第22話「借金少女キナ」

 コトコトコトと、目の前の囲炉裏の上で、鍋が耳に心地良い音を立てている。

 粗末な座布団に腰かけたバズゥとキナは囲炉裏を挟んで向かい合う。

 光源は古びたランプの絞った灯りと、囲炉裏で踊る炭火のみ。

 室内には、灰と油の香りが漂っていた。



 ゴォォ~


 ガァァ~


 グゥゥ~


 プゥ~~…──臭っ!



 と、何やら店の方で盛大ないびきやら欠伸あくびやら、…が聞こえてくる。


 あの冒険者どものうち、何人かは帰ったが…何人かは閉店後も残っていやがる。

 寝心地も悪いだろうに、まったく…


 おーおー、すげぇなおい。せっまいテーブルとイスでゴロンと寝てるし…


 女魔法使いは、ケツをポリポリ掻きながらテーブルの上でグタ~っと仰向けで眠るもんだから、ローブの間から素足が見えて──素晴らしい!


 オパイは重力に従ってちょっと潰れているが、若い張りのあるソレは、主張してやまない…我ここに在り! と。──素晴らしい!


 というのは、さて置き。(あとでじっくり)

 キナが言うには、冒険者ギルドは24時間営業。

 酒場が閉店しても、ギルドとしては開けておく必要があるとかないとか…


 まぁ、朝っぱらや深夜に依頼も何もないので、ほぼ酒場の営業時間以外は開店休業状態。

 宿なしの貧乏冒険者が寝床に使うくらいだ。


 一応、冒険者なら使用は認められるということらしい。


 あとは依頼人だとか、ギルド員に役人なんかも使用可能だが…宿泊施設もない、ただの酒場で寝ようなんてのは酔客か貧乏な宿無しくらいなもの。

 キーファでさえ、教会の宿泊施設を借りていたらしい。

 住居部はあるが、当然キナ専用。

 故に泊まる場所と言えば店舗しかなく…貧乏人どもはそこで寝るわけだ。


 で、今はあの有様と──


 そう言えば、いやがらせをする冒険者もいて、寝ているキナを起こしてまで態々わざわざ依頼の受注をしたり、完了後の換金を要求する者もいたんだとか。


 時々キーファがそれをいさめていたらしいが、───キナ曰く、今思えば、どれもこれもキーファの手下冒険者だったらしい…


 やっぱりキーファの野郎…『マッチポンプ式、好感度アップ作戦』をしてやがったな?


 お前は、子供か! と言いたい。キナが好きなら普通にアプローチすればいいものを…せっかくのイケメンが台無しだ。


 っと、キーファのことはどうでもいい。


「で…どうしてこうなったんだ?」

 バズゥは疑問だらけだ。


 勇者小隊の給与は高い。

 さらにエリンの給与はもっと高い。

 それらの金は酒保や、装備品の修理に買い替え以外に使うてもなかったから、定期的に送金していた。


 ちなみに官給品以外は基本自前だ。


 エリンの装備はともかく。

 俺の装備は官給品もあれば、元からの私物や私費購入したものも多い。

 そうでなければ生き残れないし、ケチる物でもない。


 軍に同道する酒保商人に、流れの鍛冶屋、娼婦とかね。


 意外や意外──前線でも結構金を使う場面は多い。


 軍も積極的にそれらの同道を奨励しょうれいしていた。

 なんでもかんでも軍でやるとその統制だけで手いっぱいになるから、というのが理由らしいが、俺的には防諜ぼうちょう面が危ういと思っている。


 実際、結構な頻度で情報も漏れていたんじゃないだろうか。

 ま、今となっては関係ないことだが…


「ん…その、お店、なんだけど」


 ポツリポツリと話すキナ。

 

 うつむきがちのキナ。

 はかなげな印象がより一層強くなる。

 触れていないと溶けて消えてしまいそうな危うさ。

 思わず伸ばし、抱きしめそうになる手を抑える──


「結構前になるんだけど…お店の資金繰りが、その…」


 話す合間に、キナが鍋の中身を器に移してバズゥに渡す。

 じっくりと煮込まれた、不食芋から作ったというゼラチン質の何かだ。──姉貴の発明らしいが…


 それは、魚醤と出汁をよく吸っていて色がとても濃い。

 そこに芥子からしをチョンと、小皿に擦り付け渡してくれる。

 陶器製のコップには、少し強めの濁酒どぶろくが注がれていた。


 酒とツマミと囲炉裏のあかりとキナ───とてもいい空間なのだが、話の内容は重い。


 語る内容は、どこにでもある借金まみれのお話しだった。


 バズゥ達が旅立ってから1年ほどは、なんとかキナ一人でり繰りしていた。


 無理に店を続ける必要はないだけのお金がキナの手元には合った。

 これは、身請け金ともいえる──家族のために支給される特別配当の一時金。

 それらは破格ともいえる額で、贅沢をしなければそこそこに暮らしていけるだけの額だった。

 普通の強制徴兵なら精々金一封程度だろうが(それでも出るだけマシ)、なんといっても『勇者』とその親族の身請け金だ…安いはずもない。


 とは言え、豪邸が買えるだけの額でもなく、なんとも中途半端な金額。


 だが、キナ一人が慎ましやかに暮らすだけなら十分すぎる額でもある。

 それらのお金に一切手を付けず、軍に入隊する前にエリンやバズゥなどが置いていった。

 故に決して、貧しくはなかったのだが…キナは足が不自由だ。


 そのため店の経営は酷く苦労したらしい。


 見かねた村人が手伝ってはくれたが、彼らは彼らで仕事がある。

 それに手伝いといってもタダではない。


 徐々に体に負担となる仕事──だったが、なんとか頑張って酒場を続けた。

 だが、やはりというか、それまでの無理がたたり体調を崩したキナは、やむなく人を雇うことにした。

 


 それが過ちだったと…



 純朴そうな青年は、漁労組合からの紹介でキナの店に来た。

 流れ者らしいが、働きは確かだと組合の太鼓判たいこばん付。

 求人を出しても、なかなか人が来なかったこともありキナは彼を雇うことにした。


 しばらくは、彼の働きもあり比較的楽に酒場の経営ができたという。


 だが、さびれた村の酒場の資金がなぜ続くのか彼は不思議がったらしい。

 そこで、勇者エリンの話、その叔父バズゥの話…二人の軍隊への入隊時に支払われた、支度金としての結構な額の一時金──大金の話をした。


 してしまった。


 キナは純粋過ぎて人を疑うことを知らない。

 優しく、真面目で頼りがいのある青年のことを、心から信頼していたこともあっただろう。

 

 だが、人は簡単に裏切る。


 数日後、青年の姿はなかった。

 書置き一つなく、お金も──なかった……


 それでも、キナは何か事情があったのかと、彼を待ち続けた。

 すぐに漁労組合なり衛士に通報すれば良かったのだろうが、それをしなかった。


 在り合わせのモノで何とか経営を続けていたキナだが、おかしな様子に気付いたオヤッサンが青年の事を尋ねてようやく発覚。


 その頃には青年の行方など跡形もなかったという…


 まったく馬鹿げた話だ。



 …それにしても、ふざけたガキだな。



 見つけたらぶち殺す。

 5回くらい地獄を見せてから、10回くらい殺してやる! と、心に決めたバズゥ。

 何より腹が立つのが、キナが未だにその青年を信じている節があることだ。


 お人好しにもほどがある。


 キナは天使かもしれないが、人はたいていくず野郎なんだよ。

 キナの自分を物差しにして考えるやり方…そりゃダメだ。

 彼女の考えで行くと、キナの周りには天使しかいなくなる。─ありえないな。


 ったく…


 目に涙を溜めて語るキナ。

 囲炉裏越しに、頭を撫でる。


 それが余計に彼女をさいなんだようだ。


 ポロポロと涙をこぼしながら、そこからの苦労話をする。


 結局金は戻らず、元々の資金すら失ったキナは、漁労組合に相談。

 格安の金利で、一時金相当を貸してくれたという。

 王国金貨で10枚。


 たしかに、エリンとバズゥの置いていった金に近い額だが…


 そんな額が、即金で酒場の経営に必要か?


 そう思ったが、キナは信用して借りる。

 漁労組合の方でも、青年の事情はこちらにも落ち度があると言うのだから、信用しないわけにもいかない。

 そういわれてしまえば、消えた金をそっくり貸してくれたのは─キナとしてはつぐないに感じられたという。


 だが、低金利とはいえ、借金は借金。

 しかも王国金貨10枚相当の金利だ…


 寂れた酒場の売り上げで返せるものではない。

 使いもしない金貨の金利だけがかさんでいく。

 最初は、なんとか支払えはしたものの。青息吐息。


 キナも途中で気付き元金を返そうと思ったのだが、その頃には元金に手を付けて利息を払っている状態。

 もはや手遅れであった。


 そして、遅れがちになる利息の返済に、最初の頃は笑って許してくれた漁労組合も段々苛立ちを募らせてきた。

 時には借金取りまがいのことまでされ、家財を奪われることもあったという。


 しまいには、体の要求まであったというのだから─もはや救いがない。 

 さすがにそれは固辞していたが、段々断り切れなくなり始めた。

 



「ブッころですな…叔父さん激おこ」




 そこまで聞いた時点でバズゥが立ち上がり、鉈と銃を準備し始めたものだから──キナが慌てて止める。

 体にすがりつき、止めて止めて! と懇願されては仕方ない…今はな。


 ち…

 漁労組合ぶっ潰す。

 と、密かに心に使うバズゥは、フンスと鼻息荒く再び話をきく。



 キナ曰く、

 漁労組合と仲が悪くなれば、主な客である漁師たちの足も遠のく。

 実際、負の連鎖と言わんばかりに、経営は悪化。


 もはや元本の返済どころではなくなり、利子の返済に追われる日々。


 不自由な体を駆使して、頼れる伝手つてをあたるが上手くいかない。

 村では、酒場やハイデマンさんのキナで通じるが…もともと出自もよくわからないキナ。

 言ってみれば存在しない人間。元流れ者のハイデマン家に住み着いた、新しい流れ者…

 戸籍だってあるのかどうか。


 浅慮で無学だったかつてのハイデマン家。

 今は多少なりとも有名だし、訓練を経て教育も積んだが、それまではまともな教育など受けたことすらない。

 バズゥの姉がどうやって店を手に入れ、現在の権利がどうなっているかなんて誰も知らなかった。


 返済の宛てもなく、どこの誰かもわからない人間。

 そんな人間に金を貸す良き隣人など居るはずもない。

 普段気のいい人間でも、金が絡むと豹変ひょうへんするものだ。


 そこで仕方なく、隣町の金貸しやら、貿易商に頼んで借金。彼らの理論はよく知らないが、金は貸してくれた──利息返済のための借金。


 もはやどうにもならない段階だ。


 それすらも厳しくなればもう、後は坂道を転がり落ちるがごとく…

 群がるハゲタカの様に、借金取りと得たいの知れない金貸しが集まる。

 時には、借りた先から紹介されたり、あるいは親切に話しかけてきた人からも借りたという。



 いや、さ。

 それはダメだろう。



 しかも聞けば、十一トイチどころでない所にまで…


 結局どんどんどんどん、どんどんどんどん借金は膨らみ、気付けばギルドによる債務整理─金貨2500枚という恐ろしい額になり果てていた。













「ちょっと待て、なんで俺たちに連絡しない?」











 疑問はそこだ。

 そこに集約する。


 そうだ。

 雑魚で足手まといとはいえバズゥも勇者小隊のメンバー。──給与は大変良い。


 エリンに至ってはちょっとした大名なみ。叔父さんより高給取りです──エリンは叔父さんよりお金持ちなんです。えぇホント…叔父さん泣くよ…


「便りは、送った…よ…何度も何度も! 何度も何度も何度もナンドモナンドモナンドモォォ!!」


 キッと、バズゥを見据えるキナ。

 ハァハァと、荒い息。バズゥの無配慮にも思える言葉が彼女の感情の琴線の何かに触ったらしい。

 一瞬だけだが、バズゥを責める様な目が心に刺さる。


 だが、

 ちょ、ちょっと待てよ──!


「え? 待て待て待て! 俺は、便りなんて一通も貰ってないぞ?」


 訓練参加時から、キナの事は気にはなっていた。

 送り先は王国軍ないし、連合軍の軍事郵便に宛てれば、時間はそれなりに掛かるがちゃんと届く。


 もちろん検閲なんかは入ったりするわけだが、それは戦争中なのだから仕方ない。

 既定の料金で安くもないが、ぼったくりでもない金額だ。


 だから、キナから来る手紙を心待ちにしていたのだ。

 特に訓練初期の頃は、ね。


 結局、帰郷する今日まで、一度も手紙が来ることはなかったが…



 戦争中は、エリンとともにいることができた。

 そして、二人して話し合ったものだ。キナの近況が気になるのは当然の事。

 戦争と訓練と再編成の合間を見て、便りが来ていないか、連合軍の郵便担当者に直接乗りつけたりもした。

 だが、便りはないという。


 疑問はあったが、どうすることもできない。


 こっちが連絡しないせいかもと思って、エリンと一緒に手紙を書いて送ったりもした。

 あわせてお金も。

 実際、エリンとバズゥは相談して、何度もお金と一緒に手紙を送っている。

 文盲もんもうだったバズゥもエリンも教育を経て文字が書けるようになった。

 まぁ書けなくても、代筆という手段もあるのだが…


 キナからも代筆なり何らかの手段で手紙を出してくれるものと期待していたが、一通も来ない。

 ──来ないものだから、忙しいのだろうかと諦めていた。



 それにしても…



 キナ曰く、困窮してから手紙を何度も出したという。

 恥ずかしかっただろうに…でも、それを押して助けを求めた。それほど必死だったのだろう。


 それに気付けなかったのは痛恨の極みだ…

 愚かな自分たちに腹が立つ。


 それにしても、キナは字が書けたのか。

 困窮時には代筆を頼むお金もなかっただろうからと、今推測したのだが、─ちょっと驚きだ。


 いや、そんな事は、今必要な情報ではない。

 それよりも大事なことがある…





「もしかして…俺たちの送った金や…手紙…届いていないのか?」





 俺もエリンも、薄情なつもりはない。

 薄情なわけがない!


 足の不自由なキナが、一人でも苦労しないだけの送金はしていた。

 入隊時の支度金なんて、すぐになくなるだろうと思っていたから尚更なおさらだ。


 当然、近況を知らせる便りも送ったし、時には役立つ物資も。



「そ、送金だなんて……──い、一度だって!」



 ば、

 バカな!?


 軍の郵便だぞ?


 そりゃ、便りには検閲が入る可能性はあるが、金は関係ないだろう。

 ちゃんと正規の料金も払っている。


「まさか…一度も…!?」


「えぇ、手紙も来ないから…ずっと心配で…便りはないのは元気の証だって考えることにした。噂も歌もエリンを褒め称えていたわ。だから元気なんだなって…───だけど、」


 田舎とは言え、前線の様子はかなり遅れてではあるが、一応入るには入るだろう。

 勇者エリンの活躍は、人々の待ち望む冒険譚であり英雄譚だ。


「だけど、…だけどバズゥの話なんて一つもなくて!!」


 う……

 そうか…

 地味で目立たない『猟師』のバズゥ。


 語るべき英雄譚もないバズゥの情報を誰がもたらす・・・・というのか。

 聞いて楽しい話も何一つない。

 華々しい戦果もなければ、見目麗しいわけでもない。


 そりゃ、噂も歌も流れるわけがないわな。


 そして、

 「便り」がなければうわさや伝聞に頼るしかない。


 キナなりに、情報収集はしていたのだろう。

 井戸端会議に、吟遊詩人。

 港に寄る貿易商に、漁労組合。

 人の集まるところに噂は集まる。


 だが、勇者エリンの噂はいくらでも入るだろうが、バズゥの話はない───当然だ。


「だから、だから、心配で心配で! 心配で心配で心配で心配でぇぇぇ!! お店だって辞めてもよかった! だけど、いつか帰ってくるかもしれないバズゥたちの家! その大事な場所を任されたんだもん! もし、辞めちゃったらバズゥ達が消えてしまうんじゃないかって!!」


 キナは、感情を吐露とろする。

 不安で、怖くて、悩んで、辛くて、寂しくて、悲しくて、悲しくて悲しくて悲しくて悲しくて……


 あまり怒ったり、人に怒鳴どなるような子ではない。

 いや、あまりどころか…バズゥ達に、こんな風に怒鳴どなったことなんて、これまでに一度もない。


 それだけに衝撃を受ける。

 

 彼女の感情の激流を受けて、その思いをおもんばかる。

 だから、彼女がどんな想いで店を続けていたのか看破できてしまった。


 それは…、

 そう、それは言ってみれば愚かな思い込み。

 店を続けたのは、彼女なりの願掛けだったのだろう。

 ただあるだけのお金で、日々を怠惰に過ごすことができなくて…


 日々忙しく過ごすこと、そして──バズゥ達がいた生活の延長を続ける事で、心の安定を保っていたのかもしれない。


 愚かで、愛おしいキナ。


 人はどこかで、何かで誰かと繋がっていたい。

 手紙はそれを繋ぐものだったはず。


 だがそれが届かない。


 だから、キナは日常を続けることで繋がりを保っていたかった。

 だから、この店から逃げられなかった。

 だから、キナは今もここにいた。


 キナは家族だが、血のつながりはない。

 まったくない。

 ただの一滴も───


 だが、それ以上にある繋がりは、情だ。

 愛情、友情、慕情、情、情、情…

 共に生き、笑い、泣いた日々の思い出と──未来。


「すまん…もっとちゃんと…何かできたはずなのに」

 言葉にすると実に陳腐ちんぷ


 もっとちゃんと・・・・・・・なんてできない。

 地獄の最前線。

 死と隣り合わせの戦場で、姪を差し置いて休暇に戻るわけにもいかず──そもそも休暇もない。


 エリンは常に先頭で戦う。

 その姿を追うのに必死で、夢中で、身を粉にして──


 故郷を思い出すのは、ちょっとした間隙のみ。


 便りを書くのが精いっぱいだった。


 だから、その先のことを考えもしなかった。

 キナから手紙が来ないことをいぶかしくも思いながら、追跡調査をしなかった。


 少し調べればわかったはずだ。




 どうせ理由は簡単だ。

 どっかのバカが、途中で金を抜いたのだ。

 

 その痕跡を消すために、手紙すら消去した。

 

 …そして、キナの困窮の情報すら! ──どこかで握りつぶされた。




 前者は、どこかの手癖の悪い奴の仕業。

 きっと楽だったろう。

 ロクすっぽ調べもせずに、無造作に大金の入った手紙。

 そりゃ抜くわな…──くそ! 俺は大間抜けだ!!!!


 そして後者。

 キナの手紙を握りつぶした連中。

 これは候補が多すぎてわからない。

 いくらでも想像がつくし、その全てかもしれない。


 例えば、今キナをめたと思われる漁労組合。あるいはギルドの連中。

 いや、そんな小さな組織でもなく、連合軍の仕業も十分に考えられる。


 勇者に届く手紙。

 そんなものを調査もせずに渡すような組織じゃない。

 ちゃんと検閲がある。


 そして、内容は吟味され───勇者に届けば、里心がついたり、あるいは精神的な不安定さをもたらすと判断。

 黒塗り・・・すらせず、完全消去…最初からなければ気にもならないって寸法。


 どいつもこいつも──

 人をなんだと思ってる!


 エリンは人間だぞ!?

 俺だって人間だ!


 家族だっていれば、待ち人だっている。

 それを、自分たちの都合で握りつぶしやがって!


 漁労組合や、ギルドに感じた殺意以上に、───世に、世界に、人間に腹が立った。


「ご、ごめんなさい…バズゥはちっとも悪くないのに…私酷いこと言った」


 ボロボロボロと大粒の涙をこぼすキナ。

 酷いことでも何でもない。ちょっとした感情の発露はつろにすぎない。


 だが、人を信じ──愛するキナはたったあれだけの言葉ですら、口にするのも烏滸おこがましいと考えている。


 こんな子がひどい目に合う世の中なんて、狂ってやがる。──あ、とっくに狂ってるか…


「事情はなんとなくわかったよ…」


 金も、思いも、温もりも、全て届いていなかった。

 そして、少女は苦悶くもん苦悩くのうし苦労し、おぼれそうになっていた。


 俺にできることはそんなに多くない。

 だが、金で済むだけ…まだマシだ。


 姪を置き去りにして帰ってくるよりはるかにマシだ。




 マシもマシも大マシだ。




 だから俺の自己都合もある。

 生家のことでもある。

 キナの事でもある。



 やる!

 やるさ!


 キナはまだ俺を見限っていない…

 キナは俺が必要だという。

 キナは救いを必要としている。


 やるさ!

 やるともさ!


 借金の残り…大よそ王国金貨3000枚か?

 それを56日で、ね。

 もう一日は終わる。


 残り55日……ギルドめ。


 たかが大金、

 されど大金、

 それでも大金…



 中々の強敵だ!






 だがなぁ…






 元勇者小隊所属斥候スカウト

 『猟師』のバズゥを舐めんなよ!!

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