勇者小隊1「勇者はどうした!?」


 シナイ島、ホッカリー砦攻防戦。


 人類が奪還したホッカリー砦を、再度奪わんと覇王軍が軍勢を押し進めてきた。


 湿地帯の事。

 回廊の出口さえ見張っていれば───という油断があったことは否めない。


 唯一の入り口と思われた回廊をすり抜け、背後に周り勇者小隊と勇者軍を包囲し、連合軍と分断。


 さらには後方に浸透し、連合軍の補給戦を脅かす動きを見せる覇王軍に、連合軍は勇者軍との連絡線を一時的に遮断する。




 圧力に耐えかね、出血を防ぐための一時的な処置だというが…




 連絡線を断たれた勇者軍は孤軍奮闘し、ホッカリー砦に立て籠る。


 決死隊が幾度いくどとなく出撃。

 連合軍と再度連絡を試みるも、失敗。


 勇者小隊の反撃を警戒した覇王軍は、近接攻撃を控え遠距離魔法攻撃戦に終始する。

 正確な着弾は、勇者軍の駐屯兵力を徐々に削り取っていった。


 勇者軍も手をこまねいていたわけではないが、反撃する魔法攻撃の兆候を察知すれば、すかさず対魔法攻撃を実施、遠距離火力で圧倒し勇者軍の反撃力を粉々に打ち砕いていく。


 先の敗北など、まるでなかったかのような兵力。

 そして速やかな兵力の展開は、勇者軍の脆弱ぜいじゃく警戒線ピケットラインを早々に無力化し、後方に浸透。

 有力な観測点を確保してから、正確な遠距離魔法攻撃を実施していた。


 凄まじい猛攻と遠距離からの魔法攻撃に、砦の主要部も次々に失陥しっかんし、残すは一部の施設と本丸のみとなる。







「くそ! 覇王軍め…どうやってまわりこんだ!」


 眼下を見下ろすバルコニーの欄干らんかんを蹴り飛ばし悪態をつくエルラン。


「氷魔法じゃな…湿地を凍らせて強引に突破したようじゃ」

 千里眼で偵察していたファマックが何でもないように言う。

「ファマック! 分かってたんなら、なぜ知らせない!」


「カカカ、無茶言うでないわ。四六時中しろくじじゅう千里眼で監視しろって言うのか? 無理じゃ無理じゃ」


 結構なピンチだというのに、ファマックは気にした風もない。


「ミーナ! お前の『殺気探知』はどうした? 何故、殺気に気付かない! 覇王軍の大軍だぞ? 浸透されていたらとっくに気付いていてもおかしくないだろ!」


 八つ当たりの対象を探すかとでもいうように、誰彼構わず噛みつくエルラン。

 そもそもが隊長たるエルランに責任は起因するのだが、それから目を背けているようだ。


「サイッテー…アンタが戦力温存とか言って斥候を下げたんでしょ? 敵の斥候が一々殺気を放つはずもないし…第一こういう仕事はバズゥの役目だったはずだけど?」


 警戒線ピケットラインも兼ねる斥候は、常に警戒し続けるため体力、精神、命の消耗が激しい。

 未帰還者など日常茶飯事だ。


 勇者小隊を支援する勇者軍が主にその役目を担っていた。


 激しい損耗に耐えつつ役割を分担しつつ行っているが、先端戦力たる勇者小隊では体力を消耗するだけでパッとしない斥候の任務など誰も引き受けない。


 勇者がいれば奇襲を受けたとて撃退できる。

 その慢心もあり英雄たちは地味な任務など顧みない。


 そんなものは、下級職の任務だと──


 疎まれつつも、姪の安全のため、安寧のためと、前線も前線──最前線でその過酷な任務を引き受けていたのはただ一人。


 勇者小隊所属、斥候スカウトのバズゥ・ハイデマン


 これまでバズゥがただ一人、小隊の斥候スカウトを務めており、必然的に軍の先鋒──全体的な斥候長スカウトリーダーのような立ち位置となっていた。


 生き残りをかけての、創意工夫。


 できることをやる・・・・・・・・ために、勇者軍の斥候チームレコンともよく連携する。


 そのために防げた危機は数多し。


 おかげで敵の兵力の集中の兆候やら、逆襲、増援及び再編成からの攻勢の兆候、または奇襲攻撃を幾度となく事前に察知していたのだが───


 人間……、起こらなかったこと・・・・・・・・・は、手柄になりにくいものだ。

 起こらなかったこと等、起こらないのだから誰も気づかない。当然だ。


 逆に、起こったこと・・・・・・は責任問題。

 その渦中にいる限り全員が当事者なのだから、あの時にと「タラレバ」の話がバンバン飛び交うというわけだ。



 まぁ、事ここに至って、誰の責任かなんてことを言い合っていること事態、無駄なことなのだが…



「くそ! バズゥの奴…無責任な! 斥候スカウトの申し送りなんて、何も聞いていないぞ!」

 自分たちで追い出しておいて酷い言い草だ。


「む、どうする? ここも長くはないぞ」


 クリスが繰り言など無駄だと言わんばかりに、エルランの妄言には参加せず剣を磨きながら問う。


「余裕そうだなクリス!」

 エルランはもはや狂犬と化して、だれかれ構わずに噛みついている。


「む、余裕? まぁそうだな。お前の取り乱し具合に比べれば余裕だな」


 フフンと、挑発的に笑うクリスの態度に顔を赤くして腰の刀に手を掛けようとするエルラン。


「クリス殿…今は抑えられたい」


 グっと、クリスの右手を抑えたのはゴドワン。


 エルランではなく、クリスを抑えたのは、ゴドワンが武人同士で通じる何か・・、で──クリスが相当苛立っていることに感づいていたからだ。


 さり気ない動きだが、右手には明らかに力が籠っていた。


「む、すまない…気が立っていたようだ」

「……分からんでもない」


 ズンと、腰を下ろすゴドワンと背中を合わせるクリス。


「勇者様は、どうしちゃったの?」


 シャンティが不安そうな顔でエルランの服をクイクイと引っ張る。

 子供にしか見えないがシャンティ…立派な大人である。


「知るもんか!」

 グイっと服を引っ張ってシャンティを払いのけるとエルランは肩を怒らせて部屋を出ていく。


 まぁ部屋といっても、半壊し空が見える望楼の一つなのだが…


 見下ろす階下には既に覇王軍の旗がそこかしこに見える。

 幾つかの施設では未だ戦闘が続いているようだが、勇者軍のほとんどは降伏するか戦死したようだ。


 もはや、静まりつつある戦場では、覇王軍の魔族や傭兵の息遣いしか聞こえない。


 またどこかの施設が陥落したのか、覇王軍の威勢の良いときの声が響いている…


 ここもいつまでもつか…





 人類最強戦力である、勇者エリンの戦いありきでここまで進撃してきた人類は、あっという間に劣勢に立たされていた───





 勇者、

 勇者、

 勇者、


 彼の者は───




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