第20話「それが家族というもの」

 大金の詰まった革袋を間に挟んで睨み合う二人の男。


 ジッと動かないバズゥ。

 それを睨み付けるキーファ。


 …オロオロするキナ。


 ふと、

 空気が弛緩し、キーファが動く。


「いいだろう。確認するぞ」


 クイっと顎でしゃくると、冒険者が慌てて散らばった金貨を拾い、革袋に戻す。

 それをチラとも確認せず、キーファが革袋を逆さにする。



 ジャリンジャリンキリイリリイィィンン──


 と、かなりの量の金貨と銀貨がカウンターにぶちまけられる。

 幾つかが楽し気に踊り、クルクルと回転し互いにぶつかり合うと澄んだ音を立てた。


「ふむ…王国金貨に銀貨。…それと連合金貨と銀貨もあるな」


 ピンピンと、指で金貨銀貨と選別。

 連合貨幣は触れたくもないとばかり、一緒くた・・・・にして革袋に放り込んでいく。


 連合貨幣…人気なさ過ぎ。


 実際──混ぜ物が多くて、しっかりとした両替商でもなければレートが分からないのだから、仕方がないだろう。


 彼らでさえ、この貨幣をあつかうのを嫌がる。

 見た目は同じで、中身が別物なのだから当然だ。


 一々全部調べるのもかなりの手間だという。


 酷いものでは、金貨に見せかけた別の鉱物だったりするとか──国々で、テンでバラバラに貨幣を作ればそうなるだろう。

 統一の造幣局ではなく、国々が自分の国の貨幣を作る片手間に共通貨幣として作っているのだが…国によって、制度も精度も適当らしい。


 で、だ。


 キーファが選別した貨幣の数。

 王国金貨43枚。

 王国銀貨138枚


 連合貨幣───ゴミ箱(皮袋行き)


 キーファは、指でカウンターをトントンしながら言う。


「ふむ…占めてこれだけだな。借金の全額返済には程遠いようだが?」

 ニチャっといやな笑みを浮かべる。


 そんなことは、とうに分かっている。


「一時金だ。残りはきっちり返す──それでいいだろ」


 ふむ、と顎に手を当てる。その所作がなかなか様になっている。

 ただのイケメン支部長ではない。


 ──もしかして爵位持ちのご貴族様かもな…エルランを思い出すぜっ。


「一時金ねぇ、まぁ、銀貨と金貨あわせて、56日といったところかい? それでいいのか?」


 トントントン…と指がカウンター上で踊る。


「あぁ、十分だ」


 トントントン


「ふん。いいだろうと言いたいが…ギルドではね──」


 トントントン


「身元の不確ふたしかな者からの借金は受け付けていない。…むろん返済もね」


 トントントントン


「身元が不確ふたしか? 俺がか?」


 ト~ント~ン


「そうだ? 他人が何の義理でこの子の借金を返そうとするのか…ま、理由は想像がつくけどね」


 ト~ント~ント~ン


 空いた手で、キナの顎に馴れ馴れしく触れると、ご婦人が腰砕けになりそうな甘い笑顔を浮かべる。───ケッ


「そうだ。キナが理由だ。文句あるか?」


 金さえ払えば、キナの監視とギルド経営の監督に、わざわざ支部長が出張ってくる理由はなくなる。

 とっとと御帰り願いたいもんだ。


「ふむ、あると言えばあるし、ないと言えばない」


 ト~ント~ント~ン


「だが、君は他人だろう? ギルド員でも登録者でもない様だしな。───こんな大金をどうやって手に入れたか知らないが…」


 ト~ント~ン


「その服装を見るに、退役軍人かな? どこの国……ッ!? それ…ッ!? 勇者軍の制服?」


 トトトトトトトトトトン


「お前…一体?」


 ボロボロで色も変わってしまっているが、れっきとした勇者軍の正式な軍服。

 ついでに言えば、徽章きしょうを見れば勇者小隊だと分かる者は分かる。


「俺はこの子の家族───」


 トトトトトトトトトトン


「バズゥ・ハイデマンだ」


 トン


「……なんだと……?」


 ……


「バズゥ……ハイデマン?」


 ……


「勇者エリンの…叔父の…バズゥ・ハイデマン…」


 カリカリカリ


「この酒場の「元」主で……勇者軍特別編成の精鋭…勇者小隊のバズゥ・ハイデマン…か?」


 腐ってもギルドの支部長。

 耳は早く情報もしっかりと持っているようだ。

 まぁ、少し間違っているがな。


「元、主じゃない。──今も昔もココの主だ。そして、「元」勇者小隊のバズゥ・ハイデマンだ」


 カリカリカリカリカリカリ


「嘘だろう!? バズゥ氏はシナイ島戦線で負傷したはず、そんなにすぐに回復して、ましてや戦争中に帰ってくるなんて出来るもんか」


 ガリリリリ


 むぅ…ほんとのことを言うと、ちょっとバツが悪いな。

 実際、事実は事実なのだが…まさか、小隊長のエルランから正式に除籍されて帰ってきたなんて早々言えたもんじゃない。


「嘘も何も、俺はバズゥ・ハイデマンだ」


 何度もキナがそう呼んでいただろうに…

 興味がなければ記憶にも残らない、ってか?


 ケッ…ふざけた野郎だ。


 ポイっと軍隊手帳を渡してやる。

 人物証明欄にデッカク「名誉除隊」!! っていうスタンプが押されているが、勇者小隊の正式なものだ。


 寄せ集めの連合軍ならいざ知らず。

 勇者軍、そして勇者小隊の身分証は早々に偽造できるものじゃない。

 詳しくは知らないが、かなり魔法的ななにやらがほにゃらら・・・・・・・・・・されているらしい。詳細? 知らんよ。


 キーファは、ガシっと手帳を掴んで確認。

 

 その目が、小さな手帳の文字やら番号やら印鑑にサインを追っていく。

 こんな小さな手帳でも、記載された認識番号やら、名前、部隊歴、連合軍の上級大将の略式職印もきっちり入っている。


 名誉除隊とは言え、一応予備役扱い。

 完全に軍籍から抹消されたわけではない。


 場合によっては再招集もあるかもしれないが…まぁ、今はない、か。

 俺みたいな足手まといが、前線くんだり・・・・・・まで再び呼び戻されるなら──それは最早もはや戦争末期状態だと思う。


 キーファはと言えば、ガリガリと爪でカウンターを引掻きつつ、名前も職印も全て本物だと見抜いたのか。プルプル震えている。

 そして、映りの悪い魔道撮影機で撮られた顔写真──ちょっと映りが悪いからあんまし見てほしくないが──と、バズゥ本人を見比べ始めた。


「なななななななななな……」


 ガリン!


「…本物だ、と!?」


 まさに驚愕といった表情。


「これでいいか? さっさと金を持っていけ! ついでにその汚いケツをまくって帰って愛人に磨いてもらえや」


 ガリリリリリリ


 おいおいおいおい…カウンター傷だらけにすんなよ…


「く! …いや待て! キナさんとお前は他人! そうだろ!? 部外者の金も早々そうそうとギルドは受け付けんぞ!!」


 …部外者?


 スッとキナの背後に周ると、肩を抱くように包み込む。

 いい匂いがする…


「バズゥ?」


 オロオロしていたキナが、戸惑った目でバズゥを見上げる。

 心なしか目が潤んでいる。


 …だから、顔を赤くするなよ! ───照れるわ…


「この子は、」

「お、お前! キナさんから離れ──」








「キナ・ハイデマン──俺の家族だ」


「──ぐぅぅぅ…!!!」






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