第26話「本日の予定」


 げふぅ…

 は満腹じゃ~。


 ぜんったキナの料理をたいらげる。


 うむ、


 旨い!

 実に旨い。


 シチューと白パンの組み合わせは完ぺき。

 サラダはシャキシャキで、海藻の風味とあいまって食が進む。

 イワシのオイル漬けとベーコンを、サラダと一緒に食べると──塩味と絡まって実に相性がいい。


 うむ! 旨い!

 何度でも言う! ──旨い!


 キナちゃん100点!


 バカな冒険者ぼんくらどものせいで、すっかり冷め切っていたが…やはり旨いものは旨い。


「ごっそさん」

「はい、よろしゅうおあがり・・・・・・・・・


 ニコっと笑うキナの顔。うん──実にいい。


 帰って来たんだな~と、実感する瞬間だ。

 数年ぶりの我が家での朝食は、やはり美味うまかった。



 ……



 こいつらがいなければ。


「何やってんだお前ら?」


 ボケラ~っとして、朝食のパンをムッシムッシとかじりつつ、虚空こくうを見つめる冒険者ども。

 金はねぇくせに飯を食わせろという。


 ツケはなしだ! と言ったが──今日だけは、と…キナが懇願こんがんするから仕方なく食わしてやっている。


 もちろんおごりじゃない。


 どっちみちこいつらは食費の借金があるんだからな。そこにきっちりとツケてやる。


 守銭奴しゅせんど

 違わい。常識人と言ってくれ。

 

 飯食ったらお代を払う──当たり前の話だ。


 …ここは、こいつらのおうちじゃありません。


 キナはママ・・じゃないし、

 俺はお前らの親戚の叔父さんじゃない。

 ──エリンの叔父だ。


「いや~…今日の依頼クエストは無理っす~無理無理ですぅ」


 ぼけ~っとした表情で答えるのは盗賊風の男。

 たしか、昨日キーファに金貨を盗もうとしてるところを見られて、ビビっていた奴だ。


 そいつに追従するかのように、残りの冒険者もウンウンと頷いてやがる。


 まったくふざけた連中だ。

 労働のとうとさを教えてやろう。


 俺は俺でやることが山積みなんだ。

 こいつらのオシメの世話までやっていられない。

 

 というわけで教育的指導だ。


 勇者軍仕込みの『筋肉が喜んでるぅぅ♪──トレーニング』をしてやろう。


「ちょっと、バズゥぅぅ…顔、顔」

 キナがクイクイとバズゥのすそを引っ張り、引き留める。

「どした?」

「すっごい悪い顔してる」


 チョンと鼻をつつかれる。


 むぅ?

 悪い顔?

 そんな顔?


 ──どんな顔よ?


 ん? っと、冒険者の方を見ると、皆すっごい勢いで顔をそむける。


「皆、都合つごうがあるの……そっとしといてあげて」

 キナがちょっと困った顔で言う。


 なんだよ都合って。

 一日中、人の家でボケラ~っとすることか?


「いつもなら、もう少しマシな依頼クエストもあるんだけど…」

 キナは紙束に視線を落とし、ため息を付く。


 あ~そっか。

 キーファの野郎がいないから、新しい依頼クエストがないのな。


 それはまずいな。


 こいつらみたいに、ここでボケらっとしてても、依頼が来るとは思えない。

 なんたって、ド田舎ポート・ナナンですもの。


 名物は魚の干物と、獣肉ししにくの鍋です──とんだ田舎だ。


依頼クエストがないときはどうするんだ?」

 こういうときはキナに聞くのが一番だ。

 名目上とは言えギルドマスター。それなりに情報は持っているだろう。


「そうね…大きな町なら、依頼クエストはそれなりにあるの。隣町フォート・ラグダとか、王都グラン・シュワなら多分…」


 ふむ。


「それをどうするんだ? そのギルドが請け負っているんだろ?」

「えっと、依頼クエストの達成は、別にどのギルドでもいいの。前金は受け取ってるから、依頼を達成クエストコンプすればどこのギルドがやっても同じ。…でも、他のギルドが依頼を達成クエストコンプすると、そのギルド自体の稼ぎにはならないから──のいい依頼クエストはそのギルドがかこっちゃうの」


 なるほど…

 そりゃ、金蔓かねづるをホイホイと人様ひとさまに渡すわけないわな。


「でも、依頼クエストによっては中々達成できないものもあったりして、そういったものは他のギルドに回すこともあるみたい」


 みたい、ってことは…キナ自身はまだその手の業務をしたことがないという事か。

 ま、現地に行って確認だな。


 今日はやることが多そうだ。


 まず、


 漁労組合をめて、

 無銭飲食した、漁師やら村人をめて、

 同じく無銭飲食をした、キーファの手下冒険者どもをめて、


 あら…? めてばっかだな。

 まぁいい。


 キーファは隣町のギルドにいるらしいから、ついでに用事が済ませられるのはいい。

 楽ちんだ。

 俺はついで・・・に何かするの大好きだぞ。


 あとは、隣町で冒険者の装備を売ってもいいな。

 全員が全員、レンタルに納得したわけでもない。

 余分な装備をそのまま寄越よこした冒険者もいる。


 それを売っぱらおう──と言うわけ。

 多少なりとも、足しにはなるだろう。


 あとは、こいつらの処遇しょぐうだな。

 ボケらっとしている冒険者。


 ウチでサボることは許さん!


 聞けよ、聞けよ、聞きたまえ。

 労働は、王国民のぉぉ義務ですよっ。


 ま、すぐにでも思い知らせてやろう。


 とりあえず──今後の予定としては、まず隣町でさっさと用事を済ませる。

 そして、そこにはキナにも同行してもらわねばならない。

 

 なにせ、キーファの手下の無銭飲食と、酒代について顔と名前が一致するのはキナだけだ。

 ちゃんと帳簿ちょうぼに付けて、きっちり取り立ててやるぜ。


 それから漁労組合と、ついでにそこにいるだろう漁師から取り立てる、と。

 あとは家に帰って、冒険者どもの依頼の進行状況を確認して、終わりぃ……むぅ、これは駆け足になるな。


 じゃ、さっさと始めよう。



 …まずはニート冒険者どもだ。



「キナ」

「はい」


 以心伝心いしんでんしん、素晴らしい。

 依頼書の紙束を受け取ると、さっと目を通す。


 『収穫作業手伝い』と、『木炭作成の手伝い』、あとは『子守り』、『子守り』『子守り』── 子守り多いな…!


 それに、こりゃ漁労組合からか。


 『網の修繕手伝い』、『昆布干し』、『魚介類加工』………冒険者ギルドぇ。


 ほとんど、短期労働者じゃないかよ!?

 これ冒険者ギルドの仕事じゃなくて、王国労働局はろーわーくの管轄じゃないのか?


 あー、はー……多分、賃金が固定である御国の斡旋あっせんより、国の管轄とは言え民間が参入している冒険者ギルドのほうが、安上がりという事か…


 残りは、『キングベアの討伐』…───おいおい、こういうのを率先してやれよ!

 まぁ…こいつらの装備と実力じゃ無理か。


 こんな達成不可能アンタッチャブルな依頼を持ってきて、キーファの奴どうする気だ?


 キングベアは森と山の王。

 ごくまれに、地羆グランドベアの突然変異から発生する。


 群れをつくらない地羆グランドベアに対して、フェロモンを発し、手下にして群れをつくるらしい。

 地羆グランドベア自体、それほど生息数が多いわけではないので放置していても当面は問題ないが、──出産やらなんらかの偶然の巡り合わせなんかで数が増えると、ちょっとした軍隊なみの攻撃力を有した害獣となる。


 時には、不足する餌を求めて人里を襲うこともあり、危険な生物だ。

 過去の例では、他国の城塞都市がキングベアの被害で半壊したこともあるという。


 こういった事態を避けるためにも、キングベアの目撃例や痕跡を確認した場合、すぐさま駆除を実施するものだ。


 だが、腐っても森と山の王───デカくて強い。


 生半可な戦力では返り討ち。

 ヘタすりゃ夕飯になっちまう。


 一匹でも手に負えないが、群れになると最早もはや天災だ。


 小さな群れなら、腕利きをそろえれば対処もできようが……巨大な群れになると、それこそ軍隊でないと対抗できない。


 熊相手に軍隊って、バカですか!? と感じるが…──それくらいの脅威になりうるのだ。


 このポート・ナナンにも、かつての俺の仕事場でもある猟場かりばがあり、地羆グランドベアもいた。


 かなり昔の話になるが、この猟場に一度だけキングベアが迷い込んだことがあり、小さな群れを形成したため、ポート・ナナンに非常警戒線が敷かれたこともある。


 俺は俺で、数合わせ的な感じで山狩りに参加した。

 山狩りの主力は、無駄飯らいの衛士達だったが、訓練不足がたたかなり・・・の損害を出していた。


 結局バズゥ達『猟師』や『狩人』等で包囲し、何発もの銃弾と毒矢を浴びせて倒したという経緯がある。


 冗談抜きで、デッカいキングベアは──ちょっとやそっとの銃弾ではビクともしない。

 熊射ちの異名をとる名人がいて、彼が両目を撃ち抜き、ひるんだところを近接攻撃ダイレクトアタックで、心臓を一突き──仕留めた。


 ありゃぁ、凄かった。


 まぁ、名人もその時の戦いで負傷して、結局ケガが元で亡くなった…

 それで今、誰も対処できないのだろう。


 ふむ…そりゃ、ギルドがやる依頼とも思えないが──あん?





 おいおい、


 おいおいおいおいおいぃぃ──





 依頼地…ポート・ナナンじゃねぇか!!



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