自慢と相談 3

「なんだこれ、説明書か?」

「そうだ。大体が麻宮さんの言っていた事と同じ内容なんだが、この夢を掴む云々のくだりに関しては聞いていなくてな」


 言いながら、武流は説明書の一文を指で示す。


 一ノ瀬は興味無さげな雰囲気を漂わせながらも、律儀な男らしくその文面をしっかりと熟読する。

 そして、他の箇所にもざっと目を通してから口を開いた。


「夢の欠片を掴み取る、か。単純に考えればチャンスを逃すなってことだろ?」

「そうだな、俺もそう思う」


 自分なりの見解を述べる一ノ瀬に、武流はしたり顔でうなずいた。その反応イラっとしながら、一ノ瀬はもう一度説明書に目を向ける。


「ってか、夢が叶うってなんなんだよ? この卵からお前の理想の女が産まれてくるのか? まずはそっちを疑えよ」

「麻宮さんがそう言っていた以上、そこに疑う余地はない」

「あーそう、だったらなに悩んでるんだ?」

「さっきも言っただろ。夢の欠片を掴むといった個所については、直接麻宮さんから聞いていないんだ。だからこの文面をそのまま信じていいものか悩ましくてな」


 武流は言葉通り悩ましげな顔を見せると、右手で拳を作りあごを乗せた。背中を丸めてうつむく姿は、かの有名な像に似ている。


「はぁ? この説明書も、その人に貰ったんだろ?」


 一ノ瀬の眉が八の字に歪む、武流の悩みの源泉が分からないらしい。


「それはそうだが、この説明書を書いたのは男かもしれないだろ?」


 こんな源泉、武流以外に分かるわけがなかった。


「えー……、マジかお前、本気で面倒くせーな。だったらまた話を聞きに行けよ、俺はもう知らん」


 一ノ瀬が呆れ顔で言い捨てると、武流はその言葉に小さくうなずいた。


 武流がここまで展開した一連の会話は、全てこのひと言を引き出すための布石だった。

 さっきは意図せずその言葉を引き出せてしまい、思わず驚いてしまったのだ。


「やはりそう思うか? 俺もそう考えたのだが、昨日の今日では失礼かと思っていてな。うん、分からない事は先送りにするべきではではないか。よし、やはり今日だな、今日行こう、決定だ」


 ひとりで勝手に納得し、期待に胸躍らせる武流を、一ノ瀬はジトっとした目で睨みつける。


「お前なんだかんだ言って、その人に会いに行く後押しが欲しかっただけか」

「あぁ、そうだ。一ノ瀬のお陰で決心がついた、ありがとう」

「感謝するな、腹が立つ」


 武流としては非常に珍しく、本気で男にお礼の言葉を述べていた。それほどまでにこの後押しを欲していたのだった。


 この手の誘導をするならやはり珠希の方が簡単なのだが、珠希にこの話をしたくなかったのも本当だった。

 なにより、武流には自分の企みに女性を利用することなどできなかったのだ。


 そんなわけで、一ノ瀬はまんまと武流が自身の行動を正当化するために利用されたのだった。


 それを瞬時に理解した一ノ瀬は、ゴミをまとめた袋を武流に投げつける。そして視線を窓の外に向けると、なにやら難しい顔をする。


「んー………。その店、俺も行っていいか?」

「一ノ瀬も? 別に構わないが、麻宮さんに入店を拒否されたらつまみ出すぞ?」


 武流は不思議そうにしながらも、ハッキリとそう宣言する。


 男友達と初対面の女性、どっちを取るのかと質問をされたら、その質問をした人物を女性に失礼だと説教する男だ。


「入店拒否られたらつまみ出せねーだろ。ま、なんでもいいよ」

「分かった。それなら、夜の11時半に並木終わりの横断歩道に集合しよう」


 さらりと告げられた集合時間があまりにも想定外で、一ノ瀬は怪訝な表情を浮かべ武流に尋ねる。


「は? そんなに遅いのかよ、学校帰りにそのまま行くんじゃ駄目なのか?」

「あぁ、深夜零時からの1時間だけ、お店を営業しているらしいんだ」

「うわー、ますます怪しいな」


 一ノ瀬は不信感をあらわにしながら、武流に聞いた幻灯堂の所在地を頭に思い浮かべる。

 この辺りの土地勘は一ノ瀬にもなかったが、話を聞いただけで大体の距離は予想ができた。


「その時間だと帰りの電車はないよな、チャリで行くか。たぶん俺は30分もあれば着くだろうけど、サクはどうすんだ?」

「俺も自転車で行く。おそらく片道3時間程度だろうから、トレーニング替わりに丁度いい」


 武流の自宅からだと、幻灯堂まで40キロ以上ある。車でもちょっとそこまでといった距離ではない。

 それを自転車でとなれば普通そこそこ覚悟がいる距離だろうが、武流はさも当然のように言う。


「マジで? すげーなお前。んじゃま、そういうことで」

「了解した、遅れるなよ」

「いやいや、心配なのはお前だろ、ちゃんとたどり着けよな?」


 一ノ瀬は結構本気で言いながら武流の左手に目を向けると、朝からずっと気になっていたことを尋ねる。

 

「ってかさ、お前はなんで、朝からずっとその卵を握りしめてんだ?」


 尋ねられた武流の左手には、大切そうに例の卵が握られていた。


 一ノ瀬に卵の説明をするため、鞄から出したという訳じゃない。昨日麻宮に卵を渡されてから、武流はずっとそうしていたのだ。


「肌身離さず持っていろ、と、言われたからな」


 その返答はおおむね予想通りではあったが、一ノ瀬は「はぁ~」っと深いため息をもらした。

 そして何故か最高のキメ顔で答えた武流に、若干イラっとしながら言う。


「馬鹿かお前は、そういう事じゃねーだろ」

「そういう事じゃないかも知れないが、そういう事かもしれないだろ。なに、最初は少し不便だったが、馴れれば大した問題じゃない」

「ずっとって訳にはいかないだろ? いつまでそうしてるつもりだよ」


 胸を張り当然だとばかりに答える馬鹿を、一ノ瀬は冷静にたしなめる。


 この大馬鹿でド変態な男と付き合っていけるあたり、やはり一ノ瀬も立派な変態だろう。

 一般常識がある、律儀な変態だった。非常にいい変態だ。


「いつまで……、確かに、1年以上このままとなれば多少問題も出てくるかもしれないな。その辺りも確認する必要があるか」

「普通は1時間しないで問題が出てくるけどな」


 腕を組み、もっともらしいことを言う武流の横で、一ノ瀬の表情が死んでいた。

 どうやら呆れるのにも疲れたらしい。


 そんな訳で本日の夜11時半、男2人で幻灯堂を訪れることが決定した。

 武流と一ノ瀬が校外で会うのは、実はこれが初めてだ。


 一ノ瀬はそのことに気付いていたのだが、わざわざ口にすることもないかと言葉にはしなかった。


「あぁ、そういえば、俺が一ノ瀬と2人で出掛けるのはこれが初めてだな。ふむ……、楽しみだ」


 そう言って微笑みかける武流の顔面に、一ノ瀬は心を込めたパンチお見舞いしたのだった。

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