夢を語るのは勇気がいる 2
「と、とにかく、理想を持つのは悪いことじゃないと思うわよ? 理想を押し付けられるのは嫌だけど、武流君はそんなことしないでしょ?」
「え? あ、はい、そんな事は絶対に致しません」
そう力強く宣言をする武流だが、男女問わず、世の中には理想を押し付けて貰いたがる者もゼロではなかったりする。
麻宮はそのことも分かってはいたのだが、これ以上話がややこしくなるのは困るので、気づかない振りをすることにした。
「なら大丈夫よ、この話はおしまいね? それじゃ、ちょっと待ってて」
そう言って無理やり話を切り上げると、麻宮は武流が運んできた大きな荷物をガサガサと探りだす。
色々な物を手にとっては、納得いかいないといった顔で首をかしげていた麻宮だったが、とある品に気がつき「おっ」と、小さな声をもらした。
それは、10センチ四方の小さな桐の箱だった。
麻宮はその箱を手に取ると、ふたを開けながら武流に差し出した。
「これなんていいんじゃないかしら?」
そう問われ武流が箱を覗き込むと、中には紫の布が敷かれいて、その上に小さい卵が1つ横たわっていた。
一見するとただの卵、凝視してもただの卵だ。
「卵、ですか?」
武流が見たままを口にすると、麻宮はその卵を二本の指で軽くつまみ、顔の前へと持ってくる。
そして口もとを歪め、怪しげな笑みを浮かべた。
「これはね、支配者の器とか、理創玉って呼ばれる物なの」
「支配者の器、ですか。なにやら凄そうですね」
「ふふっ、ちょっと大袈裟よね」
笑いながら、麻宮は卵を指先で遊ばせる。
そのピンポン玉でも持つような仕草は、支配者の器なる物を扱う感じではない。
「私が一番好きな呼び方は、夢の卵かな」
「夢の卵ですか?」
「そう、この卵はね持ち主の夢を叶えてくれるの」
麻宮は軽く言いながら、不思議そうにしている武流に卵を手渡すと、口の端をわざとらしく釣り上げる。
「これは持ち主の夢を糧に成長して、卵が孵る時にその夢が叶うのよ。それがどんなに途方もない夢だとしてもね」
武流はすこし戸惑いながら、麻宮と卵へ交互に目を向ける。
大きさはうずらの卵ほどだ、見た目におかしなところはない。しかし、手にしたそれはまるで重さを感じなかった。
「どんな夢でも叶う……、そんな凄い物を頂いてしまっては。それに、僕がこの世の全ての女性を手に入れたいというような事を願わないともいえないですし」
「そんなお願いしないでしょ? まぁ、武流君ならそれもいいかもね、全員ちゃんと大切にしてくれそうだし」
言いながら、麻宮は意地悪そうな顔で笑う。
「確かにそうですが。そんな事になれば、僕は数日中に過労死をすると思います」
「あ~、それはそうね」
ハーレムを作って過労死する、幸せなのかどうか判断に困るところだ。ただ、歴史に名を残せる偉業ではあるだろう。
名誉か汚名かは、やはり判断に困るところだが。
「というか、今の話信じるの? 結構突飛な事を言ってると思うんだけど」
「もちろん信じます。僕にとって、女性の言葉は全て真実ですので」
麻宮が首をかしげ探るように尋ねると、武流は真っ直ぐな瞳で堂々と公言する。
「ブレないわねぇ、将来悪い女に騙されたりしないでね?」
「大丈夫です。もし女性の言動の意図が僕の想定と異なっていたとしても、それはこちらの解釈が間違っていたという事です」
武流はハッキリと断言した。
女性が黒だと断言すれば、武流には虹も黒に見えるのだろう。
この世の理がヤバい。
「なるほど、ますます心配ね。甘やかし過ぎるのも良くないと思うけど」
「そういうつもりではないのですが……、この考えも改めた方が良いでしょうか?」
「え? ん~、面白いからいいんじゃない?」
申し訳なさそうな武流に、麻宮はテンションだけで答える。
武流の女性に対する接し方は、もはや甘やかすなんてレベルではない気がする。確実に改めるべきだろう。
「そもそも、直そうと思って直せるものでもないでしょう?」
「それが女性のためとあらば、僕の考えなど如何様にも変えてみせます」
「それ自体、全力で甘やかしてる気がするなぁ」
「んぉ、そうですね。しかし、ならば一体どうすれば………」
またもや答えのない問いに苦悶の表情を見せる武流の肩に、麻宮はポンっと手を置いた。
「とにかく、その卵は武流君にあげるわ。大切に育ててね」
麻宮は満面の笑みでそう言うと、武流に遠慮する間も与えず桐の箱も握らせる。
武流は箱に目を落とし、こくりとうなずいた。
女性から託された願いに、身体の奥底から熱い物が込み上げてくる。
「はい、必ずや立派に育て上げてみせます」
「卵は肌身離さず持っていてね、箱の中に説明書も入ってるから」
「肌身離さず、肌身離さずですね……、分かりました」
満足そうにニコニコと笑う麻宮の言葉を、武流は神妙な顔つきで受け止める。
武流は自分に言い聞かせるように、何度も何度も「肌身離さず」という言葉を繰り返す。
その様子になんだか勘違いの予感がしたが、麻宮は面白そうなのでスルーした。
「分からない事があったらいつでも来て、昼はお店に出てないから夜がいいわね」
「夜も営業されているんですか?」
「えぇ、一時間だけね」
麻宮は人差し指を立てると、怪しげな笑みを武流に向ける。
「今日と明日の境目に、その扉から入ってきて。本当の幻灯堂を紹介するわ」
「また、お伺いしても宜しいのですか?」
「もちろんよ、楽しみにしてるわ」
恐る恐る尋ねる武流に、麻宮は嬉しそうに笑って答える。
その言葉に社交辞令の響きはなく、本当に楽しみにしているようだった。
「はい、必ず」
卵を大切に握り締め、武流は深々とお辞儀をする。改めてお茶などのお礼を済ませると、また訪れる日を思い描き幻灯堂を後にした。
駅までの帰り道、あの大荷物を背負わず身軽な武流だったが、何度も何度も幻灯堂を振り返り、たっぷりと時間をかけての帰宅となったのだった。
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