第10話「だからオッサンは酒を飲む」

「それで帰ってきたのね…」




 キナがそっとバズゥの手に自分の手を重ねる。

 悔しさと情けなさで震えるバズゥとに同調し、鎮めるために──




「くそ!! アイツ等…ずっと仲間だと思ってたのに! エリンだって!! 俺が守ってやるって…!!」


 重ねるキナの手を握りしめ顔に押しつけ、涙と鼻水出ベチャベチャのそれを擦り付ける。

 キナがちょっと困った顔をしていたが、何も言わなかった。


「俺だって出来ることをしてきた。みんなのことを守ったことだってある! エリンだって、俺に傍に居て欲しいって言ってたんだ!」


 もはや娘も同然の姪。

 姉さんが死んでからは、キナと二人で懸命の育てた可愛い可愛い俺の姪。


 なのに、

 なのに、


「エリンは俺を否定したんだ!!」


 エグエグとしゃくりあげるバズゥの背中を優しくさするキナ。


 みっともなく泣きわめくオッサン…

 誰にも見せない、見せたことのない弱気な姿。


 訓練でも、戦場でも、地獄でも!

 例え血反吐を吐こうとも、泥をすすろうとも、肉をえぐられようとも────


 男は泣かない。

 オッサンはかない。

 叔父さんはかない。


 だけど、いいだろ!!!

 今だけは泣いたってさ…


 夢の様な、愛の様な、泡の様な――愛しき美しき抱擁の中で…


「バズゥ…」


 ゆっくりと否定もせず、追従もしないで…キナはいつまでもいつまでもバズゥをあやし続けた───





「ゴメン…帰ってきて早々に…」

 ようやく落ち着いたころには、日も随分と傾きじき夕飯時になる頃合いだった。


 酒場であるここも、そろそろ客が来るだろう。


「いいの…バズゥが無事でよかった」

 フワリとした笑みを浮かべるキナを見て、また泣きそうになるいい年をしたおっさん。

「キ、キナは…責めないんだな?」


 バズゥは恐れていたことを確認せずにはいられなかった…


「責めるって…何を?」

「その…」 


 キナにとってもエリンは娘のようなもの…いや、妹…かな?


「エリンを置いて…一人帰ってきたことを…」

 それだけがずっと心残りだった…

 その日、エリンに別れも告げずに、エルラン達に言われるままに船に乗って帰ってしまった。


 もうエリンには俺なんかよりも頼りになる仲間がいる、親離れ…保護者なんて必要ない───そう自分に言い聞かせて…言い訳して…


「私はバズゥが帰ってきてくれただけでも…嬉しい」


 恐ろしいままの抱擁感に、バズゥは飲み込まれそうになる。

 そうだ、キナは昔からそうだった。


 決して否定せず、追従せず───ただ求めるがままに、人をいやせるヒト…


「でも、バズゥが責めてほしいなら…そう言ってほしいなら、言う、よ」


 グググっとバズゥの背中をさする手に力が加わる。

 ほんの少しだけど、その変化はよくわかった。


 キナとて、抱擁力の内側には自己を秘めている。


 そこには、バズゥの勝手な行動に対するいきどおりもあるはずだ。──ないはずがない。


「ゴメン…御免なさい、キナ…俺は…本当は分かってて聞いた…ほんと…ゴメン」


 キナの優しさに付け込んで、許しが欲しかったのだ…

 腹立たしいほどに自分勝手さ───


 唾棄だきすべきクソ野郎…先代勇者やら、エルランにとやかく言えたもんじゃない。

 同じ穴のむじなか──


「分かってる…いいの。バズゥが帰ってくれたのは…本当に嬉しい…だから、エリンのことはまた、今度…」


 今度がいつかなんて知らない。

 今度は来ないかも知れない。

 今度は今をおいてほかにないかもしれない。


 謝罪やお礼と同じ…タイミングを逃せば話せなくなる。

 だけど、今は…今はどうしても話せない。


 エリンについて、話せない。


 キナも分かっている。

 バズゥも分かっていた。








 どうしようもなく、無力で卑怯な大人がここにいるという事を───







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