ふたたび幻灯堂へ
退屈そうに天井を見つめていた麻宮は、武流に気がつくと朗らかな笑を浮かべながら手を振ってくる。
そのほんわかした雰囲気に、緊張気味だった武流の顔が一瞬で弛緩する。
「あら、武流君? もう来てくれたのね~、嬉しいわ」
「お言葉に甘え再び訪れさせて頂きました、ご迷惑ではなかったでしょうか?」
武流の目には、麻宮が現世に顕現した天使のように映っていた。武流はその姿に緊張とは違う鼓動の高鳴りを感じながら一礼をした。
麻宮は自分に向けられたその丸い頭に向けて、嬉しそうに手招きをする。
「そんなことないわよ~、さぁ入って入って」
「ありがとうございます。ただ、その前に一つ確認したいことが。友人に先日の話をしたところ、どうしても同行したいと言うもので連れて来てしまいました。勝手なことをしてしまい申し訳ありません。入店を許可できないということでしたらこのまま追い返します、もしお許しいただけ――」
「ごちゃごちゃうるせぇな」
一ノ瀬はごちゃごちゃうるさい武流を押しのけると、お店に足を踏み入れつつペコリと頭を下げる。
「ども。一応こいつの友人なんですけど、俺も入っていいですか?」
「貴様! 何を勝手なぶぉ!?」
一ノ瀬がわめく武流の腹に肘を入れると、麻宮は少しだけ驚きを見せた。だが、すぐに取り繕うような顔で笑う。
「へぇ……、あ、もちろん大丈夫よ。どうぞどうぞ」
腹を抱え悶えていた武流は、その笑顔で瞬間的に回復し、一ノ瀬に続いて店内に足を踏み入れた。
白熱灯の明かりでオレンジに染まる店内には、数々の雑貨や玩具に文具品、さらには用途不明な奇妙な道具などが雑然と並べられていた。
武流が昨日見た歴史を感じさせる品とは違い、ただ使い込まれただけの、くたびれた印象を受ける。
それでも武流は「ほー」っと声を上げ、まじまじとそれらを眺めていた。
対照的に一ノ瀬は胡散臭そうに店内を見渡すと、漂う独特な香りを感じ眉をしかめる。
一ノ瀬は怪訝な顔で鼻をヒクつかせると、探るように切り出した。
「あの……、俺が来たらマズかったですかね?」
「え? そんなことないわよ」
「そうですか? なんか、驚いたように見えましたけど」
「それは、いきなりひじ鉄入れてたから。あと、その、ね、武流君お友達いたんだな~って思って」
麻宮は武流を横目で見ながら、申し訳なさそうな顔をする。そんな麻宮の様子に、一ノ瀬の額に一筋の汗が流れ落ちた。
「こいつ、なにかしたんですか?」
「いや、なにかしたってわけじゃないんだけど。武流君ってちょっとおもしろ過ぎるから、お友達もそれなりじゃないと務まらないんじゃないかと思って」
「あー、多少引っかかるところはありますけど、納得はしました。自分でも、なんでこいつの友達やれてるのか不思議だし」
それは、ド変態の友達が変態以上でないと務まらないからである。適材適所というやつだ。
肩をすぼめ申し訳なさそうにしていた麻宮は、ハッとしてから武流に尋ねる。
「それで、今日はどうしたのかしら?」
「はい、少々お尋ねしたいことがありまして」
割りと散々なことを言われたうえ、軽く存在を忘れられていた武流だが、特に気にした様子もなく麻宮に歩み寄る。
「尋ねたいこと? 卵関係よね?」
「卵というか、その説明書の事ですが。あれを書いたのは女性ですか?」
麻宮は質問の意図が分からず、はて? と可愛らしく首をひねる。
「女性っていうか、私が書いたんだけど」
「そうですか、判りました。ありがとうございます。それでは失礼いたします」
武流はピンと背筋を伸ばすと、スッキリとした表情で深々と頭を下げた。そして踵を返し扉の方へ歩きだそうとする。
「は!?」
「えぇ?」
一ノ瀬と麻宮が同時に声を上げた。
その声が聞こえていないかのように、そのまま店の扉に向かっていく武流の肩を、一ノ瀬がガシッと掴む。
「いやいやいや、アホかお前は? まだ聞くことあんだろ」
「いや、これだけお聞かせ頂ければ十分だ」
武流は本気で言っていた。
この瞬間を楽しみにし過ぎていた武流は、麻宮との対面を果たしただけで心底満たされてしまったのだ。
自転車を3時間走らせてきたのに、わずか10秒で帰ろうとしていた。実に欲のない男だ。
そんな無欲な男に、麻宮が困り顔で笑いかける。
「せっかく来てくれたんだから、もっとゆっくりしていって」
「そう言って頂けるのは嬉しいのですが。先日はずいぶんと長居をしてしまいましたし、これ以上お手間を取らせるわけには……」
「だからごちゃごちゃうるせーよバカ野郎、なにしに来たんだお前は。もう俺が聞くからお前はそこで時報でも聞いてろ」
堪りかねた一ノ瀬は武流の頭部を両手で締め上げると、麻宮に向かい合い端的に尋ねる。
「俺も詳しいことは聞いてないですけど、正直色々と信じられないんですよね。ここ自体かなり怪しいし、実際のとこどうなんですかね」
「貴様! ふざけるなよっ、麻宮さんに失礼な事をいぅ、ぐぁ、おぉぉぉ」
一ノ瀬は、わめく武流の頭部を無言でさらに締め上げる。両手がぷるぷる震えるほどに全力を費やした人間万力だ。
突然の質問に、麻宮はキョトンとした顔をしていた。その反応にいまいち真意が読み取れず、一ノ瀬はもう一度問い正す。
「で? どうなんですか」
「え、あ、そうよね。武流君があまりにも普通に受け入れてくれたから、お友達もそうなのかなと思ったんだけど」
「いや、マジで一緒にしないでもらえますかね。こいつは大分アレなんで、あんま基準にしない方がいいですよ」
げんなりとした様子の一ノ瀬に、麻宮は頬に手を当てながら苦笑いを浮かべる。
「そうよね~。考えてみたら、お初のお客さんは普通みんな半信半疑なのにね。なんで忘れてたのかしら」
「めっちゃ侵食されちゃってるじゃないですか。駄目ですよ気を抜いちゃ、こいつは存在自体が危険薬物みたいなやつですからね。過剰摂取すると悪夢見ますよ?」
「過剰摂取しちゃったの? 私としては、爆発物的な側面もある気がするわねぇ」
「確かに!」
一ノ瀬と麻宮が一瞬で意気投合した。
2人は武流を危険物に認定すると、おかしそうに笑っている。
人と人との溝を埋めるには、誰かの悪口が一番だ。
敵の敵は味方である、イジメ良くない。
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