第32話「食べ過ぎ厳禁!」

 ガヤガヤ───


 ワイワイワイ───


 ゴトゴトピ~ヒャララ~───



 匂いにつられるように、賑やかな一角に足を踏み入れたバズゥ一行。

 先導を努めるのは弁髪べんぱつ君こと、カメ。


 妙に知った風な足取りで、迷いもなく進んでいく。

 時々首根っこを掴んでやらないと、人混みを上手くすり抜けてスイスイと先に行ってしまう。


 それでは困る。

 

 キナは足が不自由だ。

 決して歩けないわけではないが、腱の切れた足を引きずる様にヒョコヒョコと歩いているものだから、バランスも悪く…目立つ。


 ジロジロと不躾ぶしつけな目を向けられるから、キナはちょっとバツが悪そうだ。


 ポート・ナナンでは、キナを知らない者などいないのだから、目立つことはない。

 だが、こうも大きな町までくると、美少女ルックスと不自由な体のアンバランスさは妙に目を引くようだ。


 バズゥがにらみをかせても、ドンドン人混みは増していく。


 この先に何があるのかワクワクすると同時に、キナの不安と恥ずかしさもしているようだ。

 ついぞ先ほど、泥酔でいすいしたとおぼしき親父に、ドンとぶつかられると──


「キャッ!」


 ヨロロと倒れそうになるキナ。


 サッと、ばかしフォローに入ったバズゥは、キナをもたれ掛けさせ、そのまま肩を抱くようにして彼女を支えながら歩く。


 ひどく密着して、仲のいい親子か──ちょっと歳の差のある恋人にも見えなくもない有様ありさま

 それは、キナを赤面させるに十分だったようだ。


「バ、バズゥ…そ、その」

 モジモジとしながらバズゥからゆっくり身を離そうとするキナに、

「いいから掴まってろ」

 有無を言わせず、バズゥを押しのけようとした手をつかみ───にぎる。


 ぷしゅぅ~、と頭から煙を出さんばかりに、真っ赤になったキナを無視して、手をつなぎ密着して歩く。


 ───キナちゃん?


 なんでこの子は、こんなに照れてるのかね。

 叔父さんも逆に恥ずかしくなっちゃうわ。


「あー…バズゥさん。その、着きました」

 成り行きを見ていたカメが、ポリポリとツルツルの頭を掻きながら、指し示す。



「わぁぁぁ…」「おぉーー…」



 おのぼりさん丸出しで、口を開けるバズゥとキナ。


 バズゥに至っては、他の大都市も知っている癖に…根が田舎者なのだ。

 キナもフォート・ラグダは初めてでもないだろうに──


 二人の視線の先は、色とりどりの屋根型天幕がた~くさん。


 骨組みだけで壁はなく、屋根にいている天幕は色とりどりで、我が天幕こそ一番と言わんばかりに見栄みえを張る。


 赤、青、黄色に緑に橙色、紫、茶色と、単色張りに──七色模様!

 金銀銅に、キラキラと輝くガラスを散りばめたものまである。


 そして屋台の下には、まぁぁぁぁ…これまたいろんな種類の店が──


 獣肉、鳥肉、海獣等を焼いた串焼き屋台に、薄く挽いた麦の生地に巻いた野菜──そこに魚や肉を一緒にしたクレープ屋さんや、木の実や果実を混ぜて水飴と絡めた焼き菓子専門店!


 樽に瓶に壺に──様々な酒を詰めてはかり売りに、異国の茶葉や焼豆を炒った飲料店や、漬物屋からはザワ―クラウトの発酵汁まで様々と!


 シャキシャキの野菜──そこにラードとビネガーと塩を掛けたサラダが売りの軽食店を初めとし、干した果実をボウルに散りばめ宝石の様にかたどる乾物屋に、ったナッツをシンプルがすべて! と、ばかりに塩だけで味付けした品質保証の頑固おやじ!


 川魚を豪快に鉄板で焼いてそのまま供する店に、分厚い獣肉の血をしたたらせたまま薄く炙り──新鮮さを売りにする肉屋があれば、金持ち道楽が好むゲテモノ万歳の昆虫を炒ったり煮たり焼いたりする店!


 鳥卵をそのまま、魚卵を味付け、獣の肝をスライス──生で売る店!


 食べ物屋を中心とし、

 人形屋、玩具屋、眼鏡屋、靴屋、武器屋、防具屋、魔法具屋、素材屋、薬屋、本屋───


 おおよそ、店と付く店が所狭しと並んでいる。


「へ~…!? すごいなこれは!?」

 バズゥは、キョロキョロと見まわしながら、露店が並ぶ通りを練り歩く。

 ゴッチャリと密集しているように見えて、露店はきっちりと等間隔に並んでいる。


 大きすぎず、小さすぎず、通りの左右を埋め尽くし、路地には1、2件だけ並び奥まで行かない。

 あくまでこの通りで収める露店群だ。


「昔はこんなのなかったな…」


 ポツリとこぼしたバズゥのつぶやきを聞いたカメが、物知り顔で答える。


「戦争の影響らしいっすよ」


 は?


「どういうことだ?」


「はぁまぁ…───」



 ───カメ曰く、


 覇王軍との戦争が激化しつつあるなか、王国でも少なくない数の兵が前線へ行き…物言わぬしかばねとなって帰ってきた。


 した兵に対し、国は冷たい。

 いや、冷たくなった…


 命をして戦った兵には、勲章一個与えて故郷に死体を後送し、後は何もしてくれない。

 かつて国に余裕があったときは、見舞金の一つでも出たのだが…ここ数年はそれすらなく…


 きゅうした遺族は、故人の持ち物を売り崩すしかなかったという。


 雑多な物を持ち寄り──ガラクタから意外な掘り出し物まで、この通りで売りさばかれていた歴史があるという。

 まぁ数年の歴史だが。 


 もともと、人通りの多いストリートだったこともあり、露天商が徐々に流行はやり出し…遺品のフリーマーケットから、季節の野菜を売る青空市場…焼き物やら煮物を売る食べ物屋台が進出し───


 またたく間に、露店天国になったという。


 市も当然放置する事はなかったのだが、当初、取り締まろうと考えていた市当局は、この露店群に落とされる金に着目ちゃくもく

 一定額の税金を納めることを条件として、露店の経営を合法的に許可した。



 それがここ、フォート・ラグダ露店群だ。



「なるほどね~」

 カメの講釈こうしゃくを聞きつつ、軽い調子で頷くバズゥ。

 キナは興味深そうに聞いている。


「で~、俺たち冒険者がきて、さらに発展に拍車がかかったわけス!」


 …最後のは余計だよ。


「ま、経緯はどうあれ、楽しませてもらおうじゃないか」

 バズゥは、腰に固定していた小さな財布を引っ張り出す。


 キーファにくれてやった貯金用の袋ではなく、バズゥの普段使い用の財布だ。

 大金は入っていないが、飲み食いできるくらいはある。


「キナ。好きなの食いまくっていいぞ」

「もぅ! そんなに食べませんっ!」

 プゥと頬を膨らませるキナ。でも、手拭いで隠した耳はピコピコと嬉しそう。


「俺は軽めにするから、キナは遠慮するな」

 そういうと、木串に刺された畜肉を一本買い。キナに渡す。


「え!? バズゥは?」

 木串を素直に受け取ったキナは、バズゥが食べないのを見て目を丸くする。


「言ったろ? 俺は軽めでいいって」

 …帰路も走るからね。


 むむむ…とキナがバズゥと串焼きを交互に見ている。

 

 えぇから、食えって…


 そんなキナの葛藤かっとうなど気にせず、カメはバイト代から、好き勝手に食ってらっしゃる。


 軽く、帰路の事も考えろ、と注意するが…

 聞いているのやら、聞いていないのやら…


 カメは串焼きをエールで流し込み、ゴーフルをカプガプやりつつ、ドライフルーツをポンポコと口に放り込む。

 さらに、分厚いステーキを買うと紙袋をべちゃべちゃにしながら齧り付いてる…


 お前、帰りも走って帰るの覚えてるだろうな?


 葛藤かっとうしていたキナは、カメの食べップリを見て、ようやく口を付ける。

 そして、塩と香辛料の味付けに目を見張り、あっという間に一本を平らげた。


 口に詰め込み、頬をプックリ膨らませたキナの頭をカイグリカイグリすると、追加でクレープを購入。

 二種類を買う。


 そして、飲み物として、薄めの果実酒を瓶ごと購入し、キナと分ける。


 クレープの中身は、それぞれ、さばと獣肉だ。


 バズゥは、昼飯代わりとして、これを頂く。

 キナには獣肉を、バズゥは鯖を挟んだクレープをと。


 一口かじると、鯖の旨味と品のいい塩味が口に広がる。

 豊富にあふれる油はしたたり落ちるようで、乾物を水で戻した季節外れの野菜とよく合う。


 これは旨い!


 キナは、シンプルにキャベツの千切りと、細く切られた肉が幾本も入ったクレープを頬張ほおばる。

 味付けは単純、塩と香辛料をサッと一振り。


 おぃしいぃぃ!!


 ほぅぅ、と頬を抑えて幸せそうなため息を吐くキナ。

 ふむ…


 パクパクとあっという間に平らげたその手に、さりげなくバズゥが食べていた鯖のクレープを持たせると、勢いのままかぶり付く。


 んんんんん~~~!!


「旨いか?」

「おいひぃ!」

 

 モッモッモッと、口を動かしながらキナが笑う。

 う~む、キナちゃん結構食べるね!


 パンを薄く切って、油で揚げて砂糖をまぶした菓子を買うと、ポリポリ食べつつ、キナの口にも放り込んでいく。

 

 ポイ、ポリリ。

 ポイ、ポリリ。


 と、小動物に餌付けしている感じだ。

 その光景にホッコリしながらバズゥも、チョイチョイ摘まみつつ、薄い果実酒で口を湿らせる。


 キナにも一杯。


 クピクピ…ほふぅぅ…──

 アルコールで薄く頬を桃色に染める。


 う~む…

 フォート・ラグダ──やるな!

 中々楽しいじゃないか。



 久しぶりに羽を伸ばしたらしいキナの手を引きつつ、バズゥも知らず知らずのうちに笑顔だ。


 カメの奴は、バイト代を使い尽くさんばかりに食いまくっている。


 ……君、後でどうなっても知らんよ。


 3人は、露店群が終わるまで歩き続け、腹を満たすとようやく、本来の目的地である。冒険者の装備品を売りさばく、大店についた。


 そこで、装備品の換金と、連合通貨の両替を依頼する。


 借金の完済は、まだまだ遠いはるか先…────






 

 ──────







 エッホ、エッホ!


 エッホ、エッホ!


「連合通貨の両替は、また後日ってさ…」

 大量の汗を噴き出しながら一定のペースで走るバズゥは、それでもしてキツイ様子を見せずに、背負うキナに向かって話しかける。


「お店の人、困ってたね」


 キナは笑っていいのかダメなのかよく分からない、といった表情で返す。


「まぁあれだけの数じゃな~。普段は、どこもかしこも連合通貨は嫌がるしな」

 王国の貨幣は不純物が極めて少なく、貨幣価値がはっきりとしているため、世界中で人気がある。


 そのため、国外への流失が著しく、代わりに粗悪な通貨が流入することがある。

 それを防止するため、連合通貨の国内使用は原則禁止だ。


 とは言え、全く流通に乗らないわけでもないので、大店おおだなや免許持ちの両替商等が取り扱うことがある。


 しかしながら、各国テンデバラバラの造りをした連合通貨───その確認作業は骨が折れる。

 貨幣が多ければ多いほど、当然ながら確認作業には時間がかかるため、即日というわけにはいかなかった。



 ちなみに、連合貨幣の使い道は、王国内では再精錬せいれんして王国通貨に鋳直いなおしているとか……連合通貨ぇ──



 両替のほうは思ったようにはいかなかったが、成果もあった。


 そう、

「いや~! 思ったより高く売れたな!」


 汗をかきながらも、特に疲れた様子を見せずに、バズゥがホクホク顔で言う。

「う、うん…よかったのかな売っちゃって…」


 キナが背中で揺られながら、戸惑った様子。


 バズゥが言うのは、冒険者から取り上げた装備品だ。


 雑多な物ゴミばかりかと思ったが、中には良品もあり想像以上の金額になった。

 イイ装備品を質に出し、メシ代と酒代を超過した冒険者には、キチンとお釣りを払うつもりだ。

 俺は守銭奴しゅせんどかもしれないが、泥棒ではないぞ? 横領おうりょうなどせん!


「いいんだよ。元々、飯代を払わないアイツらが悪い」

 気にするな──と、言ってもキナは浮かない顔だ。

「でも、皆困ってたし…」

 キナは優しいな。


 いや、この場合は甘いというべきか。


「キナ。ハイデマン家では~…」

「は、働かざるものは食うべからずっ」


 はっはっは。


 キナちゃん、よく言えました!


 これは、姉貴が何処からか仕入れて来たことわざというやつらしい。

 得意げに語ると、ウチの家訓にするとか言っていた。

 言われんでも──貧乏酒場だったバズゥの家で、働かない者などいなかったけどね。


 姉貴亡きあとも、キナを始めとして、エリンもしっかりと働いていた。

 ハイデマン家では、働かない人など許しません!


 故に、帰ったら冒険者どもをしぼり上げてやる。


「だからな、キナ。──あんまり冒険者に甘くするな? キナの良い所でもあるけど、今のままだと……アイツ等のためにもならん」

 キーファが出ていったとき、手下は当然出ていったが、残った冒険者もいた。


 彼らとて、キーファがいなくなれば依頼クエストとどこおることは分かっていたはずだ。


 だが、彼らは場所を移さず『キナの店』にとどまり続けることにした。


 おそらく、キナに寄生するようにゴロゴロする気でいたんだろう。

 まぁ、夜遅くだからというのもあったかもしれないが…


「人はどんな時でも、何か役割を見付けて働かないとダメだ…、それをしないと人間ってのは、クズになっちまう。俺はそう思ってる」


 バズゥは自分に言い聞かせるように言う。

 勇者小隊で、必死になって役割を探していた自分を思い出しながら───言う。


「当たり前のことを、当たり前にするだけでいいんだ」 


 飯を食ったらお代を払う。

 酒はほどほどに。

 美味しいものを食べさせてもらえば、旨かったと伝える。

 悪いことしたら謝る。そしてつぐなう。

 お金の管理はきちんとする。

 家族のために身をにして働く…


 それだけでも、ずっと環境が良くなる。


「うん…バズゥのいうとおりだと思う…」


 キナは思いつめた顔で、ポツリと染み入る様に言った。


「大丈夫、これからいくらでも取り返せるさ」

 借金の返済もして、冒険者どもを追い出すなり働かせるなりして家を取り戻す。

 …キナが望むならギルドを経営してもいいだろう。


 そして、ちゃんとお代を貰えるように、キナは自信と毅然きぜんとした態度を身に着ける。

 きっと、借金まみれの状態が──キナをして、さらに言い出し辛くしていたのだろう。


 それにかこつけたのが冒険者と、村人と漁師の…一部だ。

 キナが完全にめられていたのも、さらに状況を悪くしていた。




 だから、キナが笑って暮らせる生活を取り戻そう。




 いつか、キナと────エリンと皆で暮らせる家を…生活を…家族を。


「うん…」


 コツンと、キナのひたいが背中に触れる感触がした。

 大丈夫、俺が何とかするさ───


「ば、バ、バズゥさぁぁん……」


 オェェェェ、と走りながら器用にゲロを吐いているカメ。



 はっはっは。


 

 だーから、言っただろ。軽めにしろって。

 好き勝手にバクバク食うからそうなる。 


 街道には、点々とカメの口から戻した吐瀉物としゃぶつが……道標みちしるべの様に残っている。


 まだまだポート・ナナンは遠いぞ。


 君は立派に働いている!

 めてつかわす。


「休憩を…休憩をぉぉぉ!!」


 ダメだダメだ。


 一回止まると走れなくなっちゃうよ?

 駆け足ってそういうものだから。


「しぃぃぃぃぬぅぅぅぅ」





 大丈夫、走って死んだ人───そんなにいないと思うぞ。

 はっはっは。




 むぅぅぅりぃぃぃぃぃ!!!!


 


 往路と同じ距離を進んだあたりで、カメの悲鳴が響いたとか響かなかったとか。


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