窓の外に広がる景色は 2

 その扉は外側にこそ美しい装飾が施されていたが、内側から見る限りなんの変哲もなかった。

 ただ古めかしいだけで、どこにでもありそうな扉だ。とてもではないが、不思議な力を秘めているようには思えなかった。


「ようするに、瞬間移動みたいな事ですか?」

「ん~、瞬間移動っていうか、空間の抜け穴かしら。深夜0時丁度にだけ使える、どこでもドアって感じね」


 言いながらポケットからなにかを取りだす仕草をする麻宮に、一ノ瀬が納得したようにうなずく。


「あぁ、それは分かりやすいですね。あれ、それじゃなんで麻宮さんは、俺らより先にここにいたんですか? 実は結構近場とか?」

「近所に海ないでしょ? 私はいつでも来られる鍵を持ってるのよ」


 得意気に話す麻宮に、一ノ瀬は頬をピクピクと引き吊らせる。


 到底信じられる話しではない。だが、横目に映る圧倒的な海の存在感が、混乱した頭に信じる以外の選択を許さなかった。


「マジかぁ……。それじゃまさか、ここに置いてあるやつもそういう?」

「えぇそうよ。どれも一般常識からしたら、奇跡みたいなことが出来るわね」

「な、なるほど……。僕が昨日、麻宮さんに握らせて頂いたあの棒も、なにか不思議な道具だったという事、ですか?」


 床で頭を抱え悶えながらも、しっかり2人の話を聞いていた武流は、昨日の出来事を思い出し麻宮に尋ねる。

 別にあの棒を握ることに不安があったわけではないが、用途不明な棒のことを不思議には思っていたのだ。


「そうよ、もしあの時の武流君に悪意があったら、間違いなくここに居ないわね~。良くて病院、下手したらこの世にいなかったかもね」


 よろよろと立ち上がる武流に、麻宮はさらっと笑顔で言う。


 一ノ瀬はその棒の詳細が気になったが、怖くて確認できなかった。

 その代わり、べつのことを尋ねてみる。


「さっき目が赤くなってたのも、なんか道具使ってたんですか?」

「あれは白熱灯の明かりが反射しただけよ。いい演出だったでしょ?」

「はっはー、そっすね」


 無邪気に笑う麻宮に、一ノ瀬は乾いた笑いを漏らす。

 いい演出だったのは確かだ、正直めっちゃくちゃビビらされていた。ビビりすぎて、若干イラっとしたほどだ。


 対象的にひたすら感心していた武流は、1つの問題に気がつき急にオロオロと狼狽えだした。


「麻宮さんは、いつもお一人でお店の番をされているのですか? これほどの品物、かなり高価だと思うのですが。危険もあるのでは?」


 武流がここまでの話をどこまで信じているのかは謎だが、まず麻宮の心配をするあたり流石だった。


 きっと全てを信じているのだろう。


「そうね~、その辺の商品を2、3個壊したら人生詰んじゃうわよ」


 ニヤッとする麻宮に、一ノ瀬が「げっ」と声を漏らしドン引きする。

 一方の武流は、所在なく宙をさまよう両手がワナワナと震え、心配を身体全体で表現していた。


「そんな顔しなくて大丈夫よ? 普段はそのカウンターから出ないから。カーテンだって、いつもはお客さんに開けて貰うのよ? 心配してくれてありがとうね」

「そ、そんなお言葉、光栄の至りです。ありがとうございます!!」


 感謝に感謝を返した武流は、嬉しそうな麻宮の表情を脳髄で噛み締める。


 武流の脳内では一瞬で大量のエンドルフィンが生成され、タプタプの洪水寸前な状態になっていた。幸せ過ぎてぶっ倒れそうな顔をしている。


 そんな武流を尻目に、一ノ瀬は腕を組み納得のいかない顔を見せる。


「いやいや、カウンターの奥だから安全って訳じゃないでしょ? 持ち逃げされ放題だし、正直ダッシュで逃げられそうですよ?」


 一ノ瀬の指摘通り、無造作に置かた商品は防犯意識が高いとは思えなかった。店員がカウンター内にいることが、逆に持ち逃げには最適な環境になっている。

 

 そんな一ノ瀬の異議に対し、トリップ寸前だった武流が素早く反応した。殺意のこもった眼光を一ノ瀬に向け、ゆっくりと両手を頭部に伸ばしていく。


「いや、やんねーから。見るな、そして寄るな」

「それも大丈夫、そのあたりの対策はバッチリよ。そこら辺の物、何か持ってみて」

「はい、わかりました」


 武流は答えると同時に、一ノ瀬の頭部を狙っていた手を急旋回して、横の商品に狙いを変える。

 そのまま勢いよく商品の置かれた棚に手を伸ばすと「ガツンッ」と、大きな音が店内に響き渡った。


 見えない壁に文字通り行く手をさえぎられた武流は、痛みを堪えるように右手を抱え静かに悶える。


「た、武流君、大丈夫? ごめんなさいね」

「お前すげーな、ちょっとは考えろ」


 麻宮が自分の軽率な発言にすこし反省していると、一ノ瀬は武流の勇気に関心しながら見えない壁に目を向ける。

 どんなに目を凝らしてみても、やはりそこには何もない。


 一ノ瀬はその無色透明な空間に、恐る恐る手を伸ばす。

 少しひんやりとした、すべすべとした感触。目には見えないが、確かな隔たりがそこには存在していた。


「おー、なんだこれ。すげぇな」


 一ノ瀬は素直な驚きを口にしながら、ペタペタとしきりに手を動かしている。


 はた目から見ればパントマイムのようだが、一ノ瀬は見えない壁の存在を肌で感じていた。

 すると麻宮が得意気な表情を浮かべながら、目の前の空間をコンコンと叩く。


「このへんの物はね、私が許可しないとさわることも出来ないのよ。カウンターの奥も同じね。どう、信じてもらえたかしら?」

「僕は最初から全てを信じています」


 右手を真っ赤に腫らし答える武流に、麻宮は少し困った顔で笑みを浮かべる。

 チョロい奴だが、チョロ過ぎて悪戯をするさいには注意が必要だ。


「まぁ……、そうですね。騙そうと思ったらいくらでも方法はありそうですけど、そこまでして俺らを騙しても意味ないだろうし」

「あら、結構疑り深いのね~。しょうがない、もっと色々見せてあげましょうか? ねっねっ」


 しょうがないと言いながら、麻宮はどこか嬉しそうに見える。2人の反応がよほどお気に召したのか、ちょいうざい感じだ。


「いえ、これ以上麻宮さんのお手を煩わせる訳にはまいりません、この者には僕が必ずや信じさせてみせます。お任せ下さい」

「信じたよ、必要ねーから」


 しかし、武流は武流で自慢したいオーラ満々の麻宮に気づかず、一ノ瀬にぐぐっとつめ寄っている。めっちゃうざい感じだ。


 一ノ瀬は迫りくる武流の頭部をガシッと掴むと、残念そうにしている麻宮に差し出した。

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