自慢と相談 2
「その話が本当かどうか判断して欲しいわけじゃないんだろ? どうせなに言っても聞かねーだろうし。ちなみに、俺はまだ詐欺の可能性を捨ててないからな」
「そうだな、お前がなにを言おうと真実は揺るがない」
「だよな? だったらなんで俺に話したんだよ?」
一ノ瀬はそう言いながら、牛乳パックに刺さったストローに口をつける。
食事を始め5分が経過した段階で、一ノ瀬はすでに2つのパンを完食していた。
一応話を聞く雰囲気を出してはいるが、そこまで興味がないのだろう。続けて3つ目のパンに手を伸ばすと、武流の返答を待たずかぶりつく。
そんな一ノ瀬とは対照的に、ようやく一口目の弁当を飲み込んだ武流は、箸で白米をすくいながら首をかしげた。
「なんで、と言われると。そうだな、自慢がしたかっただけだが」
「は? いや、べつに羨ましくねーし。うざいから止めてくんない?」
「他に話せる相手もいないからな。友人の惚気を聞くのも友人の勤めだ、諦めろ」
「それ、絶対惚気じゃないからな? お前はストーカー予備軍か」
一ノ瀬はなかなかガチで引きながら、友人として本気の忠告をする。
惚気とは、配偶者や恋人などの仲を、人前で得意気になって話すことだ。
武流の話は絶対に惚気ではない。
「ってか、サクは俺が惚気ても聞かないだろ?」
「そうだな、そんな話しを始めたらお前の喉を潰す」
「自分の耳をふさげ、元から絶とうとするんじゃねーよ。なんでお前らは俺の部位破壊を狙ってくるんだ」
一ノ瀬は喉を潰される絵面を想像したのか、とっさに左手で喉元をガードする。
「ってかさ、そんな話し珠希にすればいいじゃねーか。あいつなら喜んで聞くんじゃね? そんなん好きそうじゃんか」
抜き手を構える武流に防御を固めたまま、一ノ瀬はさらっとべつの生贄を提示する。
一ノ瀬としては自己防衛の一環だったが、武流にしてみても悪い提案ではないように感じていた。
確かに珠希なら、普通に楽しんで話を聞いてくれる可能性が高い。
しかし、それでも武流は渋い顔をする。
「いや、その、珠希さんにはちょっと……、俺の夢がそんな事だと知られては、不快に思われるかも知れだろう? だから、な」
武流はぼそぼそと言いながら、渋柿みたいな顔で目を逸らす。
「んなのいまさらだろ? ってか、珠希がそんな事で不快になるとは思えないけどな。むしろ、真人間に近づいたって喜ぶんじゃねーのか?」
「ん、いや、そうかも知れないが……」
珠希が武流の更生を喜んでくれるかは分からないが、あの夢を聞いたくらいで不快になることはないだろう。
むしろ、よくも悪くも楽しさ優先の珠希なら、善悪なんて関係なしに武流の夢を応援してくれそうだ。
それは武流も承知していたが、その顔はさらに苦々しいものになっていた。箸を持つ手も所在無さげにフラフラし、すくった白米がぽろっと落ちる。
昨日、麻宮と過ごしたひと時は、武流にとって夢のような時間だった。しかし、麻宮に言われた「すごく失礼」という言葉については、まだ武流の胸に深々と突き刺さっていたのだ。
自分の夢を語ることで、自分が責められるだけなら受け入れられる。だが、女性に不快な思いをさてしまう可能性については、見過ごすことができなかった。
武流のそんな思いを知るはずもない一ノ瀬だが、その判断自体には小さくうなずき肯定の意を示した。
「まぁ、珠希には言わないで正解かもな。あいつ内緒話とかできないだろうし」
「ん? 珠希さんになら、俺の夢を流布されても構わないが」
「いやいや、そっちじゃなくてさ。その人――麻宮さん? の話が本当だとしたら、その卵めちゃくちゃ価値のあるもんなんじゃねーの? だとしたら、そんなのだれかれ構わず広めちゃっていいのかよ」
「………………あ」
一ノ瀬に指摘され、武流はハッとした表情をする。
少し考えれば気がつきそうなものだが、今の武流は麻宮に言われた言葉のショックと、またすぐ会いに行っていいものかどうかという問題で、思考容量がキャパオーバーになっていた。
普段ならもうちょっと気の使える男なのなのだが、そこまで考える余裕がなかったのだ。
「た、確かに……、俺はなんて愚かな男なんだ」
武流はその問題点を一ノ瀬に指摘されたことも含め、多大なショックを受けてしまった。
絶望感に押しつぶされるように崩れ落ちると、手から箸がこぼれカラカラと音をたてながら床に転がる。
武流を見事にKOしてしまった一ノ瀬は、パンを牛乳で流し込んでから小さなため息をもらした。
「いや、指摘しといてなんだけど、そんなにへこまなくていいんじゃねーか? その話したのって、俺とお前の両親だけなんだろ?」
「そ、そうか……、
「問題しか残らねーよ、すぐ人の息の根を止めようとするな」
ぶつぶつと物騒なことを言いだす武流を、一ノ瀬が間髪入れずにたしなめる。
連日同じようなことを言われているが、毎回それなりに恐怖を感じているので油断はできないのだ。
「しかし、このままという訳にはいかないだろう。取り合えず息の根をとめ」
「あーもう、そんなに心配なら確認しに行けよ!!」
「………え?」
「あ? なに?」
一ノ瀬がキレ気味に言い放つと、武流が驚き目を丸くする。
その驚きの意味が分からず一ノ瀬が怪訝な顔でたずねると、武流はひとつ咳払いをしてから真面目くさった顔を向けてきた。
その胡散臭い顔に一ノ瀬が警戒心を強めると、武流は声のトーンを落とし深刻そうに切り出す。
「いや、実はな、ただ自慢がしたかっただけじゃないんだ。これを見てくれ」
武流はそう言いながら弁当箱を横に寄せると、鞄の中からおもむろに1枚の紙を取りだして机に広げる。
一ノ瀬は眉をひそめなが、広げられたその紙に視線を落とした。
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