第19話「一時金」

 ───借金の返済───


 もちろん、王国金貨3000枚なんて馬鹿げた額をホイホイ払えるはずがない。


 だが、全額返済は無理でも、一部の返済・・・・・はできる。


 サッと証文に目を通した結果、キナに支払われる給金は日当が王国銀貨換算で1枚。───なるほど…破格だ。

 そのうえ、従業員として働いている間は、利子の増加はない(利息が消えるわけではない)。


 要は、元本に掛かる利子だけ払えばよい。


 すなわち、債務整理時の金貨2500枚時点の利息のみでいいということだ。

 これが、2500枚分の利子、…~からの2600枚分の利子、…~からの2750枚分の利子、…~からの3000枚分の利子───と、その分の利子が発生していたら、利息だけで王国軍が買えるだけの額に膨れ上がる。


 一応その辺は救済措置、ということらしいが。

 金貨2500枚分の利子だって莫大ばくだいな額だ…

 

 具体的に言えば、───大分オマケしてあるが…一日当たり王国金貨1枚。

 一日で金貨1枚…バカですか!?


 まぁそれでも、何とかしてやると言わんばかりに、キナの給金には色が付くということらしい。

 ギルドの仕事をこなし、働きに応じて歩合ぶあいの賃金が別に支払われるという。


 ま、これだけ聞けばかなりの好条件だ。


 だが当然、しっかりと借金の返済は盛り込まれている。

 証文にもきっちりかっちりと、借金の返済額は一日あたり王国銀貨換算で10枚の返済を求めると…要は金貨1枚分だ。……うん、───アホか!? と。


 もっぺん言う。アホか!?


 つまり、キナが歩合の賃金なしに働いたならば、毎日借金は増えていく寸法…銀貨1枚の返済をして9枚の借金を背負う…?


 およそ、金貨1枚はかわらない…


 毎日金貨1枚相当の借金が増える。

 はっきり言って無理。

 普通にやっていては無理!?


 それに酒場の維持費に自分の食費などの生活費…そこにギルドの経営と──

 どう考えても、借金返済の目処など立とうはずがない。


 これは巧妙でも何でもなく、バカの書いた借金返済計画だ。

 コレと契約しているキナも…どうかと思うが、これ以外に条件がなかったのだろう。


 だが、救済とは程遠い。


 利息の雪だるま式の増加はないとは言え…一番最初に結んだ契約段階の借金は生きているということ。


 これが利息ありきだったら、借金額は天文学的数字に登るのだから…まだマシと言えるのかもしれない。


 まぁ…、キナもそのあたりを付けこまれた可能性がある。


 一応、返済の金額やら細かい帳簿なんかが付いていたので確認すれば、キナはキナなりに頑張っていたらしい。


 歩合ぶあいの賃金で、時には半分程度の銀貨5枚を返していた形跡も見られる。

 ──が、それでも日々借金は膨らんでいく。

 金貨3000枚程度で済んでいるのもまだマシなのかもしれない。


 ギルドが債務整理した時点で、金貨2500枚ほどの借金…

 なるほど──ここまでの時点で、元の債務者からの借金が雪だるま式に増えていたようだ。


 こんな村じゃどうやっても金貨2500枚もの財産は出てこない。


 最初は針の穴程度の小さな借金だったのかもしれない。

 例えば金貨10枚──それが、暴利やら金利やら利子がかさみにかさんで気付けば、あら不思議。

 ──キナちゃん借金まみれ…って感じか?


 最初の債務者は…ポート・ナナン漁労組合…なるほど、漁師どもの組合か。

 それほど暴利ではないが、安くもない。


 ただ金貸しとしては比較的良心的だ。比較的ね。

 金利も…まぁトイチ程度…すぐに返せば──うん、無理。


 で、だ。


 よく見れば、その金利の一部を返すために、隣町の金貸しやら、得体のしれない貿易商にまで金を借りている。

 そんでもって王都のギルドっと…ここで、初めてキナの名前がキナ・ハイデマンになっている。


 まぁ、身元のハッキリしない人間にギルドは金を貸さない。


 何らかの身分を証明する必要があるだろう。

 それで、どっかの誰かが入れ知恵をしてキナの身分を確定した──まぁ、村の長老あたりが追認すれば、ハイデマンの姓を名乗ることもできる。


 結婚だとか、養子縁組──ん、色々手段はある。


 その辺の戸籍やらなんやらは教会の管轄だ。


 教会請負制度というやつで。

 王国が言うには、教区の信徒の数を掌握するためらしいけど、──教会としては色々な宗派・信仰のある者をゴチャっと管理しろと言われても困るだろう。


 実際、そのせいで宗教宗派が有耶無耶うやむやになりつつあるとか…

 いや、それはどうでもいい。


 ともかく、身元がはっきりしたと同時に、──元々姉貴が死んで以来、有耶無耶になっていた酒場の名義はキナが望むと望まざるを得ないまま、名実ともに店の主になった?(なってしまった?)

 そしてキナは、ギルドに債務整理されて、合法奴隷モドキに成り下がったと───


 ───ま、そんなこんなで、借金少女キナちゃんは爆誕したわけで~す! ……って、ざっけんなよ、おぃ!!


 キナに対して全く含みがないわけじゃないが、どいつもこいつも搾取することしか考えていない。

 借金の原因はよく知らないが、少女をだまくらかして食い物にしようとしている銭ゲバどもの構図がけに見える。


 どこのどいつが一番悪いのか知らないが、今のところ冒険者ギルドが一番悪い気がする。

 もしかすると、哀れな少女を救済する意図があるのかもしれないが──俺からすれば知ったことではない。


 店は俺たち家族の物だし。

 キナは、ギルドの所有物ではない…家族だ!!



 いいだろう。

 いいだろう。

 いいだろう。



 いーだろぅぅ!



 キナ・ハイデマンか、───上等だ。

 はなっからそうしていればよかった。



 キナは家族…ハイデマン家のキナだ。



 家族を守るためなら、最前線にでも行った俺。

 例え今は負け犬でも、目の前で家族が蹂躙じゅうりんされそうになるなら、ギルドだろうが、モリとズックだろうが支部長のキーファだか知らないが、──まとめて相手してやらぁ!



 あ、でも覇王軍は…ちょっと勘弁。

 めっちゃ怖いねん…あの軍隊。

 あれは、もはや天災です。一般人じゃどうにもならん──



 ともあれ、別に殴り合いの喧嘩をするわけじゃない。


 連合軍での教育と訓練、前線での命のやり取り、後方支援と徴発ちょうはつ……そして、生き馬の目を抜くような酒保商人とのやり取り。

 はたまた占領地での軍政補助──何でもやったし、やらされた。

 

 そうしないと生き残れなかったし、居場所がなかった。


 最後には自らリタイヤしたとはいえ、可愛い姪のため命を削って骨身を惜しまず働いた経験は今もバズゥの中に生きている。


 だから、今回のような手合いも、殴り合いではどうにもならないだろう。

 キーファも黒幕かどうか知らないが、排除したとて借金が消えてなくなるわけではない。


 故に、合法的に戦おうじゃないか。



 支部長? ──ジャリが粋がるな!

 ギルド? ──いい度胸だ!

 借金? ──上等さ!



 金貨3000枚? ──むぅ…



 ま…まぁ、まずはキナを開放する。


 それが第一だ。

 証文通りにいけばとりあえず、一時金でひとまず解決する。


 それにやりよう・・・・もある。

 キナの肩書は、当ギルド──冒険者ギルド=ポート・ナナン支部『キナの店』のギルドマスター、ってことになる。


 一時金を払い。

 借金返済の意思があるなら、──返済が行われる限り権利を返還するものとする…ってことだろ?


 権利の返済として、支部長の監督下からキナが自分で自分を一時的に買い直せるということ。

 一時的に、ね。


 それでも、従業員から一気に大出世。

 だからよぉ、権利を返還してもらうぜ!




 ほら、お望みの金だ。




 目ん玉かっぽじってよぉく見やがれ!



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