第23話「我が家の朝」

 冷たい風の気配にバズゥは目を覚ます。


 冷える夜を、

 冷たい世の中を、

 そのつらさを二人で避けるけるようして、

 くっ付いて眠った昨夜よる


 隣にあったはずの温もりは、いつの間にか消えていた。

 布団の中に残る香りが、存在が確かにあったことを思わせる。


 ──ったく、借金取りめ、予備の布団まで持っていくことはねぇだろうに…


 未だに残る、寝起きの気だるさにあらがうことなく、布団の中で伸びをする。

 一組しかない布団は、お日様の匂いとキナの香りが残り──かぐわしい。


 未だにボンヤリとする意識のもと、目を刺激する陽光を手でさえぎる。

 採光の窓は薄く開けられており、陽光が闇を弱々しく割いていた。

 

 ──朝か…


 一日が始まり、朝の兆しに──キナはすでに起き出しているようだ。


 戦場を離れてそれなりに日が立ったとはいえ…もう、バズゥの神経は故郷にいた昔の暮らしに馴染んでしまったのだろうか。


 キナが、隣からいなくなった気配を全く感じなかった。


 まるで消えるように…

 それは、暗殺者アサシンや覇王軍の特殊部隊コマンドのようだった。


 ──あっちゃ~…気配を感じないなんてな。


 バツの悪さを感じて布団の中で身動みじろぎする。


 戦場じゃ、ちょっとした異変を察知して目が覚めた。

 ましてや、斥候スカウトをしているときは、殆ど熟睡をした覚えがないくらいだ。


 だからだろうか、

 故郷に帰ってきて神経が弛緩しかんしているのかもしれない。


 いや、それもあるが───


 純粋にキナに敵意が…全くないからだ。

 誰も傷つけない。

 善意の塊とでもいうか───やっぱ天使だな。


 キナが敵意をもって動くなんてあり得ない。


 敵でないなら、戦場においてきたはずのあの首筋がチリチリするようなザワツク感じ…敏感だったはずの神経もまったく反応しないわけか。


 すげぇなキナは。


 ヨッと体を起こすと、手早く寝具を片付けた。

 囲炉裏の鍋には何もないが、店の方から良い香りが漂ってくる。

 飯はこちらで作るよりも、店で作っているのだろう。


 昨日の冒険者どももいる。

 キナの事だ。気前よく、飯でも振る舞っている可能性が高いな。

 

 …ったく、おだい取ってるんだろうな?


 微妙に守銭奴かつ庶民じみた考えを持った、かつての勇者小隊斥候スカウト──じつは高給取りのバズゥは、…小銭すら許さん! とばかりにノッシノッシと歩いて店舗に向かった。


 垂れ幕をのけると、明るい店内の眩しさに目を細める。


 角度を上手く調整して作られた採光用の窓は、店内の熱気を逃がさず丁度良い温度を提供してくれていた。

 暖房の元は、キナが立つ調理台から発せられた熱だろう。


 無駄な熱はない、とばかりに張り巡らされたダクトが、煙を外に排出するとともに、上手く店内を温めている。


 その暖かさを幸いとばかりに、酒臭い冒険者どもがいま惰眠だみんむさぼっていた。


 お、女魔法使いは起きてるな。

 オッパイようございます~なんてね。

 …立派なものをお持ちで。


「オハヨ」

 黒パンを千切り、ムッシムッシと頬張りながら軽い調子で挨拶してきやがる。

 無視するのもアレなので、軽く頷いて返す。


 ニィィ…と、何が面白いのか笑ってゴザル。


「なんだよ?」

「別にぃ~」

 なんとなく含みのある言い方をしているのが気にさわったが、追及するのも馬鹿らしい。


「ちっ」


 舌打ちしてから、キナの作る朝メシにありつこうと後ろを通り過ぎる。


「女の子泣かしちゃダメよ~」

 と、すれ違いざまにボソッと言われたものだから、思わず振り返って顔をガン見してしまう。

 また、ニィィ…と笑っていやがる。


 こいつ、昨日の話聞いてたな。


「お前にゃ関係ない」


 にべもなく・・・・・言い捨てると、キナに話しかける。


「おはようキナ」

「おはようバズゥ」

 ニコっと笑うキナ。

 昨夜見た、あの沈痛な様子はどこにも見られない。


「はい、朝ごはん」

 そう言ってぜんに乗せた料理を差し出す。


 これまた死んだ姉貴のこだわりだ。

 なんでもどっかの田舎の国の風習なんだとか。


 料理をぜんに盛って出すべし!

 多分、どっかで適当な情報が混ざってるぞ。と思ったが言わないでいた。──結局そのまま…な。


 並べられた料理は驚くほど手が込んでいる。


 女魔法使いが食べているのは黒パンに薄いスープ、それにチーズとザワ―クラウトくらいなもの。


 一方バズゥの朝めしは、焼きたての匂いがする白パンと、コッテリとしたクリームシチュー。そこに新鮮な野菜を切り、いろどあざやかに盛り付け、海藻を散らしたサラダ。さらにイワシのオイル漬けと、カリカリのベーコンが付く。


「ちょっとぉぉ! キィナちゃん~差別ひどくなぁい?」


 いつの間にかのぞき込んでいた女魔法使い──言いづらいな、オパイと命名しよう。

 とか失礼な事を考えていたら…ジロッと睨まれる。だって谷間が──


「ジーマさんは、冒険者です。規定きていの物しか出せませんよーだ」

 フフンとキナらしくもなく、意地悪なことを言ってソッポを向く。


 けれども顔は笑っている。

 いつもやっているようなやり取り・・・・なんだろう。


 多分、キーファあたりは豪華な飯を作らせていたような気がする。

 で、ジーマが揶揄からかう──と。…ん、オパイ改めジーマね、なんとなく覚えておこう。


「ギルドにはメシの規定もあるのか?」

 興味を覚えてキナに聞く。

「う、うん…なんでも、粗食に慣れるもの冒険者の仕事──とかで一番安い定食だと、基本はこれしか出せなくて…」


 バスケットには黒パンがぎっしり。

 それと、スープが基準らしい。


 あー、チーズとザワ―クラウトはキナなりの優しさなのね。


「ちゃんとお代もらってるのか?」


 途端に女魔法使いの目が泳ぐ。








 おい…







 おだい

 代金

 

 お店で食べ物をあったらお金を払いましょう…

 知ってるよね?


 知らないのは乳飲み子ぐらい。


 女魔法使いは子供ではない。

 いい大人だ、オパイが…じゃなくて──と、いうか乳飲み子以外なら幼い子供で知ってるからね。


 で~…?

 そこんとこどうなのよ?


「えっと…、た、たまに忘れちゃって…」

 そして、なぜかキナが申し訳なさそうに言う。


 いやいやいや、

 そんなもん忘れるかよ!


 まぁいい、キナはいい子すぎる。度が過ぎるほどに…



 じゃ、ここは俺の出番だな。



「ん」


 代わりにバズゥが女魔法使いに、ズィっと手を出し要求。

 泳ぐ目…キョ~ロキョロ。


「ん」


 ズィ──


「う…わかったわよ」


 渋々しぶしぶ、胸の谷間から出した革袋、そこから銅貨を出す。

 しめて5枚…やすぅぅ!! ってか、君はどこに財布を仕舞しまってるのかね…

 と、オパイを鑑賞しつつ銅貨を受け取る。


 ちょっと生ぬるい…


 うん、ちゃんと王国銅貨だ。

 連合銅貨はいわずもがな…


「次からはちゃんともらえよ」

 キナに手渡し、釘をさす。

「ごめんなさい…」

 ちょっと泣きそうな顔になるキナ。

 責める様な目をするジーマ。──ってお前が悪いんだろが!


「お前らも、今度からちゃんと払えよ」


 ジロリと、きっつく睨み付けると…やっぱり目が泳いでいやがる。

 無銭飲食にギルドで雑魚寝とか、どんだけ金ないんだよ!


 っと、借金少女キナがいる手前、それ以上言えない。

 ん…借金少女っていうか…この場合の借金て、俺も背負う話じゃん!?


 え、そう言えば…家族宣言しちゃったし…いや、実際そうだし───で、えぇ!?


 借金オッサン爆誕?


 いや、語呂ごろ的に、借金叔父さんか…………うん、どこにでもいそうだ…──泣いていい?



「わかったわよ…」


 渋々うなづくジーマ。

 ──と、来れば話は早い。


「ん」

 手を差し出す。

「何これ?」

 ズイっと手を出す!

「触らせないわよ~」

 キュッと、可愛く胸を隠すジーマ。

「ちゃうわボケ!」


 いや、触りたくないわけじゃないけどぉ───って、キナさぁん、その目はめて~!

 ジトっとした目でバズゥを見るキナ。そして、自分の胸をジーマの御立派なモノを見比べている。



 キナ……大丈夫、需要はある。



「じゃ、何よ~?」

 胸を隠したまま警戒するジーマ。


「今までの分払え」


 ……


「マジデスカ?」

「マジですよ」


 ……


 …


 ダラダラと汗を流し始めるジーマ。

 …おい? 今までいくら無銭飲食してきた!?


「キナ」

「150日ほど…かな」


 さすが家族、言いたいことを適確に捉えて教えてくれるキナ。


「嘘嘘嘘嘘ぉぉん!?」

 ブンブン首を振るジーマ。


 おおうオパイが…──って、キナさん。いたいって!!


 オパイを観賞するバズゥの防御を、かる~く貫通するようなつねりを二の腕にかましてくるキナ。

 えぇ~キナさん。結構強かったりする?


「無理無理無理無理ぃぃ!」

 いつまで君はブングラブングラと、3つの塊を振り回すかね。

 頭はわかるけど、オパイ凄いことになってまんがな。


「え~っと…銅貨5枚かける150日?」

「んっと、朝と夜はいつも…時々、昼も…」


 ってことは、150日×2回の~時々3回ね。+30食くらいにしとくか。


「え~…占めて銅貨1650枚になります、ジーマさんよ」

 ニカッと爽やかに微笑む。


 ……


「むぅぅりぃぃぃ!!!」


 ウチはいつもニコニコ現金払いだよ。


「あ、連合銅貨は受け付けておりません」


 はっはっは。

 

「むぅぅりぃぃぃ!!!」


 はっはっは。知らん知らん。

 食べたらお代、これ常識。


「銀貨でもいいぜ。えーと…銀貨16枚の銅貨50枚ね」


「いいぃぃぃやぁぁぁあ!!!」



 うっさいなーこの女。

 体で払わすぞこの野郎! あ、女郎?



「どうしたジーマ!」


 騒ぎに、眠りこけていた冒険者も目を覚ます。

 昨日の剣士風の男が飛び込んでくる。

 って、君ぃ剣背負ったまま寝たの? 痛くなかった?


「いいぃぃぃやぁぁぁああ!!!」


 騒ぐ無銭飲食魔法使いジーマ。


「てめぇ! ジーマに何をした!」


 勢い込んでバズゥに突っかかってくる剣士風の男。


「キナ」

「ケントさんは、150日分と、お弁当は毎日です…」


 ん? 弁当?


「弁当いくら?」

「同じ、一食銅貨5枚」

 そう言って、布の包みを見せる。


 中身は黒パンを切って具材を挟んだサンドイッチ。

 いろどりは豊かでおいしそうだ───たぶん、朝の銅貨5枚の定食と同じで、…キナのサービス入りだろう。


「じゃ、銅貨2250枚な」


 敵意をむき出しにする剣士を軽く無視して、手を差し出す。

 ジーマは今もブンブンと頭と双丘を振ってらっしゃる。


「な、なんの事だ!?」


「メシ代だ」


 ………


「メシ代だ」


 ん? 聞こえなかったのかな?

 ダ~ラダラと汗流してるけど…


「メシ代───」


「いいぃぃやぁぁぁ!!!!」


 うるさいのが増えた…


 ゾロゾロと起き出す冒険者。

 一部はすでり取りを聞いていたのか、ソソクサと立ち去ろうとする。


 逃・が・す・か!!


 座ったまま、ガンッと足を出して通せんぼ。

 腕を組んで威圧感ムンムン。


 昨日の今日なので、バズゥの正体も知れ渡っている。

 強いかどうかは知らないだろうが、寝ても腐っても勇者小隊。──元ね。


 そのバリューは、すっさまじいものがある。


 ダ~ラダラと汗を流し始める冒険者ズ。


 ふ。

 逃げられると思うなよ。

 しぼり出してもらおうか。


「キナ」

「え~っと…────」


 ツラツラと名前と日数が出て来る。

 ってかキナちゃぁん? …よく覚えてるね。

 普段は大人しく優しい少女の、執念の様なものを感じる瞬間だった。


 多分、顔には出さないけど、結構怒ってたんだと思う。


 そういえば、漁師の連中も昨日タダ酒飲んでやがったな───あとでしぼるか。こう…キュッ、とね。

 うん、漁労組合も絞めるついで・・・だしな。やっちゃるわぃ。



 で、今は冒険者ズっと。



「──日分…で、ここにいる人たちは全部」


 ん。キナ。計算はあとでする。

 オッサンだから、そんなに記憶力良くないのよね…


「なななな、何の話だ!」

 と、突っかって来るのは武道家だかなんだかの素手の人。


「メシ代」 


 ……


「メシ代」


 ……


「連合銅貨は受け付けておりません」


「「「「いぃぃぃやぁぁぁぁぁ!!!」」」」


 うるさくなっただけでした…


 まぁ、銅貨一枚たりともマケんぞ。


 なんか、金がないのかジーマが抱いてぇぇぇとか言ってるが…ゴクリ───はっ! キナさぁん、心揺れてませんからその目はめて~!


 体で払ってもらいたいなんて、ちっともこっちもそっちもないですよ。うん。


「オッパイ、ワンタッチ銅貨1枚で~!!」

 ジーマさん、必死やな。


「銀貨でもいいぜ」


 にべもなく言い放つバズゥ。




 いいいいいぃぃぃぃぃやあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!




 いい年した冒険者が、ブンブン頭を振る愉快な光景──何これポート・ナナン八景にでもなりそうだな。




 はっはっは。

 キナはどうか知らんが俺はツケなんて認めんぞ。


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