第12話「冒険者」

 アハハハハハハ…

 ゲラゲラゲラゲラ…


 ウフフフフフ…

 イ~ッヒッヒッヒ…



 耳に触る下品な笑い声が反響し、意識が覚醒する。


 ゲラゲラゲラと笑う声が嘲笑ちょうしょうに聞こえ、実際はなかった場面だというのに、まるで無様なバズゥをあざ笑う勇者小隊の面々の不愉快なソレが頭をよぎる。


 仲間から追放された瞬間を思い出し、不意に泣きたくなる───


 とくに、あの時に浴びせられたエリンの言葉…


 笑い声は止まない。

 だけど、耳をすませている内に、不快感は懐かしさへと変わっていった。

 

 酔客の笑い声。

 キナの作る料理の注文。

 触れ合う陶器の音。


 俺の、

 俺たちの店の音だ。


 あ、

 そうか…俺、家に帰って来たんだった。

 

 薄暗い天井は、低く。見覚えのある染みをぼんやりと浮かばせている。

 寒々さむざむとした見た目に反して部屋の中は温かい。


 柔らかな暖かさを感じて目を向ければ、囲炉裏には長持ちする炭がくべられており、軽く灰がかぶせられていた。


 キナが気を利かせてバズゥのために、火を起こしてくれたのだろう。

 その気配に全く気付くこともなく眠りこけていたようだ。


 店舗からは酔客すいきゃくの笑い声が響いている。


 結構、繁盛はんじょうしてるみたいだな?

 笑い声に交じり、陶器が割れる音が響き、どったんばったんと騒がしい。


 ここを離れる前の酒場と言えば、随分とさびれていたものだ。

 せいぜい漁師が一日の終わりに1、2杯と安酒をかっ喰らう位で、とても繁盛していたとは言えない。


 キナが苦労して維持していたお陰だろう。


 エリンや俺がいた頃より流行はやっているのはなんとなく釈然としないが…まぁ、キナ一人だけのほうが、それを目当てにした客が来るのかもしれない。


 キナは美しい。

 見た目は幼い外見をしているのに、それは可愛いという表現は当てはまらず───やはり美しいのだ。


 はかなげな印象に、不自由な体。

 鈴を転がすような澄んだ声に、アンバランスな肉感的で蠱惑こわく的な香り。


 看板娘どころか、宣伝塔だ。


 ま、それを目当てに来るような、一杯で1時間も2時間も粘るような客は叩き出していた。

 飲まねぇ客は、いらない客だ。


 万事が万事、俺はそんな調子だったので、プリプリ怒るエリンによって料理の下拵したごしらえに、掃除や薪割り等の力仕事と言った人前に出ない下働きをさせられていた。

 一応、肴くらいは作れるんだが…美人が造るメシのほうがいいとは、当時からオヤッサンのげんだったな。


 実際、俺は客受けが良くないのでもっぱら本格的に厨房や下働き専門だ。


 とは言え、俺は『給仕』じゃない…本業は『猟師』。だから店の手伝いは、その手隙も手隙──かたわらだけ。


 実際切り盛りしていたのは姉貴。

 死んでしまってからはキナとエリンだ。


 ガチャーーン!! 

 ゲハハハハハハ!


 酒もってこぉぉい!

 うひゃははははは!


 ……


 それにしても、騒がしいな。

 漁師連中は、粗暴だが──ちょっとこれは度を越している気がする。


 それに…

 陶器の割れる音に交じってなんだなんだ?





 ヤメテクダサィ…





 女の子が嫌がってるような…



 …!!


 キナ!?



 慌てて起き上がると、店舗に突撃する。

 住居と店舗を分かつ、薄っぺらい垂れ幕を跳ねのけると、


「ギヒヒヒ…いいじゃねぇかよ姉ちゃん~」「酌をしろ酌を~!」


 と、まぁステレオタイプにキナに絡むチンピラが2人組。

 それを面白そうに眺めるのは、周囲を埋め尽くす雑多な職業の── 一見いっけんして冒険者とわかる連中だ。


 この村の住人とは思えないが…なんだコイツら?


 漁師たちもいるにはいるが、隅っこの方で小さくなってチビチビと酒を飲んでいる。


 キナの事に気付いているはずだが、助けるそぶりはない。


 おいおいおい?

 アンタら海の男だろ?

 村の住民が絡まれてたら助けろよ!


 オヤッサンはいない。

 居たら助けてくれたのだろうか…


「ねぇちゃん、ほらほら、あんたのせいで汚れたんだぜ? ちゃんと後始末をしてくれよ~」

「ゲハハ、モリよぉ、それ以上汚れようなんてねぇくせに! ゲハハ」


 頭が悪く、1+1=は、サ~ン♪ とか言ってきそうな知能レベルのオッサンが二人。ガタイだけはいい。

 一人はモヒカンでデブ。斧を背負ったパワータイプ。

 もう一人はスキンヘッドのやせ形。素手だが、腰には鉤状になった鉄の爪がある。武道家だろうか。


 それらの周囲にも剣やら杖を持った冒険者風の連中。──パッと見、剣士やら魔法使いがたくさんいる。

 どれもこれも老若男女と様々で、亜人までいやがる。


 この雰囲気どこかで…


「や、やめてください…」


 両腕を掴まれ、吊り下げるような姿勢を強要されているキナ。

 それを舐める様な距離でいやらしい目で舐めつけるチンピラ─────死刑だな。


 ズンズンと歩き、近づくが、誰もバズゥに気付かない。───いや、何人かは途中で気付いたらしく、驚いた眼をしている。


 『猟師』のパッシブスキル、『山の息吹』を使用しているためだ。天職MAXレベルのそれは、山や狩場にいれば、ほぼすべての気配を遮断し、獲物に接近できる。


 街中では効果が乏しいが、田舎だと多少なりとも効果が上昇するらしい。


 そのため、ポート・ナナンのような田舎ではバズゥがスキル使用中に限り、近づくまで気付かれないだろう。


 ワザワザ使うつもりもなかったが、睡眠をとった際に、戦場の癖で使用していたようだ。


 ──シナイ島戦線…

 そうでもしなければ、寝首を掻かれてもおかしくない地獄の最前線にいたんだ。


 身を守るのは何でも使う。

 猟師スキルでも、戦場で身を隠すに適したものは何でも使う──パッシブスキルとカウンタースキル etc…

 使える物は何でも使って生存率を上げるしかなかった。

 それが地獄の最前線。

 シナイ島戦線だ。



「ヒヒヒ…姉ちゃぁぁァァァアア──イデデゲゲッゲゲ!!」


 ギリギリギリと、モヒカンデブの髪を背後から掴んで持ち上げる。

 奴の方が体がデカいのでチョコっととしか持ち上がらなかったが、高さは関係ない。


「な、なんだてめぇ!」


 ありきたりなセリフを放ち警戒するのは、痩せたハゲ。


「ここは俺の店だ。ウチの子に乱暴するなら、それなりの覚悟あんだろな…?」


 凄みを利かせて睨み付けると、痩せたハゲが一瞬で顔面蒼白になり、震えだす。

 いわゆる『猟師』スキルのようなものだが、そんな大仰なものではない。


 単に山で狩りをするときの様に、獲物の命を奪うその瞬間と同じ気持ちで睨んでいるだけだ。


 鉈で首を切り落とす様に──

 銃口の先に見据えた心臓を撃ち抜くように──





 ────すなわち、命をいただく…と。

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