第15話「キーファ」

 間男って言われちまったよ…


 ってそりゃ、俺のセリフだ!


 男の動揺を逆手に取り、キナを抱きしめたままカウンタースキル発動『山との同化』!!

 発動した瞬間、バズゥを含む身体周辺の気配がスッと希薄になり、同時にキナの体温を強く感じる。


 ドクンドクンと、腕の中で脈打つ小さな心臓。


 攻撃型スキルの『山の息吹』に対して、防御型スキル『山との同化』は、敵意や命の危機を感じた際に、山や自然───周囲と一体となり、気配を極めて薄く小さくしてやり過す・・・・というもの。


 動きが少なければ少ないほど、被発見率は下がる。


 ただし、常時発動は不可能で、あくまでも危機回避の手段である。


 戦場の足手まとい──勇者小隊曰くビビリのバズゥは、戦場ではしょっちゅう発動していた。

 そうでもなければ一瞬で刈り取られるのがシナイ島戦線。


 だが、時にはやりすぎることもある。


 戦闘外ではカウンタースキルの発動を抑えていないと、勇者軍の誰にも気づかれることなく放置されることがあったほどだ。

 気配や敵意なんて、味方の中に居ても感じてしまう。──戦場は本当に命が安いのだから。


 だがそう言った弊害へいがいがあってなお…実際、本当にやばい時はこれを使っていた。


 まぁ、強い魔族や勇者小隊には効果が薄かったのだが…んー、今その話はいい。


 非常に優秀なスキルゆえ、欠点もあるかと思いきや、今のところ発動タイミングが難しいことと、放置プレイにされることを除けばそれほどない。


 それどころか組み合わせ次第では、無敵のスキルかもしれないとすら思わせる。


 街中では効果は半減するが、それはスキルレベルである程度補える。


 上級職相手にはが悪い所もあるが、

 それでも、天職MAX状態のスキルは、中級職とはいえ田舎町ならもはや透明人間のごとく振る舞える。


 少々動いても、たかだか田舎の冒険者風情に気付かれるものではない。


 こいつの利点は、カウンタースキルでありながら発動時間が長く、攻撃動作に連接できることだ。

 この状態で鉈を抜いて、寝首を掻くことも不可能ではない。

 さらに『静音歩行サイレントウォーク』等と組み合わせれば、効果は指数関数的に上昇する。


 今も、自身のまとう『山との同化』の気配遮断に、キナごと巻きこみ周囲をけむに巻いている。


 男の凶刃から体を離すと、キョロキョロする冒険者を尻目に立ち上がる。

 ようやく正面からお目見えした男は────エルラン…か?


 いや、でも??


 勇者小隊の隊長エルラン───によく似た見た目、雰囲気の男だ。


 親戚だとか言われても、納得してしまいそうになる。

 栗色の髪に、切れ長の瞳──腹が立つくらいのイケメンで長身、とこれまたエルランとそっくり。

 髪の色と瞳、背格好もよく見れば違うところも多々あるのだが、──まぁ、似ている部類だろう。


 瞬間、言い知れぬ腹立ちのようなものが沸き起こる。


 どうやってもこの手の奴は、俺を傷つけるのが好きらしい。

 

 言葉のナイフに、暴力と───どっちも相手をおもんばかるというところがない。

 まだ、直接的な暴力に訴えないだけエルランの方がマシな気もするが、…エリンに見限られる原因に、アイツも多少なりともんでいる。


 まぁ、この感情ははっきり言って八つ当たりのようなもの…

 この男には関係のない話だ。


 腰から鉈を抜き出すと、キナが「ヒッ」と小さな悲鳴を上げる。

 大丈夫と、左手一本で抱え背中をさすった。


「大丈夫…」


 キナを支えたまま、鉈を構え男に向き直る。


 さすがに、それなりの腕にあるのか、男──たしか、キーファといったか──は、ようやくバズゥの姿に目を留めた。

 驚いた顔をしているが、剣の構えを解くような真似はしない。

 腕は確かなようだ。


 冷たい刀身と視線はバズゥを見抜く。


 突如、剣を正眼に構えたキーファの姿を追って、目線を虚空に向ける冒険者たち。

 ここまで注目を集めると、『山との同化』は効果を失う。


 あくまでも気配を溶け込ませるだけで、物理的に透明になったわけではない。


 言ってみれば、のようなものだ。


 腕に止まった蚊を叩き潰そうと振り下ろすが、空降からぶる───すると、今の今まで目の前にいた蚊を見失う。

 そんなことってあるだろう? まぁ要はあれの人間版と言った感じ。


 蚊だって、別に消えたわけじゃない。


 目立たぬ動きと、背景、体の色なんかが溶け込みやすいから、すぐに見失う。───と、俺は解釈してる。実際のところは知らないけどな。


「何だお前は? 今何をした?」


「さぁな」


 答えるバズゥに、ようやく周囲の野次馬どもがバズゥの存在に気付く。

 その目は語っている。



 うぉええええ??

 い、いつの間に??



 ……

 はなっからここにいたっつの!


「よぉキザな兄さん、物騒な物仕舞しまおうや?」

 バズゥは年上オーラを出して、キーファを引かせようとする。

 対人コミュりょくは高い方ではないので、上手いやり方を知らない。


 少なくともプライドの高い奴ならこんな言い方をして、ハイそうですか──とはならない。


「なんだと!?」


 ほれみろ…───やっちまった。


 どう言ったものか…


 んー。


 あ!

 そうだわ。…ここ俺んチだわ。


 迷惑な客をつまみ出す権限くらいある。


「俺はこの店の主だ」

 嘘は言っていない。


 今は、キナが実質、店長というか女将というか家主だと思うが──名目上、この家は俺の家だ。

 もちろん、家族みんなの物だけどな。


「はぁ? 何を言っている?」


 俺も言いたくない。


「ここ数年ほど、家を空けていたが…ここは俺の家で、店だ」

 文句あるか? と。

「何を馬鹿な…ここはキナさんの店で───」


 キーファが言葉をつむごうとすると、胸の中でキナが体を固くする気配があった。


 キナ…?





「───店の権利はギルドのものだ」

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