベチャベチャになった口回りを、しきりに
「甘く感じるだろう?」
コクコクと辛うじて頷くカメ。
「覚えておけよ、今度からは走った後はこうやって徐々に速度を落として行け、いいな?」
一瞬、間があったがコクリと
「それから、水だけをがぶ飲みするな。飲みたくなる気持ちは分かるが──塩を舐めるか、しょっぱいものと一緒に取れ。…肉はダメだぞ」
やはり間があって、コクリと頷く気配。
「すぐには動けんだろうから、体の力を抜いて置け、村の入り口まで連れて行ってやる」
「すんません…」
少し、ぎこちないが
「気にするな。──よく頑張った」
ニカっと笑って
ホントはヘタレがぁ! と、
ようやく歩く速度まで落とすと、そこはもう村の入り口だった。
とは言え、別に門があるわけでも、衛兵が立っているわけでもない。
掘り込みが甘いのか表情がはっきりとわからず、知らないものが見ればただの石にしか見えないだろう。
村人が像だ何だというので、地元の人間には
よく村の婆さんが魚なんかをお供えしているのを見かける。
まぁ、すぐに猫だとかの動物が持って行ってしまうのだが───婆さん
その像の前にカメを降ろすと、
「動けるようになったら、ゆっくりと帰れ。走るなよ?」
「了解でス」
コクコクと頷き、像にもたれるようにして、へたり込む。
ま、喋れるようになったら大丈夫だろう。
下手すりゃ意識が飛ぶからな──あれ。
後ろ手にピロピロと手を振ると、キナを背負ったままズンズンと歩いていく。
ゆっくりと汗が引いていく感覚があり、冷たい外気に
キナと接触している背中だけが暖かかった。
「バ、バズゥ…あの」
キナが、モジモジと背中で動き始める。
「どうした?」
「降ろしてもらっていい?」
恥ずかしそうな声でキナが答える。
「便所か?」
「ち、違っ」
ギュと耳たぶを
「そうじゃなくて、その……村の人に…」
あー、そういうこと。
「わかった、ちょっと待ってな」
あまり村人に、背負われているような様子は見せたくないのだろう。
彼女は、病人のような扱いは嫌う。
街道は仕方なかったにしても、村ならもう彼女の行動範囲だ。そりゃ歩きたいだろう。
手早くタオルを解いてキナを降ろしてやる。
やはり、ぐちょぐちょに濡れた服。
ちょっと汗の匂いもしている。───俺のな。
「大丈夫か? 風邪をひかないか?」
「大丈夫、そのうち乾くから」
何でもない様に答える。
タオルで水分を絞っているが…まぁやらないよりまし程度。
バズゥ自身汗まみれだ。
だが、店に戻る前にもう一つ片づけなければならない。
「バズゥ、帰る?」
キナが
……
「いや、もう一つ用事がある」
「どこ?」
キナを連れて行っていいものか悩むところだが───
「ちょっと漁労組合を、ブッ
……
…
「バズゥ!!??」
あ、口に出ちゃった。
「ダメ! やめて! 漁労組合のことは私も悪いの!」
う~ん…キナちゃんよ──そう言うがね、落とし前付けないと叔父さん
「あ~じゃあ、漁労組合に
「同じ! なんだか知らないけど同じだよ!」
キナが大慌てで、バズゥを引き留めようとする。
ズ~ルズル…
キナちゃん、叔父さん激おこなんです。
キナちゃん引き
「バァぁぁズゥぅぅぅ───」
キナは必死にバズゥを留めようと、
バズゥからすれば羽が絡んでいるようなもの。
その細腕では止められない。
「大丈夫だって、
「やぁぁめぇぇてぇぇぇ~」
イヤイヤと、キナが首を振るが…バズゥは止まらない。
バズゥ・ハイデマンは止まらない。
やぁぁぁぁ!! ──とキナの悲鳴が響いたとか響かなかったとか。
……
…
漁労組合。
近隣の漁師のほぼ全てが所属し、互助を最大名目として村の発展と漁師の生活と仕事の安定のために日々活動しているという。
そして、その建物。
ポート・ナナン漁労組合は、漁港の奥まった位置にある村の中では、1、2番目に大きな建物だ。
まぁそれでも、あくまで村の中のことで、それほどデカいのかというと、───フォート・ラグダ等のような大きな街の規模からすれば、ただの事務所程度にしか見えないだろう。
しかしながら腐っても漁港ポート・ナナン
中心的な建物であるのは間違いない。
ここは近隣の漁師たちの、ほぼ全てを統括している。
例外もいないわけではないが、
まぁ、加入しない理由も
主な業務は、円滑な漁の情報の収集に、漁場などの管理、気象予報などを漁師に発信収集することを目的としている。
また漁船の購入や修理の
その中には漁師以外の村人への仕事の紹介や、金貸しのようなことも行っている。
まぁ、ようは村の商業的なことは、ほぼこの漁労組合が取り仕切っているというところだ。
今日も今日とて晴れた日の事。
朝早くから漁師たちは漁に出かけ、バイトの青年が一人窓口で暇を
「ふぁぁぁ…暇…」
お昼と夕方の中間のような時間帯。
この季節は日が早くなったとはいえ、まだまだ漁に適した時間も長く、太陽の高いウチは漁師も沖合に繰り出しているので特にやることもないのだ。
ぼんやりとしながら、鼻クソをねじ繰り出そうと悪戦苦闘していると、
───ザッスザッスザッス…ズルズルズルゥゥ…
と、何か引き
耳をすませば、鈴を転がすような美しい声の少女のソレがおまけにくっ付いている。
───?
こんな時間に来るのは、村人か流れの商人くらいなもの。
そのどちらも大した要件ではない。
奥の偉いさんを引っ張ってくるまでもなく、青年で対応が可能だ。
取り出したデッカイ鼻くそを机の裏に貼り付けると、営業スマイルで応対するべく──────、
ズッッカァァァァァッァンン!!!!
正面の両開き扉が、壊れるギリギリ手前の勢いで───派手に開く。
ギシギシと建物全体が揺れるような衝撃だった。
「おっ邪魔するぞぉぉぉぉいい!!!」「バズゥぅぅぅ!」
そしての大声からの来客と───
「!!!???」
あまりの衝撃と大声に、受付の青年は営業スマイルを顔に浮かべたまま、椅子から転げ落ち尻もちをついていた。
「おうコラ、責任者出せや」
「バズゥっ、やめてって!」
ガラの悪い声で
腰には鉈と少女をぶら下げている───って、キナさん?
「き、きき、キナさん? いいいい、一体…?」
「あ、ごめんなさい! あの、その、あの、す、すぐに帰りますから!」
酒場の看板娘兼女将のキナだ。
美しい容姿とアンバランスな幼い外見。そして、底知らずの
「すぐには帰らんぞ。おうテメ…さっさと責任者呼べ」
どこのチンピラだ?
キナさんを誘拐に来たのか!?
なんだかよく分からない正義感に駆られた青年は立ち上がると、男に
「だ、誰だか知らないが、キナさんを離せ! 衛士を呼ぶぞ」
目の間のチンピラ? は
「お~う、呼べ呼べ。願ってもねぇことだよ。その前に責任者呼んで来いやっ」
なんだこいつ…
本当に衛士を呼ぶべきかもしれない。
あの無駄飯喰らいどもも、仕事をさせるべきだろう。
「くそ! 待ってろよ! 後悔させてやる」
青年は裏口から衛士を呼びに行こうと、
「バズゥ! もう、早く謝って!」
な、なるほど──バズゥだな!? 名前は覚えたぞ…衛士に言ってやるともさ───……っ。バ、バズゥ…?
……
…
ば、
バズゥ…?
グルん! と華麗なターンを決めた青年は、もう一度男を
…
……
あ…
あぁ!!
「あ、あんた…」
嘘だろ?
たしか、シナイ島に行ったんじゃ…
「バ、バズゥ・ハイデマン……?」
っていうか、こいつバズゥだ!
猟師のバズゥじゃねぇか!
勇者の叔父…勇者エリンの、──エリンちゃんの叔父の…───バズゥ・ハイデマン!!??
小さな村の事、大抵顔見知りだ。
よほどコミュ力が低くなければ、そうそう顔を忘れたり覚えてなかったりするものだと思う。
当然、青年もバズゥのことは知っていた。
勇者エリンに続き、有名人だ。
「そうだよ。はよ責任者呼べや」
うぐ…
これは面倒だ…
衛士どころじゃない。呼んでどうすると言うんだ。キナさんはバズゥの家族だし、誘拐でもなんでもない。
「わ、わかった…。───…あー、要件は?」
辛うじて言葉を紡ぎバズゥに尋ねると、
「
間髪入れずにかえってくる。
「わかりまし…え? ──失礼ですが…もう一度」
、
、
、
「はい?」
「
……
…
、
、
、
「少々お待ちください」
青年は思考を
───バズゥぅぅ……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます