第16話「ハイデマン」

 店の権利はギルドのものだ───


 ………


 …


「はぁぁ????」


 ん、


 んんん、


 んな?


 んななななな…


 なんなんなん…なんだって??


「…何の話だ?」

 ボケっとした顔をしているのだろう。

 構えていた鉈をブランと垂らし、無防備な格好になるバズゥ。


 視線は、キーファとキナの間を行ったり来たりとする。


 店?

 権利?


 …ギルドぉぉ???


「キナ? あー…どういうこと??」

 

 腕からキナを開放すると、立たせる。

 まだ青い顔をしているが、どうもそれは痛みのせいだけではないらしい…


「あ、あの…そ、その…」

 顔をゆがめて、その端正たんせいな表情を悔しさと悲しみで染める。


 キナから否定の言葉はない…

 事実を告げられないから、言いよどんでいる───そんな感じだ。


「どう言うも、こう言うもない」


 シャリンと剣を収めたキーファが、ふところから一枚の羊皮紙を取り出す。

 高いとは言え───紙だって出回っているのにワザワザ羊皮紙を使うという…キザったらしい気取り屋のボケ。


「ん───?」


 ズラズラと字が書き述べられているが…


「おっと失礼…浅学な田舎者に字が読めるはずもなかったね」

 フンと、一々鼻につく言い方で、羊皮紙をかかげ持つと訥々とつとつと語って見せる。


「───以上をもって、冒険者ギルド=ポート・ナナン支部を『キナの店』に設置する。同日をもってキナ・ハイデマンはギルド従業員として勤務を命ずる――諸国連合ユニオン、ギルド協会冒険者管轄局」


 要約すれば、


 ───お前んち借金まみれ。

 はよ返済せぇや? ん? 払われへん?

 じゃ~、しゃーないな。ウチで一括返済にしたるわ。

 とりあえず、担保は店とアンタな。

 そんじゃ、ギルドが支部置くから店使わせてもらうで、&キナちゃんアンタ今から従業員な、骨身を惜しまず働きなはれ。

 給料天引きで借金返済な、期限は、知りまへん。

 ま、生きてるうちには返せるんとちゃいまっか~───


 ってことらしい…

 どういうことか、店の権利がいつの間にかキナになっているし、そして、キナから冒険者ギルドに代わっている。


 ついでにいえば、キナがハイデマンって……えぇぇ? キナとは、家族だけど・・・・・ー血縁関係ないんですが…?



 ???



 と、「?」マークを2個も3個も浮かべるバズゥに、キーファがファサと髪をかき上げながら言う。…いちいちキザだな。


「ま、ここに証文がある以上、誰が何と言おうとこの店はギルドのもの───そして、キナさんも僕のモノさ」


 キザったらしく笑うキーファを無視して、羊皮紙を流し見る。


 字が読めないとあなどるな。

 勇者軍の訓練で叩き込まれたわい! 得意じゃないけどなっ。


 それにしても…どういうことだ?


 冒険者ギルドだと…?

 ド田舎、ポート・ナナンに?


 しかも、ウチの店の名義が色々弄繰いじくり回されてるぞ?


 借金の開始は、俺がこの村を経ってしばらくの後───経営が悪化したのだろうか?


 借金は、積もりに積もって…誰に借りて誰に返したのかもわからない状態。

 ちょっとした元本がんぽんから始まり、利子の返済が遅れて──利子のためにまた借金…おいおい、自転車操業どころの話じゃないぞ。


 完全に、どーしよう~もない状況だ…


 そんでもって、最終的にギルドが出張ってきたってわけか。


 商人やら有力者から借りた借金が、ドンドンかさんで…債務整理、と。なるほど、ギルドが借金の一元化と担保を確立──…あ?


 んで、なんだこりゃ?


 ───返済計画ぅぅぅ??


 なんだよこれ…


 こんなもん返せるわけないじゃないか───??


 積もり積もって…王国金貨3000枚って…おいおいおいおいおい。

 この村中の金を集めてもそんな額ないぞ?


 どういうことだ?

 この店にそんな価値が───?



 いや、



 いや待て……──あると言えば………ある。

 ジッとうつむくキナを見ると、足元に小さな水滴が降り注いでいる───キナ…。



 そうか…悠久の時を生きると言われるエルフ───その人を永久雇用しようというのか…



 人間よりも遙かに長く生き、聡明そうめいで美しい種族───エルフ。

 キナがそれだと聞いたことは無いが…白い肌、美しい容姿、年月を経ても変わらぬ年恰好、───尖った耳。


 なるほど…ド田舎で生きる美しきエルフに、こいつか、どいつか、ギルドの誰かが目を付けたということ…か。


 王国では、奴隷の所有は禁じられている。


 そのため、金持ちの下種げす共は合法的な奴隷として、借金で縛った婦女子を下働きとして雇うことがある。

 あるいは、借金の末に破産に追い込み、破産者を作る。

 破産者は、命以外の一切の権利を債務者にゆだねなければならない…


 所謂いわゆる金で縛った…合法奴隷だ。

 腐った世界では、それがまかり通る。


 キナ───


 泣いている…


 キナが、

 キナが泣いている。

 美しい相貌に朱が差し、悲しみと恥ずかしさと…悔しさで───泣いている。


 大粒の涙が零れ、

 頬を伝い、

 顎に溜まり、


 床に落ちる。


 温かい、そして苦く辛く胸が張り裂けそうな味のする…涙。



 泣いている。





 俺の家族が──────泣いている。



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