第31話「無銭飲食は犯罪です」

 ───ヘレナさん実は、


 ついでだからヘレナに言いつけておこう。

 金にはシビアだが、ヘレナは信用できそうだ。


 そして何より、───そう金にはシビア・・・・・・だ。

 うん、そこがいい。


「なにかしら?」

 クりっと首をかしげるヘレナは、最初のキツそうな印象が全くない。

 どことなく愛嬌あいきょうすら感じて来たね。


 冷たそうな雰囲気は、大口の取引等を取り扱う重責と商人らのような業者連中に、められない様にするためだろう。


 商売の世界では、められちゃいかん…


 バズゥも田舎者ゆえ、勇者軍入隊当初は、……められまくりの、だまされまくりだった。

 酒保商人どもと来たら、鹵獲品ろかくひんですら遠方から運んできたと言って、大金を踏んだくりやがるからな───あー怖い怖い。


 実際、キナの例もある。

 ヘレナくらいの態度でいなければ、ギルドの経営なんてできないだろう。


 ヘレナがバズゥの言葉の続きを待っているが、バズゥは「メシ代の件だ」と、軽く告げる程度におさめ、主要な内容はキナに話させた。


 ───あれは、キナの責任も大きい。


 家族だからって、甘やかすばかりが家族じゃないと思う。

 キナにはこういったことに慣れるためにも、毅然きぜんとしてほしい。


 頑なに口を閉ざしていたキナだが、バズゥが肩をポンと押すと、諦めかのように、


 言いにくそうにしながらも、冒険者にタダ飯をたかられていたことを訥々とつとつと告げていく。


 そして、冒険者だけが悪いわけでなく、…自分が積極的に支払いを求めなかったことも、話している。

 


 ヘレナはしばらく黙って聞いていたが、



「キ、キ、キ、キーファの奴…」


 めっちゃ怖い顔で、青筋あおすじを立てている。


「え? え?」

 キナは驚きと戸惑いのない混ぜになった顔で、ヘレナをオロオロと見ている。


「ぶっころ


 ガンッ!!


 ボソっというが早いか、テーブルの下に隠してあったらしい。短銃ピストルを取り出す。

 金属音も重々しく、テーブルに叩きつけられるソレ。


 最新の、フリントロック式の奴で、火縄に火を付ける必要がない優れモノだ。


 かなりお高い…


 って、どうするのよそれで!?


「キーファ、ぶっころ

 ウワァ…この人見た目と違って、超短絡的たんらくてきな人だわ…キーファの件では非常に気が合いそうだ。


便乗びんじょうしていい?」

 バズゥも当然とばかりに、拳を突き出してヘレナに見せる。

 

 うむ。苦しゅうないとばかり、ヘレナが拳を合わせてくる──


「バズゥ!!」


 慌てて止めるキナ。


「キナさん…人はね。らねばならない時もあるのよ」

 静かな笑みを浮かべたヘレナが、キナを言いくるめようとする。


「ヘレナさんもやめてください! キーファさんは関係ないです」


 キナはキーファの肩を持とうとしたが、

「あのねキナさん、…キーファの役目はそういった不正やら、粗暴な冒険者を排除することも仕事のうちなの。──それをまぁ…女の子の気を引くために手の込んだことを…」


 あれま、ヘレナはすでに『キーファがキナの気を引くために、マッチポンプしてる作戦』に気付いたらしい。


 それでもキナは、支払いを求めなかった自分が悪いといい引き下がらない。

 キナよ…いい子だ。


「ヘレナさん。キナがこうまで言うのでキーファの件はいったん保留して、──メシ代と酒代なんですが、どうにかなりませんか?」


 ほとんどがキーファの手下だ。


 それに好き勝手に飲み食いされたのだから、徴収ちょうしゅうの件は正式にギルドを訴えてもいいはずだ。

 これが流れの冒険者なら責任の所在があいまいになるのだろうが、今回はキナの覚えている人物の名前が、全てフォート・ラグダで登録している冒険者だ。


 雇用関係にあるわけではないから、つるんでいるというだけではキーファを弾劾だんがいできないが、冒険者の監督責任は問われる。

 

 もっとも口頭注意程度しかできないらしいが…


「そうね、本来なら食事代にお酒はその場で受け取るのが通例だけど、お金に困っているものにはツケで提供する場合もあるのよ」

 ふむ。

「当然後で徴収するんだけど、今回もその形で徴収できると思うわ」

 おぉ。それはいい。

「冒険者同士ならいざ知らず、キナさんはギルドマスター。その言葉には信頼と責任があるの、つまりキナさんの言った言葉は、ポート・ナナンのギルドマスターの言葉・・・・・・・・・・として効力を発揮することになるわ」


「つまり、今までのメシ代はツケだった、という事でいいんだな?」

「えぇそうなるわね。それなら、このギルドからでも、彼らの食事代を徴収できるわよ」


 なぬ!?

 それは助かる。


「頼んでいいか? さすがに一人ひとり締め上げるのは骨が折れる」

「えぇ、任せて。支払いをしぶるような真似はさせないわ」


 ヘレナが自信ありげに答える。

 多分──結構、痛かったり、怖かったりする方法を取りそうな気がする。


 だってこの人、顔は笑ってるけど目が笑ってないもん。


「結構な額だと思う…すまんが、そのままキナの借金にててくれるか?」

「なるほどね、いいわ。彼らから徴収するにはそれなりに時間がかかりそうだし、キナさんの言った金額。それはこのまま借金返済にてます」


 なんとまぁ話の分かる人だ。

 いっそ借金もマケてくれないだろうか。


「ただ、借金を全てというわけにはいかなわよ。あくまでも規定通りにいくからね」


 無理でした。


「分かったそうしてくれると助かる。……ギルドの方は問題ないか? 結構な額だぞ?」

 彼らの無銭飲食代に、酒代はちょっとした大金だ。

 ギルドにも負担になるのではないだろうか?


 ヘレナの取る手段は、その代金を一時的にフォート・ラグダのギルドが肩代わりするという事。


 徴収も一気に出来るとは思えない。

 現にバズゥ達もそのため走り回っているのだから。


「気にしないで、大した額じゃないし…それに、冒険者の品位とウチの名誉にも関わる問題だから」


 大した額じゃない…か~── 一度言ってみたいね。

 まぁ、手間が省けて万々歳ばんばんざい

 実に助かる、それは事実。


 それにしても、冒険者の、品・位・ね~、あるのかそんなもん?

 思いつく限り、まったくないわ。


 フォート・ラグダ冒険者ギルドの名誉。

 そこだけは、同意しよう。


「キナ…よかったな」

 キナの肩に手を置くと、彼女はホッとしたように力を抜く。




 キーファぶっ殺からの、

     ↓

 飯代&酒代の踏み倒し相談からの、

     ↓

 あっけなく回収完了!



 と。


 キナからすれば、とんとん拍子に話が進んで目が回る思いだろう。


「う、うん! ヘレナさんとバズゥのおかげ…本当にありがとう!」──パアァァッッ!


 天使スマァァァァイル!!


 うおぉ…キナさんまぶしすぎるぜ。

 …って、なんかヘレナも眩しそうに体をらせている。


「はー、この子…すごいわね。よく、これで今まで無事に…」


 まぁ、言いたいことは分かる。


 お饅頭まんじゅうあげるからお兄さんと遊ぼう、とか言えばホイホイ着いていきそう…

 ダメよ。キナちゃん。知らない人とお話ししちゃ!


「ま、それがキナのいいとこさ」

 底抜けの優しさと慈愛じあいに満ちた天使。それがキナだ。


「じゃあヘレナ…さん、あとはよろしく頼む。──しばらくしたらまた顔を出す」


 キナの借金の返済もあるしな。

 キーファに渡すより、ヘレナさんに預けたほうがいい。


 ついでとばかりに、昨日キーファに渡した金額を伝えておく。


「任せて頂戴ちょうだい。ウチも、元勇者小隊のメンバーがギルドのお得意になってくれるのは心強いわ」 


 うん…アイツらに比べれば、はるかに弱いけどね…オジサンだもん。『猟師』だし。


 ヘレナに別れを告げてギルドをあとにする。




 ───ん?

 なんかお決まりイベントないのかよ!? って?

 ほらアレ! 冒険者が絡んでくるって奴!


 って、聞こえてきた気がするが…知らん。




 お次はっと、装備の換金と両替だな。


 ギルドでもやってくれるかもしれないが、出来るだけ高く買ってくれる大店おおだなのほうがいい。

 それから軽く飯を食って、復路を帰るっと。



 カメ君。


 死ぬなよ!



 バイト代を貰ってウキウキ顔のカメに、心の中で早めのご愁傷様しゅうしょうさまげて街を行く。








 街中をキナの速度にあわせてプラプラ歩いていた。

 目的地は、中心街にある大店だ。


 買い取りなんかも実施しているので、冒険者どもから巻き上げた装備を売るには打ってつけ。


 目的地が決まっていると、その行動半径は固定化されてくる。

 具体的に言えば、街の中心地を貫くメインストリートを練り歩くのだ。

 

 ヒョコヒョコと、歩くキナは多少なりとも注目を浴びていたが、その周囲を固めるいかつい男二人に見すくめられ、普通の街人まちびとは、すぐに視線を逸らす。


 何度目かのメンチを切ったとき、プンと良い香りが鼻腔をくすぐった。

 

 その臭いを追うように視線を向けると、

「屋台街っすね!」


 を子供の様に目を輝かせたカメが、先んじて言う。


「みたいだな」

 隣町とは言え、バズゥは数えるほどしか訪れたことがない。

 そのため、この光景は初めて見る。


「フォート・ラグダ名物っすよ! メインの屋台通りは」

 ふむ、


 どうせこの近くだ。

 ちょっと見てまわるくらい良いだろう。


「キナ、寄っていくか?」

「うん! いこ、バズゥ」


 キラキラとした笑みで見上げるその顔に、バズゥもちょっとばかりワクワクする。


「カメ。メシもついでに食うぞ、いいとこに案内してくれ」

 カメはフォート・ラグダの登録者だ。それなりに土地には詳しいだろう。


「まかせてください!」


 今日一番の頼もしい姿を見せるカメ。


 おぉ!

 いいねカメ君。頼りにしてるぞ! ……おごらんけどな。


 ズンズン歩いていくカメの首根っこを掴み、さりげなくキナの歩みにあわせる。




 気ぃ、使えや。




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