第14話「間男」

 銀貨10枚だぁ?




「王国銀貨か?」

「当たり前でしょ? 連合銀貨は受け付けてないわよ」


 はっきり言ってぼったくり・・・・・もいいところだ。

 しかも今考えたような金額で銀貨10枚…


 猟師見習いの一カ月の稼ぎは王国銀貨で10枚。

 この国の正規兵でつ──近衛兵で、戦争のない時期なら一カ月で王国銀貨で30枚。


 要は銀貨1枚もあれば、つつましく暮らせば一家で3日は何とか食いつなげる額。

 連合銀貨については、まぁ後述したいところだが…粗悪銀貨と言えばわかるだろうか。


 で、王国銀貨10枚と言えば、この店の売り上げで最大級稼ぎ出しても出せるかどうか…今の繁盛はんじょう具合ならできなくはなさそうだが───


 どうにもこの繁盛が気に食わない。


「キナ…相手にするな」

「でも…」


 肩が痛むのか顔をしかめている…


 これでは治療しなければ仕事にならないだろう。医者に見せるにしてもこんな時間やっているかどうか…それにこの体で行くのは無理がある。

 バズゥが連れていくのもやぶさかではないが…


「ちょっと痛いが…我慢できるか?」

「え? えぇ…」

 青い顔で頷くキナ。

 バズゥに対する信頼感はそこねていないようだ。


「あら? 魔法使えるの~。『猟師』さん」

 バズゥのいで立ち・・・・から、『猟師』であることを看破し、揶揄からかう女魔法使い。


 『猟師』に魔法は使えない。

 当然だ。


 ────だが、技術はある。


「息を吸って、キナ……止めて!」

 素直に言うことを聞くキナの華奢きゃしゃな肩に力を籠める───


 ゴギリっ!!


「────ッッ────!!!!」


 キナが苦悶の悲鳴を上げるが、素早く抱き留め──押しとどめる。


「ごめん! ごめん!!」


 グググゥゥと抱き留め、悲鳴を胸の中で消化させる…


 一瞬の痛みではあるが、相当な激痛であることはよく知っている。

 その光景に冒険者たちも絶句している。


 素手や格闘技術で戦う事を身上とする、モンクや武道家風の冒険者だけは、ほぅと感心したような目を向けている。


「あ、あんた鬼畜ねぇ」

 女魔法使いですら、自分の肩をさすって痛そうにしている。


 その女が、急に眼を大きく見開くと、驚いたように口を開けた。


 一種、間抜けな表情なのだが───


 ハッとしたバズゥが背後に目を向けた。 

 いや、向けようとした、と言うのが正しい。


 バズゥにして、ここまで接近を気付かなかったが…─────


「その子を離せ…下衆げすめ!」


 ピタリと首筋に当てられる冷たい刃物の感触。

 振り返らなくともわかる状況。

 腕の中のキナが小さく震える。


「警告は一度だけだ…」

 キュリと首筋の刃物が向きを変える。

 冷たい刀身から熱が発せられたような気がした。


 いや、違う…


 ツツ、と垂れるのはバズゥの血。

 着の身着のままだった勇者軍の野戦服の襟元が、ジワリとにじむ。


「ま、待ってキーファさん!」

 プハっと、バズゥの拘束から首だけ出すと背後の男に懇願こんがんする。


 キナ…?


「キナさん! 大丈夫ですか!?」

 キナの声に僅かばかりに動揺した気配の男。


 バズゥをして、さり気なく首筋の刃物から逃れようとするが、そんなに甘い相手ではないようで、切らずらさず薄皮一枚で刃を固定させまま、器用にキナと会話している。


「今助けますっ」

「ち、違うの! この人は違うんです」


 焦ったようなキナの声に、男もようやく事態を察したのか、バズゥに意識を向けた。


「どういうことですか? この暴漢ぼうかんが何を?」

 どこか鼻につく言葉遣い───エルランを思わせるキザな話し方だ。


「ち、違うんです。暴漢じゃありません! この人は…」


 ん?

 そういえば…


 キナにとって、俺ってなんなんだろう。


 首筋に刃をあてられながら、場違いなことを考えるバズゥ。


 実際…

 驚きこそすれ、こんなものはピンチでもなんでもない。


 腐っても地獄のシナイ島で、最前線で戦い続けていたわけではない。

 それが姪っ子にオンブに抱っこ状態だとしても…あの日まで戦い続けてきたことはバズゥの血肉になっていた。


 だからよ…キナ


 そんなに心配───

 

「──とても大切な人なんです!!」


 ん~~??

 キナぁ??

 

「んな!!?? ななななななななな…」


 背後の男が声を震わせる。

 キナが変なことを言ったのだろうか?




 んむ。

 大切な人か…いいね。




 俺もキナが大事だぞ。

 …エリンと同じくらいにな。


 だって、家族だもんよ。


「どどどどどど、どういうことですか!? いつの間に、こんな間男まおとこを??」


 おいおいおい、どっかの公衆住宅の若妻とアンアンするおっさん・・・・・・・・・・みたいな言い方するない。



 誰が間男ですか!?



 俺からすりゃ、お前の方が十分間男だよ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る