変態は夢を持っちゃ駄目だろうか?
「一応聞きますけど、こいつが貰った卵も本物なんですか?」
「え? あ、うん、もちろんよ。武流君には是非とも夢を叶えて欲しいわ、頑張ってね」
一ノ瀬に尋ねられ、麻宮は両手をぐっと握りながら武流にエールを送る。
「はい、必ずや叶えてみせます。お任せ下さい」
「ろくな夢じゃねーけどな」
麻宮からのエールを全身で受け止めた武流は、背骨に鉄柱でも仕込んだかのようにビシッと背筋を伸ばす。
一ノ瀬はそんな武流にげんなりした顔でため息をつくと、なにやら難しい顔で視線を落とした。
その様子を不思議に思った麻宮が、首をかしげながら声をかける。
「一ノ瀬君? どうかした?」
「あー、いや、こんなド変態に夢を追わせていいのかなと」
「いいんじゃない? 誰だって、夢を持つことは素晴らしいと思うけど」
「いやー、内容によるでしょ」
「そう? 別に普通の夢じゃないかしら」
武流の夢は、要約すれば理想の女性に出会いたいというものだ。それ自体は麻宮が言うように、誰でも抱く普通の夢だろう。
しかし『武流が理想とする女性』という言葉の響きに、一ノ瀬は一抹の不安を抱いてしまう。
武流の理想ならば、まさに天使のような女性が生まれる可能性は大きい。しかしそれ以上に、男にとって悪魔のような女性が生まれてくる未来が一ノ瀬の脳裏によぎっていた。
その可能性に背筋を凍らせながらも、一ノ瀬は小さく息を吐き気持ちを切り替えると、まだ確認事項があったことを思い出す。
「あ、そうだ。他にも聞きたい事あっただろ? ちゃんと聞いとけ」
「ふむ、そうだったな……」
質問を促され、武流は思案顔を見せた。
これ以上麻宮の手を煩わせたくないという想いはあるものの、夢を叶えると約束した以上不明な点を残しておきたくもなかった。
武流は迷いを振り切り顔を上げると、居住まいを正し麻宮に正面から向かい合う。
「麻宮さん、一つ質問をしてもよろしいでしょうか?」
武流は麻宮がうなずくのを確認してから続けた。
「夢の欠片を掴む、とは。一体どう言うことでしょうか?」
「あ~、それは夢の内容によって違うのよね。武流君の場合は……、そうね、理想の部位に出会ったら、手で掴めばいいんじゃないかしら」
麻宮は少し首をかしげてから、あからさまに適当な感じで答える。
どうやら、麻宮はあまり深く物事を考えるタイプではないらしい。どこか珠希に似た雰囲気がある。
別に自身のことなら文句もないが、巻き込まれる側はたまったもんじゃない。
「えぇぇぇ、そんな安直な」
その巻き込まれる可能性殿堂入りの一ノ瀬が迷惑そうな顔をすると、武流がすぐさま口を挟む。
「一ノ瀬、黙れ。それは物理的に、と言う事ですね。わかりました」
「いやいやいや。それはハードルが高過ぎだろ、無理だって。部位によっては前科持ちになんぞ? いや、どの部位もダメか」
「一ノ瀬よ、己の求める最大級の夢を叶えようというんだ。それが容易い事であって良い訳がない。むしろ、困難だからこそ挑む価値がある」
武流は堂々と胸を張ると、困難に立ち向かう勇者の風格で答える。だが、やろうとしていることは痴漢まがいの迷惑行為だ。
「あ、そう。もう好きにしたらいい。友人Aでインタビュー受けてやる」
「すまないな、世話をかける」
「うるせぇよ馬鹿野郎」
説得を諦めた一ノ瀬の言葉を後押しと受け止めたのか、武流は感謝と覚悟に満ちた表情を浮かべている。
その使命感に燃える武流に、麻宮がゆるい感じで声をかけた。
「それじゃ~、私からも1つ質問良いかしら?」
「はい、勿論です。何なりとお尋ね下さい」
武流は一ノ瀬との会話などなかったかのように、一瞬で身体ごと麻宮に向き直る。
一般的には腹が立ちそうな行為だが、一ノ瀬にとってはいつものことなので気にもならない。
多くの人間は、この域に達する前に武流の友人から脱落していく。
「武流君は、どうしてその卵を握り締めているの?」
武流は店に入ってきた時から、もっといえば昨日卵を貰ってから、ずっと夢の卵をその手に握り締めていた。
麻宮も武流たちが店に訪れた段階でそれに気がつき、ずっと疑問に思っていたのだ。
「はい、肌身離さず持っていろとの事でしたので。おかしかったでしょうか?」
聞くまでもなく当然おかしい。だが、武流の目に迷いはなかった。
男の言うことは興味がないし、女の言うことは全く疑わない。絶対に部下にはしたくない男だ。
「あ、やっぱり。肌身離さずってそういう事じゃないのよ? 鞄にしまっておくとか、ポケットに入れておくとかで大丈夫だから……、ぷっ」
麻宮は武流に真っ直ぐな瞳で見つめられ、申し訳なさそうにしながらも思わず吹き出してしまう。
昨日の武流の様子から、麻宮はこうなることをある程度予期していたのだ。
「だから言ったじゃねーかよ。ってか、今やっぱりって言いましたよね? 予想してたなら忠告してやって下さいよ、こいつ馬鹿なんですから」
「ごめんなさい、ちょっと面白そうだったから」
麻宮は眉を八の字にして手を合わせる。
一応謝ってはいるが、どこか愉しそうだ。とにかく面白いこと優先で指示をだす、こっちは上司にしたくないタイプだった。
「しかし、卵をその様に持ち歩くのは少々不安なのですが。割れてしまっては、今後合わせる顔がありません」
武流は自分が泳がされていたことも気にせずに、ただただ卵の心配をする。
むしろ泳がされていたと事前に気づいていたら、全力で泳ぎ切ることを考えていただろう。
「それは大丈夫よ。その卵はね、所有者の夢が叶うまで絶対割れないから」
「絶対ってまた、……絶対ですか?」
一ノ瀬はまたまた信じられない様子で目を細め、探るように尋ねる。なかなか疑り深い男だが、武流が完全ノーガードなので丁度いいかもしれない。
麻宮もまた飽きずに自慢気に笑うと、偉そうに胸を張って見せる。
「そう、絶対。最新のピッチングマシーンでスカイツリーの天辺から道路に叩きつけても割れないわよ。百どころか、千人乗ってもだいじょーぶ!」
「今のピッチングマシーン全力だと300キロ以上でますからね? ってか、これに千人乗った状態が奇跡でしょ、丈夫だってのは分かるけど」
分りやすさが人を選ぶ例えだが、一ノ瀬にはジャストフィットしたらしい。この小さい卵に千人乗った図を想像して眉をひそめる。
そんな様子に、麻宮がまたにやりと笑った。
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